2キャラ目、邪剣の使い手
ちょうどよかった。
邪神をぶん殴りたくてたまらなかった。
でも、邪剣との約束があったし、敵を増やしてる場合じゃないし、おれを見逃すとか言ってたからな。
本当によかったよ、クソ野郎。
邪剣を、忘れていた、だと?
戯れに創ってみた、だと?
もう要らん?
後で喰われろ?
テメェから敵対してくれてよかったよ。
邪神を見逃してやる理由を、考えなくてよくなった。
これで遠慮無くぶっ飛ばせる。
最速で踏み込む!いや避けるッ!!!?
かろうじて反応できた!!!
おれが踏み込む直前に邪神が突進してきた!!
無理矢理踏み込みの方向を変えて左に転げて逃れるッ!
後方で轟音が響く!
すぐに振り返ると、邪神が壁に激突していた。
石壁が砕け、土煙が立ち込める。
「動く、のは、久しぶり、だったか。そうだったな、形を成すことすら、随分長い間していなかった」
速すぎる!!
っていうか、そういえば。
邪剣、アイツは生身の肉体なのか!?
壁が砕けてるぞ!?
(……えっ?あぁ、魂の密度が高過ぎるだけだ)
魂の密度!?
密度が高過ぎてほぼ実体化しちゃってるってことか!!?
なんだそりゃ!
デタラメだな!!
(待て。なぜ……戦おうとしている?早く逃げろ。オヌシとて邪神様にはきっと敵わぬ)
なぜ戦うかって?
これは退けない戦いだ。
そうか、おまえはそういうの、わかんないんだっけな。
(勝てぬ相手に挑んでどうする?どうにもならぬ。喰われて、終わるだけ……)
おれは『運命の女神の代行者』にして、『運命改変者』だ。
(それがなんだというのだ?代行者風情が、神に抗うことなどできぬ!!)
邪剣、おまえは邪神に忘れられていて、ここでアイツに喰われて、その存在を終える。
きっとそれがおまえの『運命』だった。
(それがっ!それがどうした!!?それでいい!我はそれでいい!!我の存在など始めからっ!!!)
そんな『運命』はおれが『改変』する。
今度こそ、変えるんだ。
おれはおれの愛剣の『運命』を変えるぞッ!!!
邪剣ッ!!
おまえは今ここで邪神と決別するッ!!!
おれと共にこの世界の『運命』を変える為に戦ってもらうぞッ!!!!
いいなッ!!?
(……………いいっ)
邪剣の柄を、強く握りしめる。
(われもっ、それがいいよぉっ!!!)
聞きながら踏み込んでいた。
邪剣の肉が、身体にしっかりとしがみついてきた。
瓦礫の中に呆けて立ち尽くす邪神に肉迫する。
『憤激の左拳』が炸裂したッ!!!!!
邪神が跡形も無く弾け飛ぶッ!!!!
魂が霧散して消えていく。
全霊の一撃だった。
「あぁっ!これだっ!!これが欲しいっ!!!やはり素晴らしい魂だなぁっ!!!?」
部屋の中央に、また全裸の邪神が出現していた。
「次はオレが攻めるぞっ!!?」
邪神が突進する!!!
誰もいない壁に激突したッ!!!
くそッ、そう簡単に終わらないか!!
っていうかなにやってんだコイツ!?
「あああっ!!うまく動けないなぁっ!!!久しぶり過ぎる!興奮し過ぎている!!ぐはははっ!!!待ってろよ!今捕まえるぞっ!?」
いや待たねぇよ。
邪神がまた超速で突進する!!!
またもやあらぬ方向にすっ飛んで壁に激突したッ!!!!
そして狂ったように大笑いしている。
コワイ!
大変だよ!変態だよ!!
あっ、もともとか!
いや、マジでコワイ、あの速度はヤバイ。
たぶん全力の無明と同等か、それ以上。
久しぶりで動けないとか言ってたな。
なら慣れる前に決着をつけた方が良さそうだ。
短期決戦だなッ!
踏み込むッ!!
大笑いしている邪神の顔面に左拳をぶちかます!!!
邪神が消し飛ぶ!!
そして再び部屋の中央に出現する!
「あぁっ、すごいっ!!熱いっ!!!オレもイクぞっ!!?」
邪神はそのまま、またしても石壁に突っ込んでいく。
やだなぁ、コイツ、発言がいちいち気持ち悪いなぁ。
テンション上がりすぎだろ……。
まずい!!?
邪神が間髪入れずに突進してきた!!!
狙いは外れ、おれの近くの壁に激突した!
ヤバイ反応できなかったぞ!?
「くくくっ、惜しかった」
こちらを見つめて爽やかに笑う邪神。
なんて破壊力の精神攻撃だッ!!
コワイよー!!!
