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運命の断片 アナザーワン1ー1

※40話到達記念で、短いですが実験的に幕間を挟んでみました。

実験なので、削除やら別の形で書き直すやらしてしまう可能性がございます。







 あまりの情報量の多さに、頭がどうにかなってしまいそうだった。

 別人の身体に入り込んでしまった違和感と、その人物の魂が持っている記憶。

『若き木狩りの戦士』というこの人物の記憶が、次から次へと頭の中に渦を巻いていく。

 その渦中で自分の意識を確認する。


 僕は…………僕は何者だ。


 日本人、伊豆野 夏。

 そう、伊豆の夏だ。

 埼玉生まれの伊豆のナツ、夏生まれのナツ、このときばかりは安直な名前に感謝する。

 そう、僕は僕だ、しかし、この身体は僕の身体ではない。


 あの「運命を司る女神」を自称する少女は、この身体の持ち主のことを『若き木狩りの戦士』と言っていた。


 この身体は、川にかがみ込んで顔を洗っている際中だった。

 情報が、記憶が、感覚が止まらない。

 指の間から川に流れ落ちる雫を、見るともなく見つめている。


 川。

 記憶が流れ出る。

 この集落を流れる唯一の川、貴重な水源。


 集落。

 木狩りの一族の隠れ里。

 我ら木狩りの一族は…。


「どうかしたのか?」


 背後から声をかけられる。


 父の声。

 父は族長。

 族長は血ではなく栄誉により継がれる。

 族長は常に戦士長であり、一族で最高の腕前でなければならない。

 父は最高の戦士だ。

 俺はいつか父を超えて、父から族長を継ぎたい。

 俺は………僕は……。


 僕は……………ナツだ……。


 ふう。

 ようやく慣れてきた。

 自分が自分であることを見失わなければ、勝手に情報が溢れてくることはない。

 逆に、この『若き木狩りの戦士』の記憶を、感情を引き出しすぎてしまうと、自分を見失ってしまいそうな気がする。


 さてと。

 もう始まっている。

 異世界は始まっているのだ。

 転生、ではないよね。

 転移?召喚?

 まさか本当にこんなことがあるなんて思ってもみなかった。

 いや、今は考えるべき時ではないか。

 今は、動くべき時だ。


「体調でも崩したのか?」


 彼の問いに答えなければ。

 僕はこの状況を望んでいた。

 あの自称「運命の女神」の少女は、『若き木狩りの戦士』と言ったのだから。

 スタート地点は「木狩りの一族の隠れ里」だと、そう言ったから。

 だから、僕はこういう状況を想定できていた。


 第一声は決めていた。


 一族がいる。

 若き戦士というなら、若くない戦士もいるはず。

 戦士はきっと他にもいるのだ。

 それなら、その一族まるごと『運命』を『改変』するべきだ。

 この『若き木狩りの戦士』だけではなく。

 そうでもしなければ、とても達成できる目的ではない。

 僕はそう判断した。


 僕は『運命改変者』になった。


 このバローグという異世界の、滅びの『運命』を『改変』する。

 それが目的。

 しかも、滅びの原因を解明するところから始めなければならないという。

 原因がわからない、しかし着実に滅びつつある。

 神々が消えていき、世界が磨り減っていく。

 僕はそれを防がなければならない。

 そんな無理難題を押し付けられた。


「なんだ?なにか変なものでも食ったか?昨日の毒抜きは誰だったかな。毒程度で死ぬんじゃないぞ?胃袋の鍛え方がなっとらんなぁ」


「族長…」


 あれ、父さん、って言おうとしたんだけど。

 こういうシステムなんだね。

 僕の言葉がちゃんと『若き木狩りの戦士』の言葉に変換される。

 驚いて言葉を切ってしまった。

 第一声じゃなくて、第二声になっちゃうね。

 そうじゃなくて、考えるのは後にするんだってば。


「どうした、戦士よ」


「族長、俺は運命の女神の使徒となった」


 族長が眉間に皺を寄せる。


「…………本当か?」


「あぁ」


 族長は深い溜め息を吐いた。


「そんな使い古しの冗談を言うようなやつだったか?あぁ、本当に悪いもんでも食ったのか」


 やっぱり簡単には信じてもらえないか。

 それにしても、使い古しの冗談?

 どういうことだろう?

 神の使いを名乗るのは、よくある冗談なのかな?


「族長、信じてくれ。俺は運命の女神から、世界の滅びを防ぐという役目を任された」


「あーはいはい、そりゃ随分と仕事熱心な運命神だ。運命神が働いてるなら、空からごちそうでも降ってくるかもな」


 あれ〜?

 どうしよう、信じる気配がまるで無い。

 しかもなんだか運命の女神が馬鹿にされてるような?

 あの少女は馬鹿にされるような感じの子じゃなかったけど。

 そうだ、『若き木狩りの戦士』の記憶ではどうなってるのかな?


