中編
努力ではどうにもならないことがある。
それを知ったのはいつの頃だったろう。
ゼロは、いくら足そうと、いくら掛けようと、ゼロのままだ。
「選ばれし者が世界を救う」
じゃあ、選ばれなかった者はどうすればいいんだ。
俺の家は代々「光の守護者」として戦ってきた。
だから何の疑問も抱かず俺も「闇」と戦うのだろうと思っていた。
それはユキも同じだった。
俺たちは赤ん坊の頃から一緒だった。
そして。七歳の時。
「闇の軍勢」と戦う者として初めて宝玉による光子力の測定が行われることになった。
ユキの宝玉はそれは鮮やかに光り輝いた。
でも。俺の宝玉は。
一日中握りしめても、その玉が光ることはなかった。
決定的な契機。
もしかしたら自分が「選ばれし者」かもしれないなんて、子供心に単純な憧れを抱いたこともあった。
でもそれは、あっけなく裏切られた。
俺は、「光」に選ばれていない。
俺は、ユキが術式の才能を開花させ、「光の守護者」として頭角をあらわしてゆくのを黙って見ているしかなかった。
俺は剣をとった。
十年かかって、ようやく斬れないものを斬る力を手にした。
だが、「使い魔」ひとつしりぞけることのできない、その程度の力。
俺はユキのことが好きだった。
いや、今でも好きだ。
でも、そんな資格が俺にあるのかって、自問を続けていた。
「光」に選ばれない奴が、ユキに選ばれるはずもない。
そこまで考えて、俺は剣を放り投げた。
雑念を抱えて剣を振っても、意味はないだろう。
しかもこんな暗い考え。
『おはよう、修司』
日課の素振りを終えようとした時、俺とは違う選ばれし者――アキラの声が聞こえた。
身につけている魔道具が独り言を拾ったのだ。
『ああ。おはよう』
アキラの声だけを拾うのはアンフェアだということで、俺の声もアキラに聞こえるようになっていた。
あれから――「光の守護者」が「選ばれし者」を見つけてから、数週間が過ぎていた。
俺はアキラのことを少しずつわかり始めていた。
アキラは普通の高校生だ。
そう、「普通」に良い奴だった。
嫌な奴だったりしたならば、対抗心を燃やすこともできただろう。
でも、良い奴なんだ。
俺は、アキラと友情を育んだりしていたのだ。
決まって三人で登校する。
「ファ~ねむ」
あくびしながら言う。
「修司、あんたまた遅くまで修行してたの。睡眠時間削ってまでするのは効率悪いわよ」
「うるさいな。俺には俺のやり方があるんだよ」
「それで一度でも模擬戦でわたしに勝ったことがあったの?」
そう言われると何も言えなくなる。
俺とユキの力の差は歴然としている。
それが、俺にとって、ユキとの心の距離をも広げてしまうんだ。
「「光」とは『調和』――協調すること」
アキラが言った。
「おまえまで」
そんなにいいものかね。教典。
「僕たちは仲間なんだ。力を競うのもいいけど、力を合わせることを考えた方がいいんじゃないかな」
「いたって正論だな」
「そうね。ちょっと大人気なかった」
そうこうしてる内に高校にたどり着く。
「じゃあ俺はこっちだから」
二人と別れて。俺は振り返り、ユキとアキラの後ろ姿を見つめる。
その距離。
小さな、幼い頃は俺がいた場所。
でも、ユキの隣にいるのはもう俺じゃない。
俺はユキと一緒にいたかった。
俺には全く必要のない授業を受けながら、考えを巡らせる。
「選ばれし者」は「光の守護者」にとって最も重要だ。
それを守る役目もまた、重要になってくる。
その役目に選ばれるほどに、「上」からのユキへの信頼はあつい。
それだけの実力がユキにはある。
俺はおまけ。
「上」に頼み込んで、何とか俺も一緒の任務につくことができた。
『修司。今日は外で食べようよ』
と、昼休みになって、アキラが昼食の場所を指定してきた。
俺は、わかったと返す。
『あ、それから今日からはパン買わなくていいから』
俺は昼はいつも購買のパンを食べている。
