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2キャラ目、決着の時

通算50話。

2キャラ目、28話。


50話でこのシーン、と決めてしまっていたので、2話分くらいになってしまいました。







深い夜の中、「運命」の使徒と「均衡」の使徒が互いに鎬を削っている。


華麗に舞い跳ぶ銀の軌跡を、黒い影が愚直に追い回す。


夜の林の静寂を、暴風が吹き飛ばし、剣と剣とが引き裂いていた。


時刻は不明。


だがもう数時間もすれば空も白み始め、疑う余地も無く新たな一日の始まりを実感することになるだろう。




『邪剣使い』攻略、31日目。




邪剣からの情報収集のあと、魂の蓄積量を確認して、『天秤』との戦闘に再び意識を没頭させている。

魂の蓄積量。

1日目の「魂の牢獄」で得た量は相当のものであったらしく、まだまだ余裕があるそうだ。

特に、邪神の魂の一部を手に入れたのがぶっちゃげ異常事態だったそうで、今ならあの邪神の超突進も数発耐え切れるほどって話です。

突進数発って聞くとなんか微妙な感じするけど、あの邪神だから超スゴイって思っていいんだよね?


っていうか、「そもそもただの1人分の魂を得るだけでも通常なら桁外れの力を手に入れているのだぞ!」って言われた。


とはいえ、さすがに生きてる人間相手に『魂喰らい』を発動するとか忌避感がハンパないから、これ以上の魂を補給する機会はそう訪れないだろう。

だから、これから先の5年間を、手持ちの蓄積量でやり繰りしなければならないのだ。

通常時もその蓄積量を消費して活動しているし、ダメージをくらったら自動的にそれが肩代わりしてくれている。

そして『邪剣』の能力を使用する場合も、魂の蓄積量を消費することになる。

そう考えると、やはり心許ない気がしてくる。

できる限り温存、できる限り節約する必要があるだろう。



その辺りの事情を加味して、この戦闘の今後の立ち回りを決定した。

全てを凌がれたら敗北する。

敗北。

おれは、『奴』に殺された場合、魂を喰われてゲームオーバーになる。

そして、この『天秤』に殺された場合は、魂を囚われてゲームオーバーとなるのだ。

思考が軋む。

ギシギシと音を立てて軋む。

組み上げたハリボテの作戦が今にも崩れ落ちそうだ。

それを必死で支えようとするかのように、凡愚の駄策を何度も頭に思い浮かべる。

敗北、死亡、消滅。

おれは、恐怖を感じていた。


ゲームオーバー。


そう気楽に言い切ってしまわないとやってられない。

「自分」という存在が消滅するなんて、うすら寒くてイカれてしまいそうだ。

根底に刻まれた恐怖。

死の想像。

そんななにもかもを投げ捨てて、無責任に開き直る。

楽しみなさいと言ってくれた、万眼先生を思い出す。

全てをマヒさせて、バクチを打つ。

神の代行者とやらになってから感じる、自分の思考への違和感が湧いてきそうになった。

どうにかしてやり過ごそう、気が付いていないフリをしよう。



その為にも、目前の殺し合いに没頭した。



お互いに、もう、この攻防には慣れ切った。

定石は組み上げた。

力量は見せ合った。

そのゲームにおける駆け引きの基本を、ルールとして共有できる相手であると認め合った。

自分と相手のモーションを知っている。

距離と効果とダメージ量を把握した。

2人のキャラの間に生じる、相性ジャンケンの偏りを理解した。

ある程度の札は戦場に出揃っている。

ここから更に、温存した手札を投入していく。


覚悟は決まっていた。


だからこの機を逃さない。


状況を動かす時がきた。


おれが振るいかけた左拳を突風で崩し、『天秤』は風を受けて後退する。


接近戦しかできないおれを相手に、距離をとって風の砲弾で一方的に遠距離攻撃を仕掛ける腹だ。


何度も繰り返されたこの展開、この定石。


接近戦しかできないおれは、遠ざかる女騎士に追いすがらなくてはならない。


今すぐにでも追わなくてはならない。


接近戦しか、できないのであれば。


おれは、この地形を待っていた!!


追わないッ!!!


右前方の木を愛剣で切断してその勢いのままにその場で半回転。


左の裏拳を叩きつける!!!


木の幹が『天秤』の退いていった方向へすっ飛んでいく!

その結果を見ることもせず前のめりに走り出す!

ほんの数瞬で目標地点に到達!

直近の木をまたも切断、半回転、殴り飛ばす!!

