1キャラ目、戦局・第三段階
『漆黒』の中に浮いた、一条の鈍色。
まるで刀のような輝き。
いや違う。
刀のよう、なのではない。
それは、正真正銘、ただの刀だった。
(これで戦局は第三段階。この段階の想定の中でも、最も厳しい展開ね。相対するは人間、それにも関わらず、『奴』は『神殺し』を抜いた)
「あれが、『神殺し』とはな」
(そう、あんなものが『神殺し』なのよ。あれを抜いたってことは、無明を補助する神がすぐそばにいる、そう判断したってことね)
(無明、あれは絶対に『万眼』では受けないで。今のあたし程度なら、神域ごと斬られてしまう。神域の基点になっているこの槍もろとも、あれに殺されてしまうわ)
万眼先生、あれは、刀じゃないのか?
『奴』はなぜ今さら、あんな武器なんかに頼るんだ?
(あれが何なのかは、あたしだってわからない。でも少なくとも、ただの刀なんかじゃないわね。刀のかたちをした、なにか別のおぞましいもの。おそらく普通の人間なら、持っただけで死ぬ。全てを吸われる。あれを振るうには、人間一人分の魂なんかじゃ釣り合わない、それくらいの代物だから。そうでなければ、あんなもので神々を消してしまえるはずがないもの)
万眼の響きには、たしかな悔しさが込められている。
あれにやられた。
万眼のいた世界、その神々。
そして、かつて自分自身も……。
無明は前進する。
「第三段階」
「ここまでは、かねてより聞いていた通りだったな」
「ならば、あれも聞いていた通りのものなのだろう?」
「『神殺し』とは、神を屠る、それだけの為に存在するもの。それならば、人間にとっての脅威には成り得ない。俺にとっては、ただの刀としてしか用を為さない」
無明はバカなんだそうだ。
おれもそう思う。
神を殺すとされるもの、それを前にして、いとも容易く進んで行く。
(バカ無明!あれを抜いた以上、『奴』は力の節約なんてしない!最速で決着をつけにくる!!『世界喰らい』だってあんなものじゃない!今まで以上の規模で使ってくるに決まってる!)
「だからと言って、退けるものでもないだろう。俺も、おまえも、勝てぬことなど知っていた。それでもこの日を待ち望んでいた」
バカだから、おれも万眼も、無明と共に前に進む。
周囲の空間がひび割れていく嫌な感覚。
「それに、『奴』も逃がす気は無いだろう。俺のような虫に、あれだけ刺された。屈辱を喰わせてやったからな」
脱出不可能にも思えるその破壊を、万眼が見破り、無明がすり抜ける。
すり抜けた先、さらに先、さらにその先、ことごとく破壊が迫り来る。
遠ざかることができぬよう、逃がしはしないと言うかの如く、回避の先が限定されていく。
「覚えてはいないだろう、あのとき潰し損ねた虫のことなど」
退路は無し。
もとより不要。
最速。
無明は最速で前進する。
バカだからいつになっても最前線に突っ込んでいくッ!!
背後の空間が全て喰らい尽くされる。
間合いに踏み込む。
ダメだ。
これは読まれている。
見せていなかった最高速度での踏み込み。
それすらも読まれているはずだ!
『神殺し』を抜いている。
ならば狙ってくる。
狙いは人間ではない。
無明の持ち物は岩の槍だけ!!!
無明が右に構えたその槍を狙ってくるッ!!
『神殺し』が突き出される。
それが突き出された。
無明の左拳が突き出されたッ!!!!!!
おおおおおおおおおッッ!!!!
「おおおおおおおおおッッ!!!!」
『漆黒』を殴り飛ばすッ!!!!
止まらねえぇぇ!!!
最速を超えるッ!!
追撃の左拳!!!
追撃の左拳ッ!!!
肉弾の連打で『漆黒』をぶっ飛ばす!!
飛ばされながらも『奴』は世界を叩き割って無明を迎撃する。
自身を巻き込むことも省みず、無造作に破壊を撒き散らし、無明の追撃を食い止めた。
「俺の万眼には触れさせんッ!!!」
(バカッ………バカむみょおッ………バカ………ッ)
無明の左拳が喰われていた。
無明が走り出す。
世界が悲鳴を上げている。
空間が裂ける、潰れる、引き千切られる、消えてなくなる。
逃げ場が無くなる。
それでも無明は止まらない。
逃げ場などいらない。
『奴』はもう全力だ。
出し惜しみはもはや無い。
無明ただ一人を仕留めるために、世界を消し飛ばす力が振るわれる。
誘導させられている。
『奴』の憎しみ。
神々は殺し尽くさなければ気が済まない。
無明は誘導させられるままに、『神殺し』の間合いへと駆け込んでいく。
振るわれる『神殺し』を拳の無い左腕で受け止め、『漆黒』を蹴り飛ばす。
無明は止まらない。
ぶっ飛んだ相手を振り返ることもなく、全力で距離を取っていた。
最前線に飛び込むことしかできないはずの男が、敵に背を向け走っていた。
あぁ、これは恐怖じゃない。
逃走じゃない。
わかるよ、無明。
「頼みがある」
走り続けたままで、おれにそう言った。
「代行者殿、身体をしばし預ける」
あぁ、任せろ。
(ちょっと!無明アンタなにする気!?)