『どういうことだ?』
『まあ、楽しみにしててよ』
俺は何も持たずにアキラの指定した場所へ行った。
ユキとアキラはすでに弁当箱を開いていた。
アキラは俺に気づくと、もうひとつ弁当箱を取り出し俺に手渡した。
「はい。修司の分」
「俺の……?」
俺は戸惑いながらも弁当を受け取る。
「「光」とは『豊饒』」
「――分け隔てなく与えること」
息ぴったりに、二人は言った。
「まあ二つ作るのも三つ作るのも一緒だからね」
照れを隠すようにユキが言った。どうやら二人で作ったものらしい。
俺は礼を言って弁当箱を開いた。
色とりどりでとてもうまそうだ。
箸をとって実際に口に運んでみる。
うん。うまい。
放課後になって、修行が始まる。
魔道具によって発生させた異空間に俺たちはいた。
ここなら多少の無理もできる。
まずは基礎訓練から。
魔道具によって擬似的に「闇」を生み出す。
そして「光」によってそれをかき消すのだ。
もっとも、俺に「光」を生み出す力はないのだが。
魔道具を置き、「闇」を発生させる。
俺は、それを斬った。
「闇」を斬ったところで、それが消滅するわけじゃない。
すぐに分かれた闇はひとつになる。
だが、俺はできるかぎり、その闇がひとつになり復活するまでの時間をのばすことを目標にしていた。
俺に「光子力」は無いのだから、やれることを見つけるしかない。
少しでも時間をかせぐ。
何とも小さい目標ではあるが、俺は闇を斬り続けた。
といっても、「闇」の力は五つのランクに分けられ、俺が対しているのは、最低のランクE。
「リライト」
アキラの方を見やると、アキラはその光によってランクCの闇をかき消していた。
「雷鳴」
ユキにいたっては複数のランクAの闇をかき消していた。
修行が終われば、次は実戦となる。
夜。
それは「闇」が動き出す時。
「闇」は幾度となく「選ばれし者」であるアキラを襲ってきた。
今日もアキラを狙い、「闇」はおとずれた。
俺はそれを魔道具『千里鏡』で少し離れた場所から見守る。
なぜ俺は戦場に立っていないのか。
ユキがいるため、まず「闇」に敗れるという可能性は無いと言っていい。
だが「足手まとい」がいれば話は別だ。
ユキが「守らなくてはならない」人間は少ない方がいい。
だから、「足手まとい」でしかない俺は、こうして「観察」という任務についている。
二人が「闇」と対峙する。
ユキは魔道具『風見鶏』をとり出し、闇をはかった。
『ランクC……ひとりでやれるわね?アキラ』
アキラはうなずく。
『うん。やってみる』
アキラが「闇」と相対する。
闇はアキラに襲いかかり、まとわりつく。
『ぐっ……うっ』
アキラが逃れようと、もがく。
『落ち着いて。あなたの持ってる力なら、倒すことのできる相手よ』
アキラはユキの言葉に冷静さをとり戻す。
アキラが両手を左右に広げると、その中心点である胸のあたりに光がともった。
『シャイニング』
光が、闇を吹き飛ばす。
アキラは見事に闇をしりぞけてみせた。
『わたしがいなくても戦えるようになってきたわね。うん……問題なく成長してる』
ユキの言うように、アキラは選ばれし者として確実に成長をとげている。
俺は、それを黙って見ていることしかできないのか。
歯がゆい自分に苛立ちをおぼえた。
たぶん、世界は二分することができる。
価値がある人間と、価値のない人間に。
問題は、自分がそのどちら側にいるのかってことだ。
あの日。
俺に光子力が無いとわかったあの日。
俺はあの日から、ずっと自分が価値の無い側にいるしかないって現実を認めることができずに、あがいてきた。
まるで迷子のように。さ迷い続けた。
何か可能性はないのかと、文献を読みあさったりもした。
そして得た結論。
戦うには「光子力」が必要。
どの本だって、光子力を前提に、それをどう生かすかしか書いていなかった。
俺は本を読むことをやめた。
その時くらいだった。
