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2キャラ目、消失

更新滞っておりまして申し訳ありません。

まだまだ書きますので、お許し頂ける限りお付き合い頂ければ幸いでございます。






西陽差す王都。


城壁の上に立ち尽くし、飛来する竜騎士を「邪剣触手」で迎撃する。


手始めに一本。


一直線に向かってくる白竜とその乗り手に、こちらも真っ直ぐ触手を突き出した。



身体中から邪剣の肉を溢れさせて触手状に何十本も伸ばした、人外戦術モード。

その気になれば全ての触手を同時に操り、全方位から攻撃することも可能だ。

まぁ、今はその必要も無いけどね。

これは演技。

茶番劇、三文芝居。

お互いに本気で戦いたいわけじゃない。


とはいえ、観客には迫真の演技を見せてやらないとな?


一体となった人と竜は、迫った剣身をひらりと舞い避ける。

でも残念。

避けられる寸前、一直線にすれ違うはずだったその触手が、自ら動いて真横から襲いかかる。

竜が上昇しつつ急加速、触手の追及を振り切った。

速い。

二本目の触手は既に伸ばしていた。

もう一本、三本目を少し遅れて追加する。


邪剣、データベースを起動。


(待機済みです)


ありがとう、流石は愛剣。


(マスターの剣として当然のことです…………くふふふふ……)


クールに決めてれば良い感じの事務的美人な雰囲気だったのに、このだらしない残念邪剣よ。

っていうかまぁ、ただの邪神の記憶だから起動もなにもないし、おれが勝手にデータベースとか言い始めたしょうもない小ネタなんだけどね。


さて邪剣。

緑竜は、六元のうちの木霊に染まった竜、だったよな。

それなら……。


(うむ、あの白竜は、風気に染まった竜、なのだぞ)


なるほどね。

道理で。

加速の挙動が『暴風花』に似てるんだよな。

風を操って急加速してるわけだ。

そりゃ速いわ。

しかしまぁ、おれはその動きをもう知っている。

風使い、『暴風花』とは既に戦ったからね。


だから竜騎士には悪いけど、こっちはけっこう余裕がある。


縦横無尽に飛び回る白竜を、五本の触手で追い回している。

三本、四本ではすり抜けられて前進されたが、五本で阻むことができた。

四本目の回避方向を先読みした五本目で、竜の進行をほんの少し遅らせる。

それによって、先に回避された一本目から四本目の触手で再襲撃をかけることに成功した。

そこからは、五本の触手を操り、次から次へと間断なく攻撃を仕掛け続けることで接近を拒んでいる。


なかなかがんばるね。

進行を阻まれたのに、飛び回りながらも後退だけはしていない。

五本の触手による終わりのない連携攻撃を回避し続けながら、こちらへの接近を諦めていない。

でも、そこからどうする?

こちらには余裕がある。

後退しないのはもちろん正解だ。

竜騎士が後退してしまえば、この『黒衣の邪神』は、すぐにでも民衆の追撃に向かうことができる。

しかし、それ以上接近できないのであれば、同じことだ。

脅威に成り得ない竜騎士の相手を切り上げて、逃げ惑う人の群れを蹂躙する。

おれを、『黒衣の邪神』をこの場に引き留めるためには、自身の英雄たるを示さねばならない。

「邪神」の敵としてこの場にいるつもりなら、強者でなければ話にならない。


悪いけど、その辺の手抜きはしてやらないぞ?


六本目の触手を追加する。

何もできないのなら、これで終わりになるはずだ。

急旋回、急降下、目まぐるしく回避行動をとり続けていた白竜の動きが、六本目の触手によって乱された。

竜騎士には、これ以上この間合いを保つことはできない。

狭い範囲で回避し続けて接近の意志を見せていたのが、広い範囲を逃げ惑い始めてしまった。

後退か。

まぁ、よくがんばったよ。


逃げ回る竜影が、急加速して西陽に重なる。


おぉ!

これを狙っていたか!

逆光の中に、白い竜が溶けて消えた。

標的を見失う。

普通の人間なら、見失う。

おれはそれでも『視える』んだよ。

まぁ一瞬びっくりしたから触手は振り切られちゃったんだけどね!

