2キャラ目、死地
本編の前に、あらすじを作成しました。
通算60話
2キャラ目、36話
邪神が超絶突進によって『奴』を吹き飛ばしたためか、いつの間にか戦域は大幅に移動していたようで、視界の片隅には草原が見えている。
邪神と『邪神の小姓』がその戦域を離れている間に、炎を操る英雄が奮闘していた。
対立期という時代に、『反抗の英雄』と呼ばれていた男。
今は『天秤』として、『奴』との戦いに駆り出されていた。
『火因支配』という能力を存分に発揮し、『漆黒』を取り巻く広範囲を燃やし尽くしていた。
後衛として遠距離に留まっていたが、前衛であった『邪神の小姓』が離脱したことで、『奴』に接近戦を仕掛けていたらしい。
炎に紛れて白銀の双剣を振るっていたその英雄は、『奴』に喰われて消滅した。
炎が消えた。
『火因支配』の使い手が消されて、戦場を燃やしていた火炎も一瞬のうちにかき消えた。
あまりにもあっけない。
いとも容易く、『天秤』が喰われていく。
なにやってんだよあの邪神どもは。
あいつらがイチャイチャ暴れてる間に英雄喰われちゃってんじゃん!
っていうか、『天秤』制御機能、融通利かなすぎだろ。
あの『反抗の英雄』は今のパーティーだと明らかに後衛向きだったじゃん。
なんで最前線に突っ込ませた?
『暴風花』が前に出て頑張ってヘイト集めてればよかったんじゃないの?
『漆黒』が蠢いている。
なんだ?
『奴』が今までに無い動きを見せていた。
あれは……。
移動している?
『反抗の英雄』を喰った直後から、『奴』が移動を始めていた。
なんだろう、あの動きも変な感じだけど、なにか他にも違和感があるような……。
『漆黒』が、まるで必死に走っているような速度で移動していく。
地を這う獲物に狙いを定めた猛禽が、上空から飛来した。
『奴』の直上から、白銀の女騎士が急降下斬撃を叩きつけた!!
そのまま着地した『暴風花』は二つ三つと斬撃を重ね、再び宙に舞い上がる。
(マスター、我はマスターの感じている違和感の正体を知っているぞ)
『暴風花』の連撃からだいぶ遅れて、『奴』が『世界喰らい』を放った。
ん、邪剣、何を知ってるって?
(邪神様に与えられた我の知識は、知っているのだぞ)
『世界喰らい』によって、『漆黒』の周囲の世界が瞬時に描き換えられた。
その直後に、一つの影が『奴』に躍りかかる。
(かつて、あの英雄はしぶとく図太く死に抗って生きていた、ということを)
燃え盛る双剣を振りかざし、『反抗の英雄』が『奴』を襲った。
消されたはずの英雄にはなんの外傷も見当たらない。
練り上げられた双剣の乱舞は、『暴風花』の手数をゆうに上回っている。
首、指、首、目、喉首、手首、眉間、首、肘の腱、喉首、耳穴、手首、喉首。
切り刻まれる人型の幻影が目に浮かぶほど、その刃先は明確である。
殺しの剣筋を次から次へと出現させる曲芸師。
この英雄も、あの女騎士とはまた別のタイプの剣の達人。
炎を纏った刃が翻るたび、火炎が放たれ地を走る。
『漆黒』の周囲が、瞬く間に紅蓮の海に染め上げられていく。
炎に紛れ、『反抗の英雄』の人影が揺らいだ。
揺れる人影が、撹乱するように駆け巡る。
そして再び、『世界喰らい』が周囲まとめてその人影を消し去ってしまった。
それと同時に、炎はやはり消えて失くなる。
先ほどと同じ、『反抗の英雄』はたしかに喰われて消えたはずだ。
しかし、違和感がある。
なるほど。
こういうことだったのかよ。
『天秤』制御機能、めっちゃ融通利いてるじゃん。
邪剣、今の『世界喰らい』でも、あの英雄は死んでいないんだよな?
(うむ、気付いてくれたか、マスター?)
おう、流石はおれの愛剣。
(くふふー、流石は我のマスター、だぞっ!)
喰ったのに、『奴』が消えていない。
それが違和感の正体だな。
『天秤』を喰ったはずなのに、『認識不可』が回復しなかった。
あの英雄、双剣で絶対首刈り取るマンみたいな剣の達人で、さらに『火因支配』とかいうチートくさい属性攻撃持ちの『天秤』だろ?
そんなもん、エネルギーの塊に決まってんじゃん。
もしも『世界喰らい』で喰ったら、『奴』が回復して『認識不可』が一瞬でも効力取り戻すはずじゃん。
でもぜんぜん消えない。
だからさっき喰われたあの人影は、『反抗の英雄』なんかじゃなくて、おそらくその能力の……。
(「幻炎」と呼ばれていたらしい。炎が映すただの幻なのだぞ。普通の視覚にしか頼ることができない相手には、バツグンの効果を発揮したようだ)
炎が映す幻?