俺が人の話を聞くこともやめたのは。
俺は色んな人間にすがりついて、戦う方法を教えてもらおうとした。だが返ってくる答えは同じだった。
「諦めろ」
「光子力の無い人間が戦場に立つだと。笑わせる」
「普通の道を歩め。何もそれは恥ずかしいことではない」
もううんざりだった。
俺に力が無いことはわかってる。
それでも戦う。
それが俺のちっぽけな決意だった。
「俺がユキを守る」
その言葉が言えずに。その言葉を言うために。十年が過ぎた。
いつものように何もないところから剣を出現させる。
苦労して作ったオリジナルの魔道具。
自由に出したり消したりできる剣だ。
手に馴染み過ぎたそれを、納得のいくまで振り続ける。
明日は休みだ。
気の済むまでやれる。
翌日。
深夜まで修行を続けたため、すごく眠い。
アキラの家の近くに借りた一人暮らしの小さな部屋で、俺は安眠を貪っていた。
「修司。寝てるの?」
何の承諾もなしに当たり前に部屋に入って来たユキの声。
寝ぼけた頭でそれを聞く。
「うん」
せいぜい半分しか目覚めていない頭で答える。
「今日は「上」に報告に行くって言ったでしょ?」
「うん」
何とも適当な返事だった。
「聞いてるの?」
「うーん」
「今日の日付は?」
「うん」
「あんたは誰?」
「うん」
「あんた――――?」
「うん」
「――――どうして?」
「うん」
「――――――?」
「うん」
そして一呼吸おいて――呆れているのだろう――ユキは一言。
「バカ」
バタン、とドアの閉まる音がした。
覚醒して。
後悔ばかりが頭を支配する。
やばくね?
せっかく来てくれたのに、寝ぼけて応対するって感じ悪くね?
でも俺はちゃんと断ったはずだ。
確かにユキには「上」から報告をするように指示があったと聞いている。
だが、俺にはない。
俺は「上」に必要とされていないから。
と、そんな言い訳や悲しい自己評価を並べている場合じゃない。
俺は急いで外出する準備をととのえ、部屋を出た。
何とかユキと合流し、俺たちは「上」のいる本部へと足を運んだ。
「まだ「選ばれし者」の力は使えないのかね?」
「上」のじじい――名前なんておぼえてない――が偉そうな態度を隠そうともせずに言った。
「はい。対象者であるアキラはよくやってくれていますが、まだ覚醒という段階までは――」
ユキが答える。
「こうしている間にも「闇の軍勢」はその力を増しているのだがね」
嫌味たっぷりに。
「ですが今の段階では、覚醒のための条件を満たすことは不可能かと」
「それをどうにかするのがおまえの役目だろう」
「上」は「選ばれし者」を便利な魔道具のひとつくらいにしか思っていないのか。
そしてそれをユキに押しつけてる。
不意にもともとそれほど存在しなかった「上」への忠誠心が薄れた。
「ユキは最善を尽くしています。それは俺が保証します」
黙ってることができず、俺は言っていた。
「何だ、おまえもいたのか。少し席を外してくれないか。おまえが口出しできるほど小さな問題ではないのだ」
わかっていたさ。
俺の話なんて聞く気がないってことは。
はいはい、と部屋を後にする。
しばらく外で待っていると、疲れた顔をしたユキが出てくるのが見えた。
帰り道。
「上」に対する愚痴を言い合いながら歩いていると。
ユキの様子がおかしい。
「どうした?」
「――なにが?」
ユキの額に手をあてる。とても熱かった。
「すごい熱じゃないか。どうして何も言わない」
「だって、そんなの、わたしがやらなくちゃ」
ユキは相当無理をしていたのだろう。気を失い、俺に身体をあずける。
だがすぐに意識をとり戻し、俺を払いのけようとする。とてつもない精神力だった。
「わたしが守らなくちゃ……誰が」
ユキの身体を支え、何とかアキラの家にたどり着く。
すぐさまユキの部屋に運び、寝かしつけた。
今、ようやく落ち着いたようで、ユキは眠っている。