「運命を司る女神」について。

 運命神は働かない、それはこのバローグの常識である。


 えぇ〜…………なにその残念な常識。

 あの少女はしっかりした子だったのに。

 先代の運命の女神って、あの子に聞いていたのよりもよっぽど駄目な女神だったのかな。

 困ったな。

 仕方ない、もう少し食い下がってみよう。


「族長、冗談ではない。俺はこれから5年間、このバローグの滅びを防ぐ為に行動しなければならない。俺は『運命改変者』に選ばれてしまった」


 族長は、一瞬驚愕の表情を浮かべた。

 そして、天を仰いで呟いた。


「…………そうか」






 その夜、歩哨に立つ者以外、隠れ里の全ての住人が集められた。

 たしかに好都合ではあるんだけど、まさか突然ここまで大事になるとは思わなかった。

 全員が揃ったのを確認して、族長が語り始める。

 篝火に照らされたその顔は、一族を束ねる長としての威厳に溢れ、真剣そのものだった。


「先だって、新たな戦士が里に生まれた」


「戦士を祝う宴を開いたばかりで、今さら説くかと思わんで、聞いてほしい」


「我らの里の誇り、弓を取らせれば必ず中り、剣を取らせれば双つで舞う」


「我らの神童は、成人の儀の、その翌日に戦士の儀を成し遂げた」


 族長は、ゆっくりと周囲の反応を確かめながら言葉を紡ぐ。


「長よ、息子自慢はほどほどにせよ」


 あれは父の親友。

 皆も認める一族第二の戦士。

 幼い頃から父と互いの技を競い合った仲だという。

 記憶が僕にそう告げた。

 族長はニッと笑みを浮かべると、すぐに顔を引き締める。


「神童は、若き木狩りの戦士となった」


「そして、今日この日……」


「ただの戦士ではなくなった」


 これを聞いて父の親友が慌てて声を上げる。


「お前負けたのか!!?族長を継ぐのか!?」


「馬鹿野郎!皆の前でお前呼ばわりするんじゃねぇ!!あと負けてねぇ!!」


 集まった住人達がどよめいている。


「こんなヒヨッコにはまだまだ負けてやらねぇよ!!」


「あぁ、そうだな。お前を負かすのはオレの役目だからな」


「まーだ言ってやがんのか。おもしれぇ、やるか?ちゃんと族長って呼ばせてやる」


「いいだろう、久しぶりにメシ食えなくしてやるよ」


 立ち上がりかけた族長の尻を、隣に座っていた母がひっぱたく。

 母はいつも穏やかでにこやかで、そのままの笑顔で父の尻をひっぱたく。

 最高の戦士の、その上に座る存在だ。

 族長はおとなしく座り直し、その親友もおとなしく座り、囃し立てていた戦士達も静かになった。

 オホン、と咳払いをして、族長は仕切り直す。


「皆も知っての通り、今、バローグの神々がお隠れになっている」


「伝承に聞く神々の大戦ですら、今ほど神々が減ってしまうことはなかったという」


「星々が去り、実りも乏しく、酒は酔い悪く、音色も鈍く、魔導は失われ、武勇に救いなし……」


「数え上げればきりがない」


「だが、神々が消えゆく中で、今日この日、神に選ばれた戦士がいる」


 そこで族長は、僕を、『若き木狩りの戦士』を見た。


「戦士よ、立つがいい」


 全員の視線が僕に集まった。

 まるで、物語の中にいるようだ。

 この展開を望んだ。

 でも、まさか本当にこうなるなんて。

 高揚感。

 期待の眼差し。

 僕は立ち上がった。


「戦士よ、役目を告げよ」


「俺は、『運命改変者』になった」


 この『運命改変者』という言葉に、族長は反応したのだ。

 だからこの場でもそう告げた。

 しかしやはり住人達にはピンときていないようだった。

 ざわめきが広がる。


「族長にのみ、伝わる言葉がある」


 族長の言葉が、すぐにざわめきを抑えた。

 そうなのだ。

『若き木狩りの戦士』の記憶は、『運命改変者』という言葉を知らなかった。

 だからこの一族が知らないのも当然だ。

 それにも関わらず、運命神の使いであると言ってもまともに取り合わなかった族長は、『運命改変者』という言葉には反応したのだ。

 彼自身が言うように、族長だけが知っている情報があったからだろう。


「皆も知るように、かつて統一王の臣であった遥か遠い我らの祖」


「その伝承の時代より、長きに渡って族長にのみ語り継がれた不破の王命がある」


「『運命改変者』を名乗る者、運命神に導かれた真の王の使いなり、よって力を尽くしこの者を支えよ」


「息子といえど、この言葉は無論、一度たりとて聞かせたことはない。祖に誓い、剣に誓い、森に誓って、この言に嘘は無い」


「戦士よ、『運命改変者』の使命を告げよ」


 族長に促され、僕はまた口を開く。


「今日より5年間で、バローグの滅びの『運命』を『改変』する。その為に、まずは滅びの原因を知らねばならない」


 族長が立ち上がり、すぐに他の全ての住人が立ち上がった。

 族長が皆に向けて宣言する。


「これより5年間!我ら木狩りの一族は王命に従って『運命改変者』の補佐をする!!今日この日この時より!我らは運命神の使徒としてバローグの滅びに立ち向かう!!」


 うおおおおぉぉぉーーーーーッッッ!!!!!!!


 一族の叫びが、夜の集落に鳴り響いた。

 僕はその中心となって一族の熱い視線を受け止めながら、ただひとり、不安そうな母の顔に気が付いたのだった。




 こうして僕の、伊豆野 夏の、異世界運命改変が始まった。

 木狩りの一族の運命が大きく改変された、『若き木狩りの戦士』としての1日目が終わったのだ。





ちなみに、僕っ娘です。

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