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18.意味なんてない

「たしかにね。ぼくもさ、ここまで人間とちがう体になるとは思っていなかったんだよ」

「……予想できなかったの?」

「そりゃそうだろ。ぼくのほかに星ゆうれいに会ったこと、ある?」

 ことばに詰まる。星のゆうれいだなんておとぎ話や都市伝説めいた存在、こんな世のなかだけれど出会ったのも知ったのもはじめてだ。

「ぼくはさあ、人間が好きだったんだよね。上から見てて、いちばん好きなのが人間だった。恐竜でも蝉でも、くじらでもなく。……ほかのやつらは知らないよ、星って孤独だから。でもぼくは人間ばっかり見てたな」

 きっかけはね、とミタカは遠い目をする。星だったころ目にしたできごとを思い出しながら、彼は語った。

 ぐうぜん、幼稚園で子どもが絵を描いているところを目にした。画用紙にのびのびと、クレヨンで描かれた黄色い四つ足の動物。見ているミタカには、その子が犬を描こうとしているのだとわかっていた。首のところを描いているとき友だちが駆けてきて、机にぶつかった。勢い余ったクレヨンは、画用紙からはみ出さんばかりの、長い長い線を描く。きっと、泣くのだろうと思った。けれど予想に反して、その子は絵を描きつづけた。

 やがて満足げにクレヨンを置いた子どもの前には、きりんの絵があった。

「その子の想像力が好きだった。人間の想像力って、すごいよ」

 なにせ、とミタカはことばを継ぐ。

「世界を滅ぼしてしまうほどだもの」

 ことばが切られた後の、ほんの短い沈黙。それが耳に染みた。いまさら思い知らされる。ミタカがこの世の滅びに乗じて来たものだということ。ミタカは人間の想像力を愛し、その想像力によって願いを叶えることができた。だとしたらなおさら、人間を嫌うことはないだろう。たとえその想像力が、世界を滅ぼすという愚を犯しているのだとしても。

「人間でいたいのは、だからだよ。ファン心理だね」

「人間のファンって、おかしなこと言うのね」

「はは、そうかも。でも本心」

 ミタカは軽く笑う。人間でいるわけは、わかった。話はそこで終わりかと思った、そのとき、たずねられた。

「……ねえ、璃子。ひとが死ぬのは、いつだと思う?」

 それはわたしにたずねることばではあったけれど、返答は求めていなかったのだろう。ミタカはすぐにことばを続けた。

「ぼくはこう思うんだ。……ひとがほんとうに死ぬのは、だれにも思いだされなくなったときだ」

 なんとはなしに、想像する。ミタカは星だという。ひとにしてみればとほうもなく長い時、彼はそんなことばかり考えていたのかもしれない。ミタカは天井を見つめていた。いずれにせものの星がかがやく、かりそめの夜空を。

「星がだれにも見上げられなくなったとき、ほんとうにほろびるのと同じように」

 ミタカは体ごとこちらを見て、ふわりと笑む。そしてよどみなく口を動かした。

「そういうわけでぼくは、だれかの記憶に、残りたかった。だからここに来た」

 わかったかな? まるで教師が生徒にするように、聞かれる。わかったような気もする。それでもわたしはなにも言えなかった。

 アンダーソン氏の首もとの機械を、思いだす。ミタカはきっと思ったのだ。だれの記憶にも残らない生に、どれほどの意味があるのか、と。だから願った。だれかに自分のことを覚えていてほしいと。

 だけど、わたしの心はびりびりとむなしさを感じていた。

 だれかの記憶に残ることに、それほど意味はあるだろうか。ひとも、星も、世界も、みんなほろびてゆくのに。

 いまみたいにほろびゆく世のなかじゃなくたって、それはおなじことだ。変わらないものなんてない。だれかの記憶に残ったって、それは言ってみれば、おしまいを先延ばしにするだけじゃあないか。

「わたしが覚えている、だなんて……言えないからね」

 気づけば見えるのは自分のひざ頭だった。想像以上に冷え冷えとした声がくちびるから這いだした。

「璃子は、そういうひとだろうね。でも、ぼくにはアンダーソン氏がいるよ」

 返ってきたことばには、呆れもあざけりも、笑いも、まざってはいなかった。ただ、淡々としたなかに、わずかにかなしさをのぞかせていた。

 そんな声を出しながら、彼はゆるんだ顔で笑う。わたしたちの出会いについて、うれしいよ、なんて言いさえする。

「こう言うと陳腐だけれど、まるで運命みたいじゃないか」

「……偶然だよ、たんなる」

「奇跡でもなんでもないのにこんなことが起こるっていうほうが、よほど尊いとぼくは思うけれど」

「口説いてるの、それ。ぜんぜんときめかない」

 吐き捨てるように、言う。つとめてかたい声音も作った。

「出会ったことに、意味なんてない」

 そういう声になるよう意図したのは自分なのに、ぞっとした。ひえびえと、硬い吐息が、立ち消えることなく漂っている。沈黙が重かった。

「じゃあ璃子はなんで、ぼくとこんな話をしてるの」

 見透かしたような笑みが、妙に癇に障った。矛盾したことをしていることなんて、わたしにもわかっていた。でもそれは、ミタカのせいだ。ミタカがなにも言わないから。さんざん迷惑をかけておいて。

 ――わかってる。おかしなことを考えているって。わかっているけれど。

「熱、もう下がったんでしょ。平気なんでしょ。わたし帰る」

 憮然として告げた。ミタカが体を起こして見送ろうとするのを制し、わたしはきびすを返す。あとは前だけ見据えていた。



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