恋せよ男児
「何がいいの?」
それは幾度も問われた質問。俺は溜息を吐いた。
屋上に来て欲しいと机の中に手紙を潜まされ、行ってみれば案の定いつもの告白だった。羨ましいとぼやく奴もいるが、これが毎週になると、きっとそんなこと思わないだろう。無視してやりたくなる。けど、祖父さんからしっかり礼儀を叩き込まれている俺はきちんと返さないと落ち着かない。これが臣ならば、勝手に言いたいことを言って帰ってしまいそうだ。だが俺はあいつとは違う。
目の前に立つのはクラスの奴らにも可愛いと持て囃されていた女子だ。でも俺には興味がない。顔は確かに整っているし、性格も悪いと聞かない。それでも俺はそそられない。
「山菱さん、だっけ。こういう言い方卑怯だと思うけど、あんまり美人でもないよね。性格だって暗いし、おどおどしてるし……」
「それがお前に関係あるのか」
俺は名前もろくに知らない女子をじろりと睨む。
「だって! 何がいいのよ。神城君と仲がいいのは従姉妹だから分かるけど、深谷君まで仲良くしなくてもいいじゃない」
「煩い。それ以上多恵ちゃんを悪く言ったら女だろうが容赦しない。……それに臣が今の言葉聞いても容赦しないと思うが」
「か、神城君!」
キョロキョロと女子は周囲を見回して、警戒しながら言葉を吐き出す。
「いないじゃない。大体、深谷君と神城君は仲が悪いんでしょ。脅かさないでよ。それより、ねぇ、私じゃ駄目なの?」
媚びるように甘い声。気持ち悪い。俺の腕に絡ませようとする手を払う。だから嫌なのだ。この赤茶けた髪も、この青い目も、俺が望んだものではないのに勝手に期待してくる女は。
「俺はお前みたいな奴が大っ嫌いなんだ。さっさと行け」
凄むと女子は俯いて、一瞬躊躇ったが走り去って行った。御託を並べる暇があったら早々に去ればよかったのだ。そうすれば俺の機嫌がこんなに悪くなることもなかった。多恵ちゃんの悪口を聞くことだって――
と、パチパチと場にそぐわない拍手が響いた。
「相変わらずの人気ぶり。恐れ入る」
よく知った声にゆっくり振り返れば臣が立っていた。
「何しに来た」
「体育祭の準備だよ。上から垂れ幕を張るからどこがいいか確認に来た。別に隆の告白なんて興味ない」
「さっさと行け」
「……俺も聞きたいな。何で多恵がいいのか。小学校までは全く興味持ってなかっただろう?」
眇められた目が俺を見て笑った。こいつはいつから意地悪な性格になったのだろう。
「多恵は迷惑してる」
「でも」
この気持ちは止められない。
「あいつを泣かせたら隆でも許さん。……ああ、でも相手にされてないから大丈夫か」
馬鹿にしたように笑う臣に俺はムッとする。こいつがいるせいで多恵ちゃんが俺に振り向いてくれないんじゃないかと幾度思ったか。だが十年近い付き合いともなると、分かってくる。臣の多恵ちゃんに対する視線はまるで妹を見守る兄のようだった。
「隆、多恵に好きな奴が出来たぞ」
「え?」
思いも寄らぬ言葉に目が丸くなる。
「あれだけ多恵に付き纏ってて気づかないんだな、やっぱり。僕は直接聞いたけど、普通気づくだろう」
「誰だよ」
「自分で聞けば? それとも賭けるか」
「いいだろう。賭ける」
「じゃあ、体育祭で青が勝ったら、僕と多恵にアイスでも奢ってもらおう。二言はないな」
「ない」
俺の答に満足したのか、臣は頷くと軽く手を振って屋上から去っていった。残された俺は柵に腕を乗せ、校庭を眺めた。すぐに校舎内に戻る気が起こらなかった。校庭には知った者の姿もちらほら見られた。俺も部活にいかないといけない。そう思って視線を巡らせると渡り廊下に多恵ちゃんの姿を見つけた。彼女の友人である間宮と楽しそうに話しながら、石膏の像を運んでいる。俺の頬も緩む。
彼女のカンバスを前にした真剣な眼差しが好きだ。夕暮れ時の教室に筆の音だけが木霊する瞬間を知っている。かすかな笑みを浮かべ、背後から俺に見られていることにも気付かず一心に無から有を創っていく彼女は綺麗だった。
視界から見えなくなるまで、俺は多恵ちゃんをずっと追っていた。
南天台高校二年五組 深谷隆典