「話がある。神域に戻してくれ」
(こんなときに何の話よ!!?)
万眼先生、おれからも頼む。
(…………わかったわよ)
「代行者殿、俺の身体に残った、壊れた魂、使ってくれ。俺の怒り、俺の決意、壊れていても本物だ」
そんなこと知ってるさ、ありがたくもらう。
(代行者クン、今のキミなら『神殺し』でもただの刀でもほとんど違いなく殺される。だからあたしの神性、少しだけキミに譲る。代行者権限を使いなさい。あたしの真似をするのよ。キミには地球で育った利点がある。あの世界の人間たちは弱いけど、想像力はぶっ飛んでるでしょ?あたしみたいに時間の流れを操作する、そんな能力が登場する作品、たくさんあったよね。思い出してイメージするの。キミならできるよ)
ありがとう、万眼先生。
ふたりとも、どうせならゆっくりしてこいよ!!
「すまないな。その、ゆっくりでいいのか?」
(バカ無明!すぐに戻るわよ!!約束して、絶対に無茶しないこと!万眼先生との約束よ?)
あぁ、約束だ!!
さっさと行ってこい!!
よし、行ったな。
じゃあ、このまま逃げるか。
え?
逃げるのか?
おれはまた逃げるのか?
おれの心にもう恐怖は無い。
それなのにおれは、また逃げるのか?
無明に身体を託された。
無明ならどうする?
万眼先生と約束した。
無茶をしない。
無茶をしてはいけないんだ。
おれは。
でもおれは、まだ。
まだ、自分では戦っていないんじゃないのか?
あのふたりは、おれに逃げろなんて言わなかった。
おれが一度は逃げたから、だから気を使ったのか?
違う、それは違う。
あのふたりは、おれがおれの戦いをするだろうと、信じてくれている。
だから、逃げろとも、戦えとも、言わなかった。
万眼に守られて、無明に任せて。
今度はおれが任された、今度はおれが守らなきゃいけないんだ。
守る為に逃げる。
それはそれで立派な戦いだ。
おれはどうする。
おれの戦いは。
おれは立ち止まってしまった。
『運命改変者』だ。
おれは『運命』を変える為にここに来た。
『無明の万眼』の『運命』を改変する。
『無明の万眼』は、『奴』と出会えば『奴』と戦うのだ。
それが『運命』だ。
そして無明は、『奴』に『神殺し』を抜かれたら、何度でも万眼をかばうのだろう。
ならば。
その『運命』を変えるなら。
おれは無明を生き延びさせる。
それが正しい選択だ。
おれは走り出した。
全力で。
最速を超えろ。
おれはまだまだ強くなる。
無明はまだまだ強くなる。
『奴』に向かって最速を超えて接近する!!!
こいつはおれの無明の腕を喰らった!!
こいつはおれの万眼を泣かしやがった!!
無明の故郷をぶち壊した!!
万眼の故郷を壊しやがった!!!
無明はテメェを忘れねぇ!!!
万眼はテメェを見逃さねえぇッ!!!!
おれはテメェを許さねええええーーーッ!!!!!
空間が引き裂かれる。
それよりも速く駆け抜ける。
おれの接近を拒むように『漆黒』の周囲が砕け散ろうとしている。
あの踏み込み。
自身を槍と化す無明のあの踏み込みを想う。
空間が砕けるその前に。
『神殺し』を振るう暇など与えずに。
おれの全霊の刺突が『漆黒』を貫いた。
『奴』が吹き飛ぶ。
直感。
これは罠。
おれのいる空間、周囲全てが砕かれる。
回避は不可能。
『奴』自身を巻き込むことも厭わない、超広範囲の『世界喰らい』を逃れる術が無い。
無明はここで終わりだ。
無明だけならここで終わりだ。
その相棒は万眼。
おれの先生にはこれを逃れる術があるッ!!
代行者権限。
それが何なのかなんて知らない。
使い方なんてわからない。
だがおれの先生がおれならできると言ってくれた!
イメージする。
時間を止めて脱出する。
好きだったマンガ、地球の想像力。
いや。
ダメだ。
これは違う。
時間を止めるのはおれの能力じゃない。
万眼先生はおれの女神じゃない。
おれには時間を操ることはできない。
おれの女神は『運命』の女神ッ!!
おれは『運命改変者』にして『運命の女神の代行者』だ!
変えてやるッ!!!!
テメェの破壊がおれをぶち壊すその『運命』を『改変』するッ!!!
『この破壊におれは巻き込まれない』ッ!!!!!!
超広範囲の破壊の中を突き進む!!
『おれの槍はテメェを刺し貫く』ッ!!!!!!
岩の槍が『奴』に突き刺さりふっ飛ばす!!
あぁ、これは、これ以上は。
既に限界を超えてしまっていた。
きっと何かが失われていた。
それでもおれは、戦った。
この手に残った感触を握り締める。
おれたちの槍は、『奴』に届いた。
無明の口で言葉を吐き出す。
「ふたりっきりの結婚式だからよ」
「お前はお呼びじゃないんだ」




