居場所はありますか
放課後になると生徒会室に自然と足が向くようになった。松屋崎と一緒に生徒会室へ歩く廊下は居心地がよかった。他愛ない話で盛り上がり、くだらない話題に花を咲かす。それは無駄なようで、楽しい時間だった。
「失礼します」
生徒会室の扉を開けると、前生徒会会長である西岡先輩が居た。西岡先輩はふらっと訪れては手を貸してくれる。とても有難い存在だ。
「よお、ちゃんとやってるみたいだな」
微笑を浮かべる先輩にほっとしながら、室内へ足を進める。置きっぱなしになっていた芸術祭の企画書を眺めていたらしい。
春に文化祭があるが、それとは別に芸術祭というものがこの学校にはある。体育大会も終わった今はその芸術祭の企画をまとめているところだ。
「先輩は受験の息抜きですか」
松屋崎が西岡先輩に近寄って話を弾ませる。
僕は自分にあてがわれた席に着き、二人の会話を聞き流しながら仕事を進めようとした。まだ他のメンバーは来ていない。その間に文化部とは別に飛び入り参加者から提出された書類を確認する。
南天台高校の特徴は、生徒主体でのイベントの多様さにあると思う。季節ごとに起こるイベントはかつての先輩たちが打ち立てていった歴史で、時を経るごとに変化し、また新しく加えられている。まさか僕がそのイベントを主催する側に回るとは自分でも思っていなかった。
誘われて二つ返事で了解したものの、実際にしてみると苦労がわかる。だけどそれ以上に成功した喜びはなんともいいようのない快感があった。それを知ることが出来たことは、僕にとってよい経験になったように思う。
ファイルに書類をまとめていると、背後で扉が開く音がした。史か、それとも藤田かと振り返ると珍しい人物が立っていた。
「お久しぶりです、櫛原先輩」
入り口には引退して最初の二度来て以来、来ていなかった先輩が居た。櫛原亜季先輩、西岡生徒会長を支えた元副会長だ。
「うん。高本君、久しぶり」
そして僕を生徒会に誘った一人でもある。
僕は自主的に生徒会へ入ったわけではない。松屋崎に頼まれたというのが大きな要因だ。だけど松屋崎も半ば冗談のような形で最初は言っていた。それが本気になったのは、この先輩のせいである。
「どうしたんですか」
「どうした? 後輩の様子を見に来たんだよ。元気にやってるんだね」
メンバーを集めていた松屋崎と櫛原先輩が話しているところに偶々僕が声をかけた。松屋崎に軽口を叩いて終わったその後、彼女は教室にやってきた。そして生徒会に入らないか、と声をかけてきたのだ。それでうっかり頷いてしまった時は自分を呪ったけれど、結果的にはよかった。
「もう此処にあたしの居場所はないみたい」
ぐるっと教室を見回して、櫛原先輩は淡く笑みを落とす。
「君たちの生徒会執行部が出来ていってるんだね。よくまとまってるみたいで、何より」
「そんなのわかるんですか」
「わかるよ。見覚えのあるはずの光景がずれて見える。それって君たちが君たちのいいように作り変えたってことだ。だからもう、あたしの居場所はないんだなあ……」
感傷に浸るような櫛原先輩の姿は新鮮だった。僕の印象では、もっと図太くて感傷とは無縁のような人物に見えた。
「懐かしいね」
副会長の机をそっと撫でる。その指先がひどく名残惜しそうで、僕は不思議に思う。
「まだ二ヶ月くらいしか経ってないですよ」
「それでも懐かしい。それにもう二度と此処には来ないから、ちょっと寂しくもある」
つい、と滑らせる指が何度も何度も机の上を行き来する。
「また来ればいいじゃないですか。西岡先輩や他の先輩方はよく来てますよ」
実際、昨日は土岐先輩が来ていた。ちょっとだけ手伝ってくれて、お菓子を差し入れてくれた。とても嬉しかった。
「そうね。でもあたしは来ない。来たら、惜しくなる。離れがたい」
「ああ、それはそうかもしれませんね」
「そう」
さっくりと首を振る先輩に、それならばと僕は質問をぶつける。
「じゃあ、最後に此処へ来る先輩に聞きたいことがあります。どうして僕を誘ったんですか」
櫛原先輩は二、三度瞬きをした。珍しく口の端を持ち上げる。
「いい顔になってきたよね」
くしゃりと不意に顔全体を笑みで埋める。
「何をしているかは知らないけど、どこか焦っているように見えたから。気を紛らせて、楽しんだものが勝利者だって、教えてやりたいって思った」
机を撫でていた先輩の指が僕の顔を指差した。今度は僕が瞬きをする。
「今、楽しいでしょ?」
笑みを湛えたままの先輩は間近で囁くと、僕の肩をポンと叩いた。そのまま颯爽と生徒会室を後にする。
翻るが既に姿はなく、僕は一人どぎまぎと両の手で顔を押さえた。零れそうになる笑みを必死で押さえ、ついと机の上を指でなぞった。
南天台高校二年八組 高本慧




