2キャラ目、再会
『邪剣使い』攻略、31日目。
『奴』と『天秤』たちとが争う戦場。
大小の岩が散乱する荒れ果てた平原。
その寒々しい風景を背にして、灰色の少女が笑みを浮かべている。
「どうした、運命改変者」
灰色の毛皮に身を包む、灰髪の少女。
2日目の夜明けに、おれはこの少女に出会っていた。
目の前の灰髪に咲いている花飾りは、あの日、墓標に添えたものと同じものだった。
邪神が囚われし「魂の牢獄」、その周囲に掘った墓。
あの花飾りは、あの墓に置いてきたはずだった。
「何をしている、神の代行者。つまらん凡人めが、貴様の使命は、運命の改変とは、そんな有様で果たせるものではないはずだ」
灰髪の少女が嗤っている。
中身が違う。
この少女は泣いていた。
だから違う。
こんな顔で嗤うはずがない。
「戦え、抗ってみせろ、生を謳歌すべき時は今だ」
その口で………テメェが喋るんじゃねぇよ、邪神。
思考を読ませた。
邪剣の肉がこわばっているのを感じる。
愛剣を強く握り締めた。
「くくくっ、この邪神たるオレが見届けてやろうというのだ、ありがたく生きて、死ね」
その口でそんなふうに……ッ!!
その顔でそんなふうに嗤うんじゃねぇ!!!
テメェが、テメェなんかがその身体をッ!!!
「貴様がほざくのか、罪人」
「その身体で、この小娘の庇護者でも気取るつもりか?」
この身体で。
忘れたかった事実を突きつけられた。
あの集落を斬り捨てた、『邪剣使い』のこの身体で。
少女の記憶を読んだのか。
いや………。
そこでそれに思い至った。
こいつは、『魂喰らい』の邪神。
…………喰ったのか?
テメェ邪神ッ、その娘の魂を喰ったのかッ!!!
「愚か者め」
邪神は灰髪の少女の中に巣食って、幼気な少女の顔にいやな笑みを浮かべさせたままでいる。
「この邪神たるオレが、脆弱な小娘の魂なんぞ喰らう理由がどこにある」
なら、出ていけよ。
その身体から出ていけよ。
今さら脆弱な身体を…。
「身体を奪ったわけではない、この小娘も承知のうえで使っているだけだ」
………承知のうえ、だと?
ふざけるなっ、それはどういう…。
キュイーーーッ!!
竜の鳴き声が響き渡った。
そして羽ばたきが聞こえる。
背に鞍の付いた白い竜が、灰髪の少女、いや、邪神の隣に着地した。
邪神はその幼い少女の手で、白竜の頭を一撫でする。
しかし羽ばたきは、まだ聞こえていた。
空中を接近してきたその影には見覚えがあった。
この羽ばたきにも聞き覚えがあった。
竜の咆哮が響く。
そのどれもが、邪神の隣で地に伏せている白竜のものとは、比較にならないほど大きい。
緑竜だ。
………この見るからにドラゴンな感じ、大城壁で見たのと同じ竜か?
なんでこんなところにいる?
いや、それはこの邪神も同じだ。
なぜ今この時にこの地にいる?
羽ばたいていた緑竜は、付近の大きな岩にゆっくりと着地した。
「怖いやばい絶対やばいこんな怖い戦場ありえない……なんだって僕がこんな目に………」
人の声がした。
大きな緑竜の背に、誰かがしがみついている。
冴えない男だ。
くすんだ金髪の、あれ、いや、よく見ると割とイケメンだったわ。
でもやっぱり冴えないわ。
すげぇ、何者だ?
金髪のイケメンなのにいまいちなんかパッとしない、こんなやつがいるのか。
なんなんだこいつ。
冴えない第一印象から、イケメンであることに気付かれてもやっぱり冴えない第二印象に辿り着かせる。
すごい幸薄そう。
残念が滲み出ている。
なんつーか、受難の相って感じだね。
親近感わいてくるわ。
いやいや、っていうか誰ですか?
なんでこの緑竜に乗ってんの?