その隣で俺は考えていた。
俺にもっと力があれば。ユキが俺に頼ることができれば、こんなことにはならなかったはずだ。
俺が自分の不甲斐なさを責めている時だった。
『修司! 「闇」だ! 闇がきた!』
アキラの声。
しまった。ユキが倒れたせいで結界の力が弱まったのか。
『千里鏡』を使いアキラの様子を探ると、アキラは闇にさらわれ外に連れ出されたようだった。
すぐにその場所へ向かう。
この状況でユキに頼るわけにはいかない。俺たちで何とかするしかないんだ。
闇に向かって『風見鶏』を走らせると、その結果はランクA。最悪の事態といっていい。
俺とアキラでは、ランクAの闇を模擬戦で一度も倒したことがない。
「ユキがいない、か。どうする?」
あくまで冷静に、アキラは言う。
「どうするって……戦うしかないだろ」
出現させた剣を握って、言った。
「何とか俺が隙を作る! おまえはそれをつけ」
闇を斬り裂く。
闇に触れた剣を持っていかれたが、責は果たしたといえるだろう。
「今だ! アキラ!」
「わかってる!」
アキラが手を振りかざす。
「リライト」
振りかざした手が、光り輝く。
しかし、闇は依然として、在った。
「くっ……やっぱり足りないのか?」
すると闇は何を考えたのか、無差別に通行人を襲い始めた。
「な……にを……?」
次々に人々が闇に包まれる。
アキラはようやく状況を理解して、叫ぶ。
「やめろ!」
関係のない一般人が狙われたことで、アキラに動揺が生まれていた。
「僕に力がないばかりに、皆が倒れてゆく……どうすれば……どうすればいい」
正確には「僕たち」に力がないばかりに、だった。
「落ち着け」
肩に手を置き、言う。
「おまえは選ばれたんだろ? ならその責務を果たせ」
闇が向こうから近づいてくるのが見えた。
「俺にできるのは――」
アキラを押しのけ、身を投げ出す。
「――盾になることくらいだ」
闇が身体を貫く。
身体から力が失われていくのがわかる。
力無く後ろに倒れこみ、アキラに支えられる。
「おまえは俺が守る」
アキラに言った。
それがユキの願いでもあったから。
「だから、おまえは、ユキを……」
守ってやってくれ。その力の無い俺にかわって。
「修司……僕の盾になるなんて……自分を傷つけるなんて……でも伝わったよ。その思い」
アキラの瞳に強い力が宿ったように見える。
アキラは丁寧に俺を少し離れた場所に寝かしつけた。
アキラは闇に立ち向かう。
薄れゆく意識の中で、俺は、光を見た。
「サンシャイン」
闇をかき消す光。
辺り一面が光に包まれる。
その心地良い光に、俺は身をゆだねた。
俺の意識は完全に失われた。
目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
見慣れた天井が、自分の部屋だということを教えてくれた。
「よかった。意識が戻ったんだね」
隣にアキラがいた。
「ああ……っておまえの方が病人みたいな顔してる」
「それはちょっとひどいんじゃない? つきっきりで看病してくれたのよ」
「ユキ……もう大丈夫なのか?」
「ええ。あなたたちが守ってくれたからね」
「俺はどれくらい眠ってたんだ?」
「丸二日ってところ」
「そうか。そんなに……ありがとな、アキラ」
「ううん。僕のせいでこうなったんだし」
「おまえだけの責任じゃない。罪悪感を感じる必要はないさ」
「そうもいかない。『責務を果たせ』だろ? これも僕の責任なんだ」
「わかった。だけどおまえひとりに責任を押しつける気はない。その荷物は、俺にも分けてくれ」
俺はベッドから身を起こし、言った。
「とにかく、俺はもう大丈夫だ。だからおまえは休め」
「うん。そうさせて、もらう」
アキラはその場にうずくまり、丸まって、寝息をたて始めた。
俺はやれやれと自分をおおっていた毛布をアキラにかけてやった。
「アキラは俺が見てるよ」
