2キャラ目、罪
おれの、異世界運命改変。
その目的は、『奴』を倒すこと。
『奴』は、『認識不可』、『世界喰らい』、『神殺し』の化け物。
この世界、バローグを救う為だとか、そんなことは考えちゃいなかった。
おれはただ、おれの仇敵を討ち滅ぼしたいだけだった。
それだけがおれの目的だった。
この光景を目にするまでは。
その少女に、出会うまでは。
赤い光景が広がっていた。
邪神の魂が封印されていた、「魂の牢獄」を脱出した。
とんでもない皮肉だった。
牢獄の外に出た直後に、罪を背負う。
小高い、石の祭壇の上に、立ち尽くしていた。
大量の死体と血の匂いを、初めてかいだ。
毛皮を纏い、植物や羽根の装飾を身に付けた、屈強な肉体。
部族の戦士、そう呼ぶに相応しいようなそれらの遺体は、その手に固く武器を握りしめたまま、息絶えている。
見渡せば、老若男女、おそらくはこの集落の人間たちが総出で、何かと争ったあとなのだということがわかった。
「何か」と?
わかっていた。
全ての死体は、鋭利な刃物で斬り捨てられていた。
この「魂の牢獄」の入り口を囲うようにして、集落は造られている。
彼らは守っていたのだ。
小さな集落の住人たちが、全滅するまで守り抜こうとした。
「魂の牢獄」への侵入を防ぐ為に、戦って、そして死んだ。
重い。
重すぎる。
これをやったのは、邪剣だ。
罪。
呪い。
邪神の言葉が、再び頭によみがえってくる。
あぁ、好都合だ。
おれは罪人なんだろう?
おれは呪われているんだろう?
邪剣はおれのモノ。
この罪も、おれのモノだ。
だから、おれが背負えばいい。
罪を背負って、進んでいく。
この先にも、きっと殺し合いがある。
戦争だってあるだろう。
無明も、大軍勢を退けた救国の英雄だった。
それは要するに、大量に殺した、ってことだろう?
立ち止まらない。
この世界では、これが普通なんだろう。
おれは、人の生き死にで、立ち止まらない。
いや、なんだそりゃ。
どうしてそんな思考になった?
おれの精神は、どうなっている?
動揺が少なすぎないか?
地球の日本にいた頃と、思考が違いすぎやしないか?
そうだ。
おれはもう人じゃないんだ。
初めて、こんな場面で初めて、実感した。
おれは、もう、人じゃなくなっていた。
神の代行者。
こんなおれが、神の代わりか?
先生、教えてくれよ。
神ってなんなんだ?
こんな光景を目にした神は、何を思うんだよ?
神がいるなら、こうなる前に救えるんじゃないのか!?
おれが目にしたことがなかっただけで、地球上にもこんな光景はきっと溢れていた。
守れないのか?
救えないのかよ?
そんな神なら、いっそのこと!!!
(やめろッ!!!!)
えっ?
(それ以上は考えるな!!恐ろしいことが起きる!!!)
あっ………あぁ、邪剣、か。
なんだ?
おれは、今、なにを考えていた?
(我の、せいだな?オヌシが苦しんでおるのは、我のせいだな?苦しい、虚しい、許せない、この光景は、そのようなものなのだな?感情が伝わってきた。今の我なら、わかる。これは、我は、許されないことを、したのだな?)
呪い。
ついさっき、激しく憎んでいた。
邪剣を、ではない。
力無き神を憎んでいた。
理不尽な世界を憎んでいた。
不可避の運命を憎んでいた。
おれは、あの『漆黒』を思い出していた。
まるで、おれ自身がアレに成り果てていたかのように。
邪剣、おれたちは、この世界を救おう。
救わないと駄目だ。
救う為に、『奴』を倒そう。
それでも、この罪は消えない。
それでも、おれの呪いは消えない。
でも救おう。
そうしないと……。
きっと、おれは、押し潰されちまうよ……。
(魂を、分けて欲しい)
(自分の作り出したこの光景に、きっと、苦しまなくてはならないから)
(なぜ苦しむのか、知らなくてはならないから)
(もっと、人を、オヌシを、知りたいから)
(だから、オヌシの魂が、欲しい)
邪剣は、人じゃない。
人間のこと、命のことなんて、わからない。
おれはもう人じゃなかった。
こんなおれにまだ人の心が残っているのなら、邪剣、おまえに渡そう。
喰ってくれ。
おれの、魂を。
右手に持った邪剣を掲げて、身体を貫いた。
ふと思う。
これは、なんだかあのときの無明みたいだな。
自分の相棒で、自分の身体を貫いていた。
おれを帰す為に、自らの命を絶った。
その価値はあるのか?