やるじゃねぇか!!


だが見失ってはいない。

竜騎士の次の一手は、超高空への急上昇。

触手を振り切られてすぐに、高空から頭上に入られてしまった。

そこから急降下で接近してくる。

すぐに頭上に触手を展開。

ちょっとムキになって一気に十本。

降下してくる分、速度が増している。

竜は翼をすぼめて、竜騎士は槍を定める。

頭上から串刺しにするつもりか。

でもそのまま突っ込んでくるなら、串刺しになるのはそっちだぞ。

十本の触手、その先端の剣身全てを標的に向ける。


急降下してくる白竜が、すぼめた翼を唐突に広げた。

開かれた翼に落下の勢いが殺されて、急激に減速する。

風に舞い落ちる木の葉のように、ひらりひらりと竜が揺れ、触手の間をすり抜けられた。

こんな挙動隠してたのかよ。

初見じゃ対応できなかった。

いやでもあの竜、あれ大丈夫なの?

あんなふうに急に翼を広げたら骨折れたりしないの?


(おそらく大丈夫だろう、幼竜とはいえ、竜の肉体は強靭なのだぞ、マスター)


はい、解説くんお疲れ様。

そんでやっぱりファンタジーね。

ファンタジーだから竜の肉体は強靭、っと。

はいはい異世界異世界。

まぁあちらが上手だったってことだ。

触手をすり抜けた竜騎士は、おれに向かって落下するのではなく、進路を変えて城壁の裏の死角に落ちていったのだ。

それも予想外だった。

だからこそ触手をすり抜けられた。


すぐに振り返って、城壁の下を覗き込む。


その瞬間に、左手側少し離れた位置から竜が出現、壁の上方に躍り出る。

急上昇してからブーメランのように弧を描き、白竜が迫る。

咄嗟に触手を向ける。

なにかに殴られた。

風に殴られた。

風の殴打、『暴風花』よりは遥かに弱いが、このタイミングは鋭い。

全触手を白竜の方面に展開。

迎撃してやる。


そして、右手の邪剣で、背後の一槍を受け止めた。


ボサボサのくすんだ金髪の下で、その槍の遣い手は悔しげに顔を歪めていた。


すげぇよ、竜騎士。

楽しくなってきたな。

いつからそこにいた?

いつの間に竜から降りていたんだよ?

城壁か。

壁の裏、死角に入ったときか。

意表を突いたあのときに、壁に張り付いたんだな?

竜は陽動。

城壁の裏から飛び上がった白竜に注意を向けさせ、その間に城壁をよじ登る。

ここまで隠した風の殴打は目くらましか、竜の背の鞍に自分がいないことをできる限り悟らせないように。

惜しかった。

足りなかったのは、その槍の腕前だけだ。

もう一寸速ければ、な。


左回りに一回転、槍の石突きでこちらの顔面を狙う。

いや、退いていく。

退きつつ胴に一突き、か?

おれは退き足を追う。

ほれ、首刈るぞ。

竜騎士が屈む。

反応はまぁまぁ。

屈んだ体勢、下から顔面を狙ってくる。

こちらは一歩退く。

槍を引き戻し、低い体勢のままで足を払いにくる。

技はまだまだ。


槍使いは、どうしても無明と比べちゃうからな。

それに今朝だってひたすら『暴風花』と戦ってたし。

うん、比較対象が強すぎるよね。

でもあの、『流麗』っていったか、あの島で会ったモヒカンヒレ将軍よりも技が鈍い感じかな。

『流れ島の一番槍』と同じくらいか?

この竜騎士も筋は悪くないんだけどね。

いや、近接戦闘は実はあんまりセンス無いかも?