深夜三時、か。無理もない時間だ。
「ユキ……おまえも病み上がりだろ。家に帰って休んだらどうだ?」
「いや、ここに残る」
「ん、そうか。戻った方がいいんじゃ――」
「――何か問題が?」
「まあ、ないけど……じゃあこのベッド使えよ。俺はソファで寝るから」
暗闇の中で。俺は思った。
力が欲しい。
何ものにも屈しない力が。
勝利は必要ない。
ただ、けして負けることのない力が欲しい。
数日後。
朝。目が覚めると、アキラがいた。
「あ、修司。朝食はできてるよ。昼は冷蔵庫に入ってるから温めて食べて」
「ああ。ありがとう」
「じゃあ僕はもう行くから」
バタン、とドアの閉まる音がする。
俺はのそりと起き上がると、アキラが作ってくれた朝食を食べ始めた。
うまかった。
あれから、俺は療養中。
高校を休み、家でゆっくりとした時間を過ごしていた。
いや、そうでもないか。
と、剣を振りながら苦笑する。
アキラには止められている日課を、俺はこっそり続けていたのだ。
汗を洗い落とし、アキラの作った昼食を食べることにする。
夕方になって、俺はユキとアキラに合流する。
「今日から俺も修行に参加するから」
「身体は大丈夫なの?」
「ああ。問題ない」
つつがなく修行を終える。
仲良さげに語らう二人を横目に。
時が過ぎてゆく。
時は全てに平等に、その流れを降り積もらせる。
時の流れは、そのあるべきところへと、はっきりと全てを集束させてゆく。
その先にある答え。
認めることのできなかった答え。
でも。
俺は、あの頃の夢から、片手を放していた。
通学路。
先を行くユキとアキラを眺めながら、俺はゆっくりと歩を進める。
ユキは笑っている。
もう見慣れた景色だ。何の違和感もない。
俺が歩く速度に合わせて、深くゆっくりと息をつくと。
「修司」
アキラがこちらを振り向いて、言った。
「一緒に行こうよ」
アキラは立ち止まって、俺を待つ。
俺は二人に近づきながら、下を向いて小さく笑った。
おまえがそういう奴だから、俺は何も言えなくなるんだ。
笑っている。
ユキがアキラと笑っている。
俺は『千里鏡』でその様子を見つめる。「選ばれし者」であるアキラを監視するためと、自分に言い訳をして。さすがに声を拾う勇気はなかったが。
ユキが笑っている。
俺には見せない笑顔で。
その笑顔は、なんて綺麗なんだろう。
いつかは、俺も知っていたような。
いつからか、俺とユキの道は遠く離れてしまったけど。
それでも。
と俺は思う。
いいんだ。
あいつが笑ってくれるなら。
その隣にいるのが、俺じゃなくても。
『修司。見て。星が綺麗だ』
夜。
アキラの声。
『見てって……空に星がどれだけあるかわかってんのか』
『じゃあ、「星空」が綺麗だよ、修司』
『同じ空の下にいるからって、同じ景色を見れるわけじゃない』
『そんな、悲しくなるようなこと言わないでほしい』
『まあ、事実だろ』
『でも、本当に綺麗だと思ったんだ。修司にも見せたいなって』
「ああ。確かに綺麗だ」
「修司?」
アキラが振り返って俺の名を呼ぶ。
屋根の上だった。
「同じものを見れなくても、一緒にいることは、隣にいることはできる」
そうだろうか。
と、自分で言っておきながら俺はそれに疑問符をつける。
たぶんユキはもう俺を見てはくれないけど。
それでも隣にいる勇気が、俺にあるだろうか。
「同じものを見れなくても、「綺麗だね」って語りかけることはできる。そしたら、「そうだね」って肯定だったり、「そうは思わない」って否定だったり、いずれにせよ何らかの言葉が返ってくる。それでいいじゃないか」
「うん。そうだね。って僕は肯定するよ。その意見」
俺たちは同時に空を見上げる。
「綺麗だね」
少しわざとらしくアキラが言う。
「ああ。綺麗だ」
俺は自然に応えていた。
報告をするようにと「上」に呼ばれたため、俺は本部へと来ていた。
何だ? 様子がおかしい。
煙…………?
