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「あなたと結婚……」を読んだ職場の先輩が提供してくれたネタから思いついた作品です。

 全3話構成で、1話目だけちょっと長いです。


 そして……出来上がって気づきましたが、かなり“問題作”です。

 給料日の当日か翌日くらいになると、だいたい決まった人から携帯に着信が来る。


(またかよ……)


 いい加減に私もウンザリしてきていた。

 借金の申し込みである。


 便宜上、とりあえず私の名前は“鷲”ということにしておこう。彼の名前は“鳶”としておこう。鳶は私の職場の上司である。

 私の仕事が何か? それについては伏せておくが、まぁ安月給なりにそこそこ安定した会社である。最近、少しずつ黒くなってきてもいるが、まぁマシな方だろう。


 その日は休日で、社員寮を出た私は鳶との待ち合わせ場所であるディスカウントショップの駐車場へと自転車を走らせた。

 この場所を指名したのは私で、たまたまその日その店に買い物に行きたかっただけだ。

 鳶は車を持っているため、買い物なら乗せようか? などと電話口で申し訳なさそうに言っていたが、丁重に断った。理由は特にない……否、ちょうど仕事のストレスが溜まりすぎて、そんな折に自室で1人の時間を満喫していたら鳶に呼び出されたのだ。外出の予定はしていたが、せめて午前中は身の回りの掃除とか洗濯済ませて何の憂いもなくお出かけしたかったのに、銀行のATMに走り、大金(給料の一月分に匹敵します)の入った封筒を持って移動とか……勘弁してくれ。

 店の駐輪場に自転車を停めて駐車場を探せば、鳶の姿を見つけた。

 さっさと封筒を渡して、自分のプライベートに戻ろうと思ったのだが、鳶は車に乗ってくれと言う。

 まぁ、こんな公衆の面前で膨らんだ封筒を手渡すなんて、傍から見れば妙な誤解を生みそうで良くないだろう。そう考えて小さな車の狭い助手席に座り、ポケットから封筒を取り出して渡した。

 鳶は感謝と申し訳なさ、さらに恥ずかしさに涙目になりながらそれを受け取って、それで終わればいいのだが……小一時間ほど私には何の益にもならない謝意や自身の不幸な現状を語るのだ。申し訳なさからの謝罪と、言い訳である。


 鳶が私から借金をするようになったのは、もう2年も前からだろうか?

 きっかけは自営業を営む実家の不幸と杜撰な金銭管理だったようで、とりあえず鳶は何一つ悪くない。

 明日までに〇〇万円返用意しないと訴訟を起こすとか言われてる、てな感じのかなり深刻な事態を知らされ、本人が返済計画まで書いてくれたので信用して貸した訳だが、私が長期出張で職場を離れたりしてる間に返済計画は破綻していて……そうかと思えばまた借金の申し込みに来る、その繰り返しだ。

 悪い人ではないんだよ、鳶は。仕事ではすっかりお世話になってるし、後輩や部下の面倒よく見てるし、家では良いお父さんやってるんだよ。

 返済にしたって、私が長期出張の合間は月給からコツコツ捻出してたそうなんだけど、実家でさらにトラブルおきたり、嫁が怪我して入院したりしたらしく家計でも出費がかさんだりで、積み立ては消えたそうだ。さらに鳶は×1で養育費も送ってるのだ。


 そして今日もまた、実家でトラブルらしい。

 もう両親とは縁を切ってすっきりしたい、と切実に語っていたが、育ててくれた両親への恩とか思い出とかもあって、そう簡単に踏み切れるものではないようだ。

 鳶が悪いわけではないのだが、返す返すと言いながら出来ないことにかなり罪悪感を感じているようで、申し訳ない、と土下座(車内なので出来ない)せんばかりの勢いで謝り続けている。