語尾にハートマークが付いてる気がしたよーッ!!
慌ててぶん殴る!!!
そしてすぐに部屋の中央を振り返る!
「あとちょっと!もう少しっ!!喰いたいなぁっ!!むさぼりたいなぁっ!!!」
邪神が壁に激突する!
砂埃の中から飛び出して別の壁に激突する!!
またすぐに飛び出した邪神がおれのすぐそばを通り過ぎていった!
止まらないッ!!
ひとまず避けることに注力する!
よく見ろ!!
おれなら見える!
『奴』との戦いを、あの感覚を思い出せ!
くっ!!
それでも厳しいな、邪神の動きが不規則過ぎる!
うまく動けないとかいう状態が、こっちにとっては逆に読み辛い。
邪神は大笑いしながらことごとく壁にぶち当たっている。
おいちょっと待て。
この部屋、崩れるんじゃないか?
いや、おかしいぞ!?
ボロボロになったはずの壁が直っている!?
そうか。
たしかに、魂だけの邪神がそんなに簡単に壁をぶち壊せるなら、封印なんてできないか。
おっ?
あの壁、この部屋の出入り口をふさいでいた石壁だけが、再生していない。
脱出は、でき…がァッ!!!?
くらった!!!!
かすった!!!
かすっただけでぶっ飛ばされた!!?
いつの間にか壁に叩きつけられていた!!
「いい感触だっ!!!ぐはっ!ぐははっ!いいなぁっ!!もっと!!もぉっと興奮しちゃうなぁっ!!!」
邪神も遠くの壁に激突しつつ、大興奮で叫んでいる。
痛みは、無い。
すぐに立ち上がって警戒、いや飛び避ける!!
邪神が突っ込んできた!!!
壁が崩れる!!
邪神が止まらない!
おれも目を離さずに回避する!
(まずいぞッ!!魂の蓄積量が今のダメージでおよそ4割削られた!!!あと2回、かするだけでこの肉体は死ぬ!!直撃なら即死だッ!逃げよう!!もう充分であろう!?)
充分じゃない!
コイツはここで消す!!
絶対におまえの『運命』を変えてみせるッ!!
おれは逃げない!!
集中していれば避けられる!
おれの攻撃は当たる!!
(馬鹿者ッ!!!やるべきことがあると言ったのは誰だ!?共にこの世界の『運命』を変えると言ったのは誰だ!!?我の『運命』はもう変わったぞ!?それでも充分ではないのか!?)
なに言ってんだよ?
もう、変わった……?
(オヌシと出会った)
(それだけで、もう、我の運命は変わっているのだぞ?)
ーーー君はもう運命を変えてくれたーーー
あぁ。
あぁ、そう、だったのか?
無明……おまえも、そういう意味だったのか?
(我はここで終わると思っていた!!この身体を差し出し、役目を終えて、再び邪神様の一部になる!自分という存在は消えてなくなるッ!それが当然だと思っていた!!今はもう、我はもうッ、ここを自分の最後にする気はないぞッ!!!)
ーーーキミの最後は、ここじゃないのよーーー
そう……か。
そうだよな、先生。
あの局面ですらおれの最後じゃなかったんだ。
ならば……。
ならばこんなところで終わっていいはずがないッ!!!
崩れた壁から邪神がまた飛び出して、別の壁に激突する。
逃げるぞッ!邪剣!!
(うむッ!あんな変態は捨て置けい!!)
充分だ!もうぶん殴ってやった!!
おれは邪剣を手に入れることができた!
邪神は無明の魂を手に入れることができない!!
踏み込むッ!!!
壊れたままの石壁、通路の出入り口へと突き進む!!!
おれは、おれたちは、もはやこんなところに用は無い!!
「見たぞ」
目の前に邪神がいた。
通路に抜け出す直前で突っ込んできた。
正確に出入り口へと突進してきた。
立ち込める土煙から邪神の手が伸びた。
かわす間も無く、首を掴まれ持ち上げられていた。
全ては、一瞬だった。
「見えたぞ?魂の揺らぎが」
観察されていた。
「ここを目指す決断をしたことがわかった」
先読みされていたのだ。
「残念だ。いつかは罠にかかると思ったが、こうもあっけなく終わるとはな。オレがこれを利用しないはずがないだろう?」
「決断が遅かったな。まだオレが動きに慣れていないうちならば、逃げられた。かすったときに気付けば良かったんだ。だいたいの目標には向かうことができるようになっていた。ならば、この再生しない石壁は、貴様の退路は、格好の的だろう?」
「狩りは終わった。熱狂は冷めた。こうして触れていればよくわかる。貴様の魂は、取るに足らん、くだらん凡人のモノだ。やはり、この熱い戦士の魂は、寄生虫には相応しくないな」
「身の程をわきまえろよ」
「寄生した肉体」
「借りものの魂」
「与えられた能力」
「わかっているのか?」
「どれ一つとして、貴様自身のモノが無い」
「貴様を取り巻く状況は、たまらなくおもしろいものなんだが……」
「しかし、貴様は、実につまらんなぁ」
うるせぇよ。
「その美しい戦士の魂はオレが喰らう。貴様はただ殺して捨てる。オレが創った寄生虫はどうするかな。特別に、貴様といっしょに捨ててやろうか」
テメェは………本当に…邪剣のことを忘れていたのか?
