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見方

 翌日の午前中、セレッソは冒険者ギルドへとやって来ていた。

 セレッソがギルドの中へ入ると、彼女の姿を見た冒険者達はざわついたが、そんな事はお構いなしである。


「では、これが冒険者さんが依頼で駄目にした、紙代と絵の具代とインク代ですわ」


 そう言ってセレッソはにこりと笑うと、請求書と書かれた封筒をカウンターの向こうにいるグルージャに、ずいと差し出した。

 表情こそ笑顔だが、セレッソの目元にはクマが出来ている。

 実はセレッソは昨日からほとんど眠っていないのだ。

 昨晩、隊舎から宿に戻ったセレッソは、宣言通り駄目になってしまった紙芝居分の請求書を作り始めた。

 ざっと計算する程度でも良かったのだが、どうせならぐうの根も出ないくらい細かく計算して、何を言われても直ぐに説明できるくらいに準備をしておきたい。

 ふと唐突にそんな事を思い、紙代や絵の具代、裏面の文字を書いた際に使用したインク代など、細かく計算し始めた結果、ほぼ徹夜となってしまった。

 何故そんな事を考えたのかセレッソ自身にも分からない。恐らく深夜特有の眠さを含んだ高揚感がそうさせたのだろう。

 紙代は良いとして問題は絵の具代とインク代だ。

 使用した量を端から計算し始めた結果、途中で数がおかしくなったり、ごちゃごちゃになったりと散々である。

 しかも始めてしまった以上、最後までやり遂げなくては途中までの時間が全て無駄になってしまうので、半ば意地で完成させた。

 気が付けば外は明るく、町の住人達が昨日降った雪をかく音や声が聞こえてくる。

 その時のセレッソにはやり遂げた達成感よりも、ようやく終わったと言う安堵感の方が強かった。

 幸いな事に今日はセレッソの休みの日である。こんな状態で隊舎へ行けば、おおよそ仕事にはならなかっただろう。

 そうして出来上がった請求書と、証拠として紙芝居をチェロケースに入れて、こうして冒険者ギルドへとやって来たのだ。


「うちの連中が悪かったな」


 グルージャは封筒を手に取り、そう謝った。

 どうやら教会やヒラソールから話を聞いていたらしい。

 封筒から請求書を出して内容を確認すると、そのまま自分の後ろに座るギルド職員に声をかけ、請求書を手渡した。

 ギルド職員は請求書を受け取るとそのまま奥の部屋へと向かって行く。


「いえ。わたくしは紙代諸々が戻ってくればそれでいいですわ」


 グルージャの言葉にそう言いながら、セレッソは「でも」と付け加える。


「子供達と、シスター・フルータにはきちんと謝って下さいませ。怖がっていましたもの」

「ああ、分かってる。……あいつらは今日はまだ来ていなくてな。ほとぼりが冷めるまで姿見せないかもしれねぇから、ちょいと幾つかの場所から連絡待ち」


 話していると、ギルド職員が茶色の封筒を持って戻ってきた。

 グルージャは封筒を受け取って内容を確認するとセレッソに手渡し、内容を確認するように促した。

 中に入っていたのはセレッソが渡した請求書の支払いだった。

 内容を確認して礼を言うとセレッソはそれをチェロケースの中へとしまった。


「確かに、ありがとうございます。……ところで、差支えがないようでしたらお聞きしたいのですが」

「ああ、あの依頼の件か?」


 セレッソが頷くと、グルージャは少しだけ苦い顔になった。


「相手が誰なのかは言えないが、確かにそういう依頼はあった。まぁ、簡単に言えば、紙芝居云々や騎士隊云々って事よりもな、教会で騎士の話をしている事が気にいらなかったんだそうだ」

「教会で、ですか?」

「ああ。その人は過激派に子供の命を奪われてな。その子の為に祈りに行く教会で、過激派を……あー、未だ捕まえきれない騎士の話をされたのではたまったものではない、という事で依頼を持ってきていたんだ」


