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運命の断片 『亡国の竜騎士』2ー1

残念ながら残念です、このタイミングで幕間です。

しかも本編ギリギリ未登場キャラでございます。

なお、主人を差し置いて騎竜ちゃんはギリギリ登場したもよう。


『亡国の竜騎士』2周目の第1話です。






 統暦2811年、木霊の月、7日。


 運命改変3日目の日付である。


「六元分割」以降、六元の影響が薄くなっている広大な平野部は、「均衡領域」と呼ばれることが多い。

 もっとも、そう呼び始めたのは「主神教」の信奉者たちであるため、「均衡領域」という呼称が一般的となってからも、その呼び名を忌避する勢力は存在する。


 水精領域と土魂領域の境界となっている大河、コラート河。


 その流域の水精領域側にあって、均衡領域からそう遠くない場所に位置しているのが、都市国家コランタンである。


 水精領域都市国家同盟に加盟しているコランタンは、同盟都市の中で最も均衡領域に近いうえに、河を挟んで土魂領域とも接しているという立地のため、水精領域の玄関口として発展している都市であった。



 そのコランタンの騎獣駐泊場の厩舎が、普段の様相とは少しばかり異なる賑わいを見せていた。

 厩舎に、白竜が眠っている。

 ある一人の男がここに預けた騎獣である。

 六元が分かたれてから、竜は六元それぞれの領域の奥地を棲家としていることが多い。

 竜を騎獣とするなど、今となっては非常に稀なことであった。

 そのうえ、白い竜は死属の風気に染まった竜である。

 本来ならば死属の影響を受けて気性が荒いはずであり、騎獣にすることなど考えられない存在なのだ。

 その白竜が、主人の荷物を守るように包み込み、丸くなって眠っている。

 おとぎ話に登場する宝を貯め込む巨竜の姿を思い浮かべつつ、見物人たちはそのつるりとした愛らしい白竜を微笑ましく眺めていた。

 程なくして衛兵が増員され、見物人たちを追い払う。

 白竜の主人が珍しい騎獣を連れている自らの立場を弁えている人物であり、駐泊場の受付で通常あり得ない額の代金を提示していたためだ。


 白竜の主人、古びた外套に身を包んだ男は、駐泊場からそう離れていない冒険者ギルドに到着していた。

 どこの都市でも変わらず、冒険者ギルドの間口は狭い。

 その男はドアを開いてから、背負っていた長い棒状の布の包みを片手に持って、中に入って扉を閉める。


「ようこそいらっしゃいました、冒険者の方ですか?」


 中に入るとドアの両側に大きな受付の机があり、左手側の職員が話しかけてきた。

 入口の正面には、等間隔に三つの扉が並んでいる壁があるのみだ。

 それが冒険者ギルドの一般的な造りであった。

 その男は応答する代わりに、小さな銀板を机に置いた。


「拝見致します」


 問いかけてきた左手側の女性職員は、理知的な印象を与える微笑みと共に、その銀板、冒険者ギルドの組合員証を手に取った。

 先ほどの職員の問いかけは、簡易な合言葉である。

 受付で冒険者かどうかを尋ねられたとき、肯定の返事だけをするような人間は、少なくとも冒険者ギルドの組合員ではない。

 組合員がギルドに加入する際に、受付には求められなくとも自ら組合員証を提示するよう説明がなされているからだ。

 つまり、この場合、この男がしたようにすぐに組合員証を提示するのが正解なのだ。

 それを知らずに冒険者を騙る人間は、このやり取りですぐに弾かれることになる。


 冒険者ギルドの間口は狭いのだ。


 組合員に加入するための審査は厳しい。

 扱う商材が、主に情報そのものであるからだ。

