2キャラ目、目標地点
『邪剣使い』攻略の14日目。
鮫馬と戦った、あの池があった林の中。
そこに戻ってきたはずだった。
池は無くなっていた。
林と小川はぶっつりと途切れ、そこから草原が広がっていた。
『奴』の『世界喰らい』で喰われたのだ。
それ以外、思い浮かばなかった。
困惑しきって、悲しげな呼び声を上げてうろついていた鮫馬は、何かを決意したように小川に向かう。
………ここでお別れか。
鮫馬は小川の前で足を止め、ギロッとこちらを見た。
おれは目を合わせて、頷いた。
それを見た鮫馬は、前脚を振り上げて一際高く嘶くと、そのまま小川に飛び込んでいった。
(………行ってしまったな)
あぁ。
探しに行ったんだな。
あの池が消えていたからって、群れの魚馬たちまで消えてしまったとは限らない。
どこかで生き延びている可能性もあるのかもしれない。
だから、探しに行ったんだろう。
『流れ島の黒騎士』は、ここまでだな。
………もしもおれが鮫馬と出会わなければ、どうなっていたのかな。
鮫馬も消えていたのか、それとも、ちゃんと群れごと避難できていたのか。
おれは、正しい選択ができているのだろうか……。
(マスター、大丈夫だぞ、アナタには我が付いている)
ありがとう、邪剣。
では思考を切り替えようか。
今おれは、あの池が消えた原因を、『奴』の『世界喰らい』のせいだと仮定している。
っていうか、それしか考えられないし。
………まさか『奴』以外にこんなことをやらかす存在はいないよね?
大丈夫だよね!?
邪神にも会っちゃったし、もう充分だよね!?
もう化け物はお腹いっぱいだよ!!
おれは昨日の朝にはまだこの場にいた。
『奴』がこれをやったとすると、昨日の朝から今現在に至るまでの、どこかの時点でここを喰った、ってことになる。
つまり、ここに留まっているのはヤバイ。
『奴』を視認できるのは、きっと万眼先生だけだ。
いくらおれが先生に仕込まれたとはいえ、ほぼ確実に『奴』を見ることはできないだろう。
だから、今まさに目の前に『奴』がいたとしても、おれはそのことに気付かない。
そして『奴』に喰われたら、問答無用でコンティニュー不可のゲームオーバーとなるのだ。
あっ、ヤバイ。
そう考えるとけっこう焦ってきた。
とりあえず今すぐこの場を離れたい。
でも待てよ、もし今『奴』に見られてるとして、急にこの場を焦って離れたら、怪しまれたりするんじゃないか?
それは考えすぎ?
っていうか、『奴』が『世界喰らい』を発動する基準ってなんなんだ?
むしろ基準とかあるのか?
先生は、じわじわと世界を削っていくのが『奴』のやり方だ、って言ってたよな。
その割にはだいぶ広範囲が消えてる気がするけど。
都市をまるごと一つ消し飛ばしてる可能性もあったよね?
それってじわじわなの?
たしか……ウオォッ水精領域都市国家同盟、盟主都市アラーネイ!!
っていう名前の都市だったよね。
あっ。
そうか。
そうだった!
『奴』はスタート時点から数日以内にそのアラーネイを喰った、って仮定なんだよな?
だから、運命改変1日目の時点では、『奴』は水精領域周辺にいる、それがおれの想定なわけだ。
それで、31日目には、バルゴンディア王国のナーン森林付近まで移動してるんだよな!
ってことは!!
今、おれの進路と『奴』の進路は重なっている!
もちろん、『奴』がまっすぐナーン森林の近くまで進んでいくかどうかはわからない。
だけどとりあえず、おれもこのまま進んでしまったら、かなりの高確率で『奴』と鉢合わせてしまうってことだろう。
っていうか今本当はすぐ近くにいるのかもしれないしね!
