表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/117

休息

2月13日

 

 都内の復旧・復興作業の為、大淵小隊はボランティアとして活動していた。

 …とはいえ、ヒーリングが出来る香山を除けば、あとは特段の専門職を持つ訳でもなく、電気工学に造詣が深いとはいえ未成年の星村を単独で現場に派遣するのも憚られ、炊き出しと瓦礫の撤去作業が主な仕事だった。

 民間のボランティアに混ざり、絶世の美女揃いと言っても過言では無い斎城はじめ女性達の炊き出し班や、モンスター紛いの巨躯と厳めしさを持つ藤崎や尾倉が重機顔負けの瓦礫を運んでいく。


 大淵も黒島と共に、寒空の下で汗を拭った。 振り返ると斎城と彩音から指導され、後方からマオに囃されながら豚汁作りに悪戦苦闘するリザベルを見守った。


 テントの脇にはデカデカと「大淵小隊炊き出し 豚汁とおむすび 全ボランティア・警察・消防・自衛隊復旧チーム歓迎」…と、のぼり旗がはためいている。


 …理屈っぽく言えば、今回の騒動で圧倒的なヒーローとして名を馳せてしまった憂国烈士団に対抗するアピールだった。 憂国烈士団による東京動乱の後、それまで堅調だった内閣支持率に陰りが見え始めていた。


 …代わって微かながら支持率を集め始めたのは、それまで極端な物言いにより誰からも敬遠されていた日本党…あらため、憂国党であった。 …安直にも憂国烈士団の人気に便乗しようという魂胆が丸見えだったが、一笑に付すには危険な台頭を始めつつあった。

 やはりその政治公約は「和平条約の見直し」「米国の干渉を拒否する」…などと言った、憂国烈士団の目的をややマイルドかつ現実的にした、比較的受け入れやすい内容となっていた。

 …それを実現できる実力や策が無い事は、まともな常識と知能がある者なら一目瞭然なのだが。



 だが、憂国烈士団以上に若者達を中心として人気を集めたのは、大淵小隊だった。…斎城が多数の烈士団員に囲まれながらも、峰打ちで烈士団員を返り討ちにするシーンや、大淵が「ブロワー」で車両や憂国烈士団幹部を豪快に吹き飛ばす映像、そして騒動後、香山が病院でスキピオの凶行に巻き込まれて負傷した老人をヒールで治療する姿が大々的に報じられていた。

 …自分達はピンチにある岩田内閣への援護射撃…テコ入れとしての意味合いもある。

 この炊き出しもその一環という訳だ。


 だが、そんな政治的な理屈抜きにして、あの惨劇を目の当たりにした当事者としては何か復旧の為の手伝いをしたい、というのが全員の想いだった。 …犠牲者を守れなかった罪滅ぼしとしても。


「こら、アリッサ!つまみ食いしない!…あなたも手伝って!」


 おむすびに添える沢庵をくすねたアリッサを斎城が咎める。


「ン~、ヤミィ~♪ 斎城が漬けたんデスか?美味しいデス。…これは、将来のダンナの胃袋も掴んで離しませんねぇ?」

「そ、それは……そうかな?」

「大淵なんか美味しいもの大好きデスから、イチコロでしょうねぇ~」

「…」

 隣でおむすびまで「味見」しだしたアリッサを止めもせず、ぼんやりと…しかし丁寧に具材を切り分け始めた。


 …いや、そんな簡単に丸め込まれるな、斎城よ。


「…ところで大淵君、我が秘蔵のコレクションは気に入ってもらえたかね?」

「…ッ、やっぱりお前の仕業だったか! マオや斎城たちが見つけて大変だったんだからな!?」

 …マオには無邪気な質問攻めにされ、斎城には冷やかされ、香山はなぜか真剣に雑誌を読み込みはじめ、アリッサは勝手に自分の趣味を決めつけ…と、頭を抱えたものだ。


「何を恥ずかしがることがある? そんなことより今日でボランティア活動も終わりだ。…偶には小隊員全員で遊び歩こうでは無いか。…隊員への労いも込めて、な」

「…そ、そうだな」

 …ちょろいのは自分も同じか、と我ながら呆れつつ、溜息を吐いた。


「おあつらえ向きに明日から三連休だ。列島全体が暖かな天気になるようだし、スノーレジャーなんてどうだ?体を動かして嫌な事は忘れ、温泉で疲れを取る…この時期にしかできない部下への最高のサービスになると思うが?」

「…お前の事だ、どうせもう目星とアクセスの確保はできてるんだろう?」

「分かってるじゃないか。じゃあ、決まりでいいな?…詳細は後で送る」


 大淵の肩を叩き、黒島はメイルアーマーの筋力アシスト機能を起動し、再び作業現場に戻った。…とはいえ自分達素人にできる作業はもう、殆ど終わりつつあった。

 大淵も明日からの行程に思いを馳せつつ、筋力アシスト機能を起動して後に続いた。



2月14日  朝7時、東京を出発した新幹線で新潟方面へと向かう。


「いやー、新潟なんて初めて行くなぁ。米と…豪雪しかイメージ無いが、お二人さん、そこんところ実際どうなんだい?」

 向かい合わせに座った六人掛けの席には、自分を中心として左右に斎城とマオ、向かいにアリッサと香山、リザベルという花に囲まれ、はす向かいの四人掛け向かい合わせには尾倉と藤崎が収まり、隣の四人掛け席に川村と星村、黒島が座っていた。…黒島は私物のボードと装備一式を持参してきていた。