 冒険者ギルドに利益をもたらすことのできる人材であると認められた者のみが、組合員になることができる。

 単なる腕力自慢や、ただ知恵者であるだけの人間では加入できない。

 素性腕前一切不問、年中欠員の傭兵ギルドとは、組織としての格が段違いであった。

 人材や組織形態を洗練することで、冒険者ギルドはこの世界において特別な信用を勝ち得ているのだ。


 小さな銀板を手に取った女性職員は、拡大鏡を片手に隅々まで検分する。


「登録都市はどちらですか?」


「帝都、メセド・バルーグァート」


「登録の日付をお願い致します」


「統暦2805年、火因の月、32日」


 職員はほんの一瞬、通常ならば気にする者などいない程度に言い淀んで、次の質問を続けた。


「登録されている二つ名は、『亡国の竜騎士』で間違いありませんか?」


 2805年、帝都、そして亡国。

 冒険者ギルドの職員ならば、その年に亡んだ国のことなど知っていて当然だ。

『亡国の竜騎士』のことを知っている、それゆえに、その二つ名で彼を呼ぶことに躊躇してしまったのだ。


「はい、間違いありません」


 男は、『亡国の竜騎士』は、微笑みながらそう答えた。

 よくあることだから気にしないでください、とでもいうように。

 実際によくあることだった。

 こうして冒険者ギルドを訪れた際には、もっと露骨に反応されてしまうことの方が多かった。

『亡国の竜騎士』の名は、彼をそう呼んだ『前線皇帝』のエピソードの一つとして知れ渡っている。


 そう、よくあることなのだ。


 国を亡くした男など、かつて夜空を照らした星々の数ほどもいる。

 統暦2805年、その年に彼の故国は帝国の手によって亡んでいた。

「魔導消失」によって、世界中に激震が走ったその年である。

 そしてそれは、魔法という強力な防衛手段を失った小国が、大国の兵力の前にことごとく征服されていくことになる、戦乱の始まりの年でもあったのだ。

 彼の故国は、「魔法無き戦争」で亡んだ最初の国として広く知られている。


「ご案内致します」


 女性職員は、机の上に『亡国の竜騎士』の銀級組合員証を返却した。

 本来ならば、本人確認の質問はまだ終わりではない。

 しかしこの職員は、今のやり取りでもう充分であると判断した。

『亡国の竜騎士』が銀級の冒険者であることも、その判断の後押しをした。

 いかなる人材も最初は銅級の組合員証を支給される。

 銅級の冒険者から銀級に昇格することは、容易なことではない。

 冒険者を騙るにしても、ギルドに来てわざわざ銀級を騙る者などいないだろう。


『亡国の竜騎士』は、組合員証を手に取って、女性職員の後に続いた。

 正面の三つの扉のうち、向かって右の扉に案内された。

 扉の向こうにはもう一人の職員が控えていて、その奥に階段がある。

 階段を上りきったところにも職員がいて、その横に扉がある。

 受付の女性職員に先導されたまま、『亡国の竜騎士』はその扉をくぐった。

 扉の先は応接間であった。

 正面の立派な長机には老紳士然とした温和な雰囲気の男性が座っていて、つい先程まで書類仕事に精を出していた様子だ。


「ようこそお越しくださいました」


 その男性は立ち上がって一礼する。


「こちらにお掛けください」


 ここまで案内してきた女性職員が、『亡国の竜騎士』に部屋の中央にある革張りの腰掛けをすすめた。

 応接用の一揃いの腰掛けは、背の低い机を挟んで対になっている。

 そこに、先客がいた。

 小さな少女が、その腰掛けの端にぽつんと座っていた。

 目の前には冷めきったお茶と、全く手をつけられていないお茶菓子。

 灰色の毛皮、灰色の髪。

 この部屋の中で、そこだけが色を失ってしまったかのようだった。


(あぁ、予定が狂ったな)