本部は、燃えていた。
中に入ると、そこには凄惨な光景が俺を待ち構えていた。
屍の山。
「うぅ……」
かろうじて息のある人を見つける。
近づき、抱えあげた。
「闇が……闇が来る……」
その眼は光なく。おびえきっていた。
「落ち着け。何があった?」
「全滅だ……「上」の人間は全員殺された……いやおそらく本部にいた人間は全部……たったひとりの闇に……うっ」
「すまない。無理に話をさせた。身体に障るようならもう話すな」
「いやもうどうせ私は助からない……最後にひとつ……勝手な願いだということはわかっている……だが頼む少年……「光の守護者」として……「闇の軍勢」を……倒して、く……れ」
息絶えたようだった。
ぐずぐずしてはいられない。建物は焼け落ち始めている。
というより。
「ユキが……二人が危ない!」
本部を落とした敵が次に狙う目標。
「選ばれし者」。
俺はすぐにユキに通信を試みる。
『正体不明の闇が本部を襲撃。おそらく次は――』
『わかってる。全部聞いてたから。たぶん今目の前にいる男が……』
通信と同時に『千里鏡』を走らせ、ユキたちのもとへと自分自身も走りだしながら、その様子を探る。
二人の前に老紳士といった男が佇立していた。
ユキは『風見鶏』を使い、相手の力量をはかろうとする。
『ランク……測定不能……!? まさかそんな「闇」が存在するというの?』
『おや。本当の「闇」に出会うのは初めてかね』
老紳士が右腕を横に伸ばすと、とけて、闇となる。
闇が二人に近づいてゆく。
『閃光』
ユキは光を放ち対抗する。
『効いていない!?』
『まさかその程度の光子力で私を滅せられる、と?』
ランクAの闇を瞬時に消し去るユキの光子力が、「その程度」だって?
『たったひとり』。
倒れたあの人はそう言った。つまり本部の全てをかき集めた光子力に匹敵する闇。
今ユキが対峙しているのはそういうモノだ。
闇がユキに襲いかかり、その光子力を、いや生命力をも奪う。
ユキは両膝をつき、うつぶせに倒れた。
「弱きモノよ。大人しく倒れていろ。強きモノに屈するのは罪ではない」
闇はもうユキに興味がないようで、アキラへと視線を移す。
素早くユキを抱え起こした。
よかった。息はある。
となれば。
俺は剣を顕現させる。
アキラのもとへゆっくりと近づいてゆく闇に斬りかかる。
だが闇はするどく牽制するように触手みたいな「それ」を伸ばす。
「疾い!?」
「それ」はいとも簡単に俺の剣を弾き飛ばした。
――勝てない。
ユキが負けたんだ。そんなことはわかりきっている。
でもだからって諦められるか。
せいぜいあがいてみせる。
闇は悠然とアキラに詰め寄る。
だがアキラは何を思ったのかこちらを振り返った。
言葉では表現しようのない視線を俺に向け。
その間にも闇はするどくアキラに迫る。
俺は走りだし、アキラを押し倒すことで「闇」をかわした。
ムニ
「何やってんだよ!! 死ぬ気か!!」
どうする。どうすれば。どう、す……れ、ば……
……………………
………………ムニ?
右手のひらには柔らかな感触が確かに在り、離れない。
アキラは顔を赤らめて俺を見つめる。
あの、いや、前ページと比べてすごく可愛くなっているんですが。
ここまでやられて俺はようやく結論を得る。
お……んな……?
「わ、悪い」
なぜか俺は謝っていて、アキラの上から退いた。
アキラも立ち上がり、いまだ俺を見つめている。
「そうだね……ユキも僕を助けてくれるけど、本当に本当に危ないぎりぎりの時には、いつも修司が助けてくれた……『守る』って言ってくれた」
何を、言っている?