 全員がコンビニで買ってきたサンドイッチやおにぎりなどで簡単な朝食を摂っていた。


「…何故俺に聞く?」

 サンドイッチを頬張りながらも、ポーカーフェイスを保って黒島を冷ややかに見つめ返す。

 …後ろではアリッサがニヤニヤと香山を冷やかすように見つめ、香山が目を逸らしつつ冷や汗を流す。

「あっ、あの、米どころで水も豊富だからお酒も美味しいですよ。地元のブランド肉とか日本海のお魚も多いし、温泉もたくさんありますし、特に冬なんかはこうしてスノーレジャーに向いてると思います」


「桜、スノーレジャーとはなんだ?」

 窓の外を見ていたマオが香山を振り返った。

「雪の斜面を二本の細い板で滑るか、一本の大きい…ほら、黒島くんが持っているような板で滑るんだよ」

「ふむ?人間は雪の上を板で滑って楽しむのか?珍奇な嗜みだな?」

「あはは…マオちゃんならきっと気に入るとおもうけどなぁ」


 わずか一時間半もしない内、小高い山に囲まれた山間に一際目立つゲレンデと施設が見えてきた。黒島が立ち上がった。

「よし、着いたぞ。各自、忘れ物の無いようにな。 …どこかに置き忘れてしまった俺の純粋な心のように、な…」

「…お前が忘れたのは恥だろ」大淵がぼそりと呟く。


 駅に降り立つと、スキー場が隣接していた。これならタクシーもバスもいらない。


「東京駅から板も持たずに直で行けるんだ、スキーブームの頃は相当流行っていただろうな」

 スキー場の方から時代を感じさせるラブソングが聞えてくる。


「おお、これだけの雪か! これだけ本格的な雪は、私も百年前の父上との戦線視察で見たっきりだな!」

「ああ、二日間、思う存分楽しんでいけ。ほら、何も板で滑るだけじゃなく、あんな風に楽しむのも一興だぞ」

 大淵が指さす先には平地でかまくらや雪だるまを作っている子どもたちの姿があった。それを見てマオも疼き出す。

「う、うむ。人間がスノーレジャーを嗜む理由が分かった気がするぞ、ダイスよ」

「そんじゃあスノーウェアや板を借りて来るか」


 予め人数分と各サイズを予約してあったため、各アイテムが用意されていた。


 黒島、尾倉、藤崎、川村、アリッサらがボードで、その他全員は香山と斎城以外初心者という事もあり、スキーで楽しむ事とした。


「リフト券は持ったな?無くすなよ。ほんじゃあ12時にこのレストハウス前で落ち合おうぜ!お互い何かと目立つだろうからすぐわかるだろ」

「そうだな。それぞれ楽しむとしよう」


 そう言うとボードチームは慣れた様子でリフト乗降口へ向けて滑り出して行った。

「おお、速いなぁ…さすがに慣れた連中だ」


「さて…と」

 大淵は香山を振り返った。 何故か香山が顔を赤らめる。

「おねがいします、香山先生」

「お願いします」

「苦しゅうない、良きに計らえ、桜よ」

 思い思いに香山に教授を乞う。

「は、はい。それじゃあまず、基本の動き…カニさん歩きから…」

 30分程初心者講習を受けた後、思い思いに滑り出した。


「わわわっ!大淵さん退いて!」

「え…ぐわぁっ!」

 背後から星村にバックアタックされ、そのままこんもりと積もった深雪の中に二人でダイブした。

「だ、大丈夫ですかっ?」

 香山が雪を飛ばしながら駆けつけた。

「な、何とか…」

 星村が小さな体を自分の上から起こした。

「こちらも…うわ、自分のデスマスクが出来てやがる」


「ど、どうかお待ちを、マオ様…!」

「リザベル、ついて参れ!」


 見るとマオも割とセンス良く滑っているようだ。…リザベルはへっぴり腰のまま、脱走犬の如く離れていくマオを必死に追いかけている。


「どれ、俺の方はどうかな…」

 スキー板やボードは騎兵スキル恩恵の対象外だった。だが、こんな楽しそうな事なら偶には自分の力で習得してみるのも悪くない。

 まずは平地でキックして前進…キックにより速度を出してきた所でプルークターンを試してみた。…なるほど、こんな感じか?

 板の両側面…エッジと呼ばれる金属の縁への体重移動と、両板の角度が肝要らしい。…散々観察・強制体験している内に覚えてきたバイクの重心移動とさして変わらない。


「大淵くん、上手です!」

「桜先生の教え方が上手いからな。…マオの奴め、調子に乗って…ちょっと追いかけて来る」

 大淵は未だマオを捉えられずにいるリザベルの後に続いた。

「…」

「香山さん、これ、外れちゃったんですけどどうしたら…どうかしたんですか?」

「ななな、なんでもないよ!?」

 星村の声に我に返った香山は慌てて取り繕うと、星村のスキーブーツを再接続した。



「…そこのチビ助、止まりなさい、止まりなさい」

「むっ、ダイスか。捕まえられる物なら捕まえて見ろ!」

 すっかりスキーにご満悦のマオは更に姿勢を落とし、ぐんとスピードを上げてなだらかな練習エリアからゲレンデの方へと向かっていく。

「お、おい、そっちは結構急斜面になるぞ!オイ! …まったく…!」


 ゲレンデの滑降ポイントまで猛スピードで向かったマオは、後ろから追いかけて来る大淵にばかり気を取られていた。…前方不注意のまま斜面を越え、絶叫が尾を引いてゲレンデにこだまする。

