それは冬のこと
「さむーい! 公立校って暖房がないのが嫌よね。寒いったらありゃしないわよ」
「ホント、ホント。先生たちは職員室でぬくぬくなのに」
「あれ、ずるいわよ。勉強する気もこう寒くちゃやってらんないわ」
私とニキチは体育から教室へ戻りながら寒さに騒いでいた。だって寒いんだ。暑さよりも私は寒さのほうが苦手なのだ。でも背後から鋭い切込みを入れられた。
「あのねぇ、リカもニキチもそんなこと言ってるから成績上がんないのよ。夏には暑くて出来ないって言ってたでしょ」
「あはは、言ってたね……確かに」
「七貴の裏切り者」
瑛の非難に七貴が苦笑する。高本瑛と藤村七貴、それに私と二吉青葉は友人だ。この一年ほぼずっと四人で騒いでいる。
「リカってば年明けの模試のこと覚えてる?」
「きゃー、折角忘れてたのに」
「駄目じゃない」
元々瑛を除けた三人だったのに、今年から瑛が加わったのだ。彼女は一年の時と今では周りの印象も、彼女自身の態度も異なる。
「あ、瑛。丁度いいところに。古典持ってない?」
廊下の向こう側から高本亨が大きな声と共にやってきた。
「今日はうち古典ないわよ。慧か拓真に借りなさいよ」
「えー。仕方ないなー、木場に聞いてみるよ」
弟をあしらう瑛。こういう会話が見られるのは去年のある事件が起きてからだ。それまでの瑛は淑やかな才媛として通っていた。品のある言葉遣いや控えめな態度が住む世界の異なる人のように思われていた。それは結局のところ猫を被っていただけだとわかったのだけれど。
「亨くん、また教科書忘れたんだ」
「あいつ馬鹿なのよ」
七貴はどういうわけか瑛だけでなく、その弟たちとも仲がよい。そもそも私やニキチが瑛と親しくなったのも七貴という接点あってだった。
「あ、いいところに瑛ちゃん」
廊下の先から今度は高本慧が姿を現す。
「今度は慧か。何? 教科書なら貸さないわよ」
「あはは、お姉さまったら亨と一緒にしないでよ。そうじゃなくって帰りがちょっと遅くなりそうだからさ。夕飯当番代わってくれない? 今日生徒会の集まりがあるって忘れてたんだよ」
高本慧は瑛と似た雰囲気がある。成績も瑛と同じでかなり上位についているし、言葉の遣い方が瑛に似ている。
「来週代わってくれるならいいわよ」
「わかってる。瑛ちゃんてば抜け目ないよね」
微笑を浮かべて彼はにこやかに去っていく。瑛と彼ら二人が三つ子だと去年はほとんどのものが知らなかった。亨くんと慧くんの双子だと私だって思っていた。
「そういえば、去年のこの時期だったよね。瑛が化けの皮剥がされたの」
「ニキチ、人を化け物か何かのように言うのはやめてもらえる」
瑛がじろりとニキチを睨んだ。そう、あの事件は冬の頃に起きたのだ。
昨年、高本瑛を急襲したのは一つの声だった。私もその場に居れば、と後で知ってすごく思ったものだ。聞くところに寄れば、高本亨が先程のように教科書を借りに来たという。何度も言うようにその頃はまさか瑛が彼と知り合いだなんて思ってなかったから、皆とても驚いたらしい。
「瑛、瑛ってば、無視すんなよ。拓真も慧も持ってないんだ。貸してくれ」
「………」
「おい。無視するなって」
「……馬鹿。馬鹿馬鹿馬鹿この馬鹿愚弟! 学校で話かけるのはやめてってあれほどきつく言ってたのに。これであたしのイメージが崩れちゃったじゃない」
「はぁ? 知るかよ。それより教科書貸して」
突然剥がれた化けの皮にその場の皆は動きを止めてしまったという。それまで若干おっとりとしたイメージさえ持たれていた彼女は打って変わって早口でまくし立て、それまでの才女のイメージを百八十度変えてしまったのだ。
でも何で亨くんがそこに現れたかというと、慧くんの入れ知恵だったらしい。
「あははは、さすが亨」
教室の入り口で腹を抱えた彼をその場に居た者が覚えていた。
「慧……あんたが仕組んだのね」
「ごきげんよう、お姉さま。でもね、瑛ちゃんは作られたイメージよりも素のままの方がきっといいよ。生き生きしてる」
「え? 何? どういうこと?」
「じゃ、今度は僕も教科書を借りに来ようかな」
「はぁ? 結局俺は教科書借りれるのか? なあ、瑛?」
「うっるさい! ほら、汚したら承知しないわよ。チャイム鳴っちゃうわよ」
「おお。ありがとう」
その事件が起きてから、今の瑛がある。
強引だけど、私は慧くんの行動に一票入れたい。前の淑やかな彼女もよかったけれど、やはり今の瑛の方がとてもよい。楽しくて一緒にいたいと思わせる。
明るくて前向きで努力家の瑛。私は彼女と親しくなれたことをとても嬉しく思う。
南天台高校二年一組 舞阪リカ(マイサカリカ)