それも『火因支配』の力なの?
おれはあと何レベルで習得できますか?
それかどこかにそんな技を習得できるマシンが落ちてるんですか?
無理ですかそうですか。
あの人影が幻ってことは、本人は炎に紛れたときに隠れたのかな。
いや、あの接近戦自体が幻だったってパターンもあるのか。
それにしても、普通の視覚、ねぇ。
やっぱり、アレですか?
(うむ、アレなのだぞ。『道断の反英雄』相手には効果が薄かったのだ。しかし『反抗の英雄』も広範囲を燃やし続けることができたから、小姓の回避力も意味が無かった。お互いに相性は最悪だったのだぞ)
相性最悪っていうか、むしろお腐りの方々にとってはそういうのが相性最高なんだよなぁ……。
さて。
あのほぼ全裸の場合は、幻かどうかを敏感に察知することはできても、戦場全体が燃えるのは防げないし避けられない、と。
なら、『奴』の場合はどうだろう。
あの反応。
少なくとも、今のところは『反抗の英雄』の術中にはまってるよな。
さっきと同じだ。
『漆黒』が蠢いている。
やっぱりそうだ。
とにかく、慌てて、急いで移動している。
この有益な情報、逃さず拾うためにも、おれはまた「おれがもし『奴』だったら」というクソ嫌な思考を始める。
この『奴』の行動には、どんな意味がある?
たった今、炎を操る強敵を喰った。
強敵を喰えば、『認識不可』が一瞬でも効力を取り戻すはず。
ならば次に何をする?
現在戦域に残っている敵は高速で動き続けている『暴風花』だけだ。
『認識不可』が効いているうちに攻撃する?
いや、もしも外せばその攻撃の分消耗して、『認識不可』が終わるかもしれない。
攻撃しなければ、『認識不可』を保っていられるかもしれない。
それなら、攻撃しないで移動して………。
おれだったら……。
おれだったら、移動して…………逃げる?
……あれって、逃げてんのか?
なんか、そう思ったらそうとしか見えなくなってきたな。
いや、でも実際は今は『認識不可』は効いてないし………ッ!?
おぉっ!?
うわっマジかッ!!?
この思いつきはマジなのかッ!!?
いや絶対にそうだッ!!!!
「『奴』は『認識不可』が回復しているかどうか自分自身ではわかっていない」ッ!!!!
こういうことか?
いや待て落ち着け。
まだ確定ではないだろ?
思い出せ!
『奴』が幻に騙されてるのはこれが二回目だ!
最初に『反抗の英雄』が喰われたフリをしたときはどうだった?
たしか、一回目のときもすぐに移動を始めて、それから『暴風花』の急降下斬撃、その後はさらに連撃くらって、『暴風花』が離脱してからやっと遅れて反撃していた!!
『奴』の反応は鈍かった!!
やっぱり、それって『認識不可』が回復してると思い込んでたからじゃないのか!?
その後再び『反抗の英雄』が現れたときはもっと鈍かった!!
…………確定か?
いや、あくまで慎重に。
きっと、かなり重要な情報だ。
「『奴』は『認識不可』が回復しているかどうか、自分自身ではわかっていない」
たぶん、確定だけど、いちおう仮定ってことにしておこう。
『漆黒』が蠢いている。
まだ『暴風花』は動かない。
いや、相変わらず上空を飛び回ってはいるが、攻撃する素振りはない。
そして『反抗の英雄』にも動きは無い。
そもそも、どこに潜んでいるのかもわからない。
『奴』だけが、『認識不可』が少しも回復していないままで移動し続けていた。
いいや、違う。
移動しているのは『奴』だけではない。
反英雄に騎乗した邪神が『奴』目掛けて一直線に移動してきているッ!!!
恐ろしいのは『暴風花』だ。
一度目の急降下斬撃でこの作戦の有効性を身を呈して証明し、そしてこの二度目には、最大威力の打撃を導くため、上空で『奴』の位置を示す信号弾の役割を果たしている。
邪神を乗せた反英雄が急速に詰め寄せた!!
両脚と左腕で這い駆けていた『邪神の小姓』が上体を起こし、肩に担いだ長柄の特大剣を振るう!!
その折れた刃の先端には腰掛けたままの邪神ッ!!!
『邪神の小姓』のフルスイングに居座った邪神幼女が小さな拳を振るって『奴』をぶっ飛ばしたッ!!!
ぅゎょぅι゛ょっょぃ!!!
うわ幼女強いッ!!!
っていうかぶっ飛ばしすぎだろ!!