「ふぎゃあああああっ」


「ほら見ろ…!」 

 他の誰かにぶつかって怪我でもさせたら目も当てられない。…マオ自体は恐らく高いステータスもあり、無事だろうが…


 香山に教わったボーゲンとプルークターンを活用しつつ滑降する。…やがて、直滑降で猛スピードのまま雪壁にぶち当たっているマオを発見した。

「大丈夫か!?」

「だ、ダイス、助けろ~」

 深雪の壁に深々と埋もれているマオを発見し、発掘作業に移った。

「た、助かった」

 全身に雪を被ったマオは、犬のように体を振って雪を払い飛ばした。

「…まったく、危ないからあまりスピードを出し過ぎるなよ?…今はこのくらいで済んで良かったが、お前や他の人が怪我したら大変だ。 折角の休暇もパーになっちまうぜ?」

「むぅ…気を付けよう」


「そんじゃ、リフト乗り場に向かう前にリザベルを待ってやろう」

 やがて、ゲレンデの頂上にリザベルらしき影が見えた。…足が竦んでいるのか、自分と魔王が手を振っても中々来ない。…やがて、意を決したように蟹歩きでこちらに下りて来ようとする。


(あの距離から…時間はかかるが、まぁいいか)

 そう思って見守っていたが…重心の掛け方が後ろ寄り過ぎたのだろう。ゲレンデを横断するように後ろ向きのまま、ずり落ちるように滑っていく

「いやぁあああ~!」


 リザベルの悲鳴が尾を引き…ゲレンデ脇に作られていた3メートルもの巨大雪だるまにぶち当たった。

「うぅむ…」

 相次ぐ惨事に目を塞ぎたくなりながらも蟹歩きでリザベルの元に向かった。

「大丈夫か?」

 頑丈なリザベルの事だ、体の方は全く心配していない。

「だ、ダイス殿~」

「…泣くな、鬼の竜撃隊だろ?」

「うぐ…そ、そうだ…この程度で…」

「うむ、リザベルよ。また一つ、戦士として成長したな」

「は、はっ。恐縮です…」

 雪だるまを余計に損壊させないようにリザベルを引き抜きつつ、周囲の雪を詰めてへこみを修復した。

 雪だるま修復が終わる頃、既に一滑りを終えて合流した斎城と香山、そして見違えるように上達してきた星村がこちらに向けて滑ってきた。 

 

「あら、こんな所で何を?」

「…色々あってな。ちょうどいい、皆で一緒に行こうぜ」

「そうですね!」

 斜面に身を任せて滑り出す。背後のマオとリザベルに注意しながら滑る程度の余裕はあった。

「斎城さんも大淵くんもすごいです!皆さんも飲み込みが早いですね!」

「桜のおかげだって。しかし、スキー場ってのは2月でもこんなに雪があるんだなぁ…」

「最低でも3月一杯までは開いてますよ。 …ただ、小雪の時は早く営業終了したり、営業できない時もありますけど」

 香山と並走しつつ、またコース外に突っ込んだリザベルを見てターンした。


「先に行っていてくれ、マオと星村を頼むー」

 そう言い置き、コース脇で足だけ出して深雪に埋まっているリザベルの腰を掴み、引っ張り出した。

「どうした?ボーゲンしようとしてスキー板をクロスさせちまったか?」

 自分も練習時にやったから分かる。ボーゲンをしようとして勢い余り、片方の板の上に板が乗ってしまうと、コントロール不能になる。


「す、すまぬ…」

「なんの。…楽しんでくれているか?」

「ん? ああ、魔界では武芸以外嗜む事は無かったからな…だが、ようやく滑れるようになってきた。…これが楽しい、というものなのだろうか」

「嫌だと思ってなければそれで間違いないさ。…良かった。俺と黒島の思いつき見たいなもんだしな、今回のスキー旅行は…黒島の奴は明らかに自分の趣味もあるが」


 限りなく平地に近い、なだらかなゲレンデだった。まだキックが上手くできないリザベルの背を押し、自分もキックで再スタートした。


「…何より、魔王様がああも喜んでくださっているのが私には心から嬉しいのだ」

「…だな。他の奴らも皆楽しんでくれていて良かった」


 リフトで自分達の頭上を手を振りながら通り過ぎていく香山達やマオ達の姿があった。ストックを振り返しながら自分達もリフト乗降口へと向かった。

 腕に巻き付けるタイプのクリアカードケースに入っており、係員に見せるために一々取り出す必要はない。

「お、おい、これはどうやるんだ…」

 ゆっくりとだが、次々と回っていくリフトを見て、リザベルは狼狽えた。

「タイミングを見計らって、あの線の上で待つ。…で、膝カックンされながら座るんだ」

「ヒザカックン…?」

「ちょうど、前の人らを参考にすると良い」

 自分達の二組前のボーダーが滑り出し、スムーズに着席した。

「あんな風にな。…先に行こうか?」

「ば、馬鹿にするな。あのくらいどうということはない。行くぞ」


 リザベルの背を押してやり、自分もその隣で滑った。…やや遅れ気味なリザベルの手を引いてやり、乗り込み線へと辿り着いた。「膝カックン」をされながらリザベルと共に無事、リフトに座った。


「な、簡単だろ?…危なくなった時は係員が止めてくれるはずだから」

「う、うむ」


 ゆっくりと流れていく雪景色を眺め、リザベルはその光景に見入っていた。

「…そういや、お前と会ったのは最悪な状況だったけな」

 魔王救出後、一騎討を申し込まれた。…なんとか勝ったが、決闘のしきたりによってリザベルを殺せと、本人からも周りからも促された。

「む……あの時、ダイス殿には散々に諫められたな」

「そ、そうだったな……でも、生きていて良かったと、今なら思えるだろ?…あと、殿もいい。呼びやすく呼べ」

「…そうだな。ありがとう、ダイス。 …あの時死んでいれば、魔王様の笑顔を見る事も無かった」

「…聞いたぜ。相手を殺さずに拠点を守ってくれてたんだってな。こっちこそありがとうな、リザベル」

「…お互い様だ」


 リフトを降りて滑っていくと、香山達と黒島達も合流していた。

「どうした?昼飯にはまだ早すぎるが」

「そっちも大分慣れてきたみたいだから、中級コースにお誘いしようと思ってな」

「どうする、リザベル、マオ?」 この中で支援が必要なのは今のところこの二人だ

「私は行くぞ!」

「わ、私もお供致します!」

「決まりだな、行こうぜ。今度は森林地帯コースもあって、そっちはスリリングになるんだ」

「わはは、天気にも恵まれて最高の日和だ!」

 藤崎が満足げに笑った。…しかしスキー場も、よくこの男のサイズのウェアや道具を揃えた物だ。

「大淵~、一緒に滑りマセンか~♪」

「ああ、リザベルの卒業試験が無事に終わったらな。桜はマオを頼む」

「わ、わかりました」


 リフト乗り場へと向かった。


 