踏み込むッ!

3本目を切断して殴り飛ばす!!!

4本目を切断してぶっ飛ばす!!!

5本目6本目を立て続けにぶち込んだ!!!

右方に回り込みながら敵方を確認。

位置のみを確認して次弾を拳でぶっ放す。

周囲にはある程度の木々が立ち、そして『天秤』までの射線が充分に通っている。

白銀と斬り結びながら徐々に戦場を移し、こんな地形を探っていたのだ。

剣術の教師に、この身をもって教わった地形の利用。

ありがとよ、戦い方を教えてくれて。

剣術の教師とは言っても、おれが先生と呼ぶのはあの岩の槍だけだがな。

お前は、ここで退場してくれ!!


回り込みながら次々に木の幹を切断、殴り飛ばして遠距離攻撃を仕掛け続ける。

木の幹が、その質量に見合わぬ速度ですっ飛んでいく。

殴り飛ばした砲撃は17本。

暗闇に白銀。

その煌めきが見えた直後に後退する!

全てを捌き切った『天秤』が闇の中に躍り出た。

距離を詰めようとする相手の予兆を読み取って、的確に後退するのだ。

これもこの女騎士から学び取った。

『天秤』の突進に合わせて後退。

なるほどな。

これはハマる。

これが「追わせる側」の視点だったわけだ。


ハマってるぜ、『天秤』さん。


この地形を待っていたのだ。

まばらな木々の林の中。

待っていたんだぞ、おれは。

さっきので、あれしきで終わりにするはずがない。

『天秤』は後退したおれを追ってきた。

そして斬り開かれた林の隙間に足を踏み入れたッ!!

後退しつつすれ違いざまに次の砲弾となる木を断ち切った。

敵への射線は既に全方位斬り開かれているッ!!!

木の幹をぶっ飛ばす!!!

左方に向けて地面を蹴り飛ばす!!

斬り開いた林の隙間の縁に沿って走りながら、またしても木の幹を左拳でぶっ放し続ける!


このままこの林を丸坊主に斬り開いてやる!!!


そう頭の中で息巻いてみたが、それが強がりであることなど、そのとき既に自分自身で承知していた。

ダメですかそうですか。

風に殴られる。

風の砲弾の縮小版のような、軽いが確かなその一撃。

おれが木の幹を殴り飛ばそうとした瞬間、風に殴られた。

『天秤』は、すぐに戦法を切り替えていた。

間合いの短いおれのように、愚直に追いすがるような真似はする必要がないのだ。

こちらから一定の距離を保ったまま、周囲を旋回しようとするような横方向の動きに変わっていた。

うん、対応早すぎだわ。

木の幹を殴り飛ばすという、おれの遠距離攻撃。

欠点は、発射のタイミングが丸分かりであること。

そりゃそうだ。

そこらに生えてる木を斬って、それから殴らないといけない。

木が生えているところに移動したら、それだけでもう警戒できてしまう。

どんなに最速で発射しようとも、斬るのも殴るのも丸見えである。

小憎たらしい白銀の女騎士は、正確にその隙を咎めてきた。

木の幹を切断する。

風に殴られる。

あえてスルーして、別の木を斬ってぶっ飛ばそうとする。

風に殴られる。

僅かな硬直を軽快に刺してくる。


付け焼き刃の遠距離戦は、完全に失敗した。


きっと考えるまでもなく、このバローグでは常識だった。

この世界には『風気支配』のような能力があり、かつては魔法が存在した。

異世界の住民にとって、遠距離戦なんておそらくお手の物だったのだ。

ちくしょう。

まぁ、まぁいいさ。

別に、これでどうにかできるとは思ってなかったからね?

ただちょっと、対応早すぎじゃね、とは思いましたけど!

もうそれならまた戦い方を教えてもらおうかな!!

下手くそな砲撃はちゃんとビシッと指摘してもらえるからね!

この冷徹スパルタ女教師め!!!

はっ!!?

冷徹スパルタ女教師+暴乳ッ!!!?

ぐぅっ!!!

なんたる破壊力ッ!!!




(ねぇ、マスター)




背筋が凍った。


(ちゃんと聴いてるからね?)


ごめんなさい。


(魂、喰っちゃうよ?)


すいませんでした。


(跡形も無く、喰っちゃうよ?)


