悪役令嬢は今日も頭突きをする
悪役令嬢物に挑戦です。
1
「僕との婚約を破棄してほしい」
王城の一室で王子の言葉が響きます。
その言葉を契機に、私は思い出しました。
この世界は某西洋貴族風、学園乙女ゲーム。
自分はヒロインに「これでもか」という程嫌がらせをした挙句、最後には牢に鎖で繋がれ、どうなったか分からない悪役令嬢だという事を。
ゲームでは表現されなかったその結末が今ではとても気になります。
前世では、悪役令嬢のその結末に、「そんなもんだよね~」ですませてきた私だが、いざ自分がその立場になってみると、急速に心が冷えていきます。
急に流れ込んできた記憶のせいで、私は混乱しました。
「はいそうですか」っと、どこかのネット小説の様にはマインドチェンジをできません。
私の呼吸は荒くなります。
周りの音が消え、「はぁ~」「はぁ~」という自分の呼吸の音のみ聞こえます。
私は呼吸を落ち着けるためにしゃがみこみます。
「アリス、大丈夫かい?」
たったいま私に婚約破棄を告げた王子が、同じ口で私を心配します。
私はそれに苛立ちを覚えます。
アリス、それが私のこの世界での名前。その名前を彼は口にします。
近づいてくる王子。
私は混乱しています。
同時に、怒ってもいました。
ふと頬が緩みます。
何故か笑みがこぼれます。
タイミングを見計らい、勢いよく立ち上がります。
ドコンっという音、「ぐはぁ」という王子の悲鳴が同時に鳴り響く。
私は後頭部を違和感を感じます。
摩ります。
よかった、血は出ていません。
ふと目の前を見ると、王子が顔を抑えています。
手の隙間から、僅かに血が出ています。
王子が手を離すと、その端正な顔から、歯が一本欠けていました。
私はその姿が面白くて、つい
「あははは、。王子様、その顔・・・・あははは」
っと笑ってしまいました。
私の笑い声か、先程の王子の悲鳴につられてか分かりませんが、人々が集まってきました。
今日は、王城での舞踏会。
主だった貴族の息子、令嬢が揃っています。
そんな彼らが今、私と王子を取り囲んでいます。
その中には、私が散々いびってきたヒロイン、男爵令嬢のユフィもいます。
その皆の前で、イケメンの代名詞だった王子は、歯の抜けた面白い顔をさらしています。
王子はそれに気づいたのか、さっと奥に消えていきます。
私も何事もなかったかのように、城を後にしました。
2
私は伯爵令嬢。
現状は芳しくありません。
王子との婚約は破棄され、その上、昨日の頭突き事件での王子の報復か、これまで来ていた縁談は全て破棄され、残ったのは評判の悪い貴族との縁談ただ一つ。
乗り気ではないですが、私の年齢と立場を考えた結果、その縁談に応じることになりました。
お相手はこの国の宰相の筆頭補佐官。
肩書だけ見れば、優良株。しかし、彼は貴族令嬢の間ではきわめて人気がありません。
その理由は一つ、禿げているからです。
私と同い年のはずなのですが、はげています。
つるっつるです。病気とかではなく、普通にはげているそうです。
そんな彼が私の縁談相手です。
「初めまして、宰相筆頭補佐官、ユーリと申します」
「初めまして、伯爵令嬢のアリスと申します」
という形で始まったお見合い。
話していると、髪は気になりません。
それどころか、逆に魅力的に見えてきます。
スキンヘッドの方というのは、合った瞬間は怖いのですが、慣れてくるとかわいく見えてきます。
なんでしょう、普通の人よりも表情が濃い気がします。
前世の某歌舞伎俳優を思い出します。
私と同い年で、宰相筆頭補佐官というためか、会話に知性を感じます。
こんな人は初めてです。
彼は仕事柄か、話がうまく、事務処理能力も高く、私たちの縁談は瞬く間に進んでいきました。
そんなこんなで、私は彼、ユーリと結婚することになりました。
3
私は、前世ではちょっと変わった人が好きでした。
「この人何考えてるんだろう?」っと、思い起こさせる人が好きでした。