 やや傾斜もキツくなった中級コースを走る。 前を走るリザベルも大分上達していた。

「良い感じじゃないか、リザベル。後は一人でも大丈夫そうだな?」

 …そう声を掛けた途端、コースアウトしていった。

「わあぁああ!」

「どこ行くんだお前!?」


 べキン、という音がした直後、メキメキという音が響き渡り、勢いよく突進された杉の木が倒木した。

 …当然の如く、リザベルは無傷だった。

「す、すまんダイス。まだ私にはお前が必要なようだ」

「うーむ…良い感じだと思ったんだがなぁ…」


 

 12時になり、レストハウスで食事休憩にした。


「…誰か教えてくれ…晴天のスキー場で食うカレーとビールは何故こんなにも美味いのか」

 ゲレンデを物憂げに眺める黒島の隣で藤崎が豪快に笑いながらビールを置いた。

「俺はどこで飲み食いしても美味いと思うがな!」

「右に同じ」

「…」 尾倉も黙ってビールを呷っている。

「ったく、ロマンの無ぇ奴らだ!」

「どんなロマンだよ」

 黒島を横目に大淵はジョッキを傾けた。

 マオが物欲しげに見ながら炭酸ジュースで我慢する。…赦せマオ、夜の宴会まで我慢してくれ。

 そう念を送ると、コクリと頷いた。


「…宿泊場所までは徒歩で行けるのか?」

「いざとなりゃ徒歩でも20分程で行けるが、宿泊客がいる時に限り、特定の時間に送迎バスを出してくれている旅館だ。心配はいらない。五時半にここへ来てくれるから、五時頃になったら道具を一旦返却して旅館へチェックインだな」


 午後一杯もゲレンデを駆け回るうち、問題児だったリザベルもすっかり上達し、全員が中級者以上にまで上達した。


(次に来る時はボードにも挑戦してみたいな…)

 日が暮れ、暖かな夕日を名残惜しみつつ、大淵は待ち合わせ場所の広場に全員が集合するのを待っていた。 やがて藤崎、マオ、リザベルに続いてアリッサが道具や装備を返却して戻り、全員が集合した。


「時間も丁度いいな。まだまだ楽しみたいって奴は、夜から二時までナイターもやってるぜ。また雰囲気が違って乙なもんさ」 

「ナイターか…」

「大輔君、行くの?そしたら私も行こうかな」

「…いや、俺は酔いつぶれてるだろうな」


 旅館の送迎バスが到着し、全員が乗り込んだ。


 温泉で汗を流して温まり、貸切タイプの宴会場で浴衣に着替えたメンバー全員と共にコース料理と地酒を楽しんだ。

「けどマオ、それ大人用の浴衣だからダブダブだな。私服に着替えた方が良かったんじゃないか?」

 …端から見ればとんでもない事だが、マオに酒を注いでやった。…未成年どころか、中身は200歳超えなので、第三者に見られさえしなければ問題ない。…万一見られたとて、魔王の魅了で記憶も操作できるのだが。

「可愛いですけどね」

 香山が微笑ましげに笑った

「…ふふん、問題ない。どれ、魔力の蓄えも元に戻った事だし、見せてやるか」


 魔力? …そう言えばあのゼルネスとかいうのに魔力を奪われて以降、徐々に魔力が元に戻ってきたんだったな。

 一時は底を尽きかけた魔王の魔力…MPだが、今はなんと5000を数えているという。

 …勿論、人間の姿に化けている間は一切のステータスが隠されるため、今は見えないが。


「見せるって、何を?」

 大淵が首を傾げた。

「おっ、マオが隠し芸か?瓦なら無いぞ?」

 酔った黒島が囃す。


「どれ…」

 バチンッ、と部屋中が短いスパーク音と眩い光で支配された。

 閃光手榴弾でもこんな眩さにはならないだろう…そう思いながら隣の魔王を見ると、ダブついた浴衣姿が無かった。

 …代わりに、浴衣がはち切れんばかりに成長した姿があった。…赤銅色の豊かな髪に両脇からはリザベルのそれより遥かに立派で禍々しい茶褐色の角が、鋭い牙のように天を狙い…黒い眼の中で赤銅色の瞳が嗤っていた。


「お、おま…マ、マオ…なのか?」

 酒を取りこぼし掛け、思わず噛みながら訊ねた。他のメンバーも呆気にとられているのか、誰一人声を発さない。

 天真爛漫としたチビ助の面影は…いや、よく見れば、悪戯好きそうな顔や覇気に満ちた御転婆な雰囲気は、マオのそれだった。

「ふはは、どうだ、驚いたか!?見惚れたか!?これが成熟した我が姿だ!」

 MPは4000…HPに至っては驚異の500000になっていた。


「まぁ、この姿が持つのは半日だがな。 どうだどうだ、大いに惚れ直しただろう? 何なら褥に…」

「い、行かね…」

 …途端、俄かに強い感情が芽生えた。 …性欲では無い。 …殺意。

(…勇者が反応しているのか…?)