ちょっとこっからだと見えづらくなりそうだな。
あんな遠く、草原の近くまで……。
荒地と草原の境目付近、幾分岩が減った地点まで飛ばされた『漆黒』に、瞳が浮かんだ。
あっ……。
くそっ!!!
第二段階か!!?
せっかくかなり良さそうな作戦が編み出されたと思ったら!!
………あれ?
『漆黒』に浮かんだ瞳は、一つだけだった。
『無明の万眼』と戦ったときの大量の瞳とは違う。
その一つきりの瞳も、ほんの数秒だけギョロギョロと動き回ったかと思うと、消えて無くなった。
『暴風花』が『奴』の上空に飛来する。
邪神を乗せたままの反英雄も、既に『奴』の方向へと駆け出している。
なんだ?
結局、第二段階にはならないのか?
なにか腑に落ちないまま、観察を続ける。
接近してきた小姓に向けて『世界喰らい』を放ったのだろう、世界が描き換えられた。
『奴』はもう移動しようとはしていない。
それ以前の、普通の第一段階の戦い方に戻っているようだ。
『奴』は邪神の破壊力を随分警戒しているらしく、邪神を乗せている『道断の反英雄』に向かって頻繁に『世界喰らい』を放っている。
『奴』が第二段階にならなかったのは釈然としないが、たぶん、これはこれで理想的な展開だ。
邪神の破壊力と反英雄の回避力が合わさり、『奴』の無駄な攻撃を誘発させ続けている。
そして、『奴』の意識を邪神組二人に集中させることで、英雄組二人の遠距離攻撃が着実にダメージを稼いでいた。
優勢。
見る限り、もはや優勢としか思えなかった。
そしてふと、こんな思考が湧いてくる。
第二段階にならないのではなくて、なれないのではないか?
万眼先生は、『奴』は感知系の能力を使うのは苦手だと言っていた。
だから第二段階とは、無理矢理感知系に力を注いで、エネルギーを消耗している状態なのだと、そう教わった。
ひょっとして、今の『奴』は、既にそんなことができないほど弱り切っているんじゃないか?
もしも、ここでもう一押ししたならば?
わからなかった。
この思考が冷静な判断に基づくものなのか、わからない。
おれの左拳が、この手で決着をつけたがっているからだ。
壊れた無明の魂が、『奴』を殺せと叫び続けているからだ。
今ならここで『奴』を殺れるんじゃないか?
今、ここで。
いくつかの選択肢を頭に浮かべる。
思考を進める。
可能性を洗い出す。
これが今のおれにできる戦いだ。
今、ここで。
あのクソ変態マジ邪神に言われたように、怯えて潜んでいればいい。
怯えて潜んで全力を出す。
勝ち筋を拾え。
負ける可能性を、想定外の危険を妄想しろ。
もしもおれが『奴』だったなら。
力無き神を憎め。
理不尽な世界を憎め。
不可避の運命を憎め。
おれならどう動く?
何を求め、そのためにどんな状況を回避する?
目標は、目的は。
あらゆる世界を消し去って、いかなる神をも殺し尽くす。
そのために必要なものはなんだ。
死なないこと。
やり遂げるまで死なないこと。
全世万界消滅の途上で、「頑張ったけど死にました」じゃ意味が無い。
生き残るために必要なものは『認識不可』だ。
わけがわからないチートくさい化け物どもには付き合っていられない。
生き延びて、逃げ延びて、『認識不可』で怯えて潜んで、じっくりよく考えてから、ちょっとずつ危険を消して、少ないリスクで、この先の力を温存できるように計算してから、おれの勝ち筋に引きずり込む。
全部殺して喰らっておれの『漆黒』に引きずり込んで……。
(マスター、そこまでなりきる必要はないと思うのだぞ!)
軽い調子で愛剣が繋ぎ止める。
右手で強く握りしめた。
この思考は、やはり嫌な思考だ。
考え方を変えてみよう。
ハッとした。
考え方を変えてみる。
なんとなく、そんなセリフがあった気がした。
大好きな、右手に寄生されちゃうあのマンガを思い出した。
やっぱり、右手の邪剣に助けられているおれの状況は、あのマンガに似ているような気がしてくる。
胸が熱くなった。
地球の日本で生まれ育った一般人のおれは、戦争も経験していない。
それなのにこんな異世界で、いつの間にかとんでもない化け物と戦うことになっている。
戦いも争いも、まるで知らなかったはずなのに。
でも、本当にそうなのか?
おれは本当に戦いを知らなかったのか?