反省してます。

真面目にやります。

邪剣さん、口調変わっててコワイです。


すぐに気合いを入れ直して、『天秤』を注視する。

その背後、斬り開かれた夜空はうっすらと白み始め、そこには赤みがかった月が浮いている。

それを一瞬だけ視界に捉え、近距離と遠距離とが織り交ぜられ始めた攻防に力を注ぐ。

マジかよ。

軽い絶望感。

この世界には月が2つある。

青みがかった月は生属の月。

赤みがかった月は死属の月。

月が満ちているほど、その属性の力は増していることになる。

青い生属の月は、きっと別の方角に浮いているのだろう。

見えたのは、赤い半月だった。

死属の月は、半分しか満ちていない。

今の死属の三元は、いたって平均的な力しか発揮していないということだ。

『天秤』の用いる風気は、死三元に属する。

この女騎士は、今が「最強の時」ではないのだ。

死属の月が満ちていればもっと強い、そういうことになる。

これより強い日があるのかよ………。

いずれ、その「最強の時」にぶつかる日が訪れてしまったらどうなるのか?


この敵は、今日、ここで、絶対に仕留めなければならない。


両者とも、斬り開かれた隙間を駆け引きに利用しつつ、林の中を駆け巡る。

風通しの良い空間は、『天秤』にとっても好都合らしい。

その女騎士はあえて林の隙間に足を踏み入れて、安易な攻撃を誘っている。

おれは木々の合間を縫って、後退と接近を繰り返しながら攻め続ける。

追加された駆け引きを、これまでの攻防と絡め合わせていく。

遠距離戦はやはり分が悪い。

だが、相手にその選択肢を警戒させた。

愚直な接近戦のみの一択に、不器用な遠距離戦を加えて二択にした。

戦闘中に偶然手に入れた「木の幹を斬って殴り飛ばす」という攻撃方法を、遠距離攻撃の手札として投入した。

それに対して、女騎士は「風の殴打」で応えてみせた。

察するに、この軽い風の一撃は決め手にはならないが、遠距離戦の牽制としては使い勝手が良いのだろう。

あぁ、魔法には詠唱があるとか言ってたし、ひょっとして、風で殴って詠唱妨害とかできちゃうのかな?

なにそれ強い。

まぁ魔法なんて使えないんだけどね!


お互いに、新たな手札を切り合った。


凡愚の駄策を何度も何度も確認する。

ここまではなんとか軌道上。

ここから煮詰める。

練り上げる。

高め合う。

時間をかけてじっくりと。

昨日の夜明けを踏襲するのだ。

剣術を学び取ったように、遠近交えた攻防を学び取る。

そう見せる。

そう見えるはずだ。

実際にそれを学び取ることには変わりないんだから。

その裏の意図には、きっと気が付かないはずだ。

気が付いてくれるなよ。

だからせいぜい、不器用に踊り続けようじゃないか。




29日目の昼過ぎに突如姿を現した「均衡」の使徒。


丸一日戦い続けて、それでも30日目には決着がつかなかった。


そして31日目。


現在、陽はとうに昇っていた。


もともとまばらだった林はすっかり斬り開かれている。

殴り飛ばされた木々が無残に横たわり、半端な高さの切り株がいたるところに突き出している。

林の中にぽっかりと空いたそんな光景。

その中央に、異質な存在が立ち尽くしている。

陽光を浴びて輝く白銀の装具と、怜悧な面影を映す白銀の仮面、真っ直ぐに煌めく黄金の髪。

手強い難敵の堂々とした美しい立ち姿に、内心で大きくため息を吐いた。

なんでこんなことしてるんだっけな?

おれはなんだってこんな相手と戦っているんだろうか?

周囲に残った木の影から木の影へと走り回りながら、ついそんなことを思ってしまった。

空き地の中央に陣取った『天秤』から直近の木まで、その距離はだいぶ遠くなってしまった。

夜も明ける前からこの戦法に切り替えて、もはや陽の位置は高くなっている。

この光景は当然の結果だ。

こうして林の中にだだっ広い空き地ができたのも、これが初めてのことじゃない。

林が斬り開かれて、その隙間が広くなればなるほど、『天秤』はその中央に陣取ってこちらに対処するようになる。

それだけでおれの不器用な遠距離攻撃は、目標に到達するまでの時間が長くなってしまうからだ。

空き地中央の『天秤』に接近戦を仕掛けた場合も、周囲に木が生えていないため、結局接近戦のみの一択と変わらない状態になってしまう。

さらには、やはり風通しの良い空間のほうが、『風気支配』の威力も手数も増しているようだった。

こうなるともう、戦場を変えて仕切り直すしか手は無かった。

まだまだ木が生え残っている地点まで逃げていき、そこで同じ戦法を繰り返す。

あわよくば本気で逃げ出そうと試みてみたが、『天秤』はこちらを見逃すつもりはないらしい。

こちらが逃げれば、自分に有利になった地形を捨ててでも、白銀の女騎士は必ず追ってくる。

そのようにして、この林にはいくつもの空き地が出来上がっていったのだ。

………うん、これもう林じゃないよね!