 

 魔王が一時的とはいえ、本来の成熟した姿になった事で殺戮本能が目覚めたとでもいうのか…

 斬らせろ、と久方ぶりに聞く勇者の怖気を催すような歓喜の声が聞こえた。

(…勿論そうはさせんがな。 大人しく眠ってろ)

 勇者の強烈な欲求を腹の奥へと押し込めた。


「…まったく驚いたぜ。…おい、それで人間には化けられるんだろうな?宿の人に見られたら大騒ぎになるぞ」

 黒島が驚愕半分呆れ半分といった顔で声を上げた。

「無論」

 得意げに笑うと、黒髪に人間の目、異様に青白かった肌は色白めな肌へと変化した。

「すげー、マオ、お前そんな発育良いのか!?」

 小柄な川村が無邪気に羨んだ。

 背は…165くらいか。

「うむ、あと千年すればな。案ずるな彩音よ、お前もあと1000年したら私のようになれるだろう」

「いや、死んでるっての!」

 

 賑やかな宴会を終え、自室へと戻る。全員にそれぞれ個室が宛がわれていた。

 

 黒島と川村はそれほど飲まず、星村も連れてナイターに出ると言っていた。部屋に向かう途中の廊下で旅館が出してくれる送迎車のテールランプが見えた。

「元気な奴らだ…フワッ!?」

 欠伸交じりに感嘆していると背後からつつかれ、奇声を上げながら慌てて振り向いた。


「飲み直さない?」

 斎城が一階の売店で買ってきた酒類の入った袋を掲げて見せた。

「斎城か…驚かすなよ…けど、良いね」

 斎城はジト目で頬を微かに膨らませた。

「…私は名前で呼んでくれないんだ?」

「ん…?」

 

 急に何のことかと思い、心当たりを探った。

「…香山さんのことは名前で呼んでたくせに」

「あ…あぁ!そう言えば……そうだな……日菜子」

「ヒナでもいいよ?」

「あ、ああ。それじゃ、飲むか」

「うん!行こ」

「あっ、アリッサも飲みたいデス!」

 いつの間にか背後に立っていたアリッサが酒類と乾き物の入った袋を掲げた。

「むっ…」

 斎城がアリッサを睨むが、アリッサは意に介さず斎城と大淵の背を押した。

「さぁ、三人で朝まで飲み明かしマショー!」 

「さすがに旅行先で二日酔いにはなりたくねーよ…」


 斎城の部屋に招かれ、遅くまで飲み明かした。




「ダイス、昨夜はどこへ行っておった?」

 朝食の席で隣のマオが不機嫌顔でつついてきた。さすがに人の子の姿に戻っている。

「…部屋で寝ていたかな」

「私と桜で何度も呼んだが応じなかったな?」

「…すまん、酔って泥酔していたんだろう」


 香山が遠慮がちに斎城に疑いの眼差しを向けるが、斎城は全く動じずに朝食を口に運んでいる。…アリッサはニヤニヤと訳知り顔で自分達を見ている。


 …黒島はというと、この手の話題にすぐに飛びついてきそうなものを、手元のタブレット端末を眺めて苦々しい顔をしている。

「…どうした、そんな顔して。持ち株が暴落したか?」

「至って堅調だよ。…いや、熱心な御仁がね…」

 タブレット端末を渡されると、幾つかのメールの題名が見えた。

「銃士・砲兵募集の件」が不特定多数から何件も。

「銃士・砲兵の募集は良いんだが…そら、変なのが紛れてるだろ?」

 確かにそれらのメールに埋もれながら気になる見出しがあった。「ギルドメンバートレードの件について」だった。送り主は…高田なる人物。


「要するに斎城と香山、それから星村を、トレードしてくれって交渉なんだが、こっちは傍から交渉する気も無いってのに執拗でな。本人達も移籍する意思は無いって伝えてあるのに…終いには弁護士立てて乗り込むぞコノヤローと来たもんだ」


 斎城、香山、星村は揃って溜息を吐いた。



「…その高田ってのはどんな奴なんだ?」

「ゲート防衛部隊と現地調査部隊にかなりの割合の人間を送っている、やり手のギルド経営者ってところだな。…まぁ、黒い噂を幾つもお持ちの、俺は苦手なタイプだが。 余談だが、東京動乱の折にはゲート守備隊を視察…ストイックに叱りつけているところをドキュメンタリーのカメラに見せつけている最中に為す術なく烈士団に拘束されていた。TV局に乗り込んで自分が暴れて拘束される部分をカットさせたらしいがな」


 黒島独自の情報網によれば、まず女性ギルドスタッフへの暴行疑惑が三件。…戦闘クランメンバーへのモラハラパワハラはオンパレード、その他贈収賄、いかがわしい噂と疑いあり。

 ただ、確たる証拠を残さない嫌らしさもあり、いずれの疑惑も弁護士と金に物を言わせ、全て有耶無耶にして揉み消している。

 

