特別なジュース
中間試験の結果が返ってきた。
名前を順に呼ばれていく中で、俺の順番も回ってくる。今回は特に頑張ったのだ。よい結果になっているはずだ。
「島」
呼ばれて愛子さんの立つ教卓へ歩み寄る。答案を渡される時に彼女が頑張ったな、と声を掛けてくれた。これは、と思い点数を見れば……俺はがっくり肩を落とした。
本当は九十点を取るはずだったのが、実際の点数は八十五点。けして悪い数字ではない。寧ろ数学が苦手な俺としてはかなり奮闘した数字だ。それでもこの点数では駄目なのだ。
「最高点は九十七点だ」
全員に答案を配り終えた愛子さんが俺達に背中を向けた。
「で、三組の平均点は七十三点。学年全体では七十点だ。じゃ、答え合わせをするよ」
届かなかった点数。約束を忘れてしまったように授業をする愛子先生。
じっとりと浮かぶ汗が俺の苛立ちを増大させた。
「愛子さん!」
昼休みになって俺は愛子さんのいる教室のドアを開けた。数学教師である石森愛子担任は、昼休みは数学科教室にいつもこもっている。
「島か」
箸を口に突っ込んだままの行儀の悪い格好で、愛子さんが俺に視線を寄越す。心なしか目元が笑っているのは気のせいじゃないんだろう。
「その、試験だけど」
「ああ。残念だったな。でもよく頑張った」
まるで何もなかったような態度にやきもきする。
「や、約束は、やっぱり駄目かなあ……」
「約束って、あれは島が勝手に決めたんだろう。承諾はしてないんだけどね」
「そんなぁ」
中間試験で九十点以上とれたら、休みの日に付き合って欲しいと俺は愛子さんに告げた。それは確かに彼女の言うように約束をしたとはいえないかもしれない。俺が愛子さんに叫んだだけだ。その前に点数も届いてないのが悔しくて仕方ないが。
「島なら他にいい子がいると思うんだけどな。あたしみたいなオバサンが好きだなんて変わった奴だよ」
くすくすと笑う愛子さんは可愛いと思う。俺の目には眩しく映る。
「そんな冗談みたいに言わないで下さい。俺は愛子さんが好きです。誰の前でも胸を張って言えます」
「言わなくていい。それからあたしのことは先生と呼ぶこと。いいか」
「……はい、先生」
俺は愛子さんが好きだ。教師と生徒なのにと周りも愛子さんも言うが、それは全く問題にならない。好きな気持ちに理屈はない。
「でも、愛子さん」
「こーらー、先生だろ。まあ、でも今回の試験は本当によくやったからね。これをあげよう。頑張ったな」
「え」
愛子さんの手ずから渡されたのは紙パックのジュースだ。それも売店で売っている何の変哲もない何処にでも売っているジュース。
「次も頑張れ」
向けられた笑顔に俺は感激する。
「……うん、頑張る」
たったこれだけのことで苦手な数学も好きになれる。俺と愛子さんの間は簡単に埋まらないけれど、長期戦は覚悟の上だ。
せめて次こそは確実な約束を取り付けようと決めた。手の中に収まったジュースは飲まないで取っておこうと思った。
南天台高校二年三組 島一




