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彼らの依頼

「紙芝居を返して!」


 クルトゥーラが泣きそうな顔で爪先立ちになって冒険者達に向かって両手を伸ばしている。

 それを見てヒラソールが顔色を変えてクルトゥーラの元へと走り、セレッソもそれに続く。


「クルトゥーラ!」

「お兄ちゃん!」


 ヒラソールが駆けつけるとクルトゥーラ涙目で振り返る。

 それを見たヒラソールが目を吊り上げて冒険者二人を睨みつけた。

 黒髪と薄茶の髪の男達だ。


「サウセ、アベート! お前ら、どういうつもりだよ!?」


 ヒラソールの視線の動きからも、黒髪がサウセで薄茶の髪がアベートという名前なのだろう。

 怒鳴るヒラソールの言葉にサウセが紙芝居を持った手を軽く振って少し首を傾げた。


「どうもこうもないさ。悪いが、これが依頼でね」

「依頼?」

「そ、依頼。教会の前で騒いで迷惑なんだとよ」


 アベートが口の片方を上げてセレッソを見る。

 嫌な笑顔だ。

 その視線を受けてセレッソはすうと目を細めた。


「教会からは許可を頂いておりますけれど」

「俺達はコンタールの町のお偉いさんからの依頼なんだよ、ミルクティーのお嬢ちゃん。まさか騎士隊関係者だとは思わなかったぜ」

「……そうですか」


 アベートの言葉に少しだけ目を伏せると、セレッソは顎に指を当てた。

 彼らの言う『お偉いさん』が誰なのかは分からないが、確かに町の状況から見ても考えられなくはない。

 だが彼らの様子を見ると、それだけだともセレッソは思えなかった。


「依頼って……それ、支部長が突っぱねた奴だろ!?」

「さーて、どうだったかなぁ」


 ヒラソールが驚いた声で言うと、サウセが紙芝居を持ったまま、すいと視線を逸らす。

 なるほど、とセレッソは理解した。

 冒険者ギルドとは基本的に民間の依頼を受けて動く組織である。

 ヒラソールの言葉を聞くからに、紙芝居の事を快く思わない者も確かにいて、依頼も確かに存在したのだろう。

 だがその依頼を見た冒険者ギルドの支部長であるグルージャが、依頼として受ける必要はないと判断して断った。

 断ったはずの依頼が、どういう経緯でサウセとアベートの手に渡ったのかは分からないが、一つだけ分かることがある。

 セレッソはぐるりと周囲を見回した。

 先程まで笑顔で遊んでいた子供達は恐怖に顔を強張らせている。中には泣いている子供もいた。

 クルトゥーラは泣くのを必死で堪えているが、体は震え、その目は潤んでいる。

 セレッソは頭に上りかけた熱を必死で押さえ込むと、にやにやと笑う彼らに視線を戻す。

 そしてなるべく落ち着いた声色でヒラソールに言った。


「ヒラソールさん、申し訳ないのですが、クルトゥーラや子供達を教会の中へ連れて行って下さいな」

「セレッソ?」

「わたくし、この方々にお話がありますの」


 サウセとアベートから視線を逸らさないままで、セレッソは笑みを深める。

 ヒラソールは首を横に振った。


「いや、それならセレッソが子供達を連れて行ってくれ。オレが残って話をする」

「これはわたくしの(・・・・・)問題ですわ、ヒラソールさん」 

「だけど」

「大丈夫ですわよ、コンタールの町の冒険者さん達は、無抵抗の相手にどうこうするような乱暴な方はいらっしゃらないでしょう?」


 うふふ、とセレッソは笑う。表情こそ相変わらずの笑顔だが、その青色の目が一切笑っていない事がヒラソールにも分かった。

 ヒラソールは何か言いかけたが、セレッソが何を言おうが一歩も引かない事が伝わったのだろう。

 小さく震えるクルトゥーラを見下ろし、もう一度セレッソを見た後で、ヒラソールは頷いた。


「直ぐ戻る」

「ええ」


 ヒラソールはクルトゥーラや子供達に声をかけ始めた。

 泣いたり、怖がって動けない子供達をヒラソールは何とか宥めながら、子供達を連れて教会へと向かう。

 だが気が気ではないようで、ちらちらとセレッソ達の方へ心配そうに視線を送っている。


「信用ないなぁ俺達」

「そうそ、ここで紙芝居しないでくれりゃ、それでいいんだよ」


 サウセ達はそう言って勝ち誇ったように笑う。

 セレッソはそっと頬に手を当てて、彼らが手に持つ紙芝居を見た。

 どうやら強く握っているようでシワが寄っている。またクルトゥーラから取り上げた時についたのか、紙の端が破れていたり、絵の具が掠れたりもしていた。

 厚紙ではあるが、紙芝居を作る際に使った紙はあまり強い素材のものでもなく、乱暴に扱えば傷む。

 にやにやと笑うサウセ達が、そのまま紙芝居を地面に投げ捨てようとしたのを見て、セレッソは頬に当てた手を放して手のひらを彼らの方へと向けた。


「そこで紙芝居を捨てて汚しでもしたら、その分の修繕費諸々を請求しますわよ?」

「何?」


 セレッソそう言うと、先程まで笑っていたサウセ達は予想外の言葉に不可解そうに目を丸くした。

 首を傾げる二人に構わず、セレッソは淡々と続ける。


「あら、絵の具が掠れて、紙も破れかけておりますわね」

「何言ってんだお前。修繕費? 何だそりゃ、何で俺達がそんなもん払う必要があるんだよ?」

「そちらこそ何を仰っていますの?」


 セレッソは首を傾げて、殊更不思議そうに言った。


「他人の持ち物を駄目にしておいて、まさか依頼だからと言って何のお咎めもないと思っていますの? ああ、でも、そうですわね。今回は依頼主さんがいらっしゃるのですわよね。ならばその方に請求に行きますわ。どなた?」


