2キャラ目、サカナ野郎ども
喋れないっていうジェスチャーをしたはずなのに、口呼吸できないジェスチャーと間違えられる。
そんな経験、みんなもありますよね!
でも大丈夫!
きっとみんなも立派なサカナ野郎になれるから!!
「さて兄弟、日が沈んで暗くなっちまったし、こんなところで立ち話ってのもなんだ、アジトに行こうじゃねぇか」
マサカリの大兄貴の提案に、鮫馬を指差して首を振った。
「んん?あぁ、馬から離れたくねぇ、ってか?」
そういう意味なので、頷いてみせる。
目を離した隙に鮫馬に置いていかれたらヤバイからな。
あるある、それある!
残念異世界物語の、いつもの危険な罠だよね!
「それならあっしがひとっ走りアジトに行って、灯りと酒に肴でもひっつかんで来まさぁ!」
「ウオォッ!!ワシも行く!!」
「がははっ!そんなら頼んだぜおめぇら!!新しい兄弟の歓迎祝いだ!一番上等な安酒を持ってきてくれや!!」
「へいっ!!」「ウオォッ!!」
下っ端と一番槍が、島の茂みへとスタコラ駆けていった。
ん?
こいつらのアジト、陸上にあるのか?
っていうか、普段は陸と海のどっちで生活してるんだ?
あぁ、でも酒は海の中じゃ飲めないよな、液体だし。
「気が利いて、良いサカナ野郎どもだろ?兄弟なんだから気を回す必要ねぇ、っつってんだが、やりてぇからやってる、なんて言われっちまうんだよ。だから俺様も、あいつらの前じゃ立派な大兄貴ぶってんのさ」
「もともとは、ただの乱暴者の、はぐれモンなんだがなぁ……」
大兄貴は先程までの騒々しい雰囲気とはうって変わって、昔を懐かしむような、どこか遠くを見つめているような目をしていた。
マサカリをどかっと地面に叩き込むと、背中を預けて座り込んだ。
おれもその対面に座り込む。
「最初に会ったのは一番槍で、ひどく怯えてたな。根は心優しいやつなんだが、びびっちまって暴れ出すと、俺様も手を焼くんだ。二叉鉾も暗いのなんのって、今にもくたばりそうなツラしてたもんだが、よく口がまわるようになってよ。弱っちいくせに、毎日毎日、稽古つけてくれって自分から言ってきやがる」
「俺様も、暴れてばっかじゃなくなったな。海の上で人間の漁師なんかとぶん殴りあったあと、一緒に酒を飲むようになった。若ぇ頃なら、目に入るもん全てが気に食わねぇってんで、船ごと沈めちまってただろうな」
「人間の漁師と仲良くなって、人間の住む場所にも行くようになった。あいつらは、いろんなことを考えてやがる。それで俺様も考えるようになった。三叉鉾のやつらは駄目だ、何も考えちゃいねぇ。三叉鉾どもは、海底女王の言いなりでしか生きられねぇ、ただの兵隊だ」
「これはなにも、俺様が三叉鉾の群れから弾かれたから言ってるわけじゃねぇんだ。昔、ずいぶんと大昔、海も陸も、今みてぇにひとつっきりじゃあなかったんだと。陸地は、海の間でバラバラに分かれてて、それで海にもいくつかの領域があったんだ。それを、均衡神が全部ひとつにくっつけた。人間ってやつは、こういう歴史ってもんを全部書き留めてやがるんだ」
「だから、人間ってやつは知っていた。昔々の、俺達みてぇなサカナ野郎は、もっと自由だったんだと。海辺にはたくさんの人の町があって、サカナ野郎だって、そんな町で人間と一緒に暮らしたりもしてたんだとよ。世界中に、もっともっとたくさんの島があって、陸と海も、人とサカナも入り混じってた。今じゃあ、島なんてものは、この水精領域にしか存在しねぇし、三叉鉾どもは、人間を敵視して、暗い海の底に住んでやがる」
「俺様も、三叉鉾に生まれちまってたら、くだらねぇ海の底で一生を終えてたのかもしれねぇな」
まさかのマサカリが語り終えた。
こいつ、こんなキャラだったのか。
ただの騒がしいおバカ三人衆だと思ってたんだけど、おれは見る目が無かったな。
うん、寄り道してよかったよ。
初めて、この異世界の現地民と語り合えた気がする。
まぁ、おれは喋ってないけどね!
