見初められた二人
目立たず、楽して、平穏無事に。
それが俺のモットーだ。だが最近、それを脅かす人物が居る。そいつと居ると否応なく人目を引く。果てしなく迷惑だ。ただでさえ翠一人に手を焼いているのに、そいつのことまで被ってやるつもりはない。
だから今も購買でパンを買った後、空いている特別教室に入り込んで一人昼食を摂っていた。もちろんそれは、そいつから逃げるためだ。休み時間になる度に俺の傍へやってくる男を避ける為。
奴が俺の中の何が気に入ったか、興味はないがそもそも見当もつかない。俺より出来る奴なんて星の数ほど居て、俺より優秀と呼ばれる奴だって万と居る。その中から俺を選ぶそいつの神経がわからない。知りたいとも思わない。とにかくただ、俺に構わないでもらいたい。こうやって毎日逃げていればそのうち諦めるだろう。
「あ……?」
と、その時教室の扉が開いて誰かが顔を覗かせた。誰だったか、顔に見覚えはあるが名前を覚えていない。相手も首を傾げている様子から俺のことを知らないのだろう。
「ここ、次の時間使うんだけど」
「食べ終わったら出てくからそれまで居させてくれ」
本当は予鈴がなるまで居たいが、使うのならば仕様がない。だが相手は別に俺を追い出したかった訳ではないらしい。
「別にいいよ。私も逃げてる所だし」
「……俺が逃げてることわかるのか」
自分「も」ということは彼女も誰かから逃げているのだろう。溜息を吐いて、眉を寄せた。
「思い出したから。三組の高原くんだよね。正臣から逃げてるんでしょ?」
「正臣?」
「神城正臣。私はその従姉妹。今、深谷から逃げてる所」
そういえば神城には同級生の従姉妹が居ると翠が言っていたような気がする。
「あの二人、気に入ると直進する癖があるからね。普段は結構落ち着いてるのに、そこだけは昔から直らないんだよ」
心底嫌そうに顔を顰める彼女は、二人をよく知っているのだろう。それ故に短所もよく知っているようだ。名前もわからない彼女に少しだけ同情したくなった。
「高原くんも大変だね。正臣はしつこいから」
知ったとしても心変わりはしないが、俺が付き纏われる理由を彼女は知っているのかと疑問が浮んだ。少し考えた末に俺は訊いてみた。すると彼女はいとも容易く頷いた。
「高原くんは気付いたら一番いい場所をキープしてるんだって、そう言ってたかな」
なんだそりゃ。
「成績で考えたらもっといい人は他に居るんだけど、そうじゃなくて普段している行動で最短の道を進んでるって言ってたよ」
だから、なんだよそりゃ。
「んー、要領がいいってことだと思うよ。適度に手を抜いて、でも怒られない程度だし、先生からは真面目に思われる」
それは買いかぶりだろう。確かに赤点取らない程度に手を抜いている。だがそれが何だと言うのだ。眉間に皺を寄せると更に彼女が付け加えた。
「月岡さんの手伝いしてるんでしょう? 文化祭の演劇部とか秋の芸術祭で裏方仕事してる高原くんを見て、そう思ったみたい。自分も動きながら的確な指示を出してて、それは全体を見渡すことが出来るいい能力だって」
俺はがっくり肩を落とす。何故そんなことで見初められなければならないのか。
「俺が出来ることなんて他の奴らにだって出来ることだよ。裏方仕事は翠のスケジュールに沿って動いてたら、偶々そうなっただけ。そういうあんたこそ、深谷に随分入れ込まれているそうだな」
関係ないとは思っていてもつい八つ当たりをしてしまう。彼女は俺と同じように眉間に皺を寄越した。
「あんた、美術部なんだろう。中学の時にも美術部に入ってた。どんな顔してキャンバスに向かってるか知ってるか。その時のあんたの顔に、深谷は惚れたんだと」
「何それ? 初めて聞いたんだけど」
「だけど多分本当の話だ」
驚く彼女に俺は言う。それはおそらく真実なのだから。彼女には告げられていないけれど、言葉は何処へ流れるかわからない。眠っていると思っている俺の傍で話をされたら耳に入ってしまう。目を瞑って眠った振りをするのは俺の得意技だ。
「……大迷惑ね」
暫くして呟いた彼女の科白は俺の科白でもあった。
「本当にな」
揃って溜息を吐く。どうにかしてあの二人から逃げてしまいたい。それだけは今の俺達、同じだと思う。
「そうだ、高原くん」
「ん?」
「正臣に手段選ばす追いかけられたくないなら、今みたいに普通は知らないようなこと無闇に話さない方がいいわよ。あいつはそういうことを知っている人がとっても好きだから」
俺は少し笑って、答えた。
「忠告どうも。それならあんたは松屋崎と美術館に行った後は特に派手に追いかけられるから気をつけな。女子の集団と居ると深谷は寄り付き難いから、他クラスでも仲のいい女子を作るといい」
俺の言葉に彼女も笑って答える。
「こちらこそ、ありがとう」
何だか可笑しくなって、俺と彼女は静かに笑みを浮かべたまま小さく笑い声を上げた。追いかけられるのはとてつもなく迷惑で、面倒に違いない。だが、彼女のような同じ境遇の人物に会えたのは少し嬉しい。
予鈴が近くなって、他の生徒たちが教室に来始めた。それに伴って俺は教室に背中を向ける。去り際、彼女に視線を向けると同じように俺を見ていた。それに俺はまたな、と軽く手を上げて応えた。
南天台高校二年三組 高原光輝