おれに、その価値は……。
(少しだけ、ほんのひとかけら)
(入ったぞ……我の中に…)
(大切にする………ずっと…ずっと大事に持っている)
(熱い)
(魂は、熱いね)
(アナタと出会って、所有されて、約束して。そして、魂を分けてくれた)
(これで、本当に、アナタのモノになった)
(わが主、アナタだけの邪剣です、マスター)
……おや?
邪剣のようすが?
(マスター、我はこれよりアナタの剣として、お側にお仕え致します。アナタの魂より学びました。我は『意思を持つ神器』であり、アナタは永遠の主、ゆえに…)
ちょっと待て。
おまえ、何喰った?
なんか悪いもの喰っただろ?
最初いい感じだったのに!
マスター!?
途中から誤作動起こしてないか!?
おまっ、アレかっ、アレ喰ったろ!!?
(どうしたのです、マスター?我は正しくアナタの魂を摂取致しましたよ?邪剣たる我に相応しい、暗黒の魂を)
おまっ!!?
あんこく!!?
絶対それアレだろ!?
おれの中二病魂だろッ!!?
(中二病魂………なるほど、そうでしたか、この魂の破片にはそのような固有名称が……道理で、底知れぬ力強さを感じるわけです)
違うからぁーーーッ!!!
その力強さはただの勘違いだから!!!
中学二年生にありがちな痛々しい勘違いをいつまでも持ち続けてしまっているだけだから!!!
とりあえずアレだ、なんだ!?
元の邪剣の口調に戻ってくれない?
っていうか戻れる?
(うむ、戻れるぞ?)
戻れんのかよ!?
マジで心臓に悪いからやめてくれる?
あ、っていうかもう邪剣抜いていいか。
いつまでも身体にぶっ刺してるのも変だよね。
(あっ、ダメっ、急に抜いちゃっ!ひゃうっ!?)
ぶふおおぉッ!!!?
オイィーーーッ!!!!
おまっ、ちょっマジで何喰った!!?
そういうのいらないよ!!?
そういうのいらないから!!?
(でも、こういうのが好きなのだろう?)
いやっ、えぇっ!!?
好きだけどッ!!?
違うそういう問題じゃない!
完全に誤作動ッ!
普通でいいからッ!!
(………なら、マスターにも、普通でいてほしい)
…………なんだよ。
……気を使ってくれたのかよ。
うん、たしかに、おれは普通じゃなかったな。
充分、動揺していたってことか。
それなら、まだ、人の心も残っていたのかな。
邪剣、墓を掘るぞ。
(我に、やらせてくれるか?)
わかった、任せよう。
石の祭壇から、地上に降りた。
祭壇の周囲は広く空いている。
そこに決めた。
邪剣は肉を伸ばし、広げて、十数本の剣身で匙のような形を作る。
自分で肉を動かして、器用に穴を掘っていく。
ザクザクと、穴を掘る音だけが空間を包んでいた。
日はとうに暮れ、夜が訪れていた。
会話も無く、ただ墓を作り続けた。
石の祭壇を、「魂の牢獄」の入り口を守る堀のように、周りを囲う墓穴ができた。
祭壇の周囲や、祭壇の上にも死者がいた。
彼らの遺体は、墓を掘り進めながら、埋葬した。
でき得る限り丁寧に、脚を揃えて、胸の上に手を組ませ、表情をせめて少しでも安らかに。
固く握りしめていた武器を、墓標にした。
一人一人に頭を下げる。
こんなことで許されるとは思っていないけど。
埋葬する内に、『邪剣使い』の長い長い1日目が終わっていた。
空が白み始める。
まだ、きっと半分程度しか終わっていなかった。
そこで出会った。
『運命』は、おれの行動によって絶え間無く『改変』され続けている。
これも、本来ならば起こり得なかったはずの邂逅。
本当はずっとそこにいたのだろうが、ようやく気が付いた。
ある男の戦士の遺体を見下ろすようにして、その少女は、立ち尽くしていた。
年の頃は、10歳を過ぎているだろうか。
その集落の遺体と同じように、羽根や植物の装飾の付いた毛皮を身に纏っている。
毛皮の色は灰色。
そして、少女の髪も、灰色だった。
この部族の遺体は、全員が黒髪。
夜明けの薄い明かりの下で、その灰色の髪には、鮮やかな花飾りが咲いていた。
おれと邪剣の動きが止まる。
