カメラを構えて
三年が引退して新しい体制になったのはどこの部活も同じだろう。生徒会だって新しくなった。
僕は写真部に所属していて、先輩方の引継ぎで部長になった。けれど本当は物凄く嫌だ。僕は誰かに高らかに指示を出すような人間じゃなく、どちらかというとおとなしい方だ。だから部長をするのはきっと卓郎だと思ってたんだ。
「優くん、これ巧く撮れたと思わない」
ニキチが僕に出来上がったばかりの写真を渡してくる。そこには花を前に目を瞑っている深谷が映っていた。
「頼んだら一回きりの約束で華道部の練習見せてくれたの。リカに見せたらきっと新聞部で使わされそうな写真よね。でも雰囲気いいと思うんだ」
「ああ、そうだね。良く撮れてると思う」
「でしょう」
おまけに僕は写真を撮ってもどれがいいのか、基準がわからない。全くの素人だ。プロになりたい訳じゃなく、単純に暇そうな部活だと思ったから入ったんだ。それに卓郎につられて入ったようなものなのに何故僕が部長なんだろう。
「優、俺ちょっと外で撮って来るわ。いいか」
卓郎が首にカメラを掛けて出て行こうとする。
「待って。僕も行くよ。ニキチ、紗斗、ここよろしく」
僕もカメラを掛け、待ってくれている卓郎に続く。卓郎の足は淀みなく、何処に行くのかと思っていたら彼は校舎の裏にずんずんと歩いていく。運動部の声がとても遠い。なんだか静かな場所だ。
「もしかしてここに来たことない? 結構いい場所だろう。今なら紅葉が見頃だぜ」
卓郎の指先を追うと、道路を挟んだ向かいの家に真っ赤に染まった紅葉が見えた。
「綺麗だろ。今度は風景にしようかと思ってさ。優は何を撮るか決めたか」
「……ううん」
「なんだまだか。テーマくらい早く決めた方がいいぞ。前のニキチみたいに直前でバタバタすると見苦しいからな。優も風景が得意だよな。いっそ同じもの撮って競争してみるか」
「………」
楽しそうに話す卓郎に僕は答えなかった。卓郎は本当に写真が好きで、ニキチも紗斗も写真を撮るのが好きで、僕だけが真剣じゃなくて。でも部長に納まってしまったのが僕で、なんだか情けない。
「ねえ、写真を撮るのってそんなに楽しい?」
僕の質問に卓郎は首を傾げつつ答える。
「楽しいよ。ファインダー越しに覗いてコレだって思っても違うものが撮れるんだ。同じものは撮れないし、撮る奴によって全く別物になる」
「僕は楽しくない」
「そうかあ?」
卓郎が僕をファインダー越しに僕を見つめる。
「楽しくないよ。凄い人の写真を見たって何が凄いのかわかんないし、いつも何を撮ったらいいのかもわかんない」
「ふうん」
「……何その、『ふうん』って」
「だって俺も凄い人の写真見たってわかんねえから。ただ凄い人のだから凄いんだろうって思ってるだけ。でも自分で撮るのはな、出来上がった時を考えると楽しいんだ。今だって優の顔が面白い。悩む優はいい被写体だなあ」
「ちょっと茶化さない!」
フラッシュが光って一瞬目を瞑る。卓郎が満足そうに笑っていた。
「話してんのに」
「はいはい。んで結局何が言いたいの? 部長になったのが嫌なのか」
「嫌だよ。……写真、楽しくないもん」
わからない。一年間居たけど、日常的にカメラを持ち歩いている他の皆と僕は違う。僕は部に居る時も滅多にカメラを持ち歩かない。募集があった時にしか動かない。
「そうかな。俺、お前の写真好きだよ。だから嫌いじゃないんだと思ってた」
確かに嫌いじゃないけど。でも、だって何処がいいのか自分でもわからない。
「優の写真って面白いよ。俺には撮れないものばかりだ。そこらへんに生えてる花を撮っただけのものでも、俺が目に留めないものを撮ってる。俺には見つけられないものを撮ってる」
卓郎が微笑む。
「自信なんて俺もないし。内緒にしとくつもりだったけど教えてやるよ。優を部長に推したの、俺なんだ。誰がいいか意見聞かれてさ」
「ええ、なんで」
初耳だ。てっきり先輩方が決めたのかと思っていたのにどうやら卓郎も一枚噛んでいたらしい。
「優って、すごく真面目に考えてくれるじゃないか。俺とか紗斗が相談持ちかけるとわかんなくても悩んでくれるからさ。わかんなくてもいいんだ、優の意見が聞きたいんだから。それに俺が補佐してやるよ。これでも副部長だからな」
卓郎が少し照れくさそうに笑う。
「僕で本当にいいの?」
「いいよ。わからなかったらそのままを言ってくれればいいさ」
あっけらかんと言い放つ卓郎に少しだけわかった。僕に求められているのは技術とか知識とかじゃなくて、僕そのままだってことだ。別に細かな意見を持たなくてもいいんだ。わからなくてもいい。卓郎が僕に向かってもう一度カメラを構えた。
「ぅわ!」
フラッシュにまた目を瞑ってしまう。
「写真、撮ろうぜ」
僕は卓郎に微笑する。少しだけ、写真を撮るのが好きになれそうな気がした。
南天台高校二年二組 笠原優