マンガ、ゲーム、アニメ、ラノベ、あんなにたくさん知っているじゃないか。
ただのフィクションで、作り話で、現実の戦いなんてものには到底及ばなかったとしても。
おれは知っているじゃないか。
どんな強敵相手でも決して諦めず、最後まで戦い抜く主人公たちを知っているじゃないか。
どんなに心折られたとしても、最後には立ち上がり、勇気と知恵と、あらゆる力を総動員して立ち向かうヒーローたちを知っているじゃないか。
フィクションだろうが作り話だろうが、嘘じゃない。
大好きな主人公たちが戦い抜いたって事実は、絶対に嘘じゃない。
ふっ。
つまり、マンガとかアニメじゃない、本当のことさ。
へへへっ。
機体とかそういうのの性能の差が、戦力の決定的な差ではないってことを教えてやるぜ。
ふひひっ!
そう、単純に戦力の差ばかりに気を取られないで、考え方を変えてみるんだ、色や臭い、形や大きさ、そんなものまで比べてみる。
教えに満ちたセリフの数々を知っている。
地球の日本で生まれ育った、おれの力を見せてやるぜ!
心は決まった。
(聞こう、我がマスター、アナタの愛剣は、どこまでもアナタと共にある)
ノリ良し。
おれが挑んで喰われたならば、共に喰われるおれの愛剣。
『邪剣使い』である限り、決して手放してはならないおれの相棒。
それゆえに、おれの敗北は、おれの愛剣の敗北だ。
おれが死ねば、邪剣は死ぬのだ。
この剣はそれでも、剣に徹してくれている。
(かっ、勘違いしないでよね、我はただの剣なんだからね!)
しょうもないツンデレ崩れの小ネタを挟む。
これがおれの愛剣。
だいぶ離れてしまった化け物どもの戦場に目を向ける。
『漆黒』の周囲はとっくに草原になっていた。
その草原には、『土魂支配』の岩柱から爆砕されて飛んでいった岩が、いくらか転がっている。
心は決まっている。
やはり、どう考えても、これは必要なことなんだと思う。
無明の魂が、今は邪魔だ。
いや、無明さんにはホント悪いんだけどさぁ。
ぶっちゃげ、今これめちゃくちゃ邪魔になっちゃってるじゃん?
考えれば考えるほど、そういう結論に達してしまう。
さっき邪神には「無明も邪神も全部超えてやんよ!」的な発言しちゃったけどさ。
冷静に考えれば無理じゃん?
そんなこの場で急に強くなるなんて無理じゃん?
現実だぞ?
今のおれにはこの無明の魂を制御することはできない。
だから、今のままではこの戦場で何もできない。
もちろん、この戦場でできることなんて、最初からほとんど無いに等しい。
『奴』には勝てない。
今はまだ。
今はまだ、『奴』には勝てない。
それでもだ。
それでも、気付いてしまった。
気付いてしまったからには備えなくてはならない。
だから無明の魂を、おまえに預ける。
(わかりました、我が主)
(でもね、我は思うのだ。やっぱり、その魂はマスターが持っているべきだと思う)
大丈夫だ。
おれはおまえを手放さないからな。
だから邪剣が預かっててくれれば、おれが持ってるようなもんだ。
(本当に、良いのだな?)
あぁ、頼む。
その直後。
ほんの一瞬、邪剣の神域にいた。
目の前には、おれが名付けた、おれが設定した外見の、黒髪の女の子。
だけどその表情は、想像もつかないような、どこか寂しげな微笑みだった。
(預かったぞ、マスター)
岩々が転がる荒地で、邪剣の言葉を聞いた。
空は青く、陽は、まだ燃えるほどではないが、傾いてきている。
黒髪の女の子なんてどこにもいなかった。
右手に握っているのは、ただの邪剣だ。
頭が随分スッキリしていた。
無明の叫びが止んでいる。
本当にこれで良かったのか、なんてことは、今は考えない。
その手の思考を保留にするのは、地球の日本で暮らしていた頃から慣れている。
ありがとう、邪剣、頼んだぞ。
(くふふーっ、マスターに頼られるの嬉しいぞっ!)
頼りにしてるぞ、愛剣。
(うん、任せてね、マスター)
じゃあ、征くか。
『漆黒』を見据える。
想像してしまった。
気が付いてしまった。
『奴』の周囲の草原を、炎が躍り、風が舞い、屈強な男が幼女を乗せて駆け回る。
その草原の先に目を向けた。
草原の先、丘陵地の起伏の上にそれはある。
そこに向かって駆け出した。
いつの間にか、もうこの距離から見えている。
『世界喰らい』で喰われた世界の隙間は、周囲の空間が一瞬で流れ込むことで塞がる。
もしも、一方向だけをひたすら喰らい続けたなら、いったい何が起こるのか?
『奴』はずっと、いつからか「距離」を喰っていた。
もうこの距離でも見えてしまっている。
丘の上に建造された、城郭都市。
バルゴンディア王国、その王都。
おれは、そこに向かって駆け出したのだ。