 口を挟ませる暇もないくらい一気に言って、セレッソは挙げていた片手をずいと倒して、サウセ達に答えを促す。

 普段の明るく賑やかな様子から一転して、声の調子など一定だ。

 それもそのはず、セレッソは怒っているのだ。

 紙芝居の事よりも、せっかく楽しんでくれていた子供達を怖がらせて泣かせてしまった事に対して、セレッソは腹が立っていた。

 ヒラソールも言っていたように、騎士の事が気に入らない冒険者にとってはセレッソの紙芝居は面白くないものだろう。

 そしてそんな紙芝居を受け入れ始めた周りへの苛立ちもあったのだろうとセレッソは思う。

 セレッソ自身もそれは分かっていたし、だからこそ自分へ、その感情が向けられるのならば別に良かった。

 だが、今の状況はどうだ。自分へ向けられるはずの感情が子供達にまで飛び火しているのだ。

 その事にセレッソは怒っていたし、それと同時に、そこまで考えが及ばなかった自分に対しても怒っていた。


「……依頼人に関しては守秘義務がある」


 苦い顔をしてアベートが言うと、セレッソはにこりと微笑んだ。


「そうですか、ならギルドへ直接請求に行きますわ」

「あ、おい!」


 そう言ってセレッソは、紙芝居の時に椅子代わりにして地面に置いていたチェロケースを持ち上げ、冒険者ギルドのある方角へ向かって歩き出した。

 冒険者ギルドと聞いて焦ったアベートが、セレッソを止めようとその腕を掴む。


 正確には掴みかけた瞬間だ。


「オイオイ、女の子相手に、ちょっと手荒すぎるんじゃねェかい」


 横から現れた人影が、アベートの腕を掴む。

 はっとして集まる視線の先にいたのは眉をひそめたベナードだった。


「ベナード隊長?」

「ようセレッソ、顔が怖ェぞ」

「あらやだ」


 セレッソは驚いて目を張りながら、左手で顔をぐにぐにとほぐす。

 ベナードは軽く笑ってみせるとサウセとアベートに視線を移す。

 冒険者二人も驚いているようで、大きく目を張っていた。


「見回りがてらに様子を見に来てみたら、何の騒ぎだこりゃ」

「…………依頼だよ」


 アベートはバツが悪そうな顔でそう言うと、自分の腕を掴んでいるベナードの手を乱暴に振り払った。

 依頼と聞いてベナードは少し首を傾げると、


「依頼ねェ……子供達は?」


 そう言って周囲を見回しセレッソに聞いた。

 セレッソの紙芝居の観客は主に子供達だった。

 それなのにも関わらず、子供達がその場にいない事をベナードは疑問に思ったのだろう。

 セレッソはベナードの問いかけに答えるように教会の方を見た。

 開け放たれた教会の入り口の向こうからは、子供達のぐすぐすという泣き声が聞こえて来る。


「怖がらせてしまったので教会の中に連れて行って頂きましたの」

「そうか」


 セレッソの言葉にベナードは短く頷いて冒険者達に視線を戻す。

 その茶色の目がすうと細まった。

 それだけなのに、どこか空気にピンと緊張感が張ったように感じて、サウセとアベートはぞくりと体を震わせた。


「な、何だ、やる気か? 俺達は依頼でここへ来ているんだ。邪魔をするなら、こっちだって容赦しねェぜ」


 アベートは動揺を振り払うように強い口調でそう言うと、ベナードを睨みつけて身構える。

 サウセもまた同様に身構え、その際に、邪魔だと言わんばかりに紙芝居を投げ捨てた。

