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2キャラ目、落日

青々とした草原は仄かに翳り、暮れかけて赤みを帯びた雲が空に流れている。


目の前の街並みは消え失せた。


失われた空間には草原が現出している。


王都は喰われた。


あまりにもあっけなく。



おれは『暴風花』の強風に吹き飛ばされてから、すぐに立ち上がった。

顔を上げろ。

走り出せ。

思考を止めるな。

戦況を見極めろ。


全てが消え失せたわけではない。


走る。

まだ終わりじゃない。

右手、東の方角にはまだ、つい今までと変わらない王都の街並みが残っている。

その街並みが弧を描くようにぶっつりと途切れ、何の脈絡もなく草原に続いている。

目玉焼きが喰われた。

真ん中の黄身も、まるごと一口。

白身の片側のはしっこだけが、三日月状に喰われ残っていた。

王都は喰われる、それを防ぐことなどできない、そう確信していた。

だから一人でも多くを救おうと走った。

だが、その時間はもう終わってしまった。

取り返しのつかない誤ちをきっと犯していたが、今はまだ考えない。

『邪剣使い』攻略31日目、次の局面が動き出している。


全速力で地を蹴った。


自身の周囲はまだ街路だ。

おれは『暴風花』のおかげでギリギリ喰われなかった。

かつて王都であった風景の残影から飛び出して、草原に足を踏み入れる。

止まらずに駆け抜ける。

『奴』と『天秤』たちとの戦いは、あの荒地でじっくりと観察した。

だから『暴風花』の視野の広さと、指揮官として自軍勢力をコントロールする性質をこの目で確かめていた。


おれはそれに賭けた。


ただの一歩でも間違っていれば、おれはこの都市もろともに喰われ、そこで全てが終わってしまうことになっていたのだ。

王都に向かう決断をしたときに、そんなことはもちろん想定できていた。

それでもバクチを打った。

そうしなければ、やれないことがあったから。


無明の魂は邪剣に預けた。


だがその遺志は、揺らぐことなく受け継いでいる。


あのふたりなら、『無明の万眼』なら、きっと人々を救うために走り出しただろう!!

そしてこうして、『奴』に立ち向かうために走り続けただろう!!

だからおれは走っている!!!


背中を突風に押された。


加速しながら草原を突き進む。


この追い風だって予想どおりだ!

あの女騎士ならやってくれると知っていた!!

あいつの思考、あの毅然とした戦い方は嫌というほど味わったからな!!!


「ふふふ、そうだったね、邪剣使い」


風が耳元に棒読みの台詞を運んできた。


「撤退してくれ、と言われて、素直にそうするような方ではなかったな、貴方は。ただ、奇妙なことに、どうしてこのような状況にあるのか、どういうわけか私は忘れてしまいつつあるようだ。自分がなぜ貴方に撤退を促したのか、その理由すらも定かでは無くなっていく。しかしもちろん、それでも忘れていないことがある」


「愚直なようで周到でもある貴方のその戦い方、私はもう知っているのだよ」


こんな状況で、あの暴乳は棒読みの長台詞をわざわざ風を使って届けてくる。

へっ。

頰が引きつった。

いや、笑っているのか、おれは。

こんな状況で、おれはまだ笑うことをやめないのか。

クソ野郎め。


(ぐぬぬ………『奴』とは戦わないって言ってたマスターが結局こうすることなんて、我はもっとずっと前の最初の最初の最初っから知っていたのだからな!!!)


何を張り合っているのか。

こんな状況で、うちの愛剣はやっぱり残念なのか。

へへっ。


世界は喰われた。

王都が喰われた。

『奴』は莫大なエネルギーを手に入れた。

『認識不可』は、回復している。

『奴』がこの草原のどこに潜んでいるのかは、もうわからない。

『暴風花』もこの状況を忘れつつあると言っている。


だが………。


今、この時ならば!!


空間を引き裂かんばかりの超高速で、『灰髪の邪神』が超絶突進をぶちかましたッ!!!!


今この時、この戦場には邪神がいるッ!!!

あのクソ変態邪神なら『奴』を想像して現状を把握できる!!

この状況を先読みすることなど造作もない!!!

都市を喰うための超大規模な『世界喰らい』が放たれるなら、背後に隙ができる可能性をあの邪神が見逃すはずがない!!

喰われ残った都市の形状から、『奴』の現在位置を瞬時に推測するに決まってる!!!

あのクソ邪神の忌々しい戦い方はもう知ってんだよッ!!!


超高速でぶっ飛んできた邪神が、目に見えない何かに激突して停止している。


そこに『奴』がいる。

進路を修正。

おれは読んだぞ。

読み切ってやったぞ!!

おれが『奴』なら、次はこうするッ!!


