姉と弟
明るい表情を浮かべた他の学校の生徒と一緒に、俺は門をくぐった。来たのは初めてじゃない。文化祭、体育祭と行事の度に足繁く通った。もうすぐ俺もここに通えると思うと、感慨深いものがある。
「まだ受かってないよ」
ひたっていた気持ちに横から水を差された。
「うるっさいな。受かるからいいんだよ。受かるから」
とはいえ、先月の模試の判定で道程は険しいと気付かされたのだが。それでも必ず合格しなければならないのだ。この学校には俺の大切な姉が通っているのだから。
「さーて、姉ちゃんたちに会いに行くか。二年の教室は確か……あっちだ」
「違う。姉貴がグラウンドに側の校舎だって言ってたから、こっちだよ」
「コウ、俺の揚げ足ばっかり取るのやめろ」
「……わかった」
コウ――孝行の示した校舎に俺達は進む。今日は南天台高校の高校見学だ。こういう機会でもなければ姉の学校での姿なんてみれやしない。午前中は課外授業をしていたらしい。午後になった今は教室の外に生徒が溢れている。姉が午後からは体育祭の準備だと言っていたから、その前の昼休みの時間なのだろう。
「コウ、姉ちゃんたちは……おおい」
隣に居たはずの孝行が居ないと思えば、窓際で風に当たっていた。なんで俺、こいつと友達なんかしてるんだろう。いつも孝行はぼんやりしてて、何を考えてるかわからない。それにこいつの隣に居ると俺の背の低さが強調されてしまうのが、またムカツク。俺より二十センチも高いってどういう了見だ。
「コウ」
「ああ、ごめん。風が気持ちよくって」
ふにゃらと笑う孝行に、俺は怒る気も失せてしまった。ムカツクことはムカツクが、俺を助けてくれるのは孝行しかいない。問題を起こした時にいの一番に駆けつけて一緒に謝ってくれるのは、結局こいつだけなんだ。
「姉貴は見当たらないけど、涼さんならあそこにいるんじゃない?」
「え?」
孝行が姉と思しき人物を指差した。振り返った先の廊下に、背の高い男と楽しそうに話しているのは紛れもなく、俺の姉だ。
「圭祐? 見付かるよ?」
「だ、黙ってろ」
俺はじりじりと少しずつ近付く。窓枠から外を見ているので顔は見れないが、会話は何とか聞き取れる。
「いいの?」
姉の鈴の鳴るような声が聞こえる。
「うん。涼なら、きっと的確な答をくれると思って。それに女子の意見も聞いてみたいんだ」
涼だと! 呼び捨てかよ。俺の姉を呼び捨てかよ。誰だよこいつ。ムッとして顔を見てやろうかと思ったら、反対側から誰かが駆けて来た。慌てて顔を外に戻す。
「涼、はい。いちごオレでいいんだよな。それと慎吾、ほれ、お茶。何話してたんだ?」
こ、こいつも呼び捨てかよ。一体誰なんだ、こいつら。もしかしてどちらかが姉の彼氏なのか。最近妙にそわそわしてる姉の様子に不信感を抱いていたが、どっちだよ。
「ん。ほら、新作の味見だよ。親父からも女子高生の意見が聞きたいって言われたからさ。涼の意見は参考になるしね」
新作? 意見? 何の話かさっぱりわからん。とにかくこいつらの顔が見たい、と俺はゆっくり顔を動かした。幸い姉は背中を向けているので見つからなさそうだ。一人は背が高くて、認めたくないが男前。もう一人は姉より少しだけ背が高いくらいの男。平凡な感じがするから、背の高いほうが姉の彼氏だろうか。
「田村、あたしを置いていくとはいい度胸だな」
反対側の廊下から、知った顔を見つけて慌てる。しかも思いっきり目が合った。
「史が勝手にどっか消えたんだろ。松屋崎とはなし……どうした?」
俺は踵を返して早足でそこから離れる。目が合ったと思ったら、その後ニタリと笑いやがった。やばい。本格的にまずい。
「史?」
「史ちゃん?」
声が追っかけてくるのが恐怖だ。後ろ見れないじゃん。角の階段まで辿りついて、さっさと逃げようと思ったら孝行がまだ窓際で涼んでいた。いっそのこと、こいつの影に隠れてやろうかと思った。しかし俺はそこから前へ進めなくなった。
「史、どうしたんだ。誰だ?」
平凡な男の方が史に尋ねた。
「よお、佐川弟。来てたのか」
「弟って言うな! 俺には圭祐っていう立派な名前が……あ!」
姉が俺を真っ赤になった顔で凝視していた。怒っている。すごく怒っている。でも史に襟を掴まれているので動けない。
「圭祐!」
「ね、姉ちゃん」
見付からずに観察するつもりだったのに、史のせいで台無しだ。
「コウも一々付き合わない。止めなさい」
「あ、姉貴。元気?」
「……コー」
俺も史も脱力する。なんでこの二人が姉弟なんだ。二人の男も驚いた様子で史とコウを見ていた。
「何しに来たのさ。全く」
「そ、それは……」
まさか姉の素行調査になんて言えない。馬鹿にされるし、絶対姉には怒られる。口聞いてもらえなくなるのはイヤだ。
「圭祐が、涼さんに彼氏が出来たって息巻いてたよ。気になるんだって。俺は普通に学校見学だよ」
「ああ! 馬鹿、言うな!」
「へぇ。そうなんだ。圭祐、家に帰ったら憶えてなさい」
姉がにっこりと微笑む。怒っている。とっても怒っている。でも怖くて謝れない。
ああ、誰か。今すぐ俺と一緒に、姉に謝ってくれないだろうか。
中学生 佐川圭祐