「当たり前だろう?そんな醜悪なモノをなぜ創ってしまったのか、かつてのオレはどうかしていたようだ」
そうかよ……。
なら、テメェの負けだ。
邪剣が、邪神を貫いた。
「ぐがああああぁぁっ!!!!?」
身体への侵食。
邪剣の肉は、黒いロングコートの袖口から入り込んでいる。
装備の内側に入り込んでいる。
深く、深く、内側に。
おれの胴体にしっかりとしがみついている。
おれと邪剣は出会った。
出会ったばかりで心を許した。
出会ったばかりで、上手に扱う練習をした。
邪剣の肉からは剣身を生やすことができる。
それは邪剣の、取るに足らない単純な芸当だった。
この一撃も、胴体にしがみついた邪剣の肉から、剣身を一本追加しただけだった。
そしてその剣身には、『魂喰らい』が発動されている。
かつて、『魂喰らい』の邪神は、邪剣を創った。
邪剣は、邪神の封印を解く為に、依り代となる肉体を手に入れなければならない。
邪神は、その使命を果たす為の力を、邪剣に与えた。
その力は、『魂喰らい』だった。
邪神に捕まることは、わかっていた。
いや、それは言い過ぎだ。
かなりの近距離まで接近してくるであろうことは、予想がついていた。
無明の壊れた魂を、喰らう、邪神はそう言った。
邪剣の『魂喰らい』の性能から、だいたいの射程距離を想像した。
邪神との会話から、万眼先生の精神防壁と邪神の『魂喰らい』との相性を、推察した。
邪神は、おれの首を掴んで持ち上げた。
狩りは終わった、そう言っていた。
邪神にとって、これは戦いではなかった。
相手は、はるか格下の、寄生虫。
おれたちにとって、これは戦いだった。
相手は、はるか格上の、神。
邪剣のことを、忘れていた、そう言っていた。
おれは胴体部から剣身を突き出して、邪剣の『魂喰らい』を発動した。
この一撃は、必然だった。
おれは知っている。
邪剣は強い。
地球の日本で散々チュートリアルしてきた経験からわかるんだよ。
究めればいい初見殺しの武器になる、ワカラン殺しができる、ってな。
忘れていたんだろ?
なら、この武器は初見同然だよな?
だから、テメェの負けなんだよッ!!!!
邪神がシュワ消えるッ!!!
邪剣!喰ったか!!?
(あぁ!喰ったぞ!!)
うめぇか!!?
(クソまずいわ!!!)
ざまあああぁぁーーーッ!!!!
メシマズだぜえええぇぇーーーッ!!!!!
(馬鹿者!!!走れッ!!さっさと逃げるぞ!!)
えっ?
(喰ってわかったわ!!これは!この量は!!おそらく本来の魂の量の一割にも満たぬ!!!)
マジかよ!!?
とりあえず走る!
逃げる!
一割にも満たない!!?
ってことは!?
(邪神様の魂はまだまだ残っておる!!)
ヤバイじゃん。
マジ邪神じゃん。
うっ!!!?
(グウオオオオオォォォーーーーッ!!!!!)
頭の中に声が!!?
今のは邪神か!?
後方で爆音が鳴り響く!!!
超全力で走ってるから既にだいぶ遠ざかったけど、たぶんあの部屋だ。
邪神が暴れてるのか。
………逃げ切れるかな?
後方で響く爆音を聞きつつ、超全力で走り続けた。
怨霊は、影も形も見えなかった。
気持ちはわかるわ。
あんなヤバイ邪神が暴れてたら、怖くて隠れちゃうよね。
そういえば、邪神ってなんでひたすら突進を繰り返して暴れてたんだろう?
他に攻撃手段無かったのかな?
(いや、あるぞ?むしろ豊富だ)
だよな?
(ただ、どうも単純に身体機能を強化して、肉弾戦をするのが好きらしいのだ)
あぁ、そんな感じしたわ。
明らかに大興奮してたし。
全裸だし。
肌と肌とのぶつかり合いかよ……。
(『魂喰らい』を筆頭に、魂に干渉する力はこのバローグの神々の中でも最強のはずなのだが、ひたすら殴る方が強いと信じておるようだ)
宝の持ち腐れじゃねーか!