 グルージャの言葉にセレッソは大きく目を見開いた。

 一瞬グルージャは言葉を濁したが、そこに入るであろう言葉を、セレッソは理解した。

 恐らく、七年前にベナード隊が取り逃がしたと言われている、元騎士隊長を含むあの過激派の集団の事なのだろう。

 セレッソは息を呑んだ。


「気持ちは分からないでもないが、な。調べてみれば教会から許可は出ているし、問題行動を起こしているわけじゃない。だからギルドとしては依頼を受ける必要がないと判断して断ったんだが、話を聞いたサウセとアベートが勝手に受けちまったみたいでな。……あいつら、冒険者になりたての頃にその人に世話になったらしくて、それで放っとけなかったんだろう。ま、私怨もかなり入っていたと思うが」

「……そちらの事も、考えていませんでしたわ」


 セレッソは口に手を当てると、申し訳なさそうに眉尻を下げた。

 かつてセレッソの祖父が言った「真実は人によって如何様にも姿を変える」という言葉が頭に浮かぶ。

 どくり、と心臓が強く波打つのをセレッソは感じた。


「今回は教会からの要請だろう? お嬢ちゃんが気にする事はねぇよ」

「いえ、分かっていたつもりで、分かっていませんでした。申し訳ありません」


 セレッソがそのまま頭を下げると、グルージャはそれを見て驚いたように少し目を張り、表情を緩めた。


「……まぁ、これは俺の個人的な意見だが」


 そう前置きしてグルージャは言った。

 セレッソが顔を上げて首を傾げると、グルージャは眼鏡越しの目を穏やかそうに細める。


「この町の冒険者と騎士のギスギスした関係は俺も好きじゃねぇ。仕事にも差支えが出るしな。というわけで、ほんの少しだが期待してる」


 そしてニッと笑った。


「今回の件の事もあるし、何かあれば言ってくれ。手伝える事だったら、少しは協力してやるよ」

「あ、ありがとうございます」


 セレッソは目を張ると、目の奥に少しだけ感じた熱を誤魔化すようにぎゅっと目を瞑ってグルージャの手を取り、ぶんぶんと上下に振る。

 どうやら思い切り振り過ぎたようで、手を放した後はグルージャが苦笑していた。

 そうして話をしていると、ふいにギルドの入口のドアがバンッと勢いよく開いた。

 その音の大きさにギルド内にいた人間が思わず目を向けると外から子供達が飛び込んで来る。

 よく見ると紙芝居を観に来てくれた子供達だ。

 セレッソが目を丸くしていると、子供達の後ろからコラソン亭の主人と娘のパステル、冒険者のヒラソールとクルトゥーラも入って来た。


「いててててて!」

「お、親父さん、痛ぇって!」


 コラソン亭の主人に耳を引っ張られながら、冒険者のサウセとアベートも入って来る。

 グルージャはそれを見てニヤッと笑うと、セレッソに耳打ちした。


「コラソン亭のオヤジな、元冒険者なんだよ」


 先程言っていた連絡待ちってこれの事かとセレッソは思った。

 どうやら教会の一件で冒険者ギルドに顔を出しにくくなった二人は、グルージャの言うとおり、ほとぼりが冷めるまで適当な場所で時間を潰すつもりだったのだそうだ。

 だが今日は生憎の雪模様であり、寒い。恐らく行くならば温かい場所だろうとグルージャは予想した。

 それで上がった候補がコラソン亭である。

 コラソン亭ならば早い内から店を開いているし、何よりもサウセとアベートが良く行く食堂だ。

 何度か問題も起こしてはいるが、それでも通わなくなったという話は聞かないので、今回もそうだとろうとグルージャは朝一番でヒラソールに、コラソン亭への連絡を頼んだ。

 ヒラソールは二人が来る前にコラソン亭へと向かうと、主人に話をして、二人が来たら捕まえられるように協力して貰ったのだ。


