2キャラ目、ノーチェンジ!
1キャラ目の攻略が、終了した。
おれの、異世界運命改変。
その目的は、『奴』を倒すこと。
『奴』は、『認識不可』、『世界喰らい』、『神殺し』の化け物。
この世界、バローグを救う為だとか、そんなことは考えちゃいない。
おれはただ、おれの仇敵を討ち滅ぼしたいだけだった。
あー。
ちょっとムリ。
まだムリ。
一週間くらい休みたい。
現在地、謎空間。
この空間に時間の流れとかあるのかわからないけど。
あームリ。
とにかくムリ。
一カ月くらい休みたい。
謎空間に帰ってきたおれは、その、アレだ、うん、色々あって、そう、別に泣いたりとかはしてないけど、それで色々あって、そのあと気が抜けて倒れ込んで?しまったのだ。
謎空間だから、倒れてるんだかなんなんだか、いまいちわからないんだよね。
それで、ちょっとだけ、あと5分だけ、って感じでだらだらしてました。
「もー!!いつまで寝っ転がってるのー!ちゃちゃっと次に進むよー!ぷんすかぷんすか!」
謎女神は腰に両手を当て、無い胸を張ってぷんすか言い出した。
なんで自分でぷんすかって言った?
「はいはい、残念カワイイ謎女神」
なるほど、謎女神的には、今のおれはちゃんと寝っ転がってる、って判定なのね。
いやー、勉強になった。
「かっ………かわっ……」
真っ赤になってあわあわしながら、柱の裏に隠れる感じで見えなくなった謎女神。
なにこの謎空間。
なんなのそれ。
どこに隠れてんの?
柱とか無いのに柱の裏からチラッと顔を出すような感じでこちらの様子を伺って、目が合うとササッと引っ込んで、そんな謎行動を繰り返している。
残念女神は通常運転のようです。
おれは、ダメだ。
ぜんぜんダメ。
あれ、ダメってことはおれの通常運転じゃん。
はははー、そうだったー。
視界が狭かった。
こんなの、見えてるうちに入らない。
手持ち無沙汰だった。
頼れる相棒が、この手にいない。
自身の存在が軽い。
身体の重みが、感じられない。
魂が、軽い。
今はもう、おれの分の重みしかない。
はー。
感傷に浸ってしまう。
浸ってしまうんだが、残念女神のおかげでいまいち浸りきれない。
あぁしょうがない。
ちゃちゃっと次に進む、か。
わかってるよ。
進まなければいけない。
あの男のように、突き進む。
おれは立ち上がった。
「謎女神、次だ。おれは次に進む。キャラクターセレクトに進もう」
隠れてる感じでチラチラ見てきていた謎女神が、ぴょこっとすぐ近くに現れる。
「うん!!」
一瞬でにっこにこになってるんだけど。
カワイイ過ぎておれの頭が色々と忘れてしまうんだが。
あれ、これ精神攻撃じゃね?
「ふふふー、やる気まんまんだね!」
なんか前にも同じことを言われた気がする。
「あぁ、今のおれは、やる気まんまんマンだぜ!!」
「さっきまでニートみたいだったのにね!」
ニコニコしながら、ハッロワ♪ハッロワ♪とか言い出した残念女神。
オイやめてよ!?
異世界まで来てそんな言葉聞きたくなかったよ!!?
いいじゃないか!!
誰も、好き好んでブラックの社畜になったわけじゃない!!
求人詐欺の犠牲者になんて、なる必要ない!!
社畜になんてなるくらいなら……。
ニートだって…いいじゃないか……。
あ、あれ?
なんだろ、おかしいな?
あの先生に、精神防壁を付与してもらったはずなのにな。
精神攻撃、めっちゃ通ってるよ……。
「ねぇねぇ、次のキャラ、表示したよー?」
ちょ顔近いカワイイ女神!!!?
先生ぇーーーッ!!
おれに追加の精神防壁をーーッ!!!
このままじゃ装甲が保たないよッ!!!!
「わ、わかった」
慌てて振り返ると、前回のように、キャラクターセレクト画面らしきものが、謎空間に映し出されていた。
黒い戦士。
一瞬、あの漆黒の影を思い出して、感情が噴き出しそうになった。
これは違う。
これはアレじゃない。
おれは知っている。
この、全身を黒で統一した装備。
歩く中二病!
その化身!
『邪剣使い』だ。
左手には、その名に相応しい禍々しい装飾の邪剣が収められた、呪文らしき紋様が刻まれた鞘を握り締めている。
腰とかに提げたりしないのはなぜなのかと。
だがその中二病センス、嫌いじゃないぜ。
あれ?
コイツだけ?
思わず周囲をキョロキョロと見回してしまうおれがいる。
おや?