「剣をとって」
冷静な声音で。その言葉には不思議な力があって、俺は素直に地面に転がる剣を拾っていた。
両手で構えをとる。
アキラは俺に寄り添うと、俺の右手の甲に自分の手のひらを重ね合わせた。
すると。
そこから「熱」のようなものが身体を駆け巡っていく感触。
力が漲ってくる。
光が、溢れ出す。
光は俺の身体を、剣を包み、おさえきれないその莫大なエネルギーは辺りに飛び散ってゆく。
「まさか……「覚醒」したというのか……!?」
アキラが俺に視線を投げかける。
この力で。闇を葬れと。
わかったよ。いや、わかってないんだけど、とにかく。
剣の切っ先からは光がとめどなく流れ出していて制御できないけれど。
溢れ出す光に目の前すらよく見えないけれど。
それでも何とか剣を大きく振りかぶる。どうにか闇を視界にとらえた。
そして、俺は斬った。
光と闇の衝突。
「そうか……これが……「選ばれし者」の力……!!」
燦然と輝く光が、闇を吹き飛ばしてゆく。
消えた……?
やったのか、俺は。
身体をまとっていた光は今はもうおさまっているが、消え去ったわけではなく燃えるような光が身体の中にくすぶっているのがわかる。
この力は、いったい……?
「「闇」は最後に「選ばれし者」と口走った……どういうことなんだ?」
「あんたって、ほんと人の話聞かないよね」
脇腹の傷をおさえて、呆れ顔のユキが立っていた。
「わたしが説明してあげる」
説教されているような気分で、俺はユキから「選ばれし者」が何なのかを聞く。
僕は思い出す。
ユキと出会って、こう語られたのを。
「「光」と「闇」……その対立は古代より続いてきた……その長きにわたる戦いは、ある救いを生んだ……「選ばれし者」がこの戦いに終止符を打つ、と……そして、「私たち」と「彼ら」は同時期にあなたを見つけた……そう、あなたが、「選ばれし者」――を選ぶ運命にある」
「選ぶ?」
「そう。あなたの中には強大な力が眠っている。あなた自身があつかえきれないほどに、ね。だからあなたはいわば「与える者」と言っていいかもしれない。あなたの奥底に眠るその力を、「選ばれし者」に託してほしいの」
「託す……その方法は?」
「簡単よ。「愛する」こと。あなたが見出だすたったひとりの人だけが、その力を受けとることができる。文字通りあなたに選ばれた人が、「選ばれし者」となる」
一呼吸置いて、ユキはこう続けた。
「何ともロマンティックな話ね。あなたの「愛」が、世界を救う、なんて」
「と、いうことは……?」
ユキの説明を聞き終えて。
アキラは真っすぐにこちらを見つめている。
「はい。好きです、修司。あなたのことが、誰よりも愛おしい」
熱っぽい視線で。
「僕はずっと男になりたかった。でも、修司と話したり、料理を作ったり、そうやって君と触れ合ったり君のために何かするたびに……惹かれて……ああ、僕は女なんだなってわかったんだ」
いや。え? アキラが俺のことが好きで、だから俺は選ばれし……え?
「僕と真剣に交際してくれませんか」
状況はまるで飲み込めないけど、『真剣に』って言葉を使ったアキラの表情は真剣そのものだ。
下手なごまかしはしたくない。本心を伝えよう。
「ごめん。俺はユキが好きなんだ。だからおまえの気持ちには応えられない」
いや。ちょっと待て。『ユキが好きだ』と告白する必要はなかったんじゃないか? しかも本人の目の前で。
恐る恐るユキの方を見やる。
ユキの頬に一筋の涙が伝っていた。
「えっ、ちょっ、なんで、泣く」
焦る俺。
「やっと言ってくれた」
右手で涙を拭うユキ。
「ずっと待ってたのに」
そして、ユキは笑った。
「わたしも好きよ、修司」
「え、おまえはアキラのことが好きなんじゃ……」
「何をどうしたらわたしが女を好きになるのよ」
「いや、でも、俺には見せない笑顔をアキラに……」
「わたしがあんたが『千里鏡』で見てるのを気づいてないと思ったの? あんたには、最高の笑顔を見せたかった……って、全部言わせる気?」
気恥ずかしそうにユキは顔を背けた。
