憧れ
セレッソ達がセレッソの戦斧の異変に気が付いてから少し経った後。
セレッソとマルグリート、ピエールの三人は、ベナード隊の隊舎の広間で、セレッソを訪ねてきたイサークと向かい合って話をしていた。
他の騎士や冒険者達は、戦斧の分析や氷の後始末、冒険者ギルドにグルージャを呼びに行くなどしている。
クルトゥーラは大分時間が掛かってしまった為、一度家に帰っている。
彼女を見送った後、セレッソ達もそのどれかを手伝おうとしていた時に、ちょうどイサークが訪ねて来たのだ。
「ああ、外の騒ぎはそういう事か。町を歩いていたら噂が聞こえてきたもんだから、また今度は何をやっているんだと思ったよ」
「うふふ。お騒がせしておりますわっ」
セレッソの説明にイサークは合点が言ったように頷いた。
イサークの言葉にセレッソは一瞬「あれ?」と何か引っ掛かりを感じて、少し首を傾げる。
そんなセレッソの様子を気にせず、イサークはマルグリートとピエールに視線を向けた。
「しっかし、相変わらずお前らはどこにでもいるな」
「えへへへ」
「す、すみません……」
マルグリートはイサークに会えて楽しそうに、ピエールは申し訳なさそうに縮こまる。
対照的な二人の様子に、半眼になっていたイサークがふっと笑った。
普段は鬱陶しそうに二人の相手をするイサークだが、今こうして向けている眼差しは見守るような優しげなものだ。
三人がどんな関係を築いているのかはセレッソには分からないが、少なくとも悪いものではないのだろう。
「ところでイサークさん、わたくしに何のご用事でしょう?」
「ああ、そうだった。この間の舞台の話なんだがな、許可を貰えたんで、その報告に」
「早ッ!?」
イサークの言葉にセレッソは目を剥いた。
確かそれは、つい数日前の話だったはずだ。
驚くセレッソにイサークはしてやったりとニヤリと笑う。
「コンタールにあんたの所の出版社があるだろ? 話に行ったら、ちょうどお偉いさんが視察に来ていてな。それでトントン拍子に話が進んだってわけだ」
「イサークさんは幸運の精霊の加護でもあるんですの?」
セレッソがそう言うとイサークは豪快に笑った。
ちなみに幸運の精霊とは風の精霊の眷族で、幸運を繋ぐ力を持っていると伝えられている精霊だ。
「はっはっは。一応、出版社側からもあんたに許可を取ってくれって話はしてあるから、その内連絡が行くと思うぜ」
「分かりましたわ。とりあえず人に見せられる脚本が出来るまでは時間が掛かると思いますので、お時間は頂けると嬉しいですわ」
「ああ、そっちは大丈夫だ。うちの方も、予定している公演がまだ大分あるからな、そっちが終わってからになると思う」
そう言うと、イサークはニッと笑って右手を差し出す。
セレッソもにこりと微笑むとその手を力強く握り返した。
「さて、長居しても悪いから、そろそろ帰るか」
握手を終え、世間話やら何やらを少し話をした後、出されたミルクティーを飲み終えたイサークはそう言って立ち上がる。
「えー! イサークさん、もう帰っちゃうの?」
「稽古もあるしな。お前らも、長居して迷惑掛けるんじゃねぇぞ?」
マルグリートが残念そうにそう言うと、イサークは彼女の頭の上に手を乗せ、軽く弾ませた。
セレッソとピエールも立ち上がり、そのまま広間を出て隊舎の玄関まで向かう。
歩きながらふと、イサークはセレッソを振り返った。
「そう言えば、どうだい、セレッソ。司書怪盗ディアマンテの舞台をやる時、あんたも何かしらで舞台に立ってみないかい?」
イサークが冗談っぽくそう言うと、セレッソはくすくす笑って首を横に振った。
「あら、わたくしは作家ですもの。そちらはからっきしですわっ」
「そうか? あんたは役者にも向いていると思うがなぁ」
イサークの言葉にセレッソは何度か目を瞬いた。
だが直ぐに、セレッソはもう一度、今度はしっかりと首を横に振る。
「わたくしはベナード隊の隊付き作家ですもの。まだまだ、お仕事が山積みですわっ」
セレッソは「ですから、舞台に上がる練習をしている時間はないんですの」と言うと、イサークは「そうか」と、さほど残念そうでもなく頷いた。
イサークの言葉が冗談だったのか、冗談ではないのか。
セレッソがそれを計りかねている内に、彼は「それじゃあ、またな」と手を振って出て行った。
「…………いいなぁセレッソ、イサークさんに役者に向いているって言われて」
バタン、と閉じたドアの先を見つめながら、マルグリートが羨ましそうに言う。
「あれは冗談だったと思いますわよ?」
「でも、いいなぁ。あたしなんて、まだまだだ! とか、出直して来い! とか、いっつもそう言われるもの」
そう言って、マルグリートは口を尖らせる。
確かマルグリートはイサーク一座の役者志望だったはずだ。
役者になりたい、ならばその道は色々とあるだろうが、彼女達は何故イサーク一座に入りたいのだろうか。
そんな疑問が湧いてきたセレッソは、二人に向かって聞いてみた。