たぶん、修練だな。

修練が足りない、って意味じゃない。

この槍の技は、センスが無いにも関わらず、必死に修得したものなのだろう。

だが、だからこそ意外性が無い。

動きの繋ぎ目が自然じゃない。

自分の中から湧き上がる動きではなく、誰かに教わった動きの組み合わせなのだ。


ただ、竜騎士、だからな。


この主人の動きに合わせて、竜が仕掛けてくる。

正直、この竜のほうが厄介だ。

戦闘センスは主人よりも格段に優れている。

本能なのかね。

竜騎士を降ろした分、挙動が凄まじく軽快になっている。

触手を容易に掻い潜り、竜騎士相手に集中させないように動き回ってくる。

背後に回り挟むように動き、正面に回り合流を匂わせ、頭上を取る、突撃を仕掛ける、風の殴打で牽制、鳴き声をあげる、あらゆる手段で竜騎士を援護する。

そしてこの竜騎士も、そんな竜の動きに合わせて足を運び、技を選択している。

この連携、分離しても人竜一体、これがこいつらの強みなのだ。


だいたいわかった。


まぁ、こんなもんでいいだろう。

おれは唐突に『邪剣使い』の人外戦術モードを解除する。

触手がギュルギュルと引っ込んでいき、邪剣の肉がウジュルウジュルと右手の邪剣の柄に流れ込む。

竜騎士は槍を構えつつ、「うわぁ、これ間近で見ると超グロい」って顔で棒立ちになる。

うん、ちょっとムキになって邪剣の能力使いすぎちゃった。

でもまぁこんなもんでいいんだ。


竜を駆る英雄が『黒衣の邪神』に挑む様子は、民衆に充分見せつけることができたからな。


もうとっくに住民たちはこの付近からいなくなっている。

やっぱり、誘導している兵と指揮官が優秀なんだろう。

これが異世界の「中つ国」バルゴンディア、その王都ってことか。

優秀な兵、王都の防備。

だからダメだった。

そんな優れた国軍だ。

混乱して逃げ惑う、やっぱりそればかりじゃ済まないんだよなぁ。


住人たちを追い立てる役目を負っていた緑竜に、続々と矢が放たれていた。


王都の城壁は三重。

現在地は、一番外側の城壁。

逃げ惑っているのは、外側の城壁と真ん中の城壁の間、そこに暮らしていた人々なのだ。

都市全体を目玉焼きに見立てれば、白身の部分。

つまり、都市の外側、丘の「下」の住人たち。

簡単に逃げ出すことができるのは、一般庶民であるからだ。

目玉焼きの黄身は、逃げていないのだ。

真ん中の城壁、第二城壁から内側は、丘の斜面と丘の上。

たぶん元々あった城郭都市として建てられた街並みで、都市の中心で、見た目にも明らかな、「上」の位置。

放り出すには忍びない家財を蓄えた、上流階級の住人。

王都の、国の中枢、王族とその忠臣たち。

優秀な兵に護られた王都だ、そりゃ簡単に逃げ出すわけがない、逃げ出せる道理がない。


あぁ、そうか。

こりゃ、たぶん王都防衛マニュアルがあるんだわ。

住人たちの避難っぷり、兵どもの誘導っぷり、第二城壁の迎撃っぷり。

これ全部、都市防衛のマニュアルどおりな感じなんじゃねぇか?