「だったら、なんで直接俺にその笑顔を見せてくれなかったんだよ。そうしてくれたら、俺だって」
ユキは顔を背けたまま。
「わたしから好きって伝えたら……何だか『負けた』気分になるじゃない」
と、少しぶっきらぼうに言ってのけた。
「んだよ、それ。そんなんで俺の十年は――」
「残念。わたしは十一年あんたのことが好きでした」
「時間の問題じゃないだろ。気持ちを伝える気持ちっていうかさ」
「そうね。あんたはわたしと話すより剣を振ってる方が好きだったものね」
「う……俺は……おまえを……」
守りたくて。
「ただおまえに……」
笑ってほしくて。
「わかってる」
ユキが距離を詰めて歩み寄る。
「あんたの思いは全部わかってる。でも、言葉にしないと伝わらない思いもあるでしょう」
ゆっくりと俺を抱きしめる。
「そして、言葉ですら伝わらない思いは、こうやって表現するしかない」
ぐっと、抱きしめる両手に力がこもる。
「ずっとこうしたかった」
ちょっ、ま、近い。近いよ、ユキ。
「伝わった……? わたしの思い」
ユキの問い、思いに答えるために、俺も両手でユキを抱きしめようとした。が。
アキラが俺の片腕を掴んでいた。
「修司の気持ちは知ってる。でもそれくらいで諦められるなら告白なんてしてない」
アキラはユキから俺を引きはがし、正面に立つ。
「それとも、僕には全くチャンスは無いですか?」
淡く頬を染めながら、上目使いで。
う。そう言われると、その誘惑を跳ね退ける矜持がない。
二人は何かを確認するように顔を見合わせた後、俺の方を見つめてきた。
俺の出す結論を待っている。そういうことだろう。
その瞬間。
頭がぐらりと揺れた。
そりゃあれだけ戦ったんだ。身体が悲鳴を上げてもおかしくはない。
意識が遠のく。
だが。
ぎり、と歯を食いしばる。
倒れるわけにはいかない。そんな決着は認められない。
「まずアキラ。正直に言えばおまえの気持ちは嬉しいよ。つか俺はおまえが女だって知らなかったから……おまえが女性だというなら……それはとても魅力的な女の子だ。というよりさ、もうおまえは俺にとって大事な友達になっているから、この告白を断って、友情にひびが入るのが怖い」
「じゃあ――」
ぱあっと顔を明るくするアキラを目で制して。
「でもそれはあくまで『友情』なんだ。『愛情』ではない。今という時点では間違いなく」
一転、アキラは顔を暗くする。
「そしてユキ。俺たちは両思いだってことがわかった。でもさ、俺たちは長年『幼なじみ』って関係の生温さに甘えてきた。今になって好き同士だとわかったからって、すぐさま恋人同士になれるとは思えない」
俺の言葉に、ユキは納得したような反論したいような複雑な表情をする。
ぐらつく頭を持ち上げて、俺は言った。
「だから、俺はただ、ひとりの男としておまえたちの前に立つ。逃げはしない……から……」
そう言って限界がやってきた。
膝をつく。
すぐさま二人は俺の身体を支える。
「修司、大丈夫!?」
「ちょっと、修司! 修司!」
二人が俺の名を呼ぶのを遠くに聞きながら、俺は気を失った。
見馴れた天井。俺の部屋だ。
起き上がると、狭いキッチンに立つアキラの姿が見えた。
「あ、目が覚めたの、修司。ちょうど今朝食ができたところだよ」
俺は何も言わずテーブルに座り、アキラの作った朝食を頬張る。
そうして俺はあまりに簡単な「間違い探し」の答えと向き合うことにした。
アキラが女子の制服を着ていた。
その視線にアキラも感づいたらしい。
「どう……かな?」
だからそうやって頬を赤く染めるんじゃねー。
「ああ……似合ってるよ。そして美味い」
完食。
「じゃあ行くか」
「うん」
上機嫌でアキラは俺の隣に並ぶ。
自室のドアを開けると、そこにはユキがいた。
「おはよ」
こちらを見ずにユキは気恥ずかしそうに挨拶をする。
「うん。おはよう」
俺もぎこちないながらも挨拶を返す。
微妙な空白。
「行くよ。二人とも」
その真ん中に割って入って、アキラは俺とユキの手を引っ張ってゆく。