まるで、それが合図だったかのように、生き残りの少女が動き始める。
俯いていた顔が上がり、力の無い瞳がこちらを見た。
その刹那、少女は弾かれたように動き出す。
見つめていた男の遺体から小刀を受け取り、こちらに駆け出していた。
怒り、憎しみ、悲しみ、絶望、混ざり合った感情が、少女の顔をぐしゃぐしゃに歪めていく。
少女の形見の小刀が、おれと邪剣を貫いた。
痛みは無かった。
「ううっ!ぐふぅっ!うぅぅっ!!」
こちらを見上げる。
目が合った。
涙が溢れ続けるその瞳は、激情に灼かれている。
「ぐあああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
少女は小刀を引き抜いて、めちゃくちゃに斬りつける。
痛みは無い。
もともとが、がむしゃらに振り回しているだけの、非力な少女の攻撃だ。
邪剣の魂の蓄積量が、自動的にダメージを肩代わりしていた。
それでも、少女の攻撃が、痛くてたまらない。
おれと邪剣は動けなかった。
少女は小刀を振るい続けた。
「なんでっ!!どうしてぇぇぇっ!!!」
なんで殺したのか?
どうして殺せないのか?
そういう意味の問いだったのだろうか。
おれたちには、わからない。
少女はこちらを見上げて叫ぶ。
この身体は、喋ることができない。
喋ることができたとしても、かけるべき言葉は見つからない。
「うううっ」
悔しそうにこちらを見つめて、縋りついて、小刀を突き立てる。
何度も、何度も。
やがて、小刀に込められた少女の力が弱まって、ずるりと崩れ落ちる。
反射的に抱きとめる。
力尽きたのか、心が限界だったのか、少女は気を失っていた。
地面にそっと横たえる。
少女が見下ろしていた男の遺体まで歩いていき、小刀の鞘を借り受ける。
取りこぼしてしまった小刀を拾い上げ、鞘に収めて少女に握らせる。
灰色の髪の少女は、意識を失ったまま、小刀を強く握りしめた。
邪剣。
この近くに、他の集落はあるか?
(近く……たしか、森の切れ目、水場に人の領域があった)
そこに向かう。
案内頼む。
少女を左腕で抱えて、邪剣の肉に支えてもらう。
まだ暗い森の中に飛び込んだ。
大きな河だった。
朝焼けに赤く染まっている。
赤い光景を、心に深く刻みつける。
全力で走り続けていた。
河沿いの斜面を、木々の間をぬって駆け抜ける。
森が終わる。
河に面した村に辿り着いた。
河の船着き場らしき一画には、小さなカヌーが浮かんでいる。
河の対岸にはまばらな木々が生えていて、その奥は、どうやら砂漠のようだった。
河のこちら側、ここから先は開けた土地になっているらしい。
遠くには、柵に囲まれたもっと大きな町並が見えている。
もう夜が明けた、あまり目立つわけにはいかない。
手近な木組みの家の前に、灰色の髪の少女を寝かせた。
決して裕福そうな家には見えないが、やむを得ない。
形見の小刀をしっかりと握っていることを確かめて、その場を後にした。
森の中、石の祭壇まで戻ってきた。
また全力で走り続けた。
感情に追いつかれないように、走り続けてきた。
埋葬の続きに取りかかる。
少女が見下ろしていた男、きっと父親だろう。
彼の墓標には、鮮やかな花飾りを添えた。
小刀を振るう少女の頭から、いつの間にかこぼれ落ちていたようだった。
あの少女の小刀は、おれの胸に大きな穴を空けていた。
『邪剣使い』の2日目、全ての遺体の埋葬を終えた。
墓を作ったのも、少女を別の村に運んでいったのも、自分の為の行いだった。
こうしなければ、押し潰されそうなだけだった。
これで、良かったのだろうか?
わからなかった。
あの少女はどうなっただろう。
これからどうするのだろう。
あまりに無責任な行いだったんじゃないだろうか。
おれは、どうするべきだったんだろうか。
わからない。
ただ、一つだけわかっていることがあった。
同類。
そう、おれは『奴』の同類になった。
『奴』は無明の故郷を踏み潰し、無明にとっての仇敵になった。
おれは、あの少女にとっての、仇敵となったのだ。