「お二人はどうしてイサーク一座に入りたいのですか?」
セレッソの問い掛けに、マルグリートは尖らせた口を戻し、にこにこ笑って答え始める。
「イサークさん達の舞台を初めて見た時ね、胸がぎゅーってなったの。そうしたら、何だか涙が出てきて。自分でも何でこんなに泣けてくるんだろうって良く分からなくて。涙が止まらなくて仕方ないから、そのまま最後まで見終えたら……気持ちがね、スーッとしたの」
マルグリートは自身の胸に右手を当て、目を閉じる。
その時の事を思い出すように語るマルグリートは、本当に嬉しそうだった。
「ああいうのが本気でやるって事なんだなって。本気でやるから、誰かの気持ちを楽にしたり、感動させたり出来るんだなって、それってとても凄い事で、素敵な事でしょう?」
メルグリートは目を開き、セレッソを見上げる。
本気で誰かに、何かにぶつかるという事は存外難しいものだ。
例えば時間だったり、資金だったり。
例えば家の事情だったり、自分の心だったり。
本気でぶつかろうとした時に、目の前にはそんな何かしらの壁が見えるようになる。
それは人によって、高さも、大きさも、厚さも違う。
乗り越えてしまえば、地面に引かれた線のように、振り返った後に何てことはないものだったと思うものなのだ。
だが。
だがその壁は、目の前にした時には途方もないくらい高く見えてしまう。
乗り越えた先にいる人達が眩しく、遠く、羨ましく、目眩がする程に――――苦しい。
だから恋い焦がれるように憧れるのだ。
「ええ、とても素敵な事ですわ。演じるという事は意外と難しいものですもの。気恥ずかしさ、とか。でもそんな事を気にせず、ただただ本気でぶつかる事が出来る人達をわたくしは尊敬しますわっ」
セレッソはマルグリートから向けられた眼差しに力強く頷いた。
マルグリートは「えへへ」とはにかむ様に笑うと、自分の両手を見て、ぐっと握る。
「あたしもね。あたしも誰かにとってそうなりたいの。そんな人になりたいの! だからね、絶対にイサーク一座に入るんだ! それに……」
「それに?」
「……ううん、何でもない! それでね、それをピエールに話したら、ピエールも一緒にやりたいって! ね、ピエール!」
誤魔化すようにマルグリートは笑うと、勢いよくピエールを見た。
話を振られたピエールは驚いたように目を瞬くと、こくこく頷く。
「は、はい。えと、その、ぼ、僕は役者志望ではなくて、脚本家志望ですけど……」
ピエールは指で頬をかきながら言った。
やや自信なさそうなその声色に、マルグリートは「胸を張って言うの!」とピエールの背中を叩いた。
咽るピエールの隣で、マルグリートは何かを思いついたようにポン、と手を鳴らす。
「そうだ! イサークさんにもう一回お願いにいこーっと! イサークさーん! イサークさーん!」
「あっま、マルグリートお嬢さん! ま、待って下さいよう!」
「直ぐ戻るから、ピエールはここで待ってて!」
そう言うと、マルグリートは帰って行ったイサークの背中を追いかけて走り出す。
イサークはまだ近くを歩いていたのか、マルグリートが飛び出してから直ぐにイサークの「うお!?」と驚く声が聞こえてきた。
どうやら捕まったようだ。
その光景が想像出来て、セレッソはくすくすと笑う。
「……本音を言えば、僕の理由はもっと不純なんです」
マルグリートの走って行った先を見つめながら、ピエールがふと、口を開いた。
「不純?」
「ええ。……僕は本当は、イサーク一座に入るのは、どちらでも良いんですよ」
「そうなんですの?」
セレッソが意外そうに聞き返すと、ピエールは苦笑する。
そうして一度だけ目を伏せた。
「僕が脚本家を目指しているのは、マルグリートお嬢さんに笑って欲しいから。僕の脚本で、マルグリートお嬢さんに舞台に立って欲しいから。ただ、それだけなんです」
マルグリートの笑顔が見たい。
そう言うピエールの言葉に、セレッソは何となくだが、自分と似た何かを感じていた。
ピエールにとっての起点がマルグリートであるように、セレッソの起点は七年前のあの事件であり、ベナード隊だ。
セレッソは心のなかで『わたしも』と呟いた。
「マルグリートさんとってのイサーク一座が、ピエールさんにとってのマルグリートさんなんですのね」
「あはは……ええ、そう、ですね」
誰かの為に、何かの為に。
それは詰まる所、自分の為でもあるのだ。
人によってはそれを不純だと言うかもしれない。
だがそれが何だと言うのだろう。
不純だ何だと言われても、その原動力でセレッソは今、自分の願った場所にいるのだから。
「不純で結構。それもまた、立派な理由ですわ」
「そ、そうでしょうか……?」
不安げなピエールに、セレッソは「もちろん!」と頷く。
「そうでなければ、わたくしは今、ここにいませんもの」
胸を張って答えるセレッソの言葉にピエールの背筋が伸びる。
そうして、数秒硬直した後で、安心したように肩の力を抜いて笑った。