よし。
やるべきことは決まった。
いったん進路を外れよう。
横に寝かせた六角形の地図を思い浮かべる。
左下の角と左中央の角の間らへんから出発して、左上の角の辺りを目指していた。
日が昇る方角は右の方だったから、邪剣の描いてくれた地図はちゃんと右が東だったわけだ。
つまり、今までは北上していたということ。
現在地は水精領域で、地図の左側、西の方にいる。
一度、進路を東に取ろう。
少しだけ中央の平野部に寄ることにする。
そうすれば、『奴』と距離を取ることができるはずだ。
(………今日もマスターにありがとう言われた……くふっ…くふふふふっ……………はっ!)
(マスター!せっかく仇敵が近くにいるのであろう!?戦わなくて良いのか!?)
あぁ、これでいい。
この場を離れる。
草原の方向に進む。
(我が弱いせいか?だから戦えないということか?)
違うよ、邪剣。
思い出した。
だから今はこれでいい。
思い出したんだ。
ーーーこの『運命』は、変えないでーーー
先生に頼まれたんだ。
最後の一撃の直前だったよ。
あの戦いを、あの『運命』を変えるな、ってさ。
なんなんだろうな、『運命改変者』って。
変えなきゃいけないはずなのに、変えないで、って言われちまったんだよな………。
(マスター………………そうか、いや、きっと、そうなのだな)
ん?
(変えるな、とは、こういう状況を予測しての言葉であったのかもしれない、そう思ったのだ。そのおかげで、突っ走りがちな残念マスターが、こうして無謀な戦いを回避する決断をしたわけだからな!!)
ちょっ邪剣チガウ!!
おれ、残念、チガウ!!
っていうかさすがにそこまで突っ走らないからね!?
現時点で勝ち目が無いのはわかりきってるし!
でも、そうか、きっと邪剣の言う通りだな、さすがクールな万眼先生だ。
そんな意味があったなんて気付かなかったよ、ありがとう邪剣!!
(まるでありがとうのバーゲンセールだっ!!我はマスターの役に立てて嬉しいのだぞ!)
とりあえず、野菜惑星の王子の発言をパクった邪剣はスルーしよう。
進路は東、草原が広がる方向。
大陸中央の平野部に向かって進みます!
………さらば、水精領域!!!
14日目の残りの時間は、とにかくまっすぐだいたい東に進んでいった。
もちろん休憩も睡眠も無しで、ひたすら走り続けた。
草原はかなりの広さがあり、明け方になってようやく林や丘が近くまで見えてきた。
15日目の朝からは、まっすぐだいたい北の方に進むことにした。
丘、というべきか、山、というべきか、そんな微妙な高さの丘に登っていく。
木はまばらで、草が生い茂っている。
せっかくなので、頂上から周囲を見渡してみることにした。
頂上からの眺めは、めっちゃ爽快な景色でした!!
パノラマビューってやつ?
超清々しい!!
眼下に広大な大地を臨む。
草原、林、丘、岩場、山、湖、川と、ほぼ手付かずの自然がぐるりと広がっていた。
そして、ぽつぽつと見える大小の集落。
やはり東が大陸中央の方向なので、集落はそちらの方角に多く見えた。
しかし一番近くにある集落は、現在の進行方向である、北の方角にあった。
今日中に辿り着けそうな位置にある。
さらにその北の方角には、巨大な建造物が見えていた。
およそ北西、六角形の左上の方向。
つまり、おれの目的地、バルゴンディア王国の方向だ。
その建造物は、今までのペースで進めばおそらく3日前後の距離にあった。
ここから見てもかなりの高さだということがわかる。
それは、塔だった。
いや、アレって塔なのか?
なんか形が歪な感じだけど。
(ふむ、あれは大城壁だぞ。もうここまで辿り着いていたとは、さすが我のマスターだな!)
しーちゃんが教えてくれました。
解説君ポジションが板に付いてきたよね。
んん?
大、城壁、なの?
城壁の割には細くない?
こっから見ると完全に塔だけど。
(旧バルゴンディア王国が建設した、王都の防衛線、その名残りだ)
へー。
名残りなんだねー。
そっかー、壊れちゃったのかぁー。
だから歪な塔みたいに見えるんだねぇー。
いやいやいやいや!!
ちょっと待って、城壁だったんでしょ!!?
ってことはアレか、防衛線って、つまりイメージ的には万里の長城か?