「休み明けに会わなきゃならん。はー…メンド…」

「…行間からお前への敵意がひしひしと伝わって来るぞ、何かしたのか?」

「冗談じゃない、こっちは顔すら会わせたことも無いんだぜ?ま、俺の卓越したクラン運営センスに嫉妬してるんだろうな」

 黒島は冗談めかして言ったが、的を射ていた。


「まぁ、そんなのはどうでもいいさ、夕方まで目いっぱい遊んでから東京に戻ろうぜ」

「だな」


 午前中はスキーやスノーボードで思う存分滑り込み、午後からは全員で雪合戦やかまくらづくりを満喫した


「いやぁ… 今シーズン分、しっかり楽しんだぜ」

 既に時刻は17時を過ぎ、黒島はかまくらの奥にもたれ掛かりながら夕日を眺めていた。

「ああ。楽しませてもらった」

 大淵は尾倉と藤崎に橇を引かれてはしゃぐマオと星村を見送った。

 遊び疲れたか、香山も斎城も川村も、かまくらの壁や大淵の肩を枕にして眠っている。


「アリッサ、今度はプライベートでも来マス。目指すはバックカントリーデスね」

 アリッサはどこからか手に入れてきたみかんを剥いて食べていた。

「遭難するなよ?」

「イエス。日本の山、アウェイデス。欧米やヨーロッパの山岳をイメージしてると、余裕で遭難しマスね」


「…よし。帰るか」


 両隣の香山と斎城を起こし、かまくらを出た。



 

 …こうして、大淵小隊のささやかなスノーレジャーは終わった。








2月17日。


 浮田柊真(しゅうま)は項垂れながら一階談話室脇にある臨時の待合所で自分の番を待っていた。 顔を上げ、自販機と丸椅子の立ち並ぶ休憩スペース…臨時待合所には、大淵小隊の募集に応募した銃士と砲兵が十人ほどひしめき合っていた。


 銃士・砲兵ほど極端な扱いを受ける職種も少ないだろう。


 大抵のギルドにおいて、両者は冷遇されがちだ。…性格上、狭いダンジョンでのモンスターとの白兵戦が多い中、術士のように大量の敵を攻撃できる訳でも無い、射撃武器専門の両者は、敵に押し込まれた時ほどお荷物になる。

 また、賛否は分かれるが砲弾・銃弾が無ければお話にもならない。異世界には絶対にこれら砲弾薬が存在しない為、自衛隊のベースや他ギルドから融通してもらわなければならなくなる。…だからといって弾薬をケチれば、それだけ存在感は希薄になる。

 よほど特殊なスキルでも持ち合わせていない限り、ギルド内で肩身を狭めて生きて行くしかない。


 逆に、自衛隊では大歓迎される。理由は語るまでもない。


 …だが、自分が入りたいのはギルドだった。ギルドの一員として、非現実的なあの世界を仲間達と共に旅してみたい…


 …ソロの探索者が単独で異世界に入り込むことは、まだ規制が厳しかった。余程政府に認められる程の実績と実力が伴っていれば、代表的な動画配信者である岸川冷のように単独で異世界探検に出られる者もいるが、そんな人間はごく少数だ。 …少なくとも自分には絶望的だ。

 

 隣を見ると、セーラー服にダウンを羽織った少女が、スクールバッグを掛けたまま入念にメイクを直していた。

 …スカートは目のやり場に困るほど短いが、それ以外は飾り気らしい飾り…ピアスや髪染めなどはしていないようだ。…丸椅子の上に膝立てで座っていなければ、大人しそうな美少女に見える。


「…なに見てんの?チー太郎」

 …前言撤回。…チー太郎ってなんだ?

「ご、ごめん」


 …一名の定員に対し、応募したのは十六名。周りの者は全員、少なからず緊張の色を見せているというのに、この少女にはそんな素振りが見当たらない。

 受かるのはこの子だろうな。 ふと、そんな予感がした。


「ほんじゃ、射方いかた怜奈(れな)さん、どぞ~」

 同じく緊張感の無い男の声が響き、隣に座っていた少女が談話室へと向かっていった。


 …一人になり、また物思いに耽っていた。

 …というより、取り返しのつかない後悔の念。


「浮田柊真君、どぞ~」

 慌てて立ち上がり、談話室へと向かった。


「はい、お疲れさん。 大淵小隊の総合担当兼愛されマスコットの黒島勇人くんだ。 リラックスしてどうぞ。 俺、堅苦しいの嫌いだから、面接のお行儀は良くも悪くもポイントにならんからさ。言葉遣いとかも全然素でいいから」

「は、はぁ…」


 なんだか変わった人だな、と思いながらパイプ椅子に座った。…親父だったら、きびきびしてて、礼儀にうるさかったけどな…


「…この拠点も東京動乱の時、憂国烈士団の強襲を受けてな。…ホラ…君の足元にも…」

 ゾッとして足元を見ると、大きな四角い蓋になっていた。

「その下が首相官邸に繋がっていてな。首相が逃げてきて、追手もそこから押し寄せてきて大混戦になったんだ。 どうだ、感慨深いだろう?チミは今、そういう歴史の上に座っているのだよ」


「そ、そうだったんですね…それは大変でしたね…」

「ああ。俺なんて片足を串刺しにされてな。まぁ、仲間がヒールしてくれて、何の跡も残っていないがね。…さて、質問良いかね?」


「は、はい!」

「何かあったのかね?…プライベートで」

「…」

 いきなり心臓を鷲掴みにされたようで、目の前の飄々とした男を凝視した。ふざけた男に見えるが、目は真剣に自分を見つめていた。

「…嫌だったら他の質問に変えるが」


「…あの、本当に下らない事なんですけど」

「どうぞ」


 九日前…東京動乱の最中、父親が死んだ。

 …それも、最悪な別れ方だった。 …あの日、立て続けにギルドへの応募に落選し、むしゃくしゃしていた時だった。テレビで報じていた烈士団の蜂起を見ても、ざまぁ見ろとしか思わなかった。

