私の空間
「なんでお前がここにいるんだよ!」
「僕がいちゃいけないのか。寧ろ僕の科白を取るなよ、隆」
「取ってねー!」
「大きな声出すと迷惑だから早くどっか行ってくれよ?」
「臣、お前なあ……何度言ったらわかるんだよ。俺は今、多恵ちゃんに会いに来てんの。臣に言われて行くかっつの」
「わかってないねえ、多恵のあの顔が見えないのか」
「あ?」
派手な顔が二つ、私の目の前にある。ここは美術室で、今は文化祭の真っ最中だ。美術部の作品が展示してある。純粋に作品を愛でる訳でなく、というか来るなと言いたいこの二人に私は眉間の皺を深くした。
「た、多恵ちゃん?」
「ほら見ろ、怒ってるぞ」
何故か勝ち誇る正臣の頬を私は容赦なく引っ張った。
「いだだだだだ!」
「痛くしてるんだから当然よ。私は深谷だけでなく正臣にもここから立ち去って欲しいんだけど」
ここは静かに作品を鑑賞する場所なのに、この二人のせいで騒がしくてたまらない。ただでさえこの二人と知り合いだというのは私にとって汚点なのだ。静かに学校生活を送りたくてもこの二人がついてきたら静かになんて絶対ならない。断言出来る。
「なんだよ、多恵。騒がないって、だから怒るなよ」
耳を押さえながら少し距離をとる正臣に、私は無言で出口を示す。この男が従兄弟なのはどうしようもないとしても、わざと私に構うのはやめてほしい。お祭り好きなこの男のせいで今までどれだけ私の生活を脅かされたことか。
「多恵ちゃん……」
怯んだ表情をする深谷にも正臣同様出口を示す。女子から多大な人気を持つ男なのだから、私への興味なんて早々になくしてしまっていいのにどうしてか私に懐いてくる。それがとても困る。それに何より深谷の派手な顔が私は苦手だ。頼むから近付かないで欲しい。
「ここは美術室よ。他の人の邪魔になるような人は出て行ってください」
先ほどまで喧嘩していた二人が顔を見合わせて仲良く美術室から去っていく。その背中がどちらも丸い。嫌いなわけじゃない。ただ少し、配慮というものを知って欲しい。
「あー、追い出しちゃったんだ」
出口とは反対の入り口からやってきたのは生徒会執行部の腕章をつけた松屋崎だ。どうやら見ていたらしい。
「邪魔だったから。松屋崎君は巡回?」
「うん。何か人だかりが出来てて、気になってさ。でも、あの二人がいたからか」
「そう。おかげでやっと静かになった」
私の言葉に松屋崎が苦笑する。
「まあ、騒ぎおこしたらこっちでも対処するよ。じゃ、あーそれから山菱の絵、すげー綺麗。絵の具であんなん出来るんだな。気に入った」
「ありがとう」
嬉しい感想に自然笑顔となる。クラスメイトの松屋崎は意外にも芸術分野に興味があるらしい。美術展に行くと時々私に感想をもたらしてくれる。
松屋崎もいなくなると、いよいよ音が少なくなった。太陽光が窓から降り注ぐ。鑑賞にやってきた幾人かが作品を見てさざめきあっている。聴こえてくるのは響く靴音が少し。そして人の途切れた美術室に私は一人、佇む。
この静かな空間が好きだ。
音のない、光降り注ぐ、この静かな空間がたまらなく私は好きだ。
南天台高校二年八組 山菱多恵