「従者、遅いぞ従者、その『臆病』で測ってみせろ。このオレとあの戦場にいる者ども、貴様にとってどちらの方が脅威的な存在か」
「………正直、比較にならないですね。明らかにやばいのがいるじゃないですか。なんなんですかアレは、怖すぎてこれ以上進めないです、今すぐ帰りたいです」
「ほう、急拵えの精神防壁でも、その程度の恐怖で済んでいるか。あの呪いの塊は恐怖を振り撒いている。オレが戯れにくれてやった精神防壁が無ければ、貴様自身の『臆病』とあの呪いのもたらす恐怖で、貴様はとうに発狂しているところだったな。従者よ、謝意を示せ、畏敬を捧げよ、信仰を誓え」
「えっ?…………あっ、ありがとうございます、邪神、様……?」
なにあいつ、めっちゃ顔に出てる、超迷惑そうじゃん。
「なんでこんなところに来るはめになってお礼言わされてんの?」って顔してるじゃん。
あいつ、邪神の従者なのか。
そんで臆病なのか。
残念だったね。
同情するわ。
それにしても邪神の野郎、精神防壁とか完全に万眼先生のパクリじゃねーか。
「他も測れ」
「他も、ですか……………僕を瞬殺できそうなのが三人、かな……えぇと、邪神様と比べると………うぅん……」
「大差無い、か」
「あっ、まぁそうです、けど、えっと、でもそこの黒い人はそこまで怖くないですよ!邪神様のほうが確実に強いです!まぁでもその人も僕よりは強いみたいですけどね!」
あれ、なんかちょっとおれディスられたね?
そこまで怖くないって、いや、むしろ『邪剣使い』にとっては褒め言葉かも?
まぁ、天秤とか邪神とか『奴』みたいな化け物どもと比べられても困るんだけどね。
「この邪神たるオレが、天秤ごときと大差無し、か。くくくくくっ、貧弱な肉体め。まぁいいだろう、褒めてやる、従者。『臆病』などという軟弱な能力をよくぞそこまで鍛え上げた」
「………えっ、えぇ、まぁこれが僕の生命線ですからね」
「……………あれ、今ひょっとして、天秤って言ってましたよね。おかしいな、聞き間違いかな。あははっ、えっ、天秤って、あの天秤?」
「天秤、災厄、邪神の類……………あははは………なんなんだ僕の人生、僕ってなんでまだ生き延びてるんだろう」
従者がすごい微妙な表情してる。
褒められたのが意外すぎて、でもまんざらでもなさそうな感じだな。
なんかそのあとブツブツ言ってるけど。
………っていうか、ちょっと待って。
おれ、なんかほっとかれてない?
おい邪神!
ちょっとよくわかんないことが多すぎるから説明しろよ!
なんでおまえここにいんの!?
邪神はこちらに一瞥もくれず、おれが身を隠していた大きな岩の上に飛び乗った。
「さて、あれが戦場か。随分と濃厚に濁りきったドス黒い呪いだな。あの呪いは『認識不可』であったはずだが、なるほど、先刻の流星から感じた気配、隣接次元の出しゃばり女神の仕業だな」
「ほう、喰っている」
「くくっ、くははははっ!!なんたる呪いか!やはり想像通り世界を喰っている!!『認識不可』に『世界喰らい』かっ!いかにして宿した!?いずこから湧き出してきた!?くくくっ、穢らわしい存在め!」
また自分一人で盛り上がり始めたよ、この邪神……。
くそっ、シカトしやがって。
『邪剣使い』は喋れないんだよ?
ちゃんとおれの思考を読み取ってくれないと会話できないじゃん。
あっ、あれ?
っていうかこれ、邪神がおれと話す気になってくれないとダメじゃね?