異世界で、竜がいて、邪神がいて、戦争があって、災害だって普通にあって。

備えていないはずがないんだ。

だってここに生きていて、暮らしているんだから。

…………人と、ろくに関わっていないせいかな。

こんなことに今更気がつくのか。


まぁ、今はいい。


ともかく現状を、都市防衛マニュアルの妄想と重ね合わせる。

敵航空戦力二つ。

都市南側に緑竜、北側に『風気支配』の使い手。

急襲を受け、第一城壁を突破された。

ともに西側より襲来、第一城壁内部を蹂躙しつつ進路を東にとっている。

城内にも備蓄はあるだろうが、あまりにも多すぎる住民たちには都市外へ避難してもらったほうがいいだろう。

第二城壁内部には、避難民の群れになだれ込んでほしくないはずだ。

第二城壁から内側は、丘陵地を活かした城郭都市の中枢。

その防御力をもって敵勢力を迎撃する。

防衛する側にとってはマニュアルどおりの、やはり充分に想定されていた展開のはずだ。


決断。


人を、生命を、見捨てる決断。

くそだ。

クソ野郎。

こんなおれが、神の代行者。

力無き神。

だから、あれらの城壁の内側は間に合わない。

今、緑竜に射かけているのは、第二城壁の上に整列した弓兵たち。

城壁に拠って抗戦、竜を迎撃する守護兵たち。

あれは逃げない。

ここが王都だからだ。

城壁の内側に、護らなければならない王がいるからだ。

この戦いが、きっと想定された訓練どおりの内容だからだ。


右手の愛剣で、弓兵の隊列が並ぶ城壁を指し示した。


竜騎士がそちらを見る。

それを確認した直後、おれは第一の城壁から勢いよく飛び降りた。

民家の屋根に着地、蹴り飛ばして跳び進もうと思っていたのに、屋根を突き抜けて落ちる。


バカなの?


馬鹿だな。

間に合わないとたった今結論付けたはずだ。

民家の壁に向かって全力で発進。

左拳を叩きつけて壁をぶち抜いて走る。

目の前がまた民家。

馬鹿だ。

ぶち抜く。

ぶち抜く!!

ぶち抜く!!!


(マスター、道路道路!!!)


ですよね!?

道路走ればいいじゃんね!!?

あぁくっそ!!

理由!!

今走ってる理由はアレだ!

間に合わないのに向かってる理由はアレだ!!

今考えたんだけどあの第二城壁から内側の人間たちは『黒衣の邪神』がこの都市に来てるってことをまだ知らない!!

とりあえず見えてる緑竜に攻撃してるだけ!!

丘の向こうの『暴風花』に対処できてるはずがないから守護兵たちも動揺しまくってるはず!!

この邪神たるおれ様が襲撃すれば逃げ出す可能性も無くは無いっていうか逃げろよ!!?

マジ邪神なんだから逃げろよ!!?

だからおれが行ったらちょっとでもいいから逃げるやついるかもしんないじゃん!!?

それが理由!!!

だから今ぶち抜きながら突き進んでる!!


(マスター!!)


(それ壁をぶち抜く理由にはなってないのだぞ!!!)


だってそれはアレだ!!

いやそのなんだ!?

知らない街だから迷ったらイヤだから一直線!!!

だからぶち抜く!!


視界の端に何かを見た。


今ぶち抜いて飛び出たばかりの壁を振り返りながら、次の壁に横っ面から激突した。


(マスターっ!!?)


頭に衝撃がぶっこまれた。


西陽が届ききらない民家と民家の狭間で、ふらふらと振り返る。


ぶち抜いた壁から、飛び出たばかりの暗い家の中に引き返す。


ガタガタッと慌てたような物音。


物音。


物音が、その民家の中にいた。



怯えた子供が、二人いた。



取り残されている。


頭に衝撃。


いいや、知っていた、おれは、おまえはこれを知っていたはずだろうが。


取り残されている。


とにかく一人でも多くを救おうと決めていた。


一人でも多く、つまりは全てを救いきれない前提で、おれは既に心を決めていたはずだ。


そのはずだった。


幼い男子がへたり込みながらも、自らより少し小さな女子を庇うように背に隠そうとしている。


兄妹か。


小さな兄妹が取り残されていた。


この二人だけ……か?


馬鹿か。

おまえは知っている。

とっくに頭をよぎっている。

この二人だけ、そんなわけがないだろう。

この広すぎる街中、まだまだ取り残された人間がいるに決まっている。

常に非ざるときにおいて、犠牲になるのはいつだって弱者だ。

すぐに容易にさっさとくたばる、それゆえに弱者だ。

老いたるもの、病めるもの、貧しきもの。

そして、幼きもの。


いったい何人だ。


この都市に今どれだけ取り残された人間がいる?


くそったれ!!!


もうそんなの間に合うわけねぇだろう!!!


これが、これがこの世界の運命かよ!!?


おれの選択の結果がこの運命だってかよッ!!?


こんな現実をどうしておれなんかに突きつけるッ!!?


こんなおれなんかが、何もかも上手くできるわけが………ッ!