なんで塔に見えちゃうくらいのたった一部分しか残ってないの!?
もっと長かったはずだよね?
そうしないと城壁の意味無いもんね!?
(マスター、お察しの通りだと思うのだが、壊したのは…)
あっ、はい。
お察しですか。
それなら邪神の仕業ですね!
(うむ、邪神様が、均衡のジジイとの対立期に破壊したのだ)
なんなの、馬鹿なの?
変態なの?
変態だよね!
城壁の一部分を破壊するんじゃなくて、城壁の一部分を除いた他全てを破壊するとか意味わかんない。
その邪神マジ邪神じゃん。
でも待って、そんな全盛期の邪神でも勝てなかった均衡のジジイとかいう神はなんなの?
神なの?
神だよね!
コワイ。
ほんとこの異世界コワイ。
まぁ、でも邪神も復活できなかったし、均衡のジジイとやらは昔の神だし、ちょっとは安心か。
……………あっ、待って、フラグじゃないよ?
今の発言はフラグじゃないからね!?
前振りじゃないんだよ!!!
(でも、マスターには一級フラグ建築士の疑いが…)
不吉なこと言わないでええぇぇぇーーーーッ!!!!
そういうわけで、おれは目標地点である、バルゴンディア王国の方角をこの目で確かめることができたのだ。
あの大城壁が王都の防衛線の名残りだというのなら、きっとあの奥には王都、もしくは旧王都があるのだろう。
しかし、15日目は、予定通り北上し続けることに決めた。
そう、すぐ近くの集落に寄ってみることに決めたのだ。
集落の規模はなかなか大きい。
町と呼べるくらいの大きさだった。
周囲の林にはいくつもの切り株があり、意外と遠くまで広い農地が伸びてきていた。
だんだんと小屋が増えてきて、街道も見えてきた。
そしてとうとう、この異世界、バローグで普通に生活をしている人間たちを目にしたのだ。
農作業に従事していた者たち、街道を往来していた者たち。
みんな、ギョッ、としていた。
農具を構えたり。
悲鳴を上げて尻餅をついたり。
怯えながら逃げ出したり。
平伏して祈り始めたり。
彼らはいったい何を見たんだろうね?
どうしてそんな反応をしたんだろうか?
彼らは見た。
黒ずくめの男がマジダッシュで出現した。
右手には抜き身の禍々しい剣を携えていた。
彼らの町に向かって道無き道を走り抜けていった。
…………はい、反省できてませんでした。
自分の格好と邪剣のこと、すっかり忘れてたよね!
これって、魚馬に襲われてた人たちを助けたときの二の舞だよね!!
とりあえず疾走から歩きに切り替えた。
一番近くにいた人間がビクッとして命乞いを始めちゃったけど気にしない。
櫓がカンカン鐘を鳴らし始めちゃったけど気にしないよ!
町は柵に囲まれていて、その周囲には空堀もあり、木製の櫓と門があった。
町の奥には石造りの砦のような建物も見える。
「そこで止まれエエェーーーッ!!!」
まだ少し遠いけど、門番に叫ばれたよ!
とりあえず立ち止まりました………。
門番たちは、むしろ素直に立ち止まったことにビックリしちゃったご様子。
「なっ、何者だッ、なん!?襲撃だアアァーーーッ!!!?」
そうだよね、そんな反応しちゃうよね。
こちとら歩く中二病だもんね。
そしてもちろん、ラノベのタイトルの如く、『邪剣使い』は喋れない。
そしてそして、既に襲撃者認定されちゃってます。
「バッ、バルバルッ」
えっ?
かの大先生の漫画、バ○ー来訪者のパクリですか?
その効果音、まさか変身しちゃうつもりなの?
「バルゴンディア王国に仇なしゅ、あだっ、仇なっしゅ……ぶぶ武器を捨てぇろオオォーーーッ!!!!」
ちょっ、落ち着け門番。
焦りすぎだって。
あれ、焦りすぎ門番が同僚たちに連れて行かれちゃった。
なんだろう、新人だったのかな?