でも、そういう人は、割とおかしな人が多く、上手く関係を保つことができませんでした。
そんな経験をへてか、私はある程度見ただけで、おかしな人が分かるようになりました。
私の隠れてた特技の一つです。
ユーリは朝、パンを食べます。
メイドがご飯を用意しても、絶対にパンを食べます。
「健康のためには、ごはんも食べた方がいいと思うの」
「白米は食べない」
それだけいうユーリ。
ユーリは変わった人特有の、固くなな信条というか、こだわりがありました。
それに対しては絶対に曲げません。
私は早々に諦めました。
又、彼はもう一つ大きな特徴がありました。
何故か、絶対に左手で私に触れませんでした。
「何故、左手で私に触れないの?」と聞いた所、
ただ、「左手は使わない」とのことでした。
私の中のユーリのこだわり辞典がまた一項目増えました。
◇
そんなある日、ユーリは小さな女の子を連れてきました。
歳は5,6歳程でしょうか。
「今日から一緒に暮らす事になった、ミリアだ。ほら」
ユーリは彼女の背中を優しく叩きます。
「私はミリアです。今日からよろしくお願いします」
礼儀正しく挨拶をする少女。
「え、うん。はい」っと、私はただただ頷くばかりでした。
ミリアちゃんは礼儀正しく、聞き分けの良い子でした。
どこか気品があり、庶民の子供には思えません。
どこかの貴族の子供のでしょうか?
私はユーリに詳しい事を聞くのですが、ユーリはただ、
「それは言えない」の一言でした。
ユーリが駄目ならミリアちゃんならと思い、私はミリアちゃんに尋ねます。
でも、「言えません」の一言。
ユーリ並に固い口。
その似たような雰囲気から、「もしや隠し子?」と思いましたが、ユーリの性格からして、そのような事は信じられませんでした。
あまり女性に興味がなさそうなユーリです。
それに仕事が忙しく、遊んでいる暇などないように思えます。
◇
私は時々、王城にいき、ユーリの同僚のご婦人の方々とお茶会をします。
国の運営を行っている方々の奥様方です。
旦那様がユーリよりも皆10歳は年上のためか、奥様方も私より年上でした。
その穏やかなお茶会の中で、私は最年少という事もあり、のほほんと寛いでいました。
私に気を使って下さり、王城内の噂話やしきたりなど、必要な事を学んでいきました。
驚いたのは、口々にユーリの事を褒めていることでした。
同い年の令嬢の間の評判は最下層であったユーリですが、ご婦人方の中では評価が高いようでした。不思議です。若いのに凄い、自分の娘の夫にしたいと。
「そうなんですか~」と照れながら、私はいつも粛々としていました。
ユーリの働く姿はみた事がなかったので、それが本当なのかお世辞なのか、よく分かりませんでした。
◇
いつかの昼休み。
ミリアちゃんの部屋の前を通ると、彼女は絵を描いていました。
窓を開け、イーゼル(キャンバスなどの画面を立てる台)にキャンパスを置いています。
庭の景色を書いているのかと思いきや、それは違いました。
全く別の景色。
向日葵畑の絵。
私の家の庭に向日葵畑はありません。
でも、その絵はとても上手く、まるで何かを見ながら書いているようでした。
私は興味が沸き、
「ミリアちゃん、何書いているの?」
「向日葵」
「凄いね。想像して書いているの?」
「違うの。見ながら書いているの」
そういってミリアちゃんは窓の先を見ています。
そこはなんの変哲もない緑の草が生い茂った庭。
でも、ミリアちゃんは庭を見ながら向日葵の絵を描きます。
まるで、本当に見て書いているかのように。
「お庭には向日葵見えないよ」
「私には見えるの」
「そうなんだ・・・・」
私は一生懸命に絵を描くミリアちゃんを後ろで見つめていました。
みるみる内に描き出される向日葵畑。
彼女には本当に見えているのかもしれません。
◇
私は王城でヒロイン事、ユフィに合いました。
噂では、私に婚約破棄した王子はユフィに婚約を申し込んだとか。
「ごきげんよう、ユフィ」
「ごきげんよう、アリス」