回復したばかりの『奴』の『認識不可』が、唐突に弱まった。


邪神のすぐ隣、何の変哲もなかった草原の風景が、いつの間にか『漆黒』に塗り潰されている。

だがあれは、今の邪神の超突進で『認識不可』が弱まったってわけじゃない。

おれは、知っているぞ。



『漆黒』の中に、一条の鈍色が浮いていた。



おれはあれを知っている。

高速で駆け抜ける身体の中で、おれの魂はあの日の記憶を鮮明に浮かべた。


ーーー刀のかたちをした、なにか別のおぞましいものーーー


あれが『神殺し』だと知っている。

万眼先生に教わった。

あれは、『神殺し』は、持っただけでも莫大なエネルギーを消費すると教わった。

その『神殺し』を解き放ったから、回復したばかりの『認識不可』が保てなくなった。

そうだよな?

それでも絶対そうするよなぁ!!


おれはテメェの思考を知っているぞッ!!


都市を喰った最大の理由は、『認識不可』を回復させたかったからじゃない!!


理不尽な世界を憎んでいる。

不可避の運命を憎んでいる。

そして、力無き神を憎んでいる。

そうだろう?



赤く染まりゆく景色の中、邪神が巣食う灰髪の少女に向けて、その鈍色が振るわれる。



なぁ、この幼女、おかしいだろ?

ずっと観察してたんだろ?

こんな幼女が強い理由は一つしかないよな?

こいつ、神じゃないとおかしいよな?


全ての神は、殺し尽くさないと気が済まない。


気が済まないから、せっかく回復した『認識不可』を維持するよりも、『神殺し』で神殺すことを優先する。

おれはもう、その性質を知っている。

今までずっと『認識不可』で知られていなかったんだろう?

誰にも認識されず、誰からも理解されない。

だから強い。

孤独な強さだ。

でもおれは、テメェを知り続けた『無明の万眼』を知っている。


あのふたりに会えたから。


だから今、おれはここまで辿り着いた!!!


あの31日目の続きに辿り着いたッ!!!


眼前の風景の一点が『漆黒』に塗り潰されている。


『漆黒』を纏う者がすぐそこにいる。


滅ぼすべき宿敵が今そこにいる。


地を蹴り砕いて風と共に踏み込めばすぐだ。


すぐにでもこの手とこの剣を振るえる距離に『奴』がいる。



征くぞッ!!!



地を蹴った。


あの踏み込み。


神を殺さんとする化け物に肉迫する。


本来ならば勝ち目の無い敵。


それでも思考を積み上げた。


この手で必ず殺すため。


そのために備えた。


マンガやラノベの先の展開を読もうとするように、取るに足らない妄想を練り上げた。


どんな場面が訪れるだろう。


どの状況なら戦えるだろう。


そうして走り続けた『邪剣使い』は、この局面に辿り着いた。



ーーー『神殺し』とは、神を屠る、それだけの為に存在するものーーー



ーーー俺にとってはーーー



おれにとっては、ただの刀としてしか用を為さないッ!!!!


『灰髪の邪神』に振るわれた『神殺し』を右手の愛剣で受け流すッ!!!


左拳を叩きつけたッ!!!!


追撃するッ!!!


邪剣の使い手の研ぎ澄まされた剣閃が『漆黒』を刈る!!!


喰らえ、必殺ッ!!!!


『魂喰らい』ッ!!!

(『魂喰らい』っ!!!)


愛剣が応える。


世界を喰らう化け物を、魂を喰らう邪剣が斬り裂いた。


















「愚か者め!!!」


誰かが叫んでいた。


暗い。


(あぐっ………うぅ……ぐああぁぁぁぁーーーッ!!!)


誰かが苦しんでいた。


昏い。


世界が漆黒に染まっている。


「まさか『呪い』を喰らおうなどと、そこまで図抜けた愚物であったとはこのオレにも読めなかったぞ!!」


暗い世界に狂おしいほど眩く憎らしい灯火が揺れている。


火が熱い。


火は明るい。


灯火が迫った。


消さないと。


この灯りを全部消さないと。


もう誰にも自分を知られないように。











夕陽に焼ける雲が近い。

その雲の伸びた先は、空の果てで夜の色に浸っている。

風が強く、おれの身体の周囲を流れていく。

まるで空に包まれているようだ。


すぐ目と鼻の先にある少女の顔と灰色の髪は、夕空に赤く染まっている。


飛んでいた。

意識が飛んでいた。

記憶が飛んでいた。

そして、おれは今なぜか空を飛んでいる。


灰髪の少女に胸倉を掴まれ、接吻されながら空を飛んでいる。


飛んでいる。

空を飛んでいる。

状況がぶっ飛んでいる。

接吻で飛んでいる。

んん?

えっ接吻?

なん、なんななん?

なんなんでこれなんでなん?


幼女が目を閉じてておっきい竜の足に掴まってて、その幼女がおれの胸倉を掴んでて、そんで幼女がキッスでKISSといえばアレだよねあの地獄の軍団ロックバンドでデトロイトロックシティ??


えっ?

あっ、これ夢かな?

あぁ、なんだ夢オチか。

あぁぁっ条例ッ!!?

条例がヤバイじゃん!!!

事案発生!!!

未成年のやばい条例とか法律の事案ッ!!!!

やばいこれあのノータッチ!!!!

なんでおれ手を出した!!?