『亡国の竜騎士』は、動揺を表すことなくその少女の斜向かいの座席についた。

 手に持っていた長い布の包みを傍らに立て掛ける。

 この事態は、通常ならばあり得ない。

 冒険者一人に対して職員二人の個室に通され、そこで冒険者の用件に対応してもらうのが普通だ。

 しかし、部屋の正面にいた男性はどうも支部長のようだ。

 この部屋はおそらく支部長室であって、そして、明らかに部外者であろう少女が同席している。

 通常とは異なる対応、だが予想はつく。

 きっと支部長からこの少女に関する特別な依頼をされるのだろう、『亡国の竜騎士』はそう判断した。

 だから、「予定が狂った」、なのである。

 つまりこの好青年は、一目見ただけのこの少女に関する依頼を、一目見ただけで受諾することに決めていた、というわけだ。

 瞬時の洞察と明確な判断、さすがに銀級、一流の冒険者であった。


 腰掛けに座った『亡国の竜騎士』の対面に案内してきた受付の女性職員が着席し、こう発言した。


「冒険者ギルドコランタン支部へようこそ、『亡国の竜騎士』殿。私が支部長の『剛拳』です」


「えっ」


 彼女が支部長。

 完全に勘違いしていた『亡国の竜騎士』がおもいっきり動揺した。


「ぶふっ!!」


 老紳士が噴き出した。

 すぐに振り返る竜騎士。

 支部長ではなかった老紳士は、わざとらしい咳払いで口元を隠して呟いた。


「失敬」


 こらえきれない笑いがぷーっクスクスと漏れすぎていて隠しきれていないどころか実は最初から隠す気などないようだった。


「じいや、笑いすぎですよ、彼がほんの少しだけ気の毒になってきそうです」


「えっ」


 ただの職員、と見せかけて支部長であったその女性の物言いもひどいものであったので、間抜けな青年は再び動揺した。


「どうかなさったのですか、竜騎士殿。もしかして、女性の私が支部長を務めていることがひどく不愉快で気分を害してしまわれたのでしょうか?」


 わざとらしく咎めるような口調で理知的な微笑みを浮かべる支部長。


「えっ、いや、そういうわけじゃ…………すいません」


 なぜか謝ってしまう竜騎士。

 いつの間にか、いや、最初から力関係は成立していた。


(あぁ、やられた、完全にやられた)


 混乱しながらも、『亡国の竜騎士』は思い当たっていた。

 この通常とは異なる対応。

 ギルド支部長自ら受付に立って、品定めしていたのだ。

 依頼を持ち掛けるべき冒険者を厳選していた。

 そんなときに、自分はのこのこやって来てしまった。

 どうやらこの灰髪の少女、急を要するうえに、なかなか厄介な案件なのかもしれない。


「ごめんなさい、本当にほんの少しだけ悪ふざけが過ぎた気がしてきそうです。大丈夫ですよ、相手を選んで遊んでいますから、安心なさってください」


「はい………」


 相手を選んでいるというのは本当なのだろう、青年はげんなりしつつも、そんな感想を抱いていた。

 かつての光景、懐かしい人物たちを思い浮かべる。

 その中に、こうやって人をからかって、というよりも、この青年をからかって楽しんでいた人物も存在したのだ。


(あの頃は騎士団でもよくこんな扱いを受けてたっけな)


 昔を思い出して一つだけため息を吐いて、すぐに顔を引き締めて『剛拳』と名乗ったギルド支部長に向き直った。

 竜騎士は脳内の情報をあさる。

『剛拳』は金級冒険者であったはずだ。

 それがいつの間にかギルドの支部長になっている。

 冒険者ギルド本部から打診があったのだろう、珍しい話ではない。

 元金級冒険者、やはり一筋縄ではいかない人物のようだ。


「先に聞きますよ、その少女の話」


「素晴らしいです、竜騎士殿。ますますからかい続けたくなってきました」


『亡国の竜騎士』の発言に、笑みを深める支部長。


「お嬢様、今はその悪癖を引っ込めましょう」


「じいや、お嬢様とは呼ばない約束です。私はもう冒険者ギルドの支部長なのですよ」


「それでは、じいやではなく秘書官とお呼びになりませんと、支部長」


「そうでした、どうも慣れませんね、秘書官。ひしょかん、ひしょかん。さて、竜騎士殿、じいやに言われたので私の悪い癖はひとまず制御してあげます、感謝してくださいね」


「お嬢様………」


 ギルド支部長は奇人変人揃い、それはこの竜騎士も重々承知している。

 それにしても、この支部長は最初に抱いた印象から超高速でかけ離れていくのだ。

 お嬢様と、じいや。

 この支部長があの金級冒険者『剛拳』であるならば、この秘書官は南の大国において『剛剣』と称された元軍人であるはずだ、青年は聞き及んでいた知識からそう推測する。

 一介の冒険者に付き従う『剛剣』の噂は耳にしたことがあった。

 この『剛拳』は、東の帝国と覇を競っているあの南の大国と、なにか関係があるのかもしれない。

 そんな程度の噂話は聞いていたが、互いにどう呼び合っているのかまでは知らなかった。


(お嬢様だって?)