「しかし、あの子供達(ガキども)はどうしたんだ?」


 グルージャがそう首を傾げていると、パステルやクルトゥーラ達がセレッソに駆け寄ってくる。

 二人に合わせてセレッソがしゃがむと、パステルとクルトゥーラはニコッと笑い、


「おねーさん!」

「紙芝居読んで!」


 と、元気に言った。

 その笑顔が眩しくて、言葉が嬉しくて、セレッソはじーんと胸が温かくなるのを感じた。

 目の奥の熱が再び押し戻されて来て、セレッソは服の袖を目に押し付けるように押し付けるようぐいと力強くこすって笑う。


「紙芝居、まだできていませんの。……あ、そうだ。一緒に作ってみます?」

「作る!」


 セレッソの言葉にクルトゥーラとパステルだけでなく、子供達も頷いた。

 にこにこ笑っていたパステルは、はっとしてコラソン亭の主人を振り返る。


「おとーさん」

「ああ、いいよ。遊んでおいで。ちょうど店の手伝いが、二人ばかり増えそうだから」


 どうやら店の手伝いの事を心配したようだ。

 主人はパステルに向かってニッと笑うと、頷く。

 二人ばかり増えそうだという言葉にサウセとアベートが顔を見合わせた。


「わーい! いってきまーす!」


 パステルは嬉しそうにぱちんと手を叩くと、セレッソの腕に飛びつく。

 反対側の腕にはクルトゥーラが絡み付いた。

 セレッソはパステルとクルトゥーラに引っ張られる形で、それでも楽しそうに歩いて行く。

 歩きながらセレッソはグルージャを振り返ると頭を下げた。それに返すようにグルージャも軽く手を挙げる。

 そうしてパステル達に手を引かれてセレッソがギルドを出た時。

 残っていた子供達が一斉に振り返って、サウセとアベートを見た。

 サウセとアベートはぎょっとして目を張る。


「べーっだ!」


 子供達は二人に向かって思い切り舌を出すと、そのまま走ってギルドを出て行った。

 入って来た時よりも緩やかにバタンとドアが閉じる。

 グルージャとヒラソール、そしてコラソン亭の主人はそれを見て噴き出し、ギルド内の冒険者達はぽかんと口を開けた。

 サウセとアベートなど青ざめている。

 グルージャはからからと笑うとヒラソールに、


「よくやった、ヒラソール。後で昼飯おごってやるよ」

「やった!」


 と言って、両手を顔の前で組み直した。

 そうしてサウセとアベートを見てニッと笑顔を深める。

 心なしか顔に影が出来ている気がして、サウセとアベートはぞっとした。

 ヒラソールはグルージャの様子に「あ、結構怒ってる」と小さく呟くと、巻き込まれないようにすすすとギルドの端の方に移動した。

 サウセとアベート、それから依頼主それぞれの心情はともかくとして、彼らはグルージャが支部長として断った依頼を勝手に受けた上に、その行動で教会からも苦情が入ったのだ。

 組織に所属する以上やってはいけない事であり、グルージャの顔にも泥を塗る形になった。

 だがそれ以上に、やった事に対してほとぼりが冷めるまで隠れていようというその様が、グルージャにとっては一番の問題だった。


「さて、言い訳を聞こうか?」


 グルージャの声はいつも通りだった。

 だがそれが二人からすれば、それが余計に恐ろしさを増して聞こえた。

 ちらりと振り返ればそこにはコラソン亭の主人。

 視線を戻せば冒険者ギルド・コンタール支部の支部長。

 サウセとアベートは震えあがり、またそれを見た冒険者達も同じように「ひい」と息を呑んだ。

 唯一ヒラソールだけは、多少同情めいた視線を送りながら、今日のお昼は何を食べようかな、などと考えていたのだった。

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