なんで幼女にタッチングなう!!!?

児ポ的な法律がおれの人生をいやこれ児ポとかじゃなくて現行犯ッ!!!!

どうしてこうなったどうしてこうなった!!?

やばいやばいやばいやばい!!!!


灰髪の少女の目が開き、金色の瞳がおれを見据えた。


唇と唇がゆっくりと離れる。


「異世界の概念を喚き散らすな、不快だ」


幼女が嗤った。


あっ。

これ邪神だわ……。

邪神ってことは異世界だわ。

異世界ってことは現実じゃないじゃん、フィクションじゃん。

完全にセーフだったわ。

ふう。

よかった、現実じゃないのか。

えっ。

いや違う、違うじゃん。

これ現実の異世界じゃん。

完全に現実じゃん。

なにも良くない。

一個も良くない。

現実の異世界だったわ。

現実かよ……。



あっ現実!!?



記憶が押し寄せてきた。

感情が噴き出してきた。

現状が頭に入ってきた。

空を飛行中の緑竜の足に掴まっている『灰髪の邪神』が、おれの胸倉を掴んでいる。

だからおれも宙に浮いているのだ。


邪神ッ!!!

どうなった!!?

今どんな状況だ!?

『奴』はどうなった!!?

おれはいったいどうなっていた!!?


「狼狽えるな、見苦しい」


「凡愚が足らぬ頭で余計な真似をしてくれたうえに無様な醜態を晒していたのを拾ってやっただけだ」


いやそういう煽りとかいいから!!

いいから詳しく教えろって!!


幼い顔立ちの少女が薄く笑みを浮かべる。


「それが事実だ」


「貴様が邪剣を使って『呪い』の欠片を喰らったせいで、オレは貴様らの魂を浄化せざるを得なくなった」


『呪い』の欠片?

喰らった?

あぁ。

そうか。

思い出した。

おれは『魂喰らい』を『奴』に使った。

そうか、『呪い』か。

そのせいで失敗したのか。

浄化、って言ったか。

呪われた魂みたいなものを喰ってしまって、それでおれと邪剣が汚染されてしまったってことなのか。

よくわからん。

でもたしかに、なんか身体も動かないな。

邪剣は大丈夫なのか?



…………邪剣?



おい邪剣。

邪剣、応えろよ。

なんだよこの感覚。

身体が動かないって……。

ふざけんな。

なんなんだよこの身体の感覚ッ!!

邪剣ッ!!!!

応えろよ愛剣ッ!!!



「無駄だ」



………なにが、無駄だって?



「呼んでも無駄だとそう言っている」


「くくくっ、愛剣だと? その魂の揺らぎ、寄生虫なんぞがそんなに愛おしかったのか?」



おれの愛剣に何をした邪神ッッ!!!!!



「浄化したと言っているだろう」



どういう意味だっつってんだよッ!!!


呼んでも無駄ってどういうことだよッ!!?


この感覚はッ、なんなんだよぉ…………。


………………認めねぇッ!!


認めねぇよそんなことはッ!!!!


ふざけるんじゃねぇ!!!


くそッ!!!!


おい邪神ッ!!!


おれの愛剣を、おれの相棒をまた寄生虫と呼んだなッ!!!?


お前が言うのかよ!!?


その少女の身体をぶんどったお前だって寄生虫だろうがッ!!!!




「よくぞ言った」




少女の顔が心底いやな笑みに歪む。


邪神が嗤った。


その嗤い顔が離れた。


おれの胸倉を掴んでいたはずの小さな手が見えた。


その小さな手も嗤い顔も、空の中に遠ざかっていく。


おれは、落ちていく。


邪神の顔を睨みつけながら落ちていく。


遠ざかって見えなくなる寸前。


邪神が巣食う少女の顔の小さな小さな唇が、確かに動いて言葉を紡いでいた。




「オレの娘は、眠っていただけだ」




聞こえないはずの、嘲笑うようなその言葉を、おれは、確かに見逃さなかった。




(マスターっ、これはいったいどういう状況だっ!!!?)




日が落ちる。

おれも落ちている。

おれの相棒は、そんな状況で目を覚ました。

あぁ残念、眠ってたとかホント残念。

ただの剣なのに、眠ってたとかホント意味わかんない。

あぁちくしょう、ホントもう、笑うしかないな。


本当に残念な子だな、うちの愛剣は!!!


(マスターっ、これ落ちてる!!?)


(なんなのだこの状況!!!)


(どこまで残念なのだ、うちのマスターは!!?)



邪剣しーちゃん!!!


(残念マスター!!?)


おれたちの冒険は、これからだぞ!!!





(このまま落ちたらこのまま終わるのだぞっ!!!?)





うん。


これ、どうしよう?












通算64話。

2キャラ目、40話。


次話から新章「2キャラ目、まだ攻略中」になる予定です。

その前に、幕間「運命の断片」を1人か2人か3人分くらいと、歴史資料やあらすじなどを更新する予定です。

もうちっとだけ続くんじゃ。

今後ともよろしくお願い致します。

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