うわ、マジか、この邪神相手に会話の主導権握られてるとか最悪だわ。
「そして天秤、か」
不意に、邪神が目を細める。
少女の顔立ちが、幾千年かを経た憂いを帯びていた。
その目は遠い戦場を見据えている。
三人の『天秤』が踊る戦場。
『暴風花』、『邪神の小姓』、『反抗の英雄』、遠い昔の三人の英雄たち。
遥か遠くの、いつかの戦場。
「これだから好かんのだ、均衡律というものは」
「英雄たるを示した者の肉体を、強く美しく儚いその魂を、縛り上げ辱しめ晒し者にするなど」
「唾棄すべき行為だ」
「無様だぞ英雄ども、均衡律ごときに囚われ、かつての生を忘れた木偶人形どもめ」
言葉とは裏腹に、少女の顔はまるで慈しむように微笑んでいた。
愛剣の緊張が弛んでいる。
邪神が少女の顔に作り出したその表情に、おれの心もかき乱されていた。
岩から飛び降りた灰髪の少女が、再び目の前に着地した。
油断は、すぐに後悔に変えられた。
「借りものの魂」
小さな唇が言い放つ。
灰の少女の瞳が、金色に輝いていた。
覗かれた。
おれの中を覗かれた。
「やはり弱者、つまらん凡人、揺らいでいるぞ。与えられた能力、出しゃばり女神の精神防壁が。貴様自身がその程度の救い難い雑魚であり続ける限り、寄生した肉体をいかに鍛え上げようともその先は知れている」
「借りものの魂、やはり貴様には過ぎた代物だったようだな」
…………うるせぇッ!!
「くくくっ、見えているぞ、もはや聞こえているぞ、その戦士の魂の狂乱の叫びが!!」
やめろッ!!!
「奴を殺せ、か」
がああぁぁッ!!!
テメエェェェッッ!!!
邪神ンンンーーーーッ!!!!
憤激が暴発した。
抑え込んでいたものを引きずり出された。
無明の壊れた魂が猛り狂う。
『奴』への憎悪。
業火がこの身を呑み込んでいく。
「それは借りものの魂なのだぞ、その力に頼り続ける貴様ならば、その憤怒も受け入れて然るべきだろう?」
『奴』がいる。
滅ぼすべき宿敵がそこにいる。
地を蹴り砕いて踏み込めばすぐだ。
すぐにでもこの手を振るえる距離に『奴』がいる。
血が熱い。脳が熱い。肺腑が熱い。臓物が熱い。四肢が熱い。
ーーー槍の名は万眼、この相棒を決して手放してはならないーーー
放たれてしまった。
あの相棒はおれの手から去っていってしまった。
ーーーそして、奴を必ずこの手で殺すーーー
あの手ではなくなった。
あの肉体はおれの手から去っていってしまった。
ーーー奴を今ここで殺すッ!!!!ーーー
奴を殺せ。
今ここで。
奴をッ!!!
奴を殺せッ!!!!
奴を殺せッッ!!!!!
奴を殺せッッッ!!!!!!
(ーーーーーッ!!)
(ーーーースターッ!!!)
(マスタぁーーッ!!!!)
邪剣が繋ぎ止めていた。
ぎゅっと強く。
止めてくれていた。
抑え続けていた。
『血色の流星』を見たときから。
『奴』の気配を感じている間ずっと、無明の憤激を堪え続けていた。
邪神に覗かれて暴走したが、愛剣が約束を果たしてくれていた。
左手の中で、岩の一部を握り潰していた。
身体中から邪剣の肉が伸びて、そこら中の岩と地面に追加した剣身を突き刺していた。
おれは『奴』へと向かって岩に縋り付いている。
いつの間にか、駆け出そうとしていたようだ。
愛剣が繋ぎ止めている。
ずるりと脱力して、岩に頭を打ちつける。
(マスターッ!!)
大丈夫。
もう、大丈夫だ。
ありがとう、邪剣。
「余計な真似をしてくれたな、くくっ、邪剣よ」
(………我は、我のマスターは必ず守ってみせる!!キサマの思い通りにはさせんぞ、邪神!!!)
「くくくっ、くっくっくっ、くはははははっ!!」
「ならばどうする、借りものの魂を抑えきれずに暴走し、その度にそうして力を使い、使い果たして消滅するか?」
「オレが手を貸してやろうというのだ、その猛る戦士の魂を、オレが喰ってやる。その凡人の手に余るモノをこのオレが引き取ってやろう。それならば平静を保ったまま、怯え潜み続けることができるのだぞ?」
(させないっ!!そんなことは我が許さん!キサマなんぞに、魂の本当の熱さも知らない邪神なんぞに!!!)
「ならば、どうする」
少女の顔に獰猛な笑みが浮かぶ。
(…………くっ!!)
邪剣が肉を収束させて、緊張に身をこわばらせた。
おれは愛剣を優しく握り締めて、真っ直ぐに立ち上がった。
邪神に相対する。
おれは笑った。
決まってんだろ、邪神。
今のおれは強いぜ?