周りには残念カワイイ謎女神しかいない。
念の為、上下も確認しておく。
謎空間だからな。
おれは焦燥感を必死で押し殺しながら、この広いようでやっぱり広そうな謎空間を、念入りに眺め回した。
また泣きそうだった。
せんせぇ…精神防壁足りないよぉ……。
見えるもの。
『邪剣使い』の映像みたいなやつ。
残念カワイイ謎女神。
それだけ。
その謎女神をじっと見つめる。
珍しく、おれの意図は伝わったようだった。
それほどおれはひどい顔をしていたんだろう。
謎女神は、えっと、その、とか言いながらしばらくモジモジしていたが………。
テヘペロこつーん☆
うわあああぁぁぁぁーーーーーッ!!!!
やりやがった!!!
こいつやらかしやがった!!!!
災害指定のテヘペロこつんッ!!!
どうしてこうなった!!?
いったい何が始まるんですーーーッ!!!?
「なぁ!!もう1キャラいたよな!!?若き…なんだっけ!?なんかもう1人地味な戦士キャラがいたはずだよな!!?なんであいつは出てこないんだ!?どうしていきなり1択になっちゃったのぉーッ!!?」
「えっとね、『若き木狩りの戦士』は、選択済みだって!」
えっ?
なんて言った?
ま、待って、選択済み??
「いや、あの、まだ、『無明の万眼』しか、選んでない、です?」
「別の運命改変者が選択しちゃったんだって!」
「べ、別の?」
「うん、別の人がもう選んだんだって!」
別ってなんだいーーーッ!!?
ほら来たよおおおおぉぉぉーーー!!!!
こういうことが起こる!!!
こういうことが起こるかい!!?
残念カワイイ謎女神!!!
だから起こるんですッ!!!
「べっ!別ってなんです!?どうしてなんです!?」
「うんとね、他の運命の女神が選んだ、別の運命改変者だよ!」
他ってなんだいーーーッ!!?
ほっ!?
ほかぁっ!?
他の運命の女神!!?
「ほっ!他ってなんですかーーーッ!!?」
「運命の女神は3姉妹なんだって!」
あー。
あぁー。
あー、そう。
なんかもう、驚き疲れたよ。
運命の女神だもんねー。
そりゃ3姉妹だよねー。
あぁ、もう、どういう状況だ?
運命の女神は3姉妹。
くそ、おれの中二病魂は知っている。
ギリシャ神話とかがそういう設定だった。
運命の女神=3姉妹、そんな伏線いらないから!
われらが残念カワイイ謎女神ちゃんは、その3姉妹の内の1柱。
そしておれは、残念ながら残念女神に選ばれてしまった、運命改変者。
さらに他にも2柱の運命の女神がいて、おれとは別の運命改変者が、2人?
少なくとも、『若き木狩りの戦士』を選択した運命改変者が、1人は確実にいる。
あぁ、ちくしょう、わかってるよ先生。
謎女神は、『昨日』運命の女神になったばかりで、何も知らない。
そうなんだよな。
伝聞、っぽい感じなんだよ、情報が。
自身が運命の女神であるにも関わらず、それについて語るとき、運命の女神は3姉妹「なんだって」、そういう言い方しか、できないでいる。
謎女神の謎が止まらない。
謎女神は具体的にはどういう経緯で運命の女神になった?
他の運命の女神はいつから運命の女神なんだ?
先代運命の女神も3姉妹だったのか?
謎女神本人には、おれは、聞けない。
この残念女神は、自分の事情をおれに見せようとしていない。
『昨日』から『ずっと』がんばっていることを、隠そうとしている。
残念だから言い忘れているだけって可能性もあるが。
それでもいいさ。
それならおれは、そのまま守る。
先生は言っていた。
「キミの女神も、残念ながら『奴』のことを忘れている」
だから言わない。
そんなものは、忘れたままで構わない。
おれを異世界に呼んだ理由、もしも尋ねてしまったら、きっとこの女神は困惑してしまうのだろう。
忘れたままでいい。
おれが必ず守るから。
謎女神が、心配そうにのぞき込んでくる。
女神っぽくない髪型を、ぐっしゃぐしゃにする。
むーーー!とかなんとか、うなりながら逃げ出して、またよくわからんところに隠れてしまう。
しばらくして、チラッと顔を出す。
髪の毛が整っている。
しょうがないからおれは笑った。
現状に戻る。
この問題は、ヤバイ。
先生の教えの通り、クールに考えろ。
問、
「他の運命の女神、及び、運命改変者たちは、『奴』の存在を知っているのか?」
答、
「きっと知らない」
このバローグという世界で『奴』のことを知っていたのは、きっと『無明の万眼』だけだった。
おれも、『無明の万眼』を選択したからこそ、『認識不可』である『奴』の存在を知ることができた。
そして、おれにはもう『若き木狩りの戦士』が選択できないのと同じように、別の運命改変者は、『無明の万眼』を選択できない。
そうするとどうなる?
別の運命改変者は、いったい何を目的として『運命』を『改変』するんだ?
神々が『奴』に殺されて、世界が『奴』に喰われている。
それによって生じる異常には、気が付いているだろうか。
滅びつつある世界、その滅びを防ぐ為の方法を探り出すのだろうか。
別の運命改変者とはなんとか合流し、話し合ってみる必要がありそうだ。
もしも運命改変者の間で、お互いに違う目的を持って運命改変を進めてしまったら?