「兄弟、おめぇ、やっぱり人間なんだろ?」
大兄貴が、じっとこちらの目を覗き込んでくる。
おれは、大兄貴の目を見ながら、しっかりと頷いた。
「そんで、喋れねぇんだな?」
また頷く。
「残念だぜ、おめぇの話も聞かせてもらいてぇのによ!群れて生きる人間が、こんなところにひとりっきりなんて、なにかワケがありそうじゃねぇか!」
ホントに全然敵意を感じない。
こいつマジで超いいやつじゃね?
アレだ、「侠」ってやつだな!
さすが大兄貴でさぁ!
(フン!マスターはひとりっきりではないぞ、愚か者め!マスターは我とふたりっきりなのだぞ!)
あっ、スネてた邪剣が復活してきた。
デレる為に復活してくるとか、この邪剣のだらしないこと。
「おっと、ひとりっきりってわけじゃなかったか」
(おっ?くふふっ、なんだこのサカナ野郎、ちゃんとわかっているではないか!そうだぞ!マスターは我と…)
「おめぇには、その馬もついてるんだったな」
(なぁっ!!?馬!?馬だとう!?………ぐぬぬ)
ぐぬぬ邪剣、お疲れ様です。
「その馬、そこいらのシーロヒポスじゃねぇ、そいつぁメガロヒポスだろ?それほど立派な海のモンが、おめぇを信頼して無防備に寝っ転がってやがる。人間だろうが、おめぇも立派なサカナ野郎だってことよ!」
大兄貴が拳を突き出してきたので、おれも拳を合わせた。
「おめぇ、急ぎの旅なのか?」
おれは頷く。
「そうか。俺様は島にいる。島から島に、自由に流れて暮らしてる。事情はわかんねぇが、困ったときはいつでも頼ってこいよ」
おれは、左拳を突き出した。
大兄貴も、ニカッと笑って拳を合わせた。
「アニキ達ィーーーッ!持ってきやしたぜー!!」
「ウオォッ!!最低の安酒!!!」
「がははっ!!!でかしたぜ、おめぇら!!さっそくやるか!!!」
下っ端くんは、二叉鉾に光を発するイカを掲げて、スルメイカの束と木製の器を掴んできた。
一番槍が、肩に担いできたでかい酒樽を地面に下ろす。
えっ、灯りって、その光るイカなの?
なにそのファンタジー。
全員に酒を汲んだ器が行き渡ると、大兄貴が音頭をとった。
「新しい兄弟と最高の海にッ!!!」
「新しいアニキと最高の海にッ!!!」
「ウオォッ!!新しい最高!!!」
おれは答える代わりにグイッと飲み干した。
新しい兄弟と最高の海にッ!!!
「しかし小アニキ、あっしは最初、てっきりアレかと思いましたぜ」
「ウオォッ!!小アニキ!?」
「がははっ!おめぇら飲め!!なんだ、新しい兄弟なのに、おめぇはまだ弟分がいいってか?」
「へへっ、あっしは一番下っ端が性に合ってるんでさぁ!それに、大アニキと中アニキがいるんだから、次は小アニキの方がしっくりきますぜ!」
「がははっ!!まさかな!意味がわかんねぇが、それでいいんじゃねぇか!!よし!飲め!!」
この島でまさかの宴会が始まってから、けっこうな時間が経過した。
大兄貴はとにかく飲みながら飲ませまくり、一番槍は叫び、二叉鉾はよく喋る。
「小アニキのこと、最初は人間だと思っちまったんで、てっきりアレかと思いましたぜ。あの、ついこの間の、突如として海に沈んじまったってぇ噂の、あの国の生き残りがここまで流れてきたのかと思いましたぜ!」
「ウオォッ!!アラーネイ!水精領域都市国家同盟!!!」
「がははっ!!飲め!あぁっ?盟主都市アラーネイのことか?ありゃあ、海に沈んだなんてのは、陸モンの勝手な想像よ。ありゃあな、消えたのよ」
「ギョッ!!?消えた!?消えたってぇのは、どういうことでさぁ!!?」
「ウオォッ!!!消える!?都市でかい!!」
なんだそりゃ、都市が海に沈むとか、消えるとか、どっちにしろファンタジーすぎるだろ。
なんかこの世界ならどっちでも有り得ちゃいそうなのがコワイよね。
「あの国には俺様が知ってる人間もいたからよ、その噂が流れたときに、ひと泳ぎ見に行ってきた。深くまで潜ってはみたんだがな、都市の痕跡なんて、どこにも見当たらなかったぜ。少なくとも、海の中にはな」
「ギョッ!!?海の中には?ってぇことは!?」
「あぁ、陸には痕跡があったぜ。陸地がぶっつり途切れて、アラーネイがあった場所は突然海になっていやがった。あんな空恐ろしい光景、今まで一度だって見たことねぇや。ありゃあ何か、巨大な化け物に喰われたんじゃねぇか、って思っちまった」
「ウオォッ!!!化け物!コワイ!!」
「ギョッ!!やっ、やめてくだせぇ大アニキ!都市を丸ごと喰っちまう化け物が海にいるなんざ、恐ろしくって!!あっ、あれ!おかしいですぜ!震えちまった!酔いが回りすぎちまった!!あっしは恐くねぇですぜ!?酔いが回っちまっただけだぁ!!」
巨大な化け物に喰われた、だと?
