新大陸
1月15日。
雲一つ無い青空を見上げ、大淵は物思いに耽っていた。
極めて…極めて濃密な三週間だった。戦闘こそ無かったが、あれからやっとの思いで運び込んだという小型ヘリで首相が魔王城に降り立ち、各社マスコミがバイクであのトンネルを可能な限りの機材と人員を運び込み、戦没者追悼式典と平和条約締結セレモニーを盛大に執り行った。
…最も、間に合った書類は外務省が作成していた草案に色を付けたもので、無期限の即時停戦というものだった。しかし、国民とマスコミ向けには取り合えずそれで十分だった。
細かい条約はこれから詰めていくのだ。魔王と違い、生理的に文化への興味が希薄なこちらの魔物達が自分達の世界に来ることは殆ど想定されていないが、自分達の世界からこちらへと来たがる者は幾らでもいるのだ。
今まではスタンピードや魔王軍との戦闘により制限されていたが、それも和平によって状況が変わった。
それに、日本政府としては、国としてこの世界の資源を調査・採取するよりも、民間を早い内から投入して産業化したい狙いもあった。…遅かれ早かれ、外圧によって外資系企業も割り込んでくるなら、その前に日本企業の土台を造っておきたい、と。
魔法物質は既にレアメタル他の希少金属と置換…とまではいかずとも、十分それらの代替物質と成り得る存在となっていた。
この世界はかつてどこぞの国で起こったフロンティア開拓…ゴールドラッシュの舞台になるのだ。…勿論、魔王の配下や、存在するか分からないが現地民への狼藉があってはならない。
その為、魔王と取り決めたこの世界における暫定的な法を順守する事を大前提に、異世界への探索志願者の受け入れ準備を開始した。
…当然ながら、これまでゲート防衛に命を賭けてきたギルド加盟者らが最優先となった。
中には激しい戦いを経て身心の傷を患った者も居り、そういった人々はその権利を政府に返還した上で政府から継続的な支援と傷病手当が支給される運びとなった。
なお、自分達は首相直轄の調査チーム…体のいい、直属の特殊部隊として再編された。東京ギルド連合本部も首相府からの強い要望には一切逆らえなかったと見え、名目上とは言え…実質自分達を手放す羽目になった。
ただしこれに当たって黒島と自分がチーム全体の意向を取りまとめ、その裁量権は極めて自分達に有利な物とし、岩田もそれを是とした。
「基本的に命令は聞くが無理はしないし無茶な命令は聞かない。緊急性のある命令で無い限りは野良猫のように自分達の自由に過ごす」
という、特殊部隊と言うには実に気ままなものだった。
だが、そのくらいの要求を聞き入れさせるだけの実力・功績を持つという自負はあり、岩田もそれを見越して自分達を利用できると計算しての同意だった。
一羽のカモメが自分の顔を覗き込みながら遊弋する。
波頭を切り、木造船は穏やかに揺れている。 流石に最新の艦船は持ち込めなかった為、滅んだ港町・エべラで調達した…その港町で最も状態の良い木造船だった。
…甲板で海を眺めている自分は今の所、船酔いを起こす様子は無いが、海上が時化てくればどうなるかは分からない。しかし、仲間達の半数が船酔いへの耐性が低かった。昨日の出航直後から斎城、藤崎、川村、星村がダウンし、現時点でまともに戦えるのは自分と香山、アリッサ、尾倉…そして平気どころか、興味津々で船の縁から身を乗り出してはしゃいでいる魔王と、魔王の護衛としてついてきたリザベルだけだ。 黒島は、魔王代理として東京に駐在武官の体で赴任しているバルべスに実務補佐として付き添っている。
木造船という極めて旧時代的な帆船を運用するにあたって、その運用と非常事態に備え、海自関係からの助っ人達も乗り込んでいた。
香山は医官や看護官を手伝い、酔い止めと微弱なヒールで自分達のメンバー他、分乗している後方支援部隊でダウンした者の面倒も見ていた。
…あの後…盛大なセレモニーが終わった後は、年末年始という事で帰省する斎城、星村、川村、藤崎らメンバーを見送った。魔王と黒島は政府首脳との本格的な詰めの協議の為に官邸に泊まり込みとなった。