おれは、『奴』に辿り着くことができるのだろうか。
問、
「操作可能なキャラクターがいなくなってしまったら、どうなるのか?」
答、
「わからない。最悪の想定では、その時点でおれの運命改変が終わる」
こればかりは、試す気にはなれない。
最初に使用可能だったのは、3人の人物。
1キャラ目の攻略では、新しいキャラクターをアンロックできなかった。
『無明の万眼』は選択済みとなり、残りは2人。
しかしその内の1キャラ、『若き木狩りの戦士』は、おれとは別の運命改変者が選択済みであった。
残されたのは、『邪剣使い』ただ1人。
新しいキャラクターをアンロックできなければ、今回で詰んでしまう可能性がある。
しかも、アンロックは1キャラのみでは安心できない。
せっかくアンロックできたはずのキャラクターが、既に選択済みであったなら、やはり詰みだ。
他に2柱の運命の女神がいて、それぞれ1人の運命改変者がいると仮定するならば、3人のキャラクターをアンロックしてようやく安全圏、といったところか。
あぁ、なおのこと、『若き木狩りの戦士』が選択済みだったことが悔やまれる。
「若き」と付く以上は、「若くない」木狩りの戦士とやらがいる可能性がある。
次元バローグの人物が操作キャラとしてアンロックされる条件は不明だが、『若き木狩りの戦士』は、選択しただけで新しいキャラクターがアンロックされる可能性があったわけだ。
それに引き換え『邪剣使い』、こいつはおそらく「コミュ力」が低いキャラだろう。
っていうかこんなのに話しかけられたら引くし。
こんなの見かけたらさりげなく避けて通るし。
あ、あれ?
おれ、もう今の時点で、詰んじゃってない?
どうしてこうなった?
あー。
あぁー。
ちょっとムリ。
一カ月くらい休みたい。
いっそもう、詰んでしまえば毎日が夏休みなんじゃね?
この謎空間で、謎女神とふたりで過ごす。
うん、悪くない悪くない。
ちょうど、あのふたりのように。
無明と万眼、あのふたり。
「謎女神、戻ってこい。おれは決めたぞ。と言っても、1択だから他に選びようがないけどな」
「怒ってない?」
「今のおれは、やる気まんまんマンって言っただろ?」
「うん!」
ぴょこっと近くに出現する謎女神。
なにこの謎空間。
どっから出てきてんの?
「おれの2キャラ目は、『邪剣使い』だ」
どうやらこの日が来てしまったか。
ここに我が魂の封印を解除する。
呪文詠唱。
解呪プロセス始動。
封印縛鎖第一層消滅。
呪刻縛符第二層焼却。
最終警告。
聖骸縛布第終層、昇天返上。
目覚めよ。
おれの中二病魂ッ!!!
暗黒面に堕ちてブツブツ言っていたおれを、謎女神がヤバイものを見る目で見守っていた。
「あっ、すいません、謎女神さん、ちなみにスタート地点って、なんて場所?」
「えと、大丈夫?」
「大丈夫じゃないけど、いつものことだから大丈夫です」
「そっか!」
笑顔が眩しいです、謎女神さん。
闇属性なので、死んでしまいます。
「えっとねー、魂の牢獄、だって!」
「へぇー、そうなんだ」
おやおや、この子も中二病に感染しちゃったかな?
なんか中二病くさいワードが聞こえたぞ?
空気感染しちゃったのかな?
「ん?なんて言った?」
「魂の牢獄、だって!」
「なるほど!さすが『邪剣使い』ですね!」
「うん!!」
残念女神はよくわかってないのに返事したよね。
魂の牢獄、って。
牢獄、って。
おれ、詰んだかな?
詰んだよね?
ちょっと待ってね。
今比較を出すよ!
『無明の万眼』
スタート地点:「バルゴンディア王国領内、ナーン森林」
『邪剣使い』
スタート地点:「魂の牢獄」
バカなの?
どんだけ中二病なの?
どんだけ難易度を加速させていくつもりなの?
牢獄?
なに捕まってるの?
魂の牢獄ってなによ?
魂ってなんだい?
あー。
あぁー。
1年くらい休みたい。
もう、もうしょうがない。
たぶん見た方が早い。
「残念の女神様、アレやって、あのスタート前の、空間を横に開くやつ」
「もー!!また残念って言った!運命の女神だよ!残念は仕様です!」
うん、知ってる。
残念が仕様じゃなかったらとっくに返品してる。
謎女神は、ぷんすかぷんすかって言いながら、謎空間を操作する。
謎空間に縦線が入り、スッときれいに左右に分かれ、開いた。
色褪せた、時間の止まった光景。
その中心には……。
おれは残念女神に向かってにっこりと言い放つ。
「チェンジで」
「ムリ」
にっこり!
ノーチェンジ!
『邪剣使い』が、『邪剣』に呑み込まれていた。