ーーーーーーーーーーーー



(あぁ、『視え』ちゃったか)


(そうだったんだね)


(今日でまだまだ31日目なのに、キミはこんなに早く『奴』に遭遇しちゃう運命だったんだね、代行者クン)


(まっ、この無明の身体にキミがいない、その時点で、これが『1周目』の運命改変じゃないってことはわかってたからね、ひょっとしたら『奴』に出会っちゃうのかもしれないって、覚悟はしてたんだけどさ〜)


(キミと過ごした『1周目』の追体験、もうちょっとだけ楽しんでいたかったな)


(うん、なかなか得難い体験だったよね。特に、いっちばん最初、何も起こっていないのに、いきなりキミの過去の記憶が流れ込んでくるんだもん。アレはちょっとビックリしちゃったな〜)


(まぁ、今代の運命の女神とキミのやり取りの記憶で、すぐに事情はわかったけどね。いや〜、おもしろかった、髪型のくだりはマジ最高よ、主神様、慈悲あげたくなっちゃう)


(さてさて、ともかくこれから何が起こるのか、キミはどこまでがんばれるのか、いったいどんな運命を辿ることになるのか…)


(ちょっ、逃げた!?)


(あぁそっか〜、そうだよね〜、そりゃあ逃げ出しちゃうよね〜。まったくもう、しょうがないなぁ、この子は!)


(とりあえずぶっ叩いて気絶させといて、あぁ、そうだよね、このタイミングで無明の過去を見せてあげるわけだ)


(アンタの過去勝手に見せちゃったけど、別にいいよね、バカ無明?なに、むしろ見せてくれって?あっ、今ちょうど、アンタが言ってたこと伝えてたみたいよ。うんうん、良い感じで盛り上げていくね〜、さっすが『1周目』のあたし!)


(………キミは今、何周目の世界を過ごしているのかな?)


(それから、そうそう、順番的にまずは精神防壁だよね〜。『運命改変』を何周も何十周しても保つように、元・主神様がとびっきりの精神防壁を作ってあげて、っと)


(だから負けないでね、キミの背負った『運命』に)


(あっ)


(ちょっと待って、なにこの感覚)


(うわ、ヤバイやめて、なにこの記憶、『1周目』のあたし浮かれすぎ!!)


(ちょっ!やめてやめて!!記憶ストップ!久しぶりに無明以外と会話できるからってあたしそんなに浮かれるの!?うっさい笑うなバカ無明!運命変わる!!)


(あぁもうなにこの仕様!運命ちゃん、この仕様は良くないよ!?)


(ってそうか、本来なら『運命改変者』の精神と直接会話する存在なんていないのか。そんな存在、元・主神様のあたしくらいのもんよね)


(いや、アイツがいたか)


(この世界には、あの変態邪神がいるんだった。危ない危ない、もうちょっと精神防壁強くしてあげないと、ってこれもう『1周目』じゃないんだった!!)


(あちゃ〜、『1周目』のあたし、完全にあの変態のこと気にしてなかったな〜。まぁいっか、そうそう出会うことなんてないでしょう。アイツ封印されてるし、アイツの『邪剣』も随分前にあたしが見つけてあげて、偏屈女神が封印してたもんね)


(あ〜、『1周目』の記憶、やっぱり恥ずかしい!)


(でもまぁ)


(せっかくだから、もうちょっと楽しんでおこうかな)



ーーーーーーーーーーーー






頃合いだ。

限界だ、と言い換えてもいい。

もはやこの林は、林ではなくなった。

今までの戦法を続行することは不可能だ。

だから邪剣、ちょっと聞いてくれ。


(聞くぞっ!マスターの言うことなら、その、どっ、どんなことでも我は……)


あぁ、うん、ありがとう。

その反応はスルーしておきます。

嬉しいけど、そんな場合じゃないからね。

今この状況、林を斬りすぎて、木を殴り飛ばす戦法が使えなくなってしまったわけだ。


(うむ、そのようだなマスター、これからどうするのだ?)