なんたって、おれの愛剣がこんなに強くなってるんだからな。
ならばどうするかって?
テメェをぶちのめすに決まってんだろ。
また愛剣の力で負かしてやるよ。
その身体から引きずり出してやる。
テメェも、『奴』も、無明も、全部超えてやるよッ!!!
「やはり、貴様はつまらんなぁ」
邪神が嗤う。
「決断が遅いのだ、貴様は」
「来客だぞ」
「……間の悪い女だな、天秤になっても」
両者の間を、一陣の風が抜けていった。
「暴風花が汝に告げる」
白銀が、そよ風と共に岩の上に舞い降りる。
相変わらずの無表情。
………ホントに間が悪いよな、この暴乳。
初めて現れたときも、初めて喋ったときもそうだった。
「交戦中ゆえ、簡潔に済ませよう。まずは邪剣使い、どうも不快な視線を感じると思ったら、やはり貴方か。待っていてほしいと言ったのに、この戦地まで駆けつけてくるとは、ふふふ、どうしようもなく武人なのだね、貴方も」
先ほど邪神が飛び乗っていた岩の上に立ち、白銀の女騎士が話しかけてくる。
やはり棒読みで、感情のこもっていない笑い声。
『暴風花』は次に邪神に向き直る。
「そして君だ。まさかとは思うけど、その強靭な気配は間違えようもない。君は…」
「久しいな、鋼鉄の貞操帯」
「ふふ、ふふふ、ふふふふふ、やはり君か、変態神。ふふふ、ふふふふふふふ、どうしたのですか、その可愛らしいお姿は、ふふふ、ふふふふふ」
「お前こそどうした、その気持ち悪い笑い方は。天秤に成り下がったはずが、なぜ魂が解放されている?」
「あぁ可笑しい、ふふふ、そんなに可愛らしくなって、ふふふふ、私の魂は解放してもらったのだ、そこの邪剣使い殿が救い出してくれたのだよ。ふふふ、とはいえ、まだまだ自由に動けるわけではないのだけどね」
「ほう、なるほど、均衡律の精神支配だけを喰らったということか。貧弱な『魂喰らい』である分、そのような小器用な真似ができたわけだ。それにしてもそこまで解放されるはずがないだろう。いや、そういうことか、それとは別だな、あの呪い、『世界喰らい』が天秤を喰らったか。均衡律が弱体化しているな?」
「なんと、邪剣使い殿の最後の一撃がまさか『魂喰らい』であったとは、君たちはどういう関係なのかな。ふふふ、それにしても、君のそういうところは相変わらずだね、ふふふふふ、見た目は随分と可愛らしくなったというのに。君の推察の通りだよ、やはりあれは呪いなのだね、あれがこの戦場で幾人もの天秤を喰ってしまった。それで均衡律も弱まってしまったらしくてね、ある程度は私の意思で動けるようになったのだよ」
この二人、知り合いなのか。
まぁ『暴風花』に関する邪神の記憶もあったわけだしな。
それにしてもなんか仲良さげだね。
鋼鉄の貞操帯ってなんだよ?
意味わかんな……わかるわ。
変態神ってなんだよ?
意味わかん……わかりすぎるわ。
この残念化け物どもめ。
…………っていうか、ひょっとしてまた蚊帳の外にされてない?
おれだけじゃないけど。
さっきからずっとあの冴えないイケメン、残念イケメンも蚊帳の外だったよね。
あっ。
目が合った。
ちょっ、こっち見んな!
「あの人なんだか蚊帳の外にされてるみたいだなぁ」って顔に出てるんだよ!!
いや、おまえもだからね!?
なんなんだあの残念イケメンは!
ホントに誰なんだよ!?
(………マスター、我が必ず守るからね)
そして唐突に意味深に呟いたつもりの愛剣のセリフは、おれの頭の中で丸聞こえなのであった。
そして『暴風花』の話は、やっぱりたぶん簡潔には終わらないようであった。
そしてそして邪神は全裸じゃなくてよかったけど、それでも最悪なマジ邪神であった。
あとあの残念イケメンは、うん、誰かわかんないけど割とどうでもいいや。
おかしいよね。
シリアス回だったはずなのに、残念どもが集まりすぎてるよ……。
(…………でも、その残念の中心にいるのはマスターだと思うのだぞ!)




