表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
教室の裏側  作者: ケー/恵陽
5/51

蛇の舌と虎の尾

 二年六組のプレートが掛かった教室の前で、俺は溜息を零した。何だって俺は運がないんだ。このプレートが二年三組だったら、いや寧ろ涼が六組だったらよかったのに。毎日この教室の前に立つ度に考えてしまう。

「田村、邪魔」

「あ、わ、悪い」

 影が出来て慌てて飛びのいた。クラスメイトの中野だ。悔しいことにほとんどの男は俺より背が高い。羨ましい。中野を目で追うと、席に着いた彼も俺と同じように溜息を吐いていた。

「なんだよ」

 目が合って、眉を顰められた。

「いやあ、何で溜息なんかと思ってさ」

 躊躇いがちに訊くと、中野が何かを思いついたようで俺においでおいでをした。中野の前の席に座ると、右肩に手を置かれた。何だ、その手は。何だ、その目は。期待したような目にたじろぐ。

「同士だ。お前の彼女、三組だったよな」

「う、うん。三組」

 確かに俺の彼女の涼は三組だ。

「ついでに吉田とも仲良かったよな」

「た、多分。仲良い」

「じゃあ」

 今度は左肩にも手を置かれた。逃げたい衝動に駆られるががっちり掴まれてしまっている。

「俺に吉田紹介してくれ」

「無理! な、何言ってんだよ、中野。そういうことは神城にでも言えばいいじゃん。あいつも三組だし、友達なんだろう?」

「駄目だ。あいつは色事に手を貸してくれん。だから、お前の手を貸せ」

「めちゃくちゃだぁ!」

 朝の静かな教室で、俺の叫びは特に響いた。


 昼休み、言葉を濁して何とか中野の追撃を振り払った俺は、まだ昼なのに疲労感でいっぱいだ。中野から逃げて涼の元へ向かったが、彼女は吉田や三嶋と何処かへ行ってしまったらしい。残念だ。

 トボトボと廊下を歩いていると、背後から誰かが駆けて来る音がした。振り向く気力もない。

「田村、覚悟」

「うわっ!」

 史が全速力で間近に迫っていた。逃げようとしたが遅かった。タックルされて廊下に転げる。起き上がると史が仁王立ちで俺を見下ろしていた。

「史……」

「小さい男だな、田村。溜息ばかり吐く後ろ向き男に佐川はやれんよ」

「うるせえ。小さくねえよ。お前、同じ身長だろうが。それより何で激突してくるんだ」

 打ち付けた膝を擦りながら立つと、如何にも史らしい顔を作った。

「佐川とクラスが別れて悔しいか。あたしは佐川と二年連続で同じになったからねえ。羨ましいだろう」

 わざとだ。絶対わざとだ。自慢げに言う史が憎たらしい。

「何しに来たんだよ。用がないならどっか行けよ」

「おや、あたしにそんな口聞いていいのかな。折角あんたにいい提案をしてやろうと思ったのに」

「いい提案?」

「そう。嫌なら仕方ないな。佐川には断られたって言っとくよ」

 どういうことだ。踵を返して去ろうとする史を反射的に呼び止めた。すると楽しそうに手を振りながら笑った。

「手土産を持ってくるなら、あたしたちの昼食会に入れてやる。来るか? ちなみに梶栗君は既に決定済みだ」

 言うことを言ってしまうと手を振りながら去っていく史の背中。俺は沈んでいた気分も忘れて叫んだ。

「行く! 涼が喜ぶお菓子を毎日作ってやる。ついでに史にも俺特製をつける」

 嬉しさでいっぱいになる。史の振っていた手が瞬間ギュッと拳になった。遠くなっていく史の背中が今の俺には神々しい。

 ほくほくと気分よく六組の教室に戻ると、トントンと肩を突かれた。振り返って頬をブスッと指で突かれる。

「な、中野?」

「見てたぞ、さっき。嬉しそうだな。そのついでに俺の株をあげるくらいわけないよな。な?」

 顔が引き攣った。ギギギと見上げれば、柔和な微笑み。どうしてだろう、それがとても黒く見える。さすが腐っても神城の親友。

「な?」

 にこやかに肯定的な返事を強要する級友は、俺が首を縦に振るまで放してはくれなかった。


南天台高校二年六組 田村努(タムラツトム)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