 …世の中の何もかもが嫌になっていた。

 そんな時、父親が出掛けにいつものように小言…説教じみた注意をしてきた。ギルド応募も良いがちゃんと勉強もしろ、今日は絶対に外に出歩くな、とか。

 普段なら聞き流すのだが…その日は特に虫の居所が悪かった。


「うるせぇ糞親父!とっとと行けよ!」


 …人生でたった一度きりの、父親への暴言になった。


 解放され、組織自体が混乱していた警察から電話が来たのは、翌朝になってからだった。

 火災現場に急行していた父親が武装勢力によって銃撃され、殉職した、と。 


 …なんでよりによってあの日だったのか…

 …こんなことになると分かっていれば…


「…人生って、そんなもんだ。 …不幸はアポなしでやって来るのさ」


 黒島は椅子から立ち上がり、浮田の肩を叩いた。

「…結果は明日にもメールで通知する。帰ってゆっくり休みな」



 翌朝、メールの着信音に気付き、寝ぼけていた目を開け、急いで画面を開いた。

 …どうせダメだろうと思いつつも、一抹の期待を抱かずにはいられなかった。


「浮田柊真様  考査の結果、採用を決定いたしましたので通知致します。 大淵小隊へようこそ」

 

 メッセージの最後には何故か黒猫の絵文字が添えられていた。

 父親の遺影と骨壺の前に行き、泣きながら報告した。


 

 無理もないが、現金なもので、他のギルドに受かった時は不安げな反応しか見せなかった母も親類も、大淵小隊と知った途端に諸手を上げて祝福してくれた。

 それだけ、あの東京動乱で憂国烈士団を食い止めた大淵小隊の名は知れ渡っているのだ。それも、総理大臣直轄の公式な特務部隊であるため、食い扶持に困る事は無い。


 昨日とはまた違った緊張感を抱きながら大淵小隊駐屯所の玄関に向かうと、守衛の警官と共に黒島が待ち受けていた。

「やぁおはようさん。これがお前さんの仮IDだ。行こうぜ」

 共に正面の階段を上った。


「そう広くない施設だから、俺は案内しないぜ。女の子の部屋と風呂・洗濯室にさえ侵入しなければどこに侵入しても結構だ。上記の禁止区域に侵入すると、我らがハーレム王によって斬首刑にされるからそのつもりで。…ここだけの話、奴の女達に手を出した不埒な男が十人以上、ゲート向こうの異世界で土に還ったんだ」


「は、ハーレム王…?」

「見れば分かる。 …向こうの世界に行っちまえば、警察も法律も無い。お前も行方不明になりたくなけりゃ、ここの女には手を出さない事…」

「は、はい!」

 黒島の作話に、浮田は生真面目に頷いた。


 三階北西隅に、全隊員のデスクとオフィスがあった。…歴戦の猛者を思わせる屈強な男達が並び、金髪の美女と、凛々しい顔立ちの美女、そして何故か…十歳前後の幼い少女も退屈そうに座っていた。 端に真新しいデスクが向かい合わせに二つ並び…一つには昨日の少女が着いていた。

「あーっ!? なんでチー介が!?」

 …チー太郎じゃ無かったか…?


「おや、お知合いかな?…まぁ、ぶっちゃけると正規採用は射方ちゃん。で、特別採用は浮田くんだな。あぁ、給与や待遇には一切関係ないから。まぁ、こっちの用事が済むまでちょっと座ってて」


 そう言うと黒島は部屋から出て行った。


「よろしくデース、浮田♪」

 

 いかにもなダイナマイトボディを誇る金髪美女に微笑まれ、浮田は一瞬鼻の下を伸ばしかけ…黒島の警告を思い出した。

「よ、よろしくお願いします!」



 黒島がドアの隙間から談話室内を覗いて見ると、高田が親しげに、しきりに斎城と香山に話しかけていた。星村はこの手の有害な大人に会わせたくもなかったので、学校に行かせていた。

 話しかけられた斎城と香山は中央にぬぼーんと気の抜けた表情で座る大淵に、身を寄せるようにして引きつった愛想笑いを浮かべて応対していた。

(…アレで諦めないガッツを活かしたのが…今の地位なのかねぇ?)

 内心で呆れながらドアを開け、談話室へと踏み込んだ。


「…いやー、お待たせして申し訳ない、高田さん。…わざわざ御足労頂いても、結果は既に申し上げている通りなのですがねぇ…」


 長テーブルの対面には高田裕也と、両隣に弁護士と秘書らしき男が座っていた。高田は…数十万円はしそうなダークグレーのスーツに身を包み、サングラスに金髪…これ見よがしに、下手をすれば億にもなる最高級腕時計を見下ろし、遅刻を非難するように黒島を見て溜息を吐いた。


「…黒島さん。いい年をした大人を捕まえてこんな事は言いたくないのですが…言わざるを得ない。 ビジネスにおいて時間がどれだけ貴重で有限か、分かっておいでですか?…それに、私は良いですが、きちんとした応接室すら無いんですか、ここは? 信じられませんよ」


(だったら来んじゃねーよ、成金野郎、こちとら人生のエンジョイタイムをテメーに割いてやってるんだ)

 …などと子供じみた反論はしない。ここは穏便かつウィットに返すのが大人だ。


「えぇ、勿論。たった今、ウチに応募してくれた未来ある若者たちを迎えてきた所です。…高田さんは私より五歳ほど年上でしたね。であれば、この意味をお分かり頂けるものと思います」


「…良いですよ、些細な事です。 時間が惜しいのはお互い様なので、本題に入りましょう」

(些細な事なら言うなよ、口だけ暴発マシンガン)


 高田の秘書が数枚の冊子やパンフをテーブルの上に滑らせた。


「大淵小隊収支改善案」 「人材コストの最適化と有効活用」 「風の旅団 改善実績とノウハウ 高田裕也」 「竜騎兵・斎城日菜子 神官騎士・香山桜 魔術工芸士・星村あかり   眠れる宝石とギルド運用実績世界トップクラス・高田裕也による化学反応…人材革命」


(…オイオイ冗談だろ、何だこりゃ…売れない啓発本か?ここでプレゼンごっこ…というよりカルト宗教の説法でも始めるつもりか? スキップしても小一時間じゃ終わんねーぞ、絶対。これこそ時間の無駄の最たるものだろ!?)