魔王は自分と離れたがらず苦労したが、首相から「協議が早く終われば資源調査の旅に同行できる」と、まんまと唆されていた。
アリッサは大使館に用があると言って去り、尾倉は個人的に行きたい場所があると言って去り、拠点には自分と香山だけが残された。
そんな香山から申し訳なさそうに頼まれたのは、自らの故郷である新潟への帰省に付き合って欲しいという事だった。とはいえ家族の住む家ではなく、無人となった祖父母の家の整理を手伝って欲しいという事だったので、快諾した。
不快さではゴブリンといい勝負の…冬眠カメムシなるモンスター群との死闘を繰り広げながら、二人で年末を過ごした。 …不便に目を瞑れば、極めて居心地の良い家だった。その不便さえ風情に思える程に。
(あそこで暮らしたいものだ…引退したら、あの家を借りて…何か仕事を始めるか…)
その話をすると香山も大いに喜び、祖父母とも相談して処分は今しばらく見合わせると言ってくれていた。…そうだ、自分が戦えなくなったらあそこで自給自足しながらの生活に挑戦してみたい。
…香山…か…
…あの小さな古い家屋で過ごした三日間が、無性に恋しくなった。
「敵襲ーッ!」
「大淵、クラーケンデス!」
ロングソードを片手に携えたアリッサに肩を叩かれ、物思いから現実に戻った。
甲板の縁に直径二メートルもの触腕が一本、二本とへばり付いた。
「ダメだな。やはり海の者とはまったく言葉が通じん。荒仕事は頼むぞ、ダイス」
「わかった」
ツヴァイハンダーを抜き、片方の触腕を刎ねた。長さ4メートルもの触手が甲板上でビクビクと跳ねた。 反対側でアリッサも触腕を切り落とし、自身に伸びてきた触腕も切り払った。
「イカ刺しにするか?」
「イチオー食糧庫にイレトキマス?この船で漂流シタラ、食料、悲惨なコトにナリマスカラ」
「…ゾッとしないな」
触腕を斬られ、巨大イカの怪物が本体を現わした。コイツならダイオウイカでも食ってしまうだろうという大きさ。海面から二十メートルを超える三角頭がまるで処刑人のように船を見下ろし、海面にはギョロリと金色の目玉が動き、自分達を捉えた。
船に積まれていた40㎜機関砲が火を噴いた。砲手は勿論砲兵スキル保有者だ。
元は黒色火薬の、海賊が砲戦をしていそうな大砲が六門積んであったが、長年手入れがされておらず、全て放棄した。代わりに前後に二門の40㎜機関砲を、そして船の両舷を守るために二人の砲兵が40㎜てき弾銃を装備している。
40㎜機関砲弾とてき弾がクラーケンの本隊に着弾して炸裂するが、執拗に船に迫って来る。
「船を破壊されたら敵わん…!」
大淵は騎兵銃の代わりに装備した弓…臆病熊の弓を構えた。 …矢は無い。
魔王城の地下宝物殿に封印されていたものを、魔王から与えられた。
矢を番えぬまま弦を引くと、大気中の光が吸い込まれるようにして一条の輝く矢を形作り、それを大淵が番えた事になる。
矢を放った。
大気を捻じ曲げるような耳障りな摩擦音。放たれた光の矢が、やはり大気を強引に押し退けた軌道を残しながらクラーケンに襲い掛かり…海ごと切り裂いた。
クラーケンの触腕の欠片どころか、血の一滴すら残さず、存在が無かったかのように消え失せた。巻き込まれて裂かれた海面はモーゼもこうかと思うように二つに割れていたが、思い出したようにぶつかり合い、再び元の穏やかな海面に戻った。
「す、すげぇ…」40㎜機関砲の砲手とデッキクルーが、呆気にとられて海面を見つめた。
「装備適正50パー・ノーマルでこれかよ…」
恐ろしい弓だ。伝説の英雄はこれを無限に撃ち続けられたというが、自分は今の一射で10のSPを消耗する。今の自分では一度に最大10射までしかできないという訳だ。…本来は勇者一族で無ければ扱えない神造武具であるため、たった10SPで扱えるだけでも破格の恩恵と言えた。自分に勇者が同居しているおかげで、半減化しながらも扱えるのだ。
(…というか、こんなものを100%でバカスカ撃ちまくってたら迷惑にも程がある…)