「ユフィさん、噂で聞いたのだけれど、王子と婚約なされたとか」
「そうなんです。突然王子に婚約を求められました」
「それでどうなされたんですか?」
「えっと、その・・・」
チラチラとこちらを見るユフィ。
そのいじらしい態度は、さぞ殿方には好評でしょうが、同性相手には通用しません。
もうそろそろきづいてもいい年頃だと思うのですが。
「なんですか?」
「婚約を受けました」
「そうですか、おめでとうございます」
「はい、アリスさんのおかげです・・・あっ」
っと口に手を当てるユフィ。
そうこのゲームのヒロインはどじっこ属性完備で、その特性で様々な事件を起し、それを機に男性と結ばれていきます。ゲームをプレイしている時は、それ程気にしなかった設定。でも、今は無性に腹が立ちます。そう、これは王子に婚約破棄された時以来の気持ちです。
あの時の事を思い出し、私は頭痛がし、しゃがみこみます。
「大丈夫ですか?」
っとかけよってくるユフィ。
思わず、頬が緩みます。
私はタイミングをみはからい、立ち上がります。
ドゴンっという音と、「きゃあ」っというかわいい声が同時に鳴り響きます。
どこかで聞いた事がある音声がリピートされます。
今回は女性バージョンですが。
私は頭に違和感を感じ、手で摩ります。
大丈夫でした。
血は出ていません。
目の前では、ユフィが口を押えています。
その手からは血が溢れています。
私はふと、床に転がる白い石のようなものを手に取ります。
石ではなく、それは歯でした。
綺麗な白い歯。
私はそれを拾い、歯が抜けて、間抜け顔になっているユフィを見ます。
「ユフィ、落し物ですよ。それでは」
私は呆然とするユフィの手の平に歯を乗せ、その場を後にしました。
その後聞いたのですが、私は貴族令嬢の娘たちの間で、「頭突きのアリス」と呼ばれているようです。
◇
家には手紙が来ていました。
差出人は王子。
内容はこの前の事でした。
ユフィに頭突きをして歯を折った事を批難する内容でした。
私はその手紙を読むと、ゴミ箱に入れました。
夕食後でした、ユーリが、
「アリス、王城での事聞いたよ。君、王子の婚約者に頭突きをしたらしいね」
「頭突きはしていません。ただ、立ちあ上がった時に偶々私の頭がユフィさんの顔にあたってしまっただけです」
「そうかい。どちらにしても君と婚約してよかったよ・・・」
「え!!」
私はユーリの言葉に驚きました。
私は常々、何故ユーリが私と婚約したのか不思議に思っていました。
聞いても答えてくれないだろうと思い質問は避けていました。
その答えを知る機会がふいに訪れたのです。
「どういう意味ですか?」
「なに、僕は婚約を申しこんだのは、王子に君が頭突きをする姿を見たからなんだ」
え?とういうことでしょう?
私が知りたかった答え。
それを知ったのですが、頭が上手く働きません。
ユーリは、頭突きをした私に惚れたのでしょうか。
もしかしてマゾっ気があるのでしょうか。
「私、そういうプレイはしませんよ」
「誤解しないでくれ、別に僕はマゾじゃないし。アリスももエスってわけじゃないだろ。でも、僕はあの時、頭突きみて確認したんだよ。アリス、君、王子に頭突きをする歳に、タイミングを計りながらにやっと笑っただろ、あの笑顔、最高に美しかったよ」
「え!」
私の目の前で、どす黒い笑顔をするユーリ。
普段は温厚で真面目な青年。
彼は眼鏡を取り出し、徐にかけます。
そして、眼光鋭い目で私を見て笑います。
そういえば、ユーリの部屋にあた眼鏡ケース。
眼鏡をかけないのに、なんであるのだろう思っていました。
まさか、ユーリは腹黒眼鏡キャラだったのです。
そういえば、ゲームの開発秘話の没ネタの中にそんな設定があった気か・・・
ユーリはにやけながら私を見ます。
「僕は仕事柄、汚れ仕事をすることが多くてね。僕がこの若さで宰相筆頭補佐官まで上り詰めてこられたのも、ある種の才能があったからなんだ。その僕が断言するよ。君には悪女の才能があるとね」
え、何をいってるんでしょうか?
