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教室の裏側  作者: ケー/恵陽
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夕焼けが待っている

 日の暮れる教室で私は行儀悪く、机の上に胡坐をかいていた。スカートが捲れていても誰もいないのだから気にする必要もない。それに私を知っていてくれる人はもう此処にはほとんどいない。知っていて欲しい人はいるけれど、私から口にするのは年長者としてプライドが許さない。

 とはいっても、何年も留年するくらいお頭の馬鹿な人間にプライドがあるというのが馬鹿みたいなことだけど。

「相葉先輩?」

 西日の当たる教室に私以外の声が響いた。机から降りて振り返った。

「ああ、西岡くん。生徒会?」

「はい」

 この春から級友になったというのに、西岡くんは気をつけていないと私を先輩と呼ぼうとする。「もう先輩は必要ないよ」

「そうなんですけど。先輩には去年お世話になりましたから、つい」

 私は頭が悪い。それは周知の事実。だから今年で三年生をするのは三回目だ。

「まあいいや。先輩って言ってくれるのは、もう西岡くんぐらいだしね。ありがと」

 私はにっこり笑う。西岡くんもつられたように微笑を浮かべた。

「それで、何をしてるんですか」

「……うん」

 私は窓の向こうに視線をやった。グラウンドには野球部やテニス部の練習姿が見える。片づけを始めた部活もあるようで、ポールなんかを持って倉庫に駆けていく人も見えた。

「実はさ、待ってるんだよね」

「誰か約束してるんですか」

「ううん。多分、私が三年にいるってことも知らないと思う。もしかして会いに来てくれるかなって思ってたんだけど、やっぱり無理だね」

 そもそも留年した人物が知り合いだなんて思いたくないと思う。同じ学校へ通う機会があるなんて思ってなかったから、私はちょっと嬉しかったんだけどなあ。

「相葉せ……さん」

「うん」

「その人が好きなんですか」

「うん。そう、好きなの」

「………」

 好きだなんて、言ったこともない。帰り道で偶然会えても意地悪を言って、からかっていただけ。でもその偶然が私にはとても貴重な時間だった。

「西岡くんが照れてどうするのよ」

「び、びっくりして。もしかして年下ですか」

「よくわかったね。ま、今同じ学校にいるにはほとんどが年下だもんね」

並ぶことのない時間の流れを何度も憎んだ。私はちょっと変なのかなって思ったこともあった。でも会えると笑顔になった。抱きついたら真っ赤になって私を怒鳴るんだ。高かった声が段々と低くなっていっても、やっぱり私は好きだと思った。

 私に気付いて欲しい。

 だけど、私からは言えない。

 一昨年までは普通に喋れたけど、留年したら恥ずかしくて会うことが出来なかった。帰り道に会いそうになったら隠れてしまった。

「西岡くんは好きな子いないの?」

「……いますよ」

「そっか。気付いてもらえるといいね」

「そうですね」

 西岡くんは複雑な表情をしながらも素直に頷いた。

「ところで先輩、そろそろ門限ですから帰る準備した方がいいですよ」

「ああ、そうだね」

 西日を背中に背負って、西岡くんは去っていった。

 私はのろのろと鞄を手に取った。

 グラウンドを見ていたのは運動が好きな子だったから、姿を捜せるかと思っていたからだった。だけど、居ない。中学の時は野球部に入っていたのに、見つけられなかった。何処に行ったら会えるだろう。

 外履きに履き替えて歩いていると部活の終わった人たちの波にぶつかった。それぞれが疲れているけれど、明るい顔をしている。私も、昔は部活に入っていたけれど、今の輪に入るには無理がある。

 門を出ると、皆が散り散りになっていく。私もその中の一人になって、てくてく歩く。前を歩いていく人波に捜す姿は見つからない。

 肩を落として溜息を吐くと、後ろから自転車がチリンチリンと音を鳴らす。私はさっと脇に避ける。だけど、キュッと自転車は私の横に止まる。

「真帆?」

 長らく聞いていなかった声に私は顔を上げる。そこには驚いた様子の倫輔の顔があった。小首を傾げる彼の表情を子犬のようだと思いながら、私は思い切り倫輔の顔を叩いた。

「真帆? 誰が呼び捨てにしていいって言った? 真帆お姉様とお呼びなさい」

「そんなん呼べるかっ! ……つーか、痛ぇよ」

 恥ずかしいとか、情けないとか、何処かに消えていた。名前を呼ばれて、顔を見れた。

それだけで、私は笑顔になってしまった。


南天台高校三年一組 相葉真帆(アイバマホ)

次は夏の章に移ります。

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