いや今は惑うなッ!!


立ち止まってる場合じゃねぇッ!!!


クソクソクソクソッ!!!


怯える兄妹にかまわず触手でその二人を確保して肩に担ぎ固定した。

瞬時に玄関を認識、玄関の外は必然的に道路。

移動は最速。

道路に抜け出る。


「はなせよおぉーーっ!!!」


「にーちゃん!!」


頭に言葉が突き刺さる。

肩に担いだ子供たちの幼い声がおれを刺す。

いや、今は考えない。

道路を戦闘用の最高速度で走る。

東へ。

避難民に追いついたらそこでこの二人を下ろし、すぐに第二城壁に向かおう。

見捨てる決断。

おれがクソだったから、取り残されているであろう他の弱者たちは見捨てる。

いったい何人、どこにどれだけ取り残されているのか見当もつかない。

所在の知れない弱者を見捨て、都市中央に固まっている強兵、富者を救う。

そっちのほうが救える見込みが高い。

生命の取捨選択。

神の代行者?

クソだよ、おまえは。

ゲーム感覚で危機感を忘れて楽しんだ。

そんな無能の最悪のクソ野郎に現実がぶっ刺さった。

おれが選んだ運命の末路を見せつけられた。


(自分をごまかすため)


(本当は弱いマスターが、自分を奮い立たせて戦う道を選ぶため)


(いつだって、マスターはそのためにふざけて、おどけて、楽しもうとしているのだぞ)


(そんな簡単なこと、我はとっくに知っている。だからマスター、そんな思考に囚われる必要は無いのだぞ)


助かるよ、邪剣。

全面的に味方してもらえるのは本当にありがたいことだ。

でも、今の気分にはその助けが逆につらかったりもする。


(そんなこと知っている!!)


(マスターのことならもうわかる、それでもあえての励ましなのだぞ!!!)


あえての励まし。

なるほど。

そうか。

うん、ありがとう。

愛剣のおかげで、頭の中で葛藤してばかりもいられないわけだ。


(……ごめんね、ただの、剣なのに)


いや、違う、そこは謝るところじゃない。

だいぶ助かってる。

本当だ。


(………うむ、では、あとで我のことをもっともっと褒めるのだぞ!!)


おう、あとで褒めちぎってデレッデレにしてやんよ。


さて、今度こそ思考を切り替えよう。

おれはもう人じゃない。

人らしい感情に惑っている暇は無い。

神のしもべにそんな贅沢は許されていない。

運命神に仕える運命の奴隷、か?

へへっ、笑ってしまえ。


現状確認。

避難中の人の群れに追いつくために東に向かってひたすら走っている。

まっすぐ第二城壁を目指していたのに、大幅な遠回りとなった。

いつのまにか道が広くなってきている。

市場のはずれか。

混乱のあとがうかがえる。

露店のテントは倒れ、商品が散乱している。

欲をかかずに、身一つで逃げ出しているわけだ。

まだこの世界のことはよくわからんけど、命あっての物種って意識がかなり強いんだろう。


人影発見。


まだ、こんなところにも取り残されていたか。


その人影は、倒れて散らかった露店の残骸から、リンゴのような果実を拾いあげてかぶりついた。


男だ。


不審な行動に、接近しつつ注視する。


身なりは、妙だな。

見るからに高そうな仕立ての良い服なのに、髪は脂でギトギト、髭の剃り方は乱雑、肌も汚い。

腰に差した剣も、鞘の雰囲気が着ている服に比べて随分と安っぽい。

こいつ、たぶんアレだ。

火事場泥棒。

あぁ、そんな表現がしっくりくるな。

盗んだ服を着て、商品だった果実をかじり、ひょっとしたらあの剣もどっかで拾ったものかもしれないな。

こんなときでも、こんな輩がいるのかよ。

このまま進むと鉢合わせる。

向こうもこちらに気付いたか。

さて、どうする。

無視するか。

いや、こんなやつでも救うべき、だよな。

一人でも多く、救わないとな。


火事場泥棒が剣を抜いた。


こちらの進路をふさぐように剣を横に広げる。

チッ!

