隣
夏が終わった。
体育祭が終わって、私と彼を繋ぐものが減った。
たった少し一緒に居る時間が、話をする機会が少なくなっただけなのに私はそれをとても寂しいと思った。
「美緒子、また見てるの?」
「沙織」
友人の一人である沙織が傍にやってきた。そのまま前の席に座って私の机に肘をつく。
「別に見てないって。そんなんじゃないよ」
「嘘。すっごい熱い視線を送ってたくせに。それに神城も気付いてると思うよ」
からかいの口調からやや翳った表情に変わる。
「気付いていて何もしないのが、神城なんだよ。ひどい奴―。美緒子ならもっといい奴が似合うのに」
「買い被りだって。それに神城君は気付いてないよ、きっと」
気付いているはずがない。彼は恋愛ごとには興味がないと言っていたんだ。直接聞いたんだから、まさか気付くはずがない。
「違うってば。興味がないのと気付かないのとじゃ、全然違うよ」
溜息を零す友が前髪を掻き揚げた。出来の悪い子どもを哀れむように、沙織は眉を下げる。私だって、本当はもう彼は知っているんじゃないかって思う。でもその真実を私が知ってしまったら、勝ち目がないから。まだ夢を見させて欲しいと願うのだ。
「美緒子ってば、損するタイプね。周りにあんたを好きな子が居ても、気付けないまま結局いい男を取り逃がしちゃうんだわ」
「それは沙織にこそ言いたいなあ」
「な、なによ。私を好きな奇特人間の方がいるわけないじゃない」
いるのに。教室の廊下側の窓にいるクラスメイトにちらりと視線を移せば、ばつが悪そうに顔を逸らしたその彼。
「いないから、私は自分のことを想ってもらうのよ」
私が返す前に、沙織が唇を尖らせる。彼女も真剣なのはわかるけれど、周りに目を向ければ何人もいい人がいるのに。残念だ。
「大体さー、神城君ってあの従姉妹がいるじゃない」
ギクッとする。
つい一月前までは知らなかったことが思い出される。体育祭の練習日だったあの日、彼の従姉妹である山菱さんと私の距離は遠かった。神城君の不調に直ぐ気付いて駆け寄った彼女はあの場の誰よりも彼の傍にいて、支えになったのだ。その前に私は何時間もすぐ傍にいたのに、気付かなかった。全く気付けなかった。
「山菱さんだっけ? 何故か深谷君も夢中にさせてるってのが、嘘くさいけど本当なんだよね。それに……」
「沙織、もういいって」
これ以上話していると、私が泣きそうだ。
「あんまり変なこというと、神城君に怒られるよ」
「……それはいやだ。ところで神城と言えば、もう一つ気になることがあったんだった。美緒子の弟君なんだけどさー」
「え? 良? 何かしたの?」
話題が変わったのは嬉しいが、弟の話になるとは思わなかった。一体何を言うつもりなのだろう。
「いやいや最近姿を見ないなーと思ってさ。ほら、夏休みの前まではよく辞書貸してーって教室まで来てたじゃない」
「しっかりしてきたってことでしょ。いい傾向よ」
「や、そうじゃなくってね」
後ろ髪を撫でつけながら、沙織が言葉を切る。でもなかなか続きを切りだろうとしない。何か迷うことがあるんだろうか。
「良を好きになったなら橋渡ししてあげるけど?」
「ち、違う! ……ただ、妙な所で弟君らしき人物を目にするから」
妙なところって、何処だろう。言い難そうにしている沙織に続きを請うと、恐ろしいことが判明した。
「何故か神城を見たとき、遠くに弟君を見るんだけど? じと目で神城君睨んでる姿をよく。あ、でも私の気のせいかもしれないし」
「いいや。気のせいじゃないな」
突如割り込んできた声にギョッとする。見上げれば件の人物が私達二人を見下ろしていた。
「小野寺、知ってたなら早くに英に忠告して欲しかったな。あれはやっぱり英の弟だったか」
嘆息する彼の憂い顔に私の頬が思いがけず熱くなる。
「弟の、こと知っているの?」
「有名だろ。サッカー部の有望株。木場が誉めていたからな。それより僕の周りをうろちょろするのはどうにかしてもらえないか」
「ご、ごめんなさい」
神城君のせいじゃなくて弟のせいで顔の熱が上がる。恥ずかしい。あの子ってば、何をしてるのよ。
「ま、害はないからまだいいけどな」
苦笑する彼に穴があったら入りたい衝動に駆られる。それなのに、嬉しいとはしゃいでしまう私がいた。あの従姉妹より傍にいられなくても、今はまだ彼と話が出来ることがとても嬉しい。
彼はやはり、私の好きな人なんだ。
南天台高校二年三組 英美緒子