 

 大淵と香山、斎城も書類のタイトルを見て察したか、全員青ざめ、身を引いた。


「まず黒島さん。不躾で申し訳ないがあなたのギルド運用はどんぶり勘定が過ぎる。 私なら、無駄を排して必要な投資をするだけでこんなにも…」


「あー、遮って申し訳ないが、用件は斎城と香山、星村とそちらの人材のトレード交渉でしたよね?」


「…せっかちですね…もう少し、落ち着きを持って下さいよ」

 どの口が言うんだか…コイツはケツにも口が付いてるのか?


 冊子類が片付けられ、六枚のプロフィール票がテーブルの上に並んだ。

 

「汎用剣士を二名、術士を二名、重歩兵を二名。彼女らの代わりに。…本来は二倍の給与が必要な所ですが、半額はこちらで負担しましょう。つまり、実質そのままの給与で戦力が二倍になります」


 感謝してくれ、と言わんばかりに高田は得々と語った。


(何の冗談だ…? プロフィールステータスを見るだけでも戦力ダウンじゃねーか…最高級車をくれてやって、ジャンクで組み立てたポンコツ車を二台買うようなもんだ…ここまで酷いか…? 大体、魔術工芸士の代わりはどこ行ったんだ、オイ?)


「…いやー、全く素晴らしい条件ですな。 …さて、一番肝心な斎城くん、香山くん、君達の意志はどうかな? 俺としても是非、このお先真っ… 未来輝かしい風の旅団で新たなステージを目指して欲しいと思うのだが?」


「斎城さんと香山さん、それに星村さんの給与と待遇は、今の三倍からをお約束しますよ」

 高田は二人に余裕のあるスマイルで笑いかけた。 …嫌味で言ったつもりだが、高田には伝わらなかったらしい。…もはやビョーキだ。


「…折角ですが、お断り致します」

「…私も、このチームから離れたくないので」


 …当然、二人の返事は変わらなかった。しかし高田はまだ諦めない。…これで諦めてくれる常識人ならここまで来ないか。

「…黒島さん、彼女らに何か強制したり言いつけてありませんか?パワハラ上司によくある手口です。これはギルド職員の不当拘束に抵触する可能性があります」

 高田に促され、弁護士が眼鏡を光らせた。

「…ギルド労使法第3条の…」


「…冗談はよしこちゃん、かよこちゃん。…客観的なショーコちゃんを出してからにして欲しいですね、ベンゴシさん」

 これ以上ない時間の無駄だ、と言わんばかりに黒島はポケットに手を突っ込み、椅子に行儀悪くもたれ掛かって、バランス遊びを始めた。

「ですが、これは…」


「…弁護士さん……第一、ギルド労使法は()()()()()()()()()の保護法でしょう?…ちなみに、星村は非戦闘職ですが、その極めて高い能力を政府に買われた未成年特例措置で、前身の日本ギルド連合東京本部中央クランの時から所属しています。これはそのまま現大淵小隊においても継続しています。 …未成年特例措置のギルド会員は、尚更ギルド間で勝手にトレードなんてできないんですよ。んな事したら、未成年の人身売買と同じです。アンタらは勿論、俺までお縄になっちまうでしょ。カンベンしてくれよ。 星村が行政とマンツーマンで手続きしない限り、どこにも移籍できません。調べて来なかったんですか?」


 更に、戦闘職は文字通り命を賭けて戦わねばならぬ性格上、その意思が何よりも最優先される。プロスポーツ選手のように、一団体がビジネスの対象として契約で拘束する事などできないのだ。


 まぁ、この弁護士も高田に捲られて無理筋から攻めて、あわよくばなし崩し的に斎城と香山の移籍だけでも漕ぎ着ければラッキー、くらいの気持ちだったのだろう。


「…」

「…他に、ご用件はありませんかね? …若き新人たちの歓迎会を開いてやりたいのですが」


「…御宅の隊長は、随分と女性を侍らせているようですね?…せっかく全国的に有名になって来たのに、週刊誌が嗅ぎつけなければいいですがねぇ?…最悪、小隊の解体とか…新人さんが可哀そうだなぁ?」


 大淵がギクリと動揺を露わにし、香山と斎城に見つめられている。


 …結局、下半身から来たか。本性見たり、だな。

 …確かに大淵はこれでもかと女に好かれて、誰かしら連れている。…少なからぬ関係もあるかもしれない。…が、仮にそうだとしても誰かに迷惑を掛けた訳でも、未成年に手を出した訳でも無いし、女達も同意の上だろう。


「そうですねぇ。お互い、痛くもない腹は探られたくないものですねぇ…あっと、手が滑った!」


 テーブルの上に数枚の写真が無造作に散らばった。

 …金に物を言わせた高田の醜態の現場が、あられもなく撮影されていた。…海外か、中には未成年に見える少女も見られる。勿論、センシティブな部分や少女達の顔は全て黒塗がされていた。


「おおぅ…」

「あらあら」

 大淵は別世界の「王様の遊び」に慄き、斎城は冷ややかに笑い、香山は顔を真っ赤にして背けた。


「どこの誰かは存じませんが、せめてウチの隊長くらいの慎みは弁えて欲しいものですなぁ…」


「こっ、こんな貧乏ギルド、潰れちまえ!」

 高田は写真を全て回収し、足音も荒く談話室を出て行った。気まずそうに弁護士と秘書も続いて出て行った。

「ギルドじゃなくて小隊でござい…ってな。 いやぁ~馬鹿を相手にすると疲れるな。行こうぜ。可愛い新入り達を盛大に歓迎してやろう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