三人で……。
「大丈夫だよ。絶対お母さん見つかるから。」
「お母さん………。」
もう少女の耳には僕の声が聞こえていないのを感じた。
泣き疲れてしまったのか、少女はぐったりと座り込んでしまった。
この時まではただの迷子だと思っていた。
ただはぐれてしまっただけだと。
そう思っていた。
「お母さんも必死で探しているよ。」
励ますつもりで投げ掛けたこの言葉は、今の少女にとってあまりにも残酷すぎた。
「お母さんは………。私を捨てたんだ!」
そう叫んだ後、また泣きだしてしまった。
ふと少女の手を見ると、白い封筒を持っていた。
「これ……なに?手紙?」
少女はすこし戸惑いながら、その封筒を僕に渡した。
封筒には大人っぽい細い字で『美希へ』と書かれていた。
この少女の名前だろう。
「読んでみていいかな?」
美希は真っ赤に腫らした目を小さな手で擦りながら小さく頷いた。
『 美希へ。
お母さんを許してください。
今から2年前。
まだ四歳だった美希を残してお父さんは家を出ていっちゃったよね?お父さんには他に好きな女の人がいたの。
だからお母さんとお父さんは離婚したの。美希にはまだ難しいことだけど……
お父さんがいなくなって落ち込んでるお母さんを励ましてくれたのは美希の明るい笑顔だったよ。
ありがとう。
あれから二年。
お母さんは好きな男の人ができたの。
私はこの人と生きていきたい。
でもお母さんの好きな人はね。
美希のことが嫌いなんだ………。
この人と一緒になるためには美希を捨てるしかない。そう思ったの。
美希ごめんなさい。
自分勝手なお母さんを許して。
これからも明るい笑顔を忘れずに生きていってください。
さようなら。』
僕は体の奥から震えてるいるのに気付いた。
実の母親がこんなことするなんて………。
会ったこともない人だけど怒りを覚えた。
美希はまだ六歳。
六歳の少女をこんな町中に置き去りにするなんて………。
「お兄ちゃん……。」
美希は僕の手を握りながら泣いている……。
「美希ちゃん………。お母さん……探そっか。」
「うん!」
くりくりした大きな目を輝かせながら美希は大げさに頷いた。
「じゃ………え〜〜と……。お母さんいなくなったのいつ??」
探すと言っても今はなんの情報もない。
だからそんな質問しか思い浮かばなかった。
「う〜〜ん。二時間前くらい……。」
「二時間前………。どっちに言った?」
「あっち!」
美希は駅の方角を指差しながら答えた。
二時間前……。
電車に乗ってしまっていたら追い付けない。
でも今は手がかりがない。僕はこの情報に頼るしかなかった。
「追い掛けよう。」
「うん。」
美希は僕の手を強く握り、涙に濡れた笑顔で答えた。二人で駅の方向に歩きだした。
僕は体が熱くなるのを感じた。
美希のお母さん。
どんな事情があっても自分の子供を捨てた事実。
許せない。父親も美希を捨てた。この夫婦は二人とも自分勝手すぎる。
まだ会ったこともない人だけど、同じ人間としてむかついた。
歩くこと10分……。
僕達は駅についた。
「お母さん………いないなぁ…。」
美希は周りをキョロキョロしながらつぶやいた。
「やっぱり電車に乗っちゃったのかなぁ……。」
僕はどうしたらいいかわからなかった。
電車に乗ってしまったらこれ以上は探せない。
どうする……?
「美希ちゃん。お母さん行きそうな場所分からない?」
もう美希の記憶に頼るしかなかった。
やはり僕だけの力じゃどうしようもないのか……?
しかし美希の回答は予想もしない答えだった。
「え〜〜っと……。」
周りを一周見渡しながら美希は答えた。
「あっち。」
駅の反対口を指差しながら答えた。
僕は驚いた。
なぜそんなにはっきり言える?前にお母さんに聞いていたのだろうか?お母さんとよくきていた場所があるのか……?
「あっち?あっちに何があるの?」
「お母さん。」
「えっ?」
「あっちにお母さんがいるの!ねぇ!早くいこ!」
美希は僕の手をとり、歩きだした。
向うにお母さんがいる?
なぜ分かる?
適当だろうか?
僕は美希の顔を見た。
これから起こることにワクワクしているようなドキドキような笑顔を浮かべながら歩いてる。
適当に言ってこの笑顔はつくれない。
僕は美希を信じてみることにした。
歩くこと20分……。
「まだつかない?」
ずいぶん長いこと歩いて疲れもあって、思わず聞いてみた。
「もうちょっと!」
「こっちに何があるの?」
「………あの角をまがったとこ!」
あの角……。
見覚えがある……。
偶然か…?
二人は足早に丁字路を左に曲がった。
「ここのおうちにいるよ。」
この家は……。
美雪の家だ。
美雪は僕の中学時代の同級生。
一年から三年まで同じクラスでとても仲がよかった。
卒業する一ヵ月くらい前に二人で映画に行った帰りに家まで送っていった。
僕の記憶の奥底に眠っていた物語が蘇ってきた。
その美雪の家になぜ美希のお母さんが……??