 否、もう良いから。

 とりあえず私、これから買い物したいんですけど。

 そんな私なんで、イライラがピークに達してきたのだろう。一言言わずにはいられなかったコレが、すべての始まりだったのかもしれない。


「鳶さん。とりあえずちょっとずつでも良いから、返せるようにしてくださいね。今、貸してる分だけでも私の老後資金の5%くらいにはなりますからね」


 ふと、鳶の顔色が変わった気がした。

 私の出した具体的な数値と私のこれまで貸した金額を大まかに計算していたようだ。

「鷲さ、貯金どのくらいしてんの?」

「今のところ、毎年100万は貯めてますね。これでどうにか退職までに3000万はいくかなぁと……ああ、退職金とか保険で積み立ててる分は別で、ですよ」

「!!?」

 鳶の目が点になっていた。


 私は生活にお金をかけない。趣味にも金がかからない。

 会社の制度や地域性を利用し、祖父母や両親から習った節約術を駆使して、慎ましく過ごしている。

 煙草は吸わない、ギャンブルはしない、車は持たない(仕事に必要なので免許だけもってるけど)、金のかかる趣味も特にない。

 唯一の例外は、酒と食事かな。大飯喰らいで酒好きだし、普段は自炊してるから良いものの、外食するとメニュー表の値段とか見ずにアレコレ注文して、休日の外食には財布に諭吉さんがいないと不安になる。社員旅行とかで観光地に行くと特産品を衝動買いして、それを自分で料理して食べるのも好きだったりする。私の贅沢なんてその程度だ。

 たまにする大きな買い物は、小一時間悩んで決めた有意義な自己投資であるので後悔はしない。

 家計簿をつける習慣も10年以上続いていて、家計管理には自信がある。

 ああ、なにより……独身であるのが大きな強みだろう。

 就職して9年目、貯蓄は既に8桁に近づきつつあった。保険とかの積み立てと合わせれば、確実に1000万円には到達したはずだ。

 退職まであと20年と少しだ……頑張れ、私。

 目指せ、悠々自適なセカンドライフ!


「退職しても年金もらうまでパートとか警備員とか、したくないんですよね。ノンビリと過ごしたいですから……そう考えると頑張って4000万はいきたいところですよね。ああ、でも……年金、本当にもらえるのかな?」

 冗談でもなんでもなくて、これは私の切実な本音です。

 たまに保険屋がアレコレ勧めてくれるのだが、家計簿を見せて自分なりの生涯設計を説明すれば、これ以上何かを売りつける余地なしと逃げ去っていく。最近、声をかけてくる新人すらいないが……もしかしてその手のブラックリストに載ったのかな、私。相手してる時間勿体なくてウザかったから、そうであるなら非常に助かる。

 老後は読書したり自伝でも書いたりしながら過ごしたり、珈琲や日本酒が好きだからそっちの探求もしてみたい。小さな区画でいいから畑もやってみたい。

 そんな悠々自適な老後を目指し、独身貴族(さみしいオトコ)と揶揄されながらも贅沢は控え、私は日々を慎ましく過ごしているのだ。


「あのさ……鷲、結婚とか考えてないの?」

「あー、ないですね」


 鳶の疑問に私は即答した。

 まったく、考えてございません。そんな未来はまず考えられないのだ。


 実はつい最近までの私の将来設計には、一つ落とし穴があった。それは両親のことである。

 両親は今年、そろって退職したのだ。その退職前の2ヶ月前だったろうか、母親から電話がかかってきたのだが、両親と今年大学に入学した末の妹を私の扶養家族として会社の健康保険に申請できないかと申し出があったのである。

 諸々の条件のクリアや必要書類の厄介さのために結局その件は先送りになったが、私が家族のために頑張るときがもうすぐそこに来たのだと感じて、緊張が走ったのはいうまでも無い。

 さらに連休をもらって実家に帰省したとき、すっかり頭が真っ白になってしまった父が叔父と交代で既に90なる祖父の介護をしている現場を見て、“2度”も身震いをしてしまったのである。

 1つは寝たきりになってすっかりやせ衰えた祖父の姿を見たときだ。

 たまに帰省するたびに顔を出せば、喜んで昔の思い出話をしてくれる祖父が声を発するたびに、ヒューヒューと不安を掻き立てるおかしな吐息が常に漏れていて、もしかして話すのも苦しいのではないか? 無理して話さなくても良いのに、とか思いながら、自分もあと50年も過ぎればこうなるのではないかと老いを恐れて背筋が寒くなるのである。否、ここまで長生きが自分にできるかといえばわからないのであるが、いつ“死ぬ”かわからない昔と違い、医療介護の進んだ今の時代いつ“死ねる”のかわからないのである。

