前編
俺は必死で剣を振る。
あいつのために、って。
そんな思いを免罪符にしながら。
何度、それを繰り返しただろう。
汗が顔を伝う。
「ハァ……ハァ……ハァ」
何度繰り返せば。
俺は、「強く」なれるんだろう。
僕の名前は藤堂アキラ。
普通の高校生をやってる。
かわりばえしない日々。
それにありふれた退屈を感じながらも、僕は日々を過ごしてゆく。
でも、「その日」はやってきた。
僕はいつも通り下校していた。
すると。
背後で爆発音がした。
髪が前方へとなびく。
何だ、と僕は振り返った。
煙の中に、中年の男がいた。
その煙は、道路の脇にある壁が破壊されたことによって発生していた。
「ようやく見つけたぞ」
中年の男が言った。
そして、男はとけた。
男は、闇となった。
「それ」はエネルギーのような質感を持ち、辺りに広がってゆく。
得体の知れない「それ」――漆黒の闇が、僕に襲いかかってきた。
闇が全身にまとわりつき、僕は身動きがとれなくなる。
そして、闇が僕の首を絞め始めた。
「ぐっ……がっ……」
息ができない。
何だって、いうんだよ。
何でいきなりこんなにピンチなんだ。
やばい。意識が、遠のいていく……。
「死ね……「選ばれし者」――」
その瞬間。
「リライト」
突如として現れた光が、闇を吹き飛ばした。
僕は解放される。
「かはっ……フゥ……フゥ」
僕は思いきり空気を吸い込む。
助かった……のか?
「ちっ……「守護者」か!」
かろうじて残ったわずかな闇が声を発する。
その闇から僕を守るようにひとりの女性が佇立していた。
「消えなさい」
「今はそうするしかないようだな……だが忘れるな。これは「始まり」なのだ。大いなる戦い……「われわれ」と「おまえたち」の戦いの……」
闇が風に流され消滅してゆく。
「大丈夫?」
いつの間にかそばにいた女性が僕に問いかけた。
「あ、はい……何とか」
先の光は、彼女がやったものなのだろう。
ということは。
「助けてもらったみたいで……ありがとうございます」
「礼なんていい。というよりあなたの「運命」がそれを許さない」
「運命……ですか。さっき襲われたことと関係がありそうですね」
「全て、話すわ」
何か大きな歯車のようなものが動きだしてゆく。
そんな予感が、僕の中に芽生え始めていた。
僕たちは僕の家にいた。
落ち着いて話をするために。
お茶を女性の前にコトリと置く。
女性はそれを一口ふくむと、語り始めた。
「「光」と「闇」……その対立は古代より続いてきた……その長きにわたる戦いは、ある救いを生んだ……「選ばれし者」がこの戦いに終止符を打つ、と……そして、「私たち」と「彼ら」は同時期にあなたを見つけた……そう、あなたが、「選ばれし者」――」
女性は様々なことを語った。
「闇」――「闇の軍勢」の力が日増しに大きくなっていること。
「光」――「光の守護者」が対抗するためには、「選ばれし者」の可能性にすがるしかないこと。
――だから一緒に戦ってほしい。
そうしなければ、世界は闇に包まれる。
それ以前に、闇が僕を見逃すはずはない。このままでは僕は必ず闇に飲み込まれるだろう、と。
「わかりました。実際に命を狙われたわけですし、戦うより他の道はないようですね」
「ほんと?ありがとう」
女性は心底嬉しそうな顔をする。
「わたしの名前は及川ユキ。あなたと同じ年だから敬語はいいわ。よろしく」
「うん。わかった。よろしく、ユキ」
「早速だけど、これからわたしもここで一緒に住むから」
「え?」
「当たり前でしょう。あなたは選ばれたの。それ相応の責任がある」
そんな、いきなり。
この提案を、僕の両親はあっさりと承諾した。
そんなんでいいのか。
夜になった。
自分の部屋で、これからどうしたものかと思案していた時。
ゾクッと悪寒が走った。
その瞬間、窓ガラスが割れた。
窓の外に、夜の闇とは異質な、もっと深い闇が姿を現す。
闇に眼が出現し、こちらをギロリと見る。
まずいな。ユキは入浴中だ。
どうする?