ピンポーン
「お母さん!お母さん!」
インターホンを押しながらお母さんを呼び続ける。
僕は頭の中が複雑にこんがらがって何もすることができなかった。
ガチャ
「はい!どちら?」
美雪が出てきた。
「お母さん!」
えっ?美雪が美希のお母さん?
そんなことが……。
美雪は自分の子供を捨てるような人じゃない。
目の前で起きている状況が飲み込めなかった。
美希は美雪に抱きついていた。
「えっ?」
「お母さん!私のお母さん!」
「君……。誰?どうしたの?私は君のお母さんじゃないよ。」
美雪は優しい口調で戸惑いながら答えた。
「お母さんなの!私のお母さんなの!」
美雪は困った顔をしている。
「違うよ!私子供なんていないから!あっ健ちゃん!」
健ちゃんは僕のあだ名だ。
小学校の時からこのあだ名で中学校で知り合った美雪までも周りの友達につられて、このあだ名になった。ガキっぽくて好きじゃなかった。
「美雪。久しぶりだな。」
「健ちゃん……。これどうゆうこと?この子どうしたの?」
「いや………その……。」
これまでのことを美雪にすべて話した。
美希に出会ったこと。お母さんに捨てられたこと。今まで探していたこと。
事細かに話した。
「そうだったんだ……。それで何で私がお母さんなの?」
「それは………。」
「お母さん!」
美希は美雪の手を握り目を輝かせている。
そして美希は話だした。
今まで黙っていたすべてを……。
「お母さん。探したんだよ!家にいたんだね!もう探し疲れたよ。
信じてもらえないだろうけど……。
私死んでるの。
お母さんに捨てられて死んじゃった。
ずっと捜し回って、お腹すいて、もう……歩けなくなって……。
気がついたら地面に俯せに倒れている私が見えた。
その後空を飛んでいろんなところにいけることに気付いたの。
幽霊になっちゃったから飛べるの。」
幽霊になったから飛べる……?そんなことがありえるのか……?
「それでね、私いろんなところに行ったんだよ。お母さんも見つけたし、お父さんも見つけた。
二人とも離れ離れだけど幸せそうで悔しかった。
だからね。過去に行ってお父さんとお母さんにお願いしにきたの。」
そんな話……僕には信じられなかった。
しかし死んでしまった人間のその後は生きている人間にはわからない。
僕の想像を越える事実があってもおかしくない。
でもとても信じられなかった。
「それでお母さんが私なんだ……。お父さんは?まだ見つからない?」
美雪は信じているのだろうか?それとも小さい子だから意見をあわせているだけなんだろうか……?
「お父さんはもう見つかったよ!」
「えっ?そうなの?」
僕は思わず反応してしまった。見つかっているわけがないそう思っていたからだ。
「美希ちゃん?お父さんの名前は?」
なぜ美雪はそんなことを聞いているかがよく分からなかった。
「健二!」
「えっ!?」
その名前は間違いなく僕の名前だった。
それを聞いた瞬間。
今まで怒っていた美希のお父さんが未来の僕だったことに気付いた。
「本当なの?」
「本当だよ!」
可愛い笑顔だった。
目の前にいる少女が未来の子供だと思うと、その笑顔はまるで天使の笑顔に見えた。
「それでね。お父さんとお母さんにお願いがあるの。」
今までの笑顔が消えて、真剣な目になった。
「お父さん。お母さん。」
美希は僕と美雪の目と目を順番あわせた。
「お願い!私を捨てないで!」
美希の目から涙がこぼれた。
「私死にたくないよ!だから私を捨てないで!」
その時。美希の体を青白い光が包んだ。
その光は綺麗で眩しくて………言葉が出なかった。
その光の中には泣いている美希がいた。
悔しかった。
未来の僕は子供を捨て、妻を捨てて、裏切ってしまう。今ここで未来を変えてやる。
「絶対に捨てないよ!!三人で幸せになろう!約束する!」
美希を取り巻く光がまた強く輝きだし、美希は足元から少しづつ消えていく。
気付いたら僕も美雪も泣きだしていた。
美希の下半身はもう消えてしまっていた……。
その時美希は大きな声で僕達を呼んだ。
「お父さん!お母さん!」
その声で二人は涙をふき、美希を見つめた。
「約束だよ!」
目から涙を流しながら笑顔で言った。
僕はこの笑顔を一生見ていたい。そう思った。
そして美希は消えてしまった。
美希が消えてからも僕達はしばらく美希がいた場所を眺めて黙っていた。
やがて夕日が照らし僕達を赤く染めた。
「未来……。変わるかもね。」
美雪がそっと呟いた。
「変えるんだ。二人で。」
美雪が僕の手を握った。
美雪が僕の顔を見つめて、
「幸せになろうね。」
「三人でな。」
「うん!三人で!」
これからの未来を今この瞬間から変えよう。
三人で……。