 二人の手が腰に下げた長剣の柄に伸びると、ベナードは片方の眉を上げた。

 

「教会の前で斬り合いでも始める気か?」

「……ヘッ、素手で十分だよ」

「一対二だ。怪我しねぇ内に尻尾巻いて消えな、負け犬隊長さんよ」


 冒険者達は柄に伸ばしかけた手を慌てて戻す。

 どうやら、今まで溜まっていた分の発散も兼ねて、どうあっても引く気はないようだ。

 ベナードはやれやれと肩をすくめると、ニッと笑った。


「いいや? 二対二だろ」

「何?」


 サウセとアベートは、怪訝そうに教会の方へ視線を向けた。

 恐らくヒラソールを人数に入れたと思ったのだろう。

 ヒラソールはちょうど今、教会の中から出て来ようとしている所だった。

 だが残念な事に、ベナードが言ったのはヒラソールの事ではない。

 ベナードの言葉に、にこにこと笑いながらセレッソが一歩前へと足を踏み出し、その隣に並ぶ。


「うふふ、ベナード隊長のそういう所、大好きですわ。婿に」

「はっはっは。いやだ」

「また振られましたわー!」


 ベナードが現れた事で少し落ち着いたのか、いつもの調子を取り戻したセレッソが叫ぶ。

 サウセとアベートはポカンとした後、わなわなと震え始めた。


「ば、ば、馬鹿にしてんのか!? 何だ、その、二対二って!」

「同じ人数じゃねェか」

「そういう問題じゃねぇよ!」


 恐らくサウセ達の中では、こういった荒事に関してはセレッソは眼中になかったのだろう。

 普段の言動から忘れがちだが、セレッソは見た目だけならば儚げで弱そうなのだ。

 服の下の体がいかに引き締まっていようが、チェロケースの中に楽器ではなくバトルアックスが入っていようが、セレッソの事を知らない相手からすればどこにでもいる普通のお嬢さんだ。

 よもやベナードがセレッソを人数に入れるとは思わないし、数に入れたところで、のこのこと前に出て来るとも思わなかったのだろう。

 怒りで顔を真っ赤にして怒鳴るアベートの肩をサウセは叩いた。


「……ベナードだけ狙えばいい」

「あら、意外と紳士」


 うふふ、とセレッソは笑った。

 大人気ない行動も目立つが、何だかんだで彼らなりに最低限の線引きはしているのだろうか。

 ふとセレッソはそんな事を思ったが、ひとまずそれは横に置いておく事にした。

 セレッソは手に持っていたチェロケースを少し高く持ち上げると、ベナードに見せる。

 先程、斬り合いだの素手だのという話が出ていたので、素手の方が良いのかどうか気になったのだ。


「ありでしょうか?」

「ありじゃね? どう?」

「ど、どうって……ああ、もう、別に何でもいいよ!」


 もはや自棄である。

 使っていいかと話を振られたアベートは、自棄っぱちに怒鳴り返した。

 ベナードは小さく噴き出すとセレッソに言う。


「中身は禁止だぞ」

「心得ておりますわ」


 そうして、ようやく準備が整った双方は、じりじりと向かい合う。

 そこへヒラソールが走って戻ってきた。


「ごめん、待たせた――――って、何してんの!?」


 その声が戦闘開始の合図になった。

 四人はそれぞれに地面を蹴り、お互いに向かっていく。

 目の前で始まった殴り合いにセレッソまで混ざっている事に驚いたヒラソールは、思わずポカンと口を開けて固まった。

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