「外に出ろ」
闇が言った。
ユキは家に結界のような術式を張ったと言っていた。そのため闇は家の中にいられると手出しができないのだろう。
「断ったらどうする?」
「この結界はおまえだけを守るために存在している。それ以外の人間がどうなると思う?」
「脅迫か……わかった。外に出よう。その代わり家族には手を出すな」
「いいだろう。われわれの目的はおまえだ」
外に出た。
目の前には闇が在る。
さて、どうすればいい。
「死んでもらう」
闇が襲いかかってくる。
ここまでか、と目を閉じた。
「グ……グオオオオオ」
身体に何の変化もなかったため目を開けると、闇が真っ二つになっていた。
その先に剣を構えた男がいた。
「逃げろ」
男が言った。
「俺じゃこいつを倒すことはできない。時間をかせぐ。だから逃げろ」
闇が再びひとつになる。
闇は男を襲った。
「ぐっ……」
男は剣で対抗するが、闇がからまり剣を吹き飛ばす。
そのまま闇は男をも吹き飛ばした。男は塀に頭をぶつけ、気を失ってしまったようだ。
「これで邪魔する者はいない」
闇の中で、その眼が不気味に光る。
「そこまでよ」
突如、雷が落ちたかのように、光が闇に降り注いだ。
「雷鳴」
ユキだった。
ユキの技により闇は消滅した。
「隙をつかれたようね……無事?」
「僕より、あの男の人を……!!」
まだ起き上がらない男を指して言った。
「ああ。あいつ。あいつはいいの」
「『いいの』って、そんなわけには……!! 助けてくれたのに……!!」
男の元に駆け寄って、抱えおこす。呼びかけても意識は戻らない。
ユキはひとつため息をついた後、近づいて来た。
「わかった」
ユキは男を肩でかつぎ上げ、こう言った。
「こいつはわたしが介抱する。あなたは家に戻って。完全な結界を張っておいたからもう他人の心配をする必要はない。だからけして外には出ないで」
僕はうなずき、部屋に戻った。
ベッドに入るが、眠れない。
これから始まる途方もない戦いの予感が、僕をなかなか眠らせてくれなかった。
翌日。
寝不足の目をこすりながらリビングへ向かうと、僕の高校の制服を着たユキが朝食を食べていた。
もう聞かなくてもわかる。
学校について来る気だ、この人。
「行ってきます」
つつがなく仕度を終えて、母に言った。
「行きましょう」
当然のように隣にいるユキが言う。
玄関を開け、家の前に出ると、そこに男がいた。
男は自己紹介する。
「桐原修司だ。よろしくな」
あ。昨夜あっさりとやられた人だ。
「今何か失礼なこと考えただろ」
図星だった。
「え、いや、そんなことは……えっと、よろしく……」
「ユキと同じようにおまえを「観察」することになった。といってもユキのようにべったりそばにいるわけじゃない。おまえの声を拾う術式を展開している。何かあれば独り言で呼んでくれ」
プライバシーなんてあったものじゃないな。
まあ、それだけ本気だってことなんだろう。
三人で登校する。
「しかし高校なんて行ってる場合なのか」
修司が言った。
「「光」とは『秩序』――規範を守ること」
「おまえ、あんな古臭い教典おぼえてるのか」
「バカにして。教わること、多いんだから。とにかく、普通の人々の日常を守るのも「光の守護者」の大事な役目よ」
掛け合いが様になってる。仲良さそうだな。
「勘違いしないで。ただ付き合いが長いだけ」
心が読まれてる。
そうやって談笑している内に、学校についた。
ユキは同じクラスで、修司は別のクラスだった。
いつも通り授業を過ごし、放課後になった。
三人で家に帰ると、ユキが庭に出るように言った。
「アキラ。これからはあなたにも強くなってもらわないと困る。修行といきましょう」
ユキは小さな玉のようなものを取り出した。
「「宝玉」――光の力……「光子力」をはかるために使われる魔術のこめられた道具――魔道具よ」
ユキが宝玉を僕に手渡す。
「握って強く念じて。あなたにどれくらいの力があるのか「上」に報告する必要がある」
言われた通りに玉を握りしめ、念じる。
すると、玉が光り輝いた。
「悪くない感触ね。じゃあわたしは「上」に報告してくるから。修司。アキラのこと、よろしくね」
修司と二人きりになる。
気まずくなるのも嫌だったので、僕はこう言った。
「「修行」とやらをするんだろ。教えてよ」
修司の答えは意外なものだった。
「そいつは無理だ」
修司は僕から宝玉を受け取る。
しばらくしても何の変化もない。
「俺にはこの、「光子力」ってやつが全くそなわってない」
修司が僕に宝玉を投げ返す。
「俺に術式の才能は全くない」
宝玉は触っただけで光を宿す。
「だから剣を握ってる」
そう言って修司は悲しく笑った。