というか、この人は誰なんでしょうか?
180度の豹変に私はついていけません。でも、何故か心はドキドキします。
「もうすぐ君にとっては面白い事が起こるよ。これで僕は又昇進するさ。30歳までには国のトップに立ちたいからね。そのためには王子が邪魔なんだよ。でね、そのためには君の協力が必要なんだよ。君ならできるよ」
ユーリは眼鏡越しの情熱的な目で私を瞳を見つめ、両手で私の手を握ります。
そう、決して私に触れる事のなかった左手で。
彼はいつの日か言っていました。この左手は、信用してる人しか触れないと。
私はどうやら彼の信用を勝ち取ったようです。
それに私はユーリの妻です。日本と違い、家事や子育て(ミリアの)はメイドさんが全てやってくれます。少しぐらいは私も家族のためになることをしたいです。
「それで、私は何をすればいいんですか?」
「簡単なことだよ、それはね・・・」
そうしてユーリはとある作戦を私に話しかけました。
私はその話を聞いて、ドキリとしました。王子と婚約者に頭突きをした私でもさすがにそれは・・・
でも、ユーリの謎の励ましにより、私は自信を取り戻しました。
4
作戦決行日。
王城での舞踏会。
私はドキドキしながら知り合いに挨拶をします。
ユーリにエスコートされて、会場内を回ります。
王子も婚約者もいます。
貴族令嬢方は私を遠くから見、何やらヒソヒソ話をしています。
「頭突き姫」という名が僅かに聞こえてきます。
姫ですが、なんとも光栄です。
でも、そんな事を気にしている心の余裕はありませんでした。
刻々と時間が過ぎていきます。
ユーリはいつもの穏やかな表情です。眼鏡はかけていません。
彼は小声で私に呟きます。
「アリス、次は王子だよ」
そういうと、ユーリは王子に近づきます。
私も手を引かれ、移動します。
王子は婚約者のユフィと共にいます。
ユフィは私を見ると、「はっ」とした表情をし、王子の服の袖をひっぱります。
何かを耳元呟いています。
多分、「逃げたい」「危険よ」などといっているのでしょう。
が、ユーリは巧みにユフィの進路を妨害し、挨拶します。
「ご機嫌よう、王子殿下」
「ユーリ、働きぶり父上から聞いているよ。お連れのご婦人は・・」
ともったいぶって私を見る王子。
「はい、私の妻のアリスでございます」
「あぁ、あのアリスか。歯の痛みは忘れんよ。ユフィともどもにね」
王子はいやらしい目で私を見ます。
「そのたびはご無礼を」
私は頭を下げます。
「何、気にすることは無い。私には今、最愛のファアンセがいるからな」
そういってユーリの禿げ頭を見る王子。
俺ではなく、はげと結婚してさぞつらいだろうという思いが顔にでている。
彼らヒロインのユフィの手を握る。
「もう、やめてくださいよ。人前で」
「君の美しさを真近で見られる僕をみんなにアピールしたいんだ」
「もう・・・ちょっとだけですよ」
目の前でいちゃつくバカップルに対し、表情を崩さない私とユーリ。
「それでは」
そういい、その場を立ち去る私たち。
少し離れた所で、
「王子も楽しそうでなによりだ」
穏やかな顔で笑うユーリ。
私はユーリの本性を知っているためか、ちょっとぞくっとする。
「もうすぐ時間だね。楽しみだね」
「う、うん」
そうして私たちは移動する。
◇
「国王陛下のお言葉です」
司会の男が仰々しく声を上げる。
すると国王陛下が椅子から立ち上がる。
隣には王子と婚約者のユフィが座っている。
