かわいい人
一瞬視界が赤く染まった。
「木場!」
そのまま後ろに倒れこむ俺を支えたのは同じクラスの梶栗だった。
「なんで後ろに倒れてくるんだ。コントみたいな真似をしないでくれ」
したくてした訳ではなかったが、俺は素直に謝って支えてもらった礼を口にする。
「ごめん。こけなくてすんだよ。ありがとう」
「まったく。いつもはそんな真似しない癖に今日は何に気をとられていたんだ?」
俺は教室のドアの壁にぶつけた額を撫で付けながら、呆れた様子の梶栗に微笑む。それは他愛ないことだけれど、俺にとってはとても嬉しいことだったのだ。
「なんだ?」
単純なことで、教室を出ようとした時に目の前を好きな子が歩いていたのだ。しかも俺に気付いてかすかに笑ってくれた。梶栗にとっては大したことじゃないかもしれないが、俺にとってはそれだけでも嬉しいことなのだ。
「木場の好きな子って……吉田?」
「ち、違うよ! 吉田さんじゃなくて……」
「じゃあ、三嶋?」
かかかっと顔が瞬時に沸騰する。頭から本当に湯気が出てしまいそうだ。
「へえ、三嶋か。見た目はあんなだけど性格が可愛いもんな」
ふっと笑む梶栗に何となく俺はムッとして返す。
「三嶋は見た目も可愛いよ」
「ああ、悪い。見た目は格好いいと言いたかったんだ」
「可愛いよ!」
もう一度はっきり告げると、梶栗は再び呆れた様子で俺を見やる。だって可愛いんだよ、三嶋は。確かに背が高いから外見は格好いいと言えなくもない。それはわかる。わかるけど、でも可愛いんだ。例えば寝癖ではねた髪を一日中気にしていたり、例えば他の女子が持っていた可愛いシールを凝視していたり、例えばバレーの試合でうまくレシーブを極められた時に小さく拳を握ったり、不本意だけど例えば梶栗に笑い掛けられて嬉しそうにしていたり――。
その姿はどれも可愛いんだ。
「……木場、わかったよ」
肩を竦ませて梶栗が眉を下げる。
「三嶋は可愛い。これでいいんだろう」
「そうだよ。三嶋はとっても可愛いんだ!」
彼女の心がたとえ眼前の男に捕らわれていたとしても、俺にとっては可愛い。とても可愛い大好きな女の子なんだ。
「それに女の子に格好いいっていうのは褒め言葉じゃないよ」
「まあ、木場の言うとおりだな。悪かった。だがもう口を開くのはやめた方がいい」
突然、何故か言いにくそうに梶栗が目を伏せた。どうしたのだろう。梶栗の視線を追って背後を振り向くと、そこに一人の女性とが佇んでいた。そして俺は彼女を見た瞬間梶栗の意図を理解した。
「ま、舞阪! ちょ、今のは……」
いつから居たのか、新聞部の舞阪がにんまりと怪しい笑みを浮かべている。背後の梶栗からあらら、と困ったような声が聞こえた。
そして俺の――俺の視界は黒く染まったのだった。
南天台高校二年二組 木場晃平