…………そうか。
『奴』の仕業、か?
これは、マジでこの島に来てよかったかもな。
この情報は、超重要だ。
都市が消えたのは、ついこの間、って言ってたな?
今日は13日目の夜。
じゃあ、そのアラーネイとかいう都市が消えたのは、スタート直後とか、そのくらいの時期、ってことだ。
スタート時点では、『奴』は水精の土地にいる可能性が高い。
これがわかっているのとわかっていないのとでは、別キャラの開始時の行動に大きく違いが出るぞ?
「ギョップ!!そうだ!!アニキ達ィ!これ以上、酔いが回っちまう前に、小アニキの二つ名も決めましょうぜ!」
「ウオォップ!!!兄弟の名前!兄弟で決める!!」
「がははははっ!!!よしきた!まずは飲め!!」
っていうか大兄貴、飲ませすぎ!!
なんかそのふたりリバースしちゃいそうな感じ出てるよ!?
「がははっ!!おめぇも飲め!!!」
ちょっ、マジか、飲むけど、おれもヤバイんだよ。
これ、いや、おれは平気なんだけどな?
(のむぞー!ますたーのめのめ!!われのさけがのめないのか!?)
なぜか邪剣がね………。
どういう仕組みだよ?
身体の侵食がヤバイです。
(ますたー、われ、もっとくっつきたい)
身体の侵食が、アレだ、なんかいつもよりドロッドロです。
これ、兄弟達がいなかったら、ちょっとR指定な雰囲気になってたかもしんない。
「ギョップ………流れ島の剣、ってのはどうでしょうかね?」
「ウオォップ………流れ島の一番剣!!」
超ストレートだね。
っていうか、もうだいぶ思考力低下してそうだね。
「がははははっ!!!俺様がいい二つ名を付けてやるぜ!『流れ島の黒騎士』ってぇのはどうだ!?その馬とセットで考えてやらねぇとよ!」
おう!!
大兄貴、センスもいいじゃねぇか!!
黒騎士!!!
暗黒の中二病カラーを取り入れてくるとは!!!
「ギョップ!かっこいボエェェェーーーー」
「ウオォップ!かっボエェェェーーーー」
「がははははっ!!!ボエェェェーーーー」
三兄弟が仲良くリバースからの揃ってダウン。
(くふふふふっ、ますたー、われも、ぼえー、するぞ!)
いや、邪剣は無理だろ。
っていうか、ボエェェェーーーーは、マネしちゃダメだぞ?
(ますたー、もっとくっつきたい)
話聞いてないね。
いや、だからなんでこの子は酔っ払ってるの?
「あれ?」
「待て、おれはなんで突然謎空間にいる?」
明るいんだか暗いんだか、浮いてるんだか立ってるんだかよくわからない謎空間。
っていうかこれ、アレか?
まさかな?
アレの方の謎空間か?
「ますたー!!!」
うおおおぉぉっ!!!?
アレの方じゃん!!
邪剣の神域の方じゃん!!!
っていうか女の子邪剣が降ってきた!!!?
空から女の子が降ってきたなの!!?
どこから降ってきたなの!!?
「くふふーっ、くっつくー」
ぎゃーす!!!
抱きつかれてるゥーーーッ!!!!
こいつ酔っ払って神域に引きずり込みやがったのか!!?
っていうか抱きつかれてるゥーーーッ!!!!!
近い近い近いッ!!!
デコがッ!!!!
