12.手帳
さっそくわたしもプラネタリュウムを直す手伝いをすることになった。ミタカは鼻歌まじりで劇場のまんなかに陣取っている。彼の頭上にある投影機は、まるで奇妙な動物だった。半球や円筒が組み合わさり、もろもろの部品が突起になり、複雑なかたちをしている。本体を体に、天井をあおぐ円筒を首に、それをささえる足はそのまま足に見たてれば、きりんのように見えなくもない。
ごきげんな様子で機械をさわっているミタカを横目に、わたしがなにをしているか、といえば。
座席の下にもぐっていた。懐中電灯を片手に。
ミタカが手からこぼした螺子をさがしている。
いや、機械のことなどちんぷんかんぷんなわたしがミタカの手伝いをすると言ったってなにをすれば、って話だし、この扱いは妥当なのだけれど。それでもごみと埃だらけの床に這いつくばるのは苦行だ。光る螺子は、見あたらない。次の座席の下にかがみこむ。このあたりに落としたと思ったのに、いったいどこまで転げていったのだろう。
ミタカの鼻歌が大きくなる。なにやらぶつぶつとつぶやきが聞こえる。うれしそうな声色だ。機械いじりのどこに、あれだけ目をきらきらさせる魅力があるのか、わたしにはわからない。
次の座席のしたにもぐる。懐中電灯をうごかすと、きらりとひかるものがあった気がした。じっと目をこらす。――あった。奥のほうに落ちている。拾うのは骨だ。
体を低くして手をのばす。触れるのはやわやわしたほこりばかり。もう少し右だったか。手をひいて位置を確認して、また席の下をさぐる。
やっと指先につめたいものがふれた。たぐりよせて、つかむ。その場に座りこんで手をひらくと、目当てのものでまちがいなかった。
螺子ひとつのために、とんだ労力をかたむけてしまった。息をつく。
そして吐きだしたまま、わたしの息は、止まった。
耳を疑った。けれど疑われたわりに、耳は声をささいな調子の浮きしずみまで逃がさずひろった。
ミタカが、口ずさんでいる。歌うでもなく、つぶやくように。
夏に恋したオリオン座
プラネタリュウムに逃げこんだ
突然立ち上がったら、立ちくらみがした。それでもふらつく足に鞭打って、ミタカのもとに駆け寄らずにおれなかった。足音をばたばたとたてて寄ってきて目の前に仁王立ちするわたしを見て、ミタカはのんきにわらった。螺子、みつかった? なんて聞いてきさえする。それから目を見開いた。
「うわ、璃子、あたまほこりだらけじゃないか。女の子なのに」
「だれのせいだ。そんなこと、どうでもいい」
おまえのせいだ。ほこりなんて、そんなの水でもかぶればどうにかなる。そんなことより、問題は、さっきの。
「いまの、なに」
座ったミタカの顔をのぞきこむように身をかがめる。にらみつけるように、青白い虹彩に視線をぶつけた。
わたしは真剣に聞いているのに、なぜだかミタカは感心したような顔をする。
「死んだ魚みたいな目してない」
らちがあかない。
「見たのね」
「なにを?」
この期におよんでとぼけるつもりか。わたしは近くに落ちていたかばんをひろい、なかをさぐる。手帳を取り出して、目の前の男につきつけた。これに見覚え
がないだなんて言わせない。
「わたしの手帳。見たんでしょう」
「見ないよ。言いがかりだな。どうしたの、急に」
「じゃあ、どうしてあの詩を知ってるの」
だって、あの詩は――。
螺子を投げつけると、真っ黒になってしまった手で手帳を繰る。さがしていた頁を見つけて、ミタカに押しつけた。とまどいぎみに受けとった彼は、しばしののち心底おどろいた、という顔をした。めずらしい表情。ずいぶん演技が達者なことだ。
その頁には、深い青のインクでこう記してある。
夏に恋したオリオン座
プラネタリュウムに逃げこんだ
だれにも手帳を、見せたことはない。
それなのにミタカは、この詩を――わたしが、書いた詩を知っていた。それはこの頁を盗み見たからに、ちがいないのだ。
ミタカはまじまじと手帳の詩をながめたあと、閉じてわたしに返す。憮然として受けとったとき、ふいに目があった。
ミタカは噴きだした。
「顔が、赤い。あたまほこりだらけだし……」
だから、だれのせいだ。おまえのせいだ。
「言うにこと欠いてそれ」
もっとほかに、言うことがあるだろうに。こぶしをかたくするわたしを尻目に、ミタカは片手をふってみせる。あっけらかんと言った。
「いや、ね、璃子。ちかって、ぼくはきみの手帳、見ていないよ」
「じゃあどうして。ちゃんと説明しないとわたしは納得しない」
ミタカは目をほそめ、口もとをゆるめてわたしを見ていた。なんだか、いやみったらしい笑みだった。彼はひとしきりわたしの顔をながめまわして、それからうなずいた。
「わかった。ちゃんと話そう。まあとりあえず落ちついて、座りな」
あちこち黒くよごれた手が、わたしの腕をひっぱった。されるがまま、真正面に座りこむ。するとひとみが、よくのぞけた。
「ぼくはきみに出会うずっとまえから、この詩を知っていたんだよ」
まなこの色が、ゆっくりと変わる。ひとみのまわりの虹彩で、金の閃光が散った。青白い色を背景にしたそれは、さながら真昼の空に打ちあげた花火のよう。それをきっかけに、目が、しだいにひかりを帯びる。
まただ。出会ったときを思いだした。燃えている。光はいつしか炎に変じる。眼窩で火の粉をつぎつぎこぼす、あおじろい炎に。
熱すら感じられそうな近さにそれがある。いまなら見まごうことはない。三度目の正直だ。これを錯覚とは、もう呼べまい。
黒くながいまつげが、二、三度またたく。火の粉が散った。
「かんたんに言おう。ぼくは、――ぼくも、ゆうれいなんだ。犬じゃないよ、星のだ」