「無礼を働いてすまない!!職務の上でのことでこちらに悪気は無い!!まずは武器を収め、そちらの身分を明かしてくれ!!」
おっ、別の門番はしっかり者だね。
この門番なら、喋れないジェスチャーも通じるかな。
よし。
おれ、喋る、できない。
もう一回!
おれ、喋る、できない!!
伝わったかな?
口呼吸できない、って意味じゃないからね?
おっ、門番たちがなんか相談してるな。
「………喋れないという意味か!?」
イエス!!!
きた!!
この門番はできる人!
めっちゃ頷きます!
「ならば、なにか身分を証明する物を見せてくれ!!」
あっ、ムリだわ。
できる人すぎたわ。
そんなの持ってないわ。
ムリムリムリ!
はい、また門番たちが相談してます。
「………誠にすまないが、この町に入れることはできない!!そのまま立ち去ってくれることを望む!!」
ですよねー。
っていうかおれ、武器も収めてないし。
邪剣を鞘に入れようとすると…。
(だめっ、ますたぁっ!!入れちゃっ!入れたらだめぇっ!!)
安定の誤作動ッ!!!
入れるって鞘にね!!?
邪剣をッ!!
鞘にッ!!
入れるだけッ!!
邪剣を鞘に入れるだけだからね!!?
(だってマスターはこういうのが…)
好きだけどな!!?
はぁ、疲れるよ……。
いや、まぁご褒美ですけど。
せっかくの町にも入れないし。
せっかくの異世界の町で、文字通りの門前払いとか。
やっぱり残念すぎるよね。
(さすがは我のマスター!!一日一残念だな!)
それって一日一善と比べて語呂が悪すぎるところも残念だよね。
っていうか、一日あたり一残念で済むならありがたいです………。
しょうがない。
これ以上門番さんに迷惑かけるのもアレだし、立ち去りましょうか。
こうしておれは、ここから大城壁を目指すことにした。
『邪剣使い』のコミュ力の低さを痛感し、今後のことを思うと心が折れそうだったのだ。
だからわかりやすい目標地点を目指したくなった。
とはいえ、あの焦りすぎの門番がバルバル言ってたおかげで、既にバルゴンディア王国の領内に入っていることが判明したのは収穫だったと思う。
門前払いの町を出発、っていうか通り過ぎたのが15日目で、大城壁に到着したのは19日目になった。
どうやら中央平野部は草食系の生物が多いようで、道の途中ではバッファローっぽい群れとかシカっぽい群れとかを見かけた。
けっこうな数だったので襲われたらヤバそうだと思ったけど、ノンアクティブな設定みたいで、向こうから襲いかかってくることはなかった。
しかし、魚馬みたいにアクティブなやつらも存在した。
鳥だ。
ハゲタカって感じで、成人男性よりも二回りくらい大きい。
それが10羽くらいのセットで行動している。
その鳥との初めての遭遇で、人が襲われていたから助けてあげたんだけど、助けた人にはまた逃げられました。
えぇ、二の舞どころか三の舞ですね。
おかしいよね。
魚馬のときの反省を活かして、左拳は爆発しない程度の威力で即死させてたのに。
ハゲタカもどきは最後まで逃げ出すことなくひたすら襲いかかってきたので、全滅させるしかなかったのだ。
飛び回って急降下とかを交えてくるので、邪剣のドロドロの肉を伸ばして空中で一刀両断してやった。
上空で斬る、すると、血の雨が降ります。
おかしくなかったね。
そりゃ逃げるよね。
素手の一撃で自分よりデカイ鳥をぶっ殺し、腕がぐちゃっと伸びて血の雨を降らせる、返り血を浴びた禍々しい剣を持つ黒ずくめの男。
逃げる、で正解です。
この世界では人を助けても返り血しかもらえないのかなぁ?
いや、下心とか皆無ですけど!
そしてその後は、血を落とす川を探すために丘に登ったり、川で血を流す邪剣のお風呂イベントを発生させたりと、寄り道を強いられることとなったのだ。
そんなもろもろの寄り道がなければ、たぶん18日目の内には大城壁に到着していたと思う。
まぁ、ともかくそういうわけで、『邪剣使い』の19日目、おれはとりあえずの目標地点、大城壁に辿り着いたのだった。