精神系が得意なのに、なんでひたすら物理攻撃してんだよ!?
いや物理じゃなかったな、肉体持ってなかったし。
いやでも魂の密度が高すぎて壁をぶっ壊せる?
なんだ、ただの超物理攻撃だったか!!
なんだろう、せっかくすごい能力を持ってるのに、「レベルを上げて物理で殴ればいい」、的な雰囲気を感じるぞ?
まさかこの異世界に、かの有名な、「レベルを上げて物理で殴ればいい」を実践している猛者がいるとは!!
まぁ、この世界、レベルとか無いけどね。
しばらく走ると、緩やかな上り坂になり、更に走ると、前方に上り階段が見えてきた。
(階段を上がれば出口だぞ!どうやら追いつかれなかったようだのう!!)
ちょっ、待て邪剣!!
今の発言は若干フラグ臭いぞ!?
(ん、ふらぐ?なんだそれは、どういう)
ほらな。
階段の手前に、全裸の変態が立っていた。
長い黒髪の美青年。
表情は無く、冷め切った瞳でこちらを見据えている。
でもどっちにしろアレはアレしていた……。
すごく、邪神です。
「褒めてやる」
「だが許さん、オレを喰ったな」
邪神の端正な顔立ちが、怒りに歪む。
まずいな、さっきまで戦っていた邪神とは、まるで別物だ。
次元が違う、これは勝てない、逃げることもできない。
おい、一つ言わせろよ。
「聞いてやる。貴様は消す、だから聞いてやる」
なんだよその理屈!!
「聞いたぞ、消えろ」
ちょっ、違う!
おれのモノが何一つ無いって言ったよな!?
「その話か。何か反論でもあるのか、事実だろう?」
この『邪剣使い』の身体、無明の魂、先生の精神防壁、おれのモノじゃない、おれの力じゃない、そんなことは、おれが一番よく知っている。
だがな、要らん、って言ったのはテメェだぞ?
だから、邪剣はおれのモノだ!!
さっきテメェを倒したのは、おれの愛剣の力だッ!!!
「やはり、貴様はつまらんなぁ」
邪神は、微笑みを浮かべていた。
「さて、終わりにしよう。光栄に思え。今のオレの全力で相手をしてやる」
「もっとも、一瞬で終わるだろうがな」
ふー。
終わり、か。
(すまない、ありがとう、オヌシには…)
やめろよ。
(やめないっ、我は…)
まだ早い。
(………えっ?)
別れの挨拶には、まだ早い。
5年後までとっておけ。
(……オヌシ、何を…?)
まだ、おれにはできることがある。
ごめんなさい。
先生、戒めを、破るよ。
全力の邪神に勝つには、これしかない。
「必ず後悔することになる」と、先生はそう言った。
でもきっと、ここで終わっても後悔する。
だからやる。
『改竄』するッ!!!!
「待て」
「なんだ貴様、今、何をやろうとした?」
「貴様は、犯したな?」
邪神の瞳が金色に輝いて、おれを覗き込んだ。
「チッ!濁っているぞ!!罪人め!!!」
「愚か者!!仮にも運命の使徒ともあろうものが!!!因果を引き裂いたな!!!?」
「然るべきときではなく!然るべき手段ではなく!!然るべき結果ではない!!!貴様のやろうとしたことは呪いだ!!恥知らずめ!!!」
「出しゃばり女神は貴様を見逃したのか!?今代の運命は貴様の罪を知っているのか!!?まさかあやつら、毒を以て毒を制すつもりか!!?忌々しい真似を!!オレのバローグを蠱毒の壺にする気か!!!!」
「貴様の罪を裁くのはオレの役目ではない」
「早々にこの場から立ち去れい!!!!」
邪神は消え失せていた。
おれたちは、生き延びた。
嫌な後味が、邪神の言葉が、おれの心にこびり付いていた。
邪剣は何も言わなかった。
ただ強く、身体を包み込んでいた。
一段ずつ、階段を踏みしめた。
顔を上げた。
邪剣を握りしめた。
残念カワイイ謎女神。
あの残念カワイイ2号を思い出す。
ついでに、ひたすら残念な1号を思い出す。
『無明の万眼』を思い出す。
無明と万眼、あのふたり。
そして邪剣を思い浮かべる。
この『邪剣使い』の、身体の持ち主を想像する。
おれは、気合を入れ直した。
階段を上りきった。
外の景色。
石造りの祭壇。
地球のマヤとか、アステカを思わせる、古代の小規模なピラミッド。
周囲を森に囲われた、部族の集落。
外の景色は、赤く染まっていた。
沈みゆく夕陽。
そして。
死者の肉体。
屍山血河。
赤黒い光景が、広がっていた。




