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教室の裏側  作者: ケー/恵陽
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姉と弟Ⅱ


 俺はわかっている。

 俺が今感じているこの感情がなんなのか、わかっている。何と呼ばれているかを知っている。だからこそ見たくなかった。悔しかった。歯痒かった。あの笑顔を引き出せるのは俺ではなく、兄でもなく、他人のあの男だというのにどうしようもなく苛立った。

 だから一泡吹かせてやろうと思った。ガツンと言ってやろうと思ったんだ。


「うわ!」

 直前まで俺がいた場所に鋭い蹴りが放たれていた。誰かが俺の体を後ろへ引っ張らなければ今の跳び蹴りが俺に当たっていたのだとわかって、蒼白になった。

「弥生。何をしている」

「それはこっちの科白だ」

 軽い音を立てて着地した男から、俺を救った人物が答えた。どうやらこの男と知り合いらしい。

「臣こそ何をやってるんだ。自慢の跳び蹴りをこんな所で披露するな。危ないだろう」

 確かに今のは危なかった。当たっていたら病院に行く羽目に陥っていたかもしれない。俺の肩に手を置いた人物は、さりげなく俺を男の視線から逸らしてくれているようだった。

「僕の機嫌が悪いときに仕掛けてくる方が悪い」

「それは臣の都合だろう。まあ、何を考えてお前に挑んだのか、こいつも悪いんだろうけど」

 挑んだって、俺はただ姉に近付くなと言いたかっただけだ。男――神城とかいう――の肩を背後から掴んだらその瞬間跳び蹴りをくらいそうになるなんて普通思うか。思わねえよ。大体そんな真似が出来るなんて聞いてないぞ。何者だよ、一体。

「空手部の主将が不祥事起こしたらまずいだろう。喧嘩もまずい。それに何より今は臣が悪い」

「……わかってる。煩いぞ、弥生。少し黙れ」

 そういって男は踵を返そうとする。俺はまだ何も言っていない。

「ちょ、ちょっと待てよ。あんた、俺が何をしに来たかわかってないだろう」

 慌てて呼び止めると弥生――と呼ばれた人物――と、男が俺に視線を動かした。弥生の方は溜息を吐いて呆れた様子だ。折角助けてやったのに、とそう言いたげな顔があった。そして男の方は俺をじっと見ていた。その視線には少々の苛立ちが窺えるものの、怒りはない。

「俺はあんたに言いたいことがあるんだ。俺は「英良、英美緒子の弟だな」

 名乗る前に名前を言われた。俺を知っていたのか。しかもまだ男の言葉は続いている。

「お前が言いたいのは姉をかどわかすなってことか? それとも姉を振ってくれってことか? どっちだ? 言っておくが僕は彼女に恋愛感情は持っていない。繋ぎとめたければ自分で努力しろ」

 言うだけ言うと、男は今度こそ踵を返して去っていく。その背を弥生が追った。

 見開かれた俺の目が閉じられるまで時間があった。銅像になったように動けない俺の時間を流れさせたのは、部活の先輩だった。

「英。神城は空手部の主将だぞ。無謀なことするな。中野の機転で助かったな。一応保健室に行って来い」

「木場先輩……。あの男なんで、俺の名前知ってるんですか」

 長身の先輩に傍に立たれると俺はまるで子どものようだ。頭をポンポンとやさしく叩かれて、見上げれば先輩が眉尻を下げた。

「さあね。そういう奴なんだよ」

「……保健室、行って来ます」


 結局何一つ俺の言いたいことは言えなかった。

姉の美緒子があの男に引かれているのは気付いていた。だって同じ屋根の下に暮らしている俺だって早々見た事のないあんな顔を見せられたんだ。ただ話しているだけであの姉の笑顔を見れるなんて、悔しい。俺にはけして向けられない笑顔が羨ましい。

「姉じゃなければ……」

 美緒子が姉じゃなければよかったのに。同じ家で暮らしていなければよかったのに。親が再婚なんてしなければよかったのに。でも、今の関係を崩したくない俺がいる。神城といる時に見せる輝かんばかりの美緒子の笑顔に、俺は胸が痛む。どんな顔をすればいいのかわからなくなる。

 この感情が何かを知っている。その名前を知っている。だけど口に出すことは憚られる感情。出してしまえば何かが崩れてしまう気がする。


 せめて美緒子が、血の繋がった姉ならばよかったのに。


南天台高校一年五組 英良(ハナブサリョウ)

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