「竜騎士殿、あなたのお人柄はよくわかりました。それでは先に、この娘の件について説明させていただきますね」


 青年の思考は中断された。

 この支部長は苦手だ。

 どうも心の内を見透かされているようで居心地が悪い。

 竜騎士の青年はそう感じていた。


「木霊の月6日、昨日の朝、コランタンの町外れ、南端の河沿いにある漁師の家の前に、この娘が倒れていたそうです。運良く親切な漁師の方が保護し、そのまま当ギルド支部まで送り届けてくれたのです」


「素性についてはおおよその見当がついているのですが、何が起こったのかはまるでわかっておりません」


「この娘からは、ただ一言だけ」


「『帰りたい』と、勇気を振り絞って私のじいやにそう告げてくれたそうです」


「私からの依頼としましては、探索と調査と護衛をお願いしたいと思っています。この娘の帰るべき場所の探索、この娘とその周囲の環境に起こった出来事の調査、そしてその間の護衛、これを竜騎士殿にお願い致します」


 竜騎士は、この部屋に入ってきたときの一度きりしかその少女を観察したりしなかった。

 最初に一目見ただけでわかったからだ。

 この少女は、かつての自分と似たようなものなのだと。

 天秤、災厄、邪神の類。

 この世界には避けようのない不運な死が溢れている。

 家族を、友人を、あらゆる知人を喪ってただ一人焼け出され、すぐに自分も死を迎えるはずだった。

 あのとき、竜の子を拾って、そしてあの人に拾われた。

 あの人ならば、きっとこの少女だって放っておくはずがないのだ。

 この少女は、そのときの自分と比べて幼すぎる。

 そして自分は、力を持たずただ死を待つだけだったあの頃とは、もう違う。

 だから今は自分がやる、この青年は、既にそう決めていた。


「探索と調査、さらに、護衛ですか。つまり、この娘もいっしょに連れていけと、そういうことですか?」


「危険は承知ですが、そのようにお願いしているのです」


「探索と調査の間、ここで保護していてもらうわけにはいかないんですか?」


「……少し、忙しくなりそうなものですから。私もじいやも出払うことになってしまってもおかしくないのです」


 支部長は少し躊躇いがちにそう答えた。

 竜騎士もそれを聞いて沈黙してしまった。

 支部長自ら動かなくてはならない事態。

 何かが、よほど大きな出来事が起こっている。

 そんなことを言われてしまっては、竜騎士も引き下がるほかない。

 それと同時に、この支部長の誠実さが伝わってきた。

 冒険者ギルドの支部長が不在になる可能性。

 その情報は、他のギルド、特に、実質的には犯罪者ギルドである邪神教団に知られれば、かなり厄介なことになる。

 この支部長は、そんな致命的な情報を、一介の銀級冒険者を納得させるためだけに教えてしまったのだ。


「六元分割」以降、この世界では情報というものの価値が跳ね上がっている。

 神の気まぐれで唐突にもたらされた天変地異。

 すべての大陸が繋ぎ合わされ、世界中の地形が一変した。

 最初は地図、そして資源、さらに人材。

 人々は生き抜くために、国々は出し抜くために、ありとあらゆる情報を求め始めたのだ。

 有象無象の冒険者がはびこり、真贋入り乱れた情報が交錯した。

 やがて「商売を司る神」が情報の流通方式を取りまとめ、それと同時期に、今の冒険者ギルドの前身となった組織が、伝説的な冒険者である『六極踏破者』の手によって誕生した。

 それ以来、情報というもの、特に冒険者が入手した情報は、取引可能の立派な商材となっている。

 なので、無料の情報というものは、時にその裏の意図を読み取る必要があるものなのだ。

 誰かから無料で情報を提供された場合、巷では「信用を買われた」という慣用句を使うこともある。


 この支部長は、竜騎士の青年の「信用を買う」ために、自分の急所となり得る情報を支払ったのだ。


 青年は、対面に座っているその女性をじっと見つめた。

 おそらく同年代、あるいは女性のほうが少し年上であるかもしれない。


(やっぱり、完全にやられたな)