「このたび、重大発表がある」
ざわめく観衆。
観衆は一様に、王子とユフィを見ている。
陛下の後ろで、観衆に手を振る王子。馬鹿っぽさが天井を突破した。
陛下は観衆の反応を見、手を上げる。
静かになる観衆。
「本日、皆も知っての通り、我が息子である第一王子と男爵家令嬢、ユフィの結婚をここに発表する予定だったのだが、それは中止する」
立ち上がろうとして、座る王子とユフィ。
二人は不可解な表所をしている。何が起こっているかわからない、という表情だ。
王子はすぐに立ち上がり、
「一体どういうことでしょうか、陛下」
陛下は悲しげな表情で王子を見る。
その顔を見て、王子から笑顔が消える。
「我が息子よ、何かいうことはないか?」
陛下が王子に問う。
王子はおろおろとするばかりで、口を開かない。必死に頭を回しているのかもしれない。
そんな姿を不安な表情で見つめるユフィ。悲劇のヒロインのオーラが出ている。
「あ、ありません」
「そうか、そうか。それは残念だ。今すべてを話せば、少しは罪が軽くなったろうに」
「え・・・」
陛下が手を横に振る。
直ぐに兵士たちが集まり、王子を瞬く間に捕えられる。
「な、なにするんだ。僕はこの国第一王子だぞ」
「儂が今から理由を話す。それまでは大人しくしていろ、最後まで王族でいたかったらな」
その言葉で反抗をやめる王子。
兵士たちはユフィも取り囲んでいる。
「わ、私は・・・・」
か細い声を出すユフィ。だが、誰も助けには来ない。
陛下が口を開ける。
「我が息子。第一王子だが、他国と共謀し、我が国を陥れようとしていた。儂は息子を疑いたくなかった。だが、儂は息子よりも国を守らねばならん。そこで、儂は秘かに調べていた」
陛下がユーリをチラリと見る。頷くユーリ。
「息子に仕掛けた盗聴器から、数々の証拠が出てきた」
「んな馬鹿な。入念に調べたはず・・・」
王子が陛下を見る。
「服はそうじゃろう。でも、体内なら分かりはしまい」
王子は呆然とする。そして、
「ま、まさか・・・・・」
王子は口の中に手を突っ込む、そして、腕に力を入れて歯を抜く。
血濡れの人工歯。
その中には、何やらクリスタルがつまっている。
それを見て、驚愕に震える王子。
王子はアリスを睨む。
「あの女ぁあ」
王子は暴れる。一瞬の隙をつき、兵士の拘束を逃れアリスの元へ襲いかかる。
が、ユーリが王子の首筋に手を当てる。
気絶する王子。兵士が直ぐによってきて、彼を取り押さえる。
「というわけじゃ、よって第一王子は拘束し、これから容疑の追及を始める」
陛下は罪状を並び立てていく。
その話の中、ユーリが私に呟く。
「アリス、頼むよ」
「ええ」
私は陛下のスピーチに夢中になっている観衆の脇をすり抜ける。
そして、泣き崩れているユフィに近づく。
足音に気づいたのか、顔を上げるユフィ。
「アリス・・・私・・・」
「大丈夫」
「私、あなたから婚約者を奪ったのに・・・」
「いいの」
「アリス」
ユフィは私の胸に抱きつこうとする。
が、それより速く私の方がユフィの胸に入る。
「え!」
ユフィの間の抜けた声が聞こえる。
私はニヤリと笑い、思いっきり頭を上げる。
ユフィの顎にヒットする私の後頭部。
その衝撃で、ユフィの口の中から白い何かが飛ぶ。
それが陛下の前に転がる。
唖然とする観衆。
そこにユーリが現れる。
「陛下、実はこの中にもう一人裏切り者がおります」
「ユーリか、はて、そのものとは・・・・」