救えねぇよ、こんなやつ!!

なんでこんな……。


目が合った。


速度をゆるめて男から少し離れた位置で立ち止まる。


「そうそう、それでいい、まぁ待ちなって」


ヘラヘラと笑いながら吐いた軽薄そうな言葉だ。


だが、芯が強い。


「何があったか知らねぇがな、お前さん、そりゃなんだ、幼児攫いか?」


「ふざけてんじゃねぇぞバカヤロウ」


「置いていけ、足洗え、真っ当に生きろ、まだ間に合う」


男の目は、義憤に燃えていた。


「お前さん、邪神教団か?」


「抜けちまえ、なんなら俺が面倒見てやる、真っ当な悪事でメシ食わせてやっから、子供攫うなんてそんなクソな真似はやめとけよ」


おれは子供を降ろして解放した。

担いだまま全力で走ったので、幼い兄妹は船酔いしたようにぐったりしている。

二人揃って地面にへたり込んで、おれの足を覆う黒鉄のチェインブーツをゲロまみれにした。

二人の子供は、気分の悪さと自分たちの失敗に気付いた恐怖で青ざめる。

不気味な触手を操る誘拐犯の足元でゲロをぶっかけたのだ。

そしてその誘拐犯の右手には、禍々しい抜き身の剣が握られている。


「まぁ、邪神教団のクソどもなら口で言っても聞きゃしねぇやな」


男は軽薄な笑みを浮かべながら、既にこちらに剣を向けている。


「ガキに手ぇ出したら殺す」


険しい顔で鋭い殺気を飛ばしてきた。

たぶん、ゲロをぶっかけられて気を悪くしたであろう誘拐犯、おれに対する牽制だ。


この男は信用できる。


目が合ったときになんとなくわかった。

この火事場泥棒は、『流れ島の三兄弟』と同じタイプの人間だ。

要するに、「良いやつ」だ。

運が良かった。

この兄妹は、こいつに丸投げしよう。

きっと大丈夫だ。


ゆっくりと左手で、東の方角を指差した。


火事場泥棒の目を強く見返す。

アゴをしゃくって、もう一度強く東の方角を指差す。

「東に行け」ジェスチャーだ。

わかれよ。

伝われよ。

変なボケかますなよ。

兄妹を見下ろす。

怯えた子供たちの目を交互に見つめながら、「東に行け」ジェスチャーをする。

妹が気付いた。


「にーちゃん」


小さな妹は兄の服をつまんで引き、東の方角を指差した。

兄妹がチラチラとこちらの様子を伺いながら、支え合うように立ち上がる。


おれは笑った。


体の向きを変え、第二城壁へと走り出す。

その寸前で目にした火事場泥棒は、頭をボリボリとかきながら剣を収めているところだった。


運が良かった。


いや、不幸中の幸いにすぎなかった。


あまりに大きすぎる不幸の中の、ほんの些細な一握の幸運。


運。


走りながら、こう思わずにはいられなかった。



運命とは、いったい何なのか。



第二城壁までの道のりで、もはや立ち止まることはなかった。


遠回りした分を取り戻そうと走り続けた。


目標とする第二城壁のそばでは、かの竜騎士が懸命に叫びながら飛び回っていた。


それを遠く目にしながら走り続けた。


王都の庶民を救った竜を駆る英雄は、王都中枢を守る兵隊によって射かけられていた。


それを見つめながらただ走った。


そうして風が、強く強く吹き荒れた。


竜騎士も兵隊も、巨きな緑竜も強風に飛ばされた。


やっと辿り着いたおれ、『邪剣使い』も。



「ここまでだ、撤退してくれ、邪剣使い」



風が『暴風花』のその声を運んできた直後、風の砲弾にぶっ飛ばされた。


目前に見えていた第二城壁が急速に遠ざかり、ふいに消失した。


その城壁の内側の丘も、なにもかも。


「中つ国」バルゴンディア、その王都の半ば以上が、おれのすぐ目の前で消えて無くなった。


頭の中で反芻していた。



運命とは、いったい何なのか。

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