 どうやら彼女が言っていたように、本当に自分の人柄を見抜かれているようだ。

 青年はいつものように、相手の偉大さと、自分の矮小さを認めた。

 冒険者同士に限っては、無料で情報を漏らすやつはただの馬鹿か詐欺師である。

「信用を買われた」という慣用句は、その馬鹿を蔑むための言葉でもあった。

 しかし、この竜騎士は、自分の信用を買ってくれるような人物が好きなのだ。

 馬鹿と詐欺師の見分け方は知っている。

 冒険者ではなかったが、駆け引きなんてできない、いつだって最前線に突っ込んでいくような馬鹿を、そんな背中を、この青年はずっと追い続けてきたからだ。

 そして、今もその行方を追っている。


「わかりました、僕が引き受けます」


「よろしいのですか?」


 じいやと呼ばれる秘書官が、少し驚いたように声を上げた。

 この青年は、まだ前情報の確認もしていない。

 この依頼が厄介事であることなど、推察できているはずだ。

 そう思っていたからこそ、秘書官は意表を突かれたのだ。


 通常、冒険者が依頼を受けるかどうか決める際には、前情報を確認する。

 ギルドの依頼ですら、受注前にはその詳しい内容の情報は秘匿されているのだ。

 受注契約を結んだ後にはその情報も開示されるのだが、契約の解除には多額の違約金が発生してしまう。

 だから、対価を支払って、その依頼に関する前情報を購入する必要があるのだ。

 それによって達成可能な依頼かどうかを吟味するのだが、対価を払わなくとも、前情報の値段を聞くことで、ある程度の難易度を確認することができるようになっている。

 前情報の値段が安い依頼ならば、見返りもそれほど多くはないが、難易度は低い。

 つまり、受注契約を結んでから詳しい内容を確認しても問題無い。

 しかし、前情報の値段が高く、難易度が高い依頼であるならば、安易に受注契約を結ぶことは危険なことなのだ。

 前情報の値段よりも違約金のほうが圧倒的に高額であり、それを惜しんで無理に依頼を遂行しようとすれば、命を失うことになる。

 銅級冒険者の新人にありがちな死因だ。

 冒険者自身の力量、それ自体が本人にとって秘匿すべき情報であるため、ギルド職員はいちいち冒険者の力量を問うようなことはしない。


「じいや、無粋ですよ」


「そのようですな。いやはや、耄碌したものです、お恥ずかしい」


 支部長『剛拳』は、心底嬉しそうに笑っている。

 もっともそれは、秘書官『剛剣』から見た場合である。

 青年、『亡国の竜騎士』から見た場合、それはものすごく意地の悪そうな笑顔であった。


(あっ、やばいこれ早まったかも)


 その後悔はもう遅い。

 秘書官は机に向かって契約書の作成に取り掛かっていた。


「それでは、竜騎士殿のご用件を伺いましょうか」


 少女に関する依頼の話題はひとまず中断されたらしい。

 契約書の作成が終われば、あとは署名と依頼情報の開示、それで受注が完了する。

 青年は必死で不安と焦りを押し殺す。


(あぁ、もう考えるな、もう決めたんだ、あの人なら、団長なら考えない、団長は馬鹿だから何も考えないで真っ直ぐに救うんだ、だから僕も、あんな馬鹿になってしまえ!)


 そのあとはいつも通り、すぐに憧れの存在には到底及ばない自分自身に思い至り、青年は平静を取り戻す。

 思い出せ、自分はあの人にはなれない。

 あの人のように強くなれなかった、だからお前は『亡国の竜騎士』なのだ、と。


「盟主都市アラーネイに向かう予定です。依頼を済ませたら地図を売っていただきたい。水精領域の居住地全体、いくらになります?」


 平静を取り戻した竜騎士が、用件を告げる。


「わかりました、それでは、依頼の成功報酬に加えさせていただきますね」


 支部長がにっこりと微笑んでそう言った。

 竜騎士が硬直する。

 平静を取り戻したばかりのはずなのに、青年は再び思考をかき乱された。


(そんなにか、居住域のみとはいえ全図、全図だぞ、ぽんと報酬に追加してしまうほど、そこまで厄介な依頼なのか!!)