 通院や生活環境の完備、自身の介護など、老後の備えは充実してなくてはいけないのだと改めて再認識したのである。

 だが、2つ目の衝撃も大きかった。

 そんな祖父を介護する父の姿を見たとき、祖父のために一生懸命世話を焼く父の姿を見たとき、そのどこか疲れたような表情を見たとき、自分もあと20年か30年もすれば父のためにあれをするのだと思うと、遠くない未来に訪れるその苦労の重さに心の奥底から戦慄したのである。

 両親の扶養はおろか介護の具体的なことまで頭が回っていなかった自分の愚かさに、気持ちが押しつぶされそうな気がしたのだ。

 確かに両親の面倒を見ることは長男である私はボンヤリと覚悟していたのだが、現実を見ていかに自分の考えが甘いのかを思い知らされたのだ。

 私自身の老後の備えだけでなく、それ以前に訪れる家族への備えももっと真剣に考えてこなければいけなかったと……帰省したその日の夜は暗い夢にうなされた。


 まあ、もっとも、両親はともに堅い職業に就いていたために、退職金はもちろんのこと貯蓄や保険・年金といった老後の備えは潤沢であるらしい。末の妹の学費も、なんとか出来るから心配するなと言われている。

 でも、油断はできない。


 こんな状況で結婚なんか考えられない。

 否、まったく余裕が無いわけでもないから、しても良いんだけどさ……相手を探す時間や労力も面倒くさいし、結婚生活の悲惨さを上司や先輩たちから色々見聞きしてて、無理にすることないなと結論に至るのだ。

 その分、今の自由を楽しみ、退職後は趣味を満喫し、老後はホノボノと縁側(一軒家(マイホーム)なんか買わないけど、想像図としてね)で茶でも啜っていたいのだ。

 そうなると、今はとにかく頑張って、贅沢はたまの息抜き程度に留めて慎ましい生活をして将来に備えたい。

「それなら尚更、ちゃんと結婚して子供いたほうが良くないか?」

 実家の事情も含めて私なりの考えを聞いた鳶はそう言うが……まぁ、一理あるね。

 だけどさ、結婚した場合は共働きだったとしても男のほうが稼がなきゃならんだろうし、育児にかかる負担とかあるし、嫁の両親の扶養や介護も遠まわしに影響してくるし……長期的に起こりうる事態(イベント)や状況をシミュレートすると、混乱して考えが纏まらん。

 結婚の良さを語る先輩たちは数いるが、私にはそれは目先の小さな利益にしか見えない。それ以上に嫁の理不尽を語る方が多いじゃないか。

 結婚の苦労を武勇伝のように語る上司たちがいるけれども、カッコイイと思ったことは一度も無い。感覚としてはアレだ……戦争の武勇伝を聞いて戦争に行きたくなるか?

 まぁ、でも……子供は可愛いよね。だけど、苦労に見合う幸せなんかなぁ? よくわからんけど、現実的に自分の面倒見てくれる子供がいないのは大変なんだろうね。

 でもさ、自分の介護させるためだけに子供作ろうとか……なんか違くね?


「否、それだったら老後に、ちゃんと面倒見てくれる介護士を雇いたいですね。嫁や子供より、そっちのが欲しいです」


 そうして最後は、1人で棺桶に入りたい。

「今はそのためにも、なんとしても蓄えておきたいんですよ。だから鳶さん、ちょっとずつでも良いんで何とかしてくださいね」

「…………」

 私の言葉に鳶は無言になり、ふと時計を見た私はこの車に乗って大分時間が過ぎていることに気づき、車を出ようとドアに手をつけたそのときだった。

「なぁ、鷲。一つ提案があるんだが……」

 車から出ようとした私を制するように鳶がそう言うので彼の方を見ると、鳶は片手で額を押さえて俯きながら深刻そうな表情で唸り、何か迷うように十数秒くらいブツブツと口元を動かしていたかと思えば、意を決したように私の目を見て言ったのだ。


「最悪、返せなかったときは“娘”を嫁にやるから、それで勘弁してもらえないか?」


 ……


 …………


 ………………


「……はい?」

 なーんか、展開が似てません。


 ちなみに、主人公・鷲のモデルは作者であり、上司・鳶のモデルはネタを提供してくれた先輩です。

 もちろん、この話は“フィクション”です。

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