つるつるおデコがすぐそこにッ!!!!
いや違う!!?
違くはないがデコだけに非ずッ!!!!!
当たっているぞォーーーッ!!!!
「推定Cカップの双丘がおれの心を絨毯爆撃ッ!!!!」
「ますたー、ぼえー」
「ぼえー?えっ、待って、吐かないよね?吐くとかないよね?」
「ぼえぼえぼえー!!」
なにやってんのこの子?
なんかぼえぼえ言いながらおれの胴体に顔をぐりぐりしてくるんだけど。
あっ、止まった。
あれ、っていうかこれ、寝た?
「むにゃむにゃ、ますたー」
あっ、これ寝ちゃったね。
いやいやいやいや。
待てよ、寝るとかあんの?
っていうかなんで酔っ払った?
あと、これひょっとして、しーちゃんが寝てたら身体に戻れなくない?
おれの魂がこの邪剣の神域にいるから、身体は空っぽなんだよね?
たぶん『邪剣使い』の身体の方は、またぶっ倒れてるわけだな。
あの三兄弟も酔っ払ってぶっ倒れてるはずだし、見た感じは4人の酔っぱらいがつぶれて寝てるごく普通の光景か。
うーむ。
しーちゃんを起こすか?
いや、でもせっかく目の前にデコと双丘が………。
いやいや、身体の状態がわからないのは不安すぎるぞ?
いや、だけどせっかくのしーちゃんだし………。
いや、でも……。
いやいや、待てよ…………。
いや、ダメだダメだ…………………。
いやいや、あとちょっとぐらいなら………………………。
あー。
あぁー。
これ結局、何時間経過したかね?
自分で設定した外見の女の子って、破壊力がヤバイよね!
自分の妄想がすぐそこにいるんだよ?
最強なのは当たり前じゃね?
抱きつかれてるのに、わざわざ起こしてどかしちゃうなんてできるはずなくね?
はい、言い訳です。
これさぁ、身体に戻ったら絶対になにか起きてるよね?
もうなんとなくわかるんだ!
ちょっとでも油断すると、この異世界はすぐに現実とかいう凶器を突きつけてくるんだよね。
「ん………む?」
おっ、起きたかな?
「…………マスター?」
おはよう、しーちゃん。
「はうぅっ!朝チュンだよう!!!キュン死するぅ!」
あっ、これいつもの邪剣だね、酔いは醒めたみたいだ。
「なんで!?夢か!?そうか夢なのだな!!?マスターが好きすぎて我はついにこんな幸せな夢を見ることができるようになったのだな!?幸せだよう!!!」
目が覚めてもおれの胴体に顔をぐりぐりしてくるしーちゃん。
「しーちゃんしーちゃん、夢、違う、おれ、神域、いる」
「なんとっ!?本物なのか!!?幸せ死にしちゃうよぉー!!!」
しーちゃん の ぐりぐり は まだつづいている!
「っていうかヤバイんだ、聞いてくれしーちゃん。神域に来てからもう結構な時間が経過している」
ハッと顔を上げるしーちゃん。
あぁ、前髪が乱れ、おデコのつるりと覗けることよ。
「なんでだ!?なんでマスターが我の神域にいる!?覚えておらぬぞ!?ハッ!まさか認識不可なのか!?昨夜は認識不可な営みをマスターは我と!!?」
「なにその発想、誰に似たんだよ?ただ、しーちゃんが酔っ払ってただけだからね?」
「酔っ払う?マスター、アナタはなにをふざけているのだ?なぜ邪剣たる我が酔っ払うのだ?」
あっ、これ埒があかないパターンだわ。
のれんに腕押しなパターンだわ。
ぬかに釘だわ。
酔っぱらいの証明だわ。
「とにかく、イヤな予感がアレだから、身体に戻ろうか」
「ふむ、釈然としないが仕方あるまい。では、身体に戻ってくれい」
そう言ってぐりぐりしてくるしーちゃん。
それが見えたと思ったら、視界がカッと光に染まった。
身体に戻ると、もう朝でした。
さて、一番の不安。
鮫馬がいなくなってるんじゃないか?
この不安はすぐに解消された。
鮫馬は、いた。
暴れていた。
鮫馬と『流れ島の三兄弟』が暴れていた。
その相手は、鉾を片手に掴んだ、マーフォーク達。
その鉾は、すべて三叉鉾。
三叉鉾の軍勢に、囲まれていた。