「勘違いしないでくださいね、これは私からの個人的な好意の表れだと思ってください。依頼の難度とは関係ありませんから、ご安心ください」


 支部長本人にとってはとても上機嫌な笑顔で、青年から見ればすごく計算高そうな笑顔で、そのように告げられる。

 青年は必死で動揺を押し殺しているつもりなのだが、元金級冒険者『剛拳』には容易く見透かされている。

 そしてこの支部長は、冒険者に不向きとも言えるそんな青年の人柄を、本当に気に入っていた。


『亡国の竜騎士』の名を知っている者ならば、彼が国を亡くしたその戦でいかに勇猛な戦いぶりを示したか、その二つ名とともに伝え聞いている。

『前線皇帝』直率の帝国軍相手に、「魔導消失」の混乱の中、むしろその状況を味方につけて巧みに抗戦し続けたという、小国に埋もれていた無名の指揮官。

 最前線で帝国の強兵を押し留め、最後の一兵まで戦い抜き、しかし時を同じくして、迂回し王都に迫った少数の別働隊相手に、彼の主君は兵力を擁したまま矛を交えることなく降伏していた。

 帝国の誇る「三痛将軍」のうち、参軍していた『頭痛将軍』は、「貴官の敗因は仰ぐべき主君を選べなかったことにある」と捕縛された竜騎士に言って、『前線皇帝』に仕えるよう説得したという。


 実際に会ってみると、『亡国の竜騎士』はそんな情報からは想像できないような人物であったのだ。

 傷心の少女を思いやることのできる、冒険者としてはまだ荒削りな好青年。

 着任したばかりの支部長『剛拳』は、どうにか彼を手元に置くことはできないかと思案しながら応対している。


「他にご用件はございますか?」


 やはり、冒険者には向いていなかったのかもしれない。

 青年は、支部長とのやりとりに一人内心で悪戦苦闘し、そんな感想を抱いていた。

 もちろん、それもいつも通りの思考である。

 最初から、冒険者になりたかったわけではない。

 帝国の『前線皇帝』に降されて、配下になることを拒み、放逐されて冒険者となった。

 ある目的のために、そうせざるを得なかった。

 青年はほんの一瞬、傍らに立て掛けた細長い布の包みに目をやった。

 ようやく本題に入る。



「『救国の槍騎士』を探しています」



「統暦2802年から現在に至るまでの『救国の槍騎士』の情報と、それらしき人物の情報、精度は問いませんので、不明確な噂程度でも記録にあれば買わせてください」


 支部長『剛拳』と秘書官『剛剣』は、この青年が冒険者となった理由を察した。


『救国の槍騎士』は、とある小国の英雄となった人物だ。

 統暦2801年、10年前、帝国の若き新鋭であった『胃痛将軍』が率いる辺境方面軍を、『救国の槍騎士』は無双の武力と無謀な用兵で退けた。

 翌年、その小国の政争に巻き込まれた英雄は、将軍職を辞して郷里に帰っていったという。

 その国は風気領域の近隣に位置していた小国群の内の一国で、ケルテート王国と呼ばれていた。

『救国の槍騎士』が方面軍を退けてから4年後、統暦2805年に、帝国はケルテート王国への侵攻を再開する。

 戦闘狂の『前線皇帝』が、小国の英雄を放っておくはずがなかったのだ。

 しかし一説によれば、『救国の槍騎士』が政争に巻き込まれたのは、皇帝の破天荒ぶりに頭を痛める『頭痛将軍』の策謀であったとも言われている。

 その根回しの甲斐あってか、ケルテート王国滅亡の際には、かつて国を救った英雄は参軍していなかったのだ。

 2805年、そして亡国。

 ケルテート王国、それは「魔導消失」後に亡んだ最初の国の名前である。

『亡国の竜騎士』が救えなかった、彼の故国の名であった。




 統暦2811年、木霊の月、7日。


 この日、灰髪の少女と『亡国の竜騎士』の運命が、重なった。


 そのか弱い少女が『邪剣使い』との邂逅を果たした、翌日のことであった。


「運命改変2周目の世界」における、その3日目。


 既にこの世界バローグは、1周目とは異なる道を進んでいる。


 灰髪の少女の運命は、『運命改変者』の手によって大きく改変されていた。


 そしてこの青年。


 灰髪の少女と出会った『亡国の竜騎士』も、1周目の世界とは全く異なる運命を辿ることになったのだ。




『亡国の竜騎士』が追い続ける『救国の槍騎士』、その最期を知る人物は、この世界に一人しかいない。

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