「はい、そのものとは・・・」
ユーリは私を見る。
「もしや、アリス嬢か」
陛下が私を見る。
「頭突き姫かぁ~」
「やっぱりか~」
「いい気味ですわ」
散々な声が観衆から湧き上がる。
「いえ、アリスではなく、元王子の婚約者ユフィです」
「なんと!」
驚く陛下に観衆。
そして、
「な、何をおっしゃているんですか?」
ユフィは、血まみれの口を押えながら抗議する。
「実はわたくし、ユフィにも疑いを抱き、歯に盗聴器を仕込んでいました」
陛下の前に転がっているそれを拾うユーリ。
「確認した所、ユフィこそ敵国の間者の総元ということが分かりました」
「何をいっているのですか!」
「録音した音声がこちらにあります」
懐からクリスタルの記憶媒体を取り出し、陛下に、観衆に見せつけるユーリ。
「彼女は、うっかりなどと申し、次々と事故を起こしつつ男性と関係を持ち、この国の内情を探っていました。それを本国に送信していました。そしてあろうことか、王子をそそのかし、この国の転覆を図っていました」
陛下はクリスタルの音声を聞いている。
徐々に表情が険しくなる。
「そしてこちらがその他の証拠です」
どこから現れたのか、ユーリの部下らしき男がユーリに渡した書類。
ユーリはその書類を陛下に渡す。
それを読み込む陛下。
「違うんです陛下、私は、私は・・・」
泣き叫ぶユフィ。
「だってここはゲームの世界だから・・・」
その言葉で私は気づいた。
彼女も転生者だったのだと。
それもそうか。私だけが転生者というのもおかしな話かもしれない。
「何をたわけたことを。これらの証拠を覆せるものをもっているのか?」
ユーリはユフィを問い詰める。
「うるさい、禿げ!禿げ!」
子供の様に叫ぶユフィ。
「証拠はあるのか?」
いつの間にかかけていた眼鏡越しにユフィを見るユーリ。
「それは・・・・ないです」
「分かった。そのものも牢に連れていけ」
陛下がそう命じるとユフィは連れられて行った。
ふとそんな彼女の前に立つユーリ。
「ユフィ、一つ訂正しておく、僕は禿げじゃない」
そういうと彼は頭に手を当てる。
すると頭皮がめくり上がり、中からあ髪の毛が。
そうです。彼は禿げようのカツラを被っていたのでした。
「その光景を見て、ガクリと首をたれるユフィ」
ユフィは兵士たちに連れられていった。
その後、陛下がざわめく観客をなだめ、舞踏会は終了した。
5
ユーリは出世した。
今回の事件が評価されたのか、副宰相になった。
これ程若くしてなったのは初めての事らしい。
それに、ユーリがハゲじゃないという事が皆に知れ渡ったのか、それとも舞踏会での活躍が目に留まったのか、彼は一躍舞踏会の人気者になった。
既婚者のはずなのに、多くの女性に言い寄られる彼。
そんな彼は、いつも礼儀正しく、彼女たちの誘いを断った。
ちょっとみさかないんじゃないの?貴族令嬢たちは、と思いつつも、私は安心していた。
彼が左手で触れるのは私だけ。
大きくなった家で私はユーリとミリアちゃんと暮らしている。
そんなある日、私はミリアちゃんの顔と、ふと誰かの顔が似ていることに気付いた。
陛下、それに元第一王子と。
でも、私はその思いを口にすることはありません。
想像の中で頭突きをし、その思いを立ち消しました。
そんなこんなで、今日も頭突きをする私は、悪役令嬢です。
お読み下さり、ありがとうございました。
他にも悪役令嬢物を書いておりますので、宜しければお読み頂ければと思います。