某大先生のマンガの、某奇妙な冒険の一族には、どんなときでも伝統的な作戦が残されている。


(ふむ、それは?)


それは。


『逃げる』ッ!!!


逃ィ〜げるんだよォ〜〜ッ!!!


(………マスターはそれがやりたかったのだな?)


そうなの、このパクリがやりたかったの。

というわけで、逃げることにした。

いや、戦略的撤退と言うべきか。

実際、これ戦略だからね。

この林はもう林ではなくなったから。



次の戦場は、既に決めていた。



接近戦しかできない男が、その不利を覆すためにムリヤリ遠距離攻撃を仕掛け始めた。


木を斬って殴り飛ばす遠距離攻撃、『天秤』はその不器用な砲撃をただ受け流していればそれで良かった。


林の木々は有限であり、いつかはその戦法に限界がくる。


そのうえ、林が切り開かれることで、『風気支配』の性能が向上することになるのだ。


そしてその限界は訪れて、粛清対象が悪足掻きに決死の逃亡を試みる。


追い詰められて辿り着いたのは、バローグの中央平野にありふれている地形だった。


遮るものなく広がる大草原。


白銀の女騎士は、『天秤』は、己の能力を最大限発揮できるこの地形に、敵を追い詰めた。


そしておれは、『邪剣使い』は、決着をつけるためのこの地形に、敵を誘き出したのだった。



頃合いだった。



木を斬って殴り飛ばす不器用な遠距離攻撃を、林の木々をあらかた伐採してしまうまで繰り返した。

「そんな手段でしか遠距離攻撃ができない」ということを、時間をかけて『天秤』の脳裏に刷り込んでやった。

そして林をすっかり斬り開いたことで、この地形まで逃げてくるきっかけを作り出したのだ。

あたかも作戦が崩壊したかのように、あたかも無様に敗走しているかのように。

この地形の在り処は、林を走り回って斬り開いていく過程で目に入っていた。

もう限界なのだと、白銀の女騎士にはそう見えていたことだろう。

だからこそ、決着をつけるための、良い頃合いなんだよ。


草原を一心不乱に逃走するおれは、全神経を背後に集中している。

この最初の一撃が肝心だった。

予測は的中。

草原の微かなざわめきを耳にした瞬間、真横に跳び避ける。

今までとは比べ物にならない規模の、風の砲弾が吹き抜けていった。

回避に成功したおれは、『天秤』に向き合って愛剣を構えた。

ここに誘き寄せたことを、悟られたくなかった。

だから、最初の一撃を回避したあと、追いつかれて観念したかのように振り返ることが重要だったのだ。

まずはその前提をクリアした。

あとは、この『天秤』の切り札に結局やられてしまわないことを祈るのみだ。


決着をつけよう。


『天秤』が動く。

いや、その女騎士は動かない。

動くのは風。

草原のざわめきに一瞬で反応して風の砲弾を回避する!!

いけるッ!!!

『暴風花』と呼ばれたかつての英雄よ!!

悪いがこの草原はおれにとっても有利なんだよ!!

『天秤』の背後に風が見えた。

その風に乗って詰め寄せてくる銀の弾丸を迎撃するべく、左拳を振るいかける。

白銀の軌道を変える、その風が見える。

銀の弾丸となって突進してきた『天秤』は、こちらの動きを察知して、接近を中断して右に流れる。

そしてその途上で風の砲弾を放っていく。

だが、その大規模な風の一撃も、今のおれには回避可能だ。


全部丸見えなんだよ!!!


風の軌道が見えている。

風の予兆が聞こえている。

生い茂った草原が、風の動きを教えてくれているのだ。

そしておれは知っていた。

バルゴンディア王国領内、ナーン森林。

その付近から広がる草原の、活きの良いこの背の高さをおれは知っていた!!

ただの雑草だけど「食べられる」ことだって知ってるぜ!!!

風による攻撃の本当の脅威は、視認できないところにあったのだ。

だがこの活きの良い草原ならば!

万眼先生に鍛えあげられたおれの感覚ならば!!

『視え』ているぜ、『天秤』よ!!

発生が早く連打も可能な風の殴打をすり抜ける。

風の方角を読み取って、風による移動のその先を追跡する。

ここにはお互いに逃げ隠れできる遮蔽物は存在しない。


剣の間合いに捉えた。


『邪剣使い』の身体が肯定する正解の剣閃が、敵対者の首を刈り取りにゆく。

それを阻むのは白銀の長剣。

命を求め合う刃の快音が、この戦場でも高らかに鳴り響いた。

しかしそれも数音で途切れ、楽曲にはなり得ない。

途切らせたのは、左拳。

剣の間合いから拳の間合いへ。

突風が草を揺らして迫り、白銀の女騎士の救助に向かう。

その風の先を追う心構えは済んでいる。

白銀が後方に跳躍。

風を読み切っていたおれは、左拳で追撃をかける!!


拳が風を切った。


『天秤』が手札を切ったのだ。


その白銀はすんでのところで地上から姿を消している。


逃げ隠れできない地上を離れ、風に乗って空へと逃げていた。


広がる草原と青空の間で、女騎士は白銀に煌めき、金色の髪を風にたなびかせている。


風が、大草原で渦を巻く。


暴風の中心で、鮮やかな花が咲き誇る。


今は『天秤』、かつての英雄『暴風花』、その切り札は予測していたが、この美しさは予想外だった。


地球の日本の二次元世界では、「風使い」が空を飛ぶなんて常識だ。


そして邪剣データベースの邪神の記憶、「戦場を薙ぎ払いただ一人咲き誇る大輪の暴風」、これはきっと比喩ではない。


予想通りに、あの白銀の女騎士は空を舞い、大輪の暴風を放つのだ。


決着の時。


手の届かない空中から「戦場を薙ぎ払う」規模の暴風を放たれてしまえば、風の軌道が見えていても避けきれないだろう。


丸二日近く戦い続けて、ここで終わる。


ようやく終わるのだ。


そんな規模の暴風を、こうして「手の届く」位置で溜めてくれているのだから!!!


遮蔽物、なしッ!!!


遠距離攻撃手段、ありッ!!!


宙にとどまる『天秤』に右手の愛剣を振りかぶる!!


邪剣の肉が伸びて白銀のもとへ一直線に刃を届かせる!!!


女騎士の反応は遅れていたが、空中で風を操りその一撃を巧みに回避した!!


この奇襲を避けるか。


やっぱり流石だよ。


しかし悪いな、実は2対1なんだ。


邪剣ッ!!!


(任せろマスター!!!)


回避された邪剣が自ら肉の軌道を曲げて『天秤』を追った!!


再び迫った予想外の遠距離攻撃に、風による回避はもう間に合わない!!


白銀の長剣が凶刃を退けた!!!


振ったなッ!!!!


ならばこれで詰みだッ!!!


弾かれた邪剣の肉から剣身を追加ッ!!!


追加した剣身が『天秤』の首を突き破りにいくッ!!!!




手応えがあった。


女騎士の身体がバランスを崩して落下する。


邪剣の肉を収縮する。


手応えが、ありすぎた。


あぁ、ちくしょう。


『暴風花』、統一王配下の英雄。


英雄。


英雄か………。


落下した『天秤』、かつての英雄『暴風花』は着地する。


英雄とは、凡人の及ばない高みにいる者。


そんな言葉を、おれは自分で思い浮かべてしまった。


凡人は、その全てを英雄に凌がれた。


敗北する。


白銀の破片が2つ草原に吸い込まれて、おれの愛剣は手元に戻ってきていた。


立ち尽くす『暴風花』の、冷たい碧眼に見据えられている。


金髪碧眼の、端正で麗しい女騎士の顔が、こちらに向けられていた。


追加した邪剣の剣身による刺突、おれのその最後の一撃を、『天秤』は、白銀の仮面で受け止めた。


仮面はその衝撃で2つに割れて、草の海へと消えていったのだ。


切り札を全て晒して仕留めきれなかった。


この英雄ならば、見せてしまった攻撃手段にはすぐに対応してくるだろう。


圧倒的な敗北感の中、おれは愛剣に尋ねなければならないことがあった。


『魂喰らい』は、発動していた。


邪剣、『天秤』の魂は、喰えたのか?


(あぁ、いや、すまないマスター、これはほんの一欠片にも満たない、魂というか、ほんの表層というか…)




そのとき、突如なにかが爆発した。




爆発、というべきなのか、なにかとてつもなく大きな力が、この世界のそう遠くないどこかで炸裂した、そんな感覚が暴力的に押し寄せてきた。


おれは直感する。


敵前でとんでもない隙を晒して、その方角を思わず振り向いた。


白銀の女騎士も、ほとんど同時に同じ行動を取っていた。




その直後、『血色の流星』が、天空を引き裂いていった。



その流星が血のように紅い理由を、この世界でおれだけが知っている。

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