新手のクラーケンか、二百メートル先の海上に再び触腕が現れた。
「奴らの縄張りだろうか…」
「ソーみたいデスね。…水兵サーン、進路変更はできマスか~?」
「無理だ、例え総動員でオールで漕いでも間に合わん。海流と風にガッチリ捕まってる!」
船内の居住スペースで体を休めていた面々がふらつきながらデッキに上がってきた。
正直、あんなグロッキーな状態でまともに戦えるとは思えないが、船の危機にじっとしている事も出来なかったのだろう。…自分だって海の上で戦闘になれば不安になる。この頼りない木造船の下は底も見えず、あんな巨大な海獣の棲む大海なのだから。
「大丈夫だ、俺がやるから、皆は休んでた方が良い。 …まぁ、落ち着ける状況じゃ無いが…」
本体は水中に隠れたまま、素早く触腕を伸ばして来た。
再び弓を構えて光の矢を番え、クラーケンの本体をおおよその位置で狙いながら放った。
海中から巨大な水柱が吹き上がった。…やったようだ。アレだけ馬鹿みたいな攻撃範囲を持つなら、多少外れてもタダでは済むまい。
と、触腕が左舷方向の海中から天高く振り上げられた。それをハンマーのように船体に向けて叩き下ろしてくる。
咄嗟に構え、一射。光の矢が触腕を消滅させ、更に海中を目算でもう一射。巨大な水柱が今の触腕よりも高々と上がり、デッキ上のクルーを全員濡れネズミにした。
「キャー、水着にしとケバ良かったデス!」
大淵も海水を拭いながら新手に警戒した。
「あっ、皆サン、やっぱり帰らないでプリーズ」
見ると、大型の銛を手にした半魚人のモンスターが手すりを乗り越え、甲板に続々乗り込んできた。魚の身体に無理やり人の手足を描き足したような姿。背はそれぞれ160前後だが、動きが素早そうだ。所々使い込まれて錆びた銛を手に、悪意も善意も無い円らな魚眼で何を見るでもなく迫って来る。
「抜刀!ヤロードモ、海賊みたいにカトラスで戦いマショー!」
アリッサが駆け、一度に三体切り払った。
大淵も味方を斬らぬよう、騎兵刀を抜いてアリッサと並んで競うように半魚人を切り伏せて回った。背後からの一突きを避け、薙ぎ返すと、半魚人の背後で戦っていた味方の騎兵槍まで切り落としてしまった。
「ひぃっ!?」
「す、すまん!」
クソ…強力すぎる武器だらけってのも考え物だ…ナイフでもあればいいのだが、装備ペナルティーは食らいたくないし…
「…これだな」
手足に筋力アシスト…30%。これなら警告すら出ない。
迫る半魚人の横顔に軽いフック。魚顔の頭部が吹き飛んだ。背後に回し蹴り。吹き飛ばされた敵の体が海中に吹き飛んで行った。
突かれた銛を掴み止め、逆に奪って打ち据えた。
しかしすぐさまペナルティ警告が浮かぶ。…全ステータス60%減退。
(…いや、待てよ)
別に殺すことに拘らなければ、これでもいいのだ。自分は勇者ほど異常に高いステータスでは無いので、このままではパワー不足。しかしスキルを使わずとも、スーツのアシスト機能だけで充分補える筈だ。 適当に叩きのめして回ればいいだけだ。…味方にも危なくない。
勇者とは真逆の目的で同じ結果に至り、銛を振るい回した。極端に威力を下げられたため半魚人たちは死にこそしないものの、その分大淵に痛めつけられて戦意喪失したモンスターが次から次へと海中へと逃亡する。味方の大敗走を横目にした他の魔物も連鎖的に逃亡し、甲板上から敵が居なくなった。
「ヤリマスネー、大淵!」
「お前もな。他のモンスター…クラーケンは?」
「付近に新手の魚群は見当たりません!」
ソナー担当の隊員が答えた。
…翌日夕方、大淵達は約三日の航海の末、大陸を発見した。沖合に停泊し、翌日の上陸に備えた。
木造船からゴムボートを下ろし、砂浜へと上陸を果たした。
白い砂浜に降り立ち、内陸へ向かって移動を始めた。
「や、やっと陸地を歩ける…」
斎城は救われたように明るい顔で大地を踏みしめた。
「俺は猛烈に感動しているッ!大地がこんなに素晴らしいとはッ」
藤崎の騒音に耳を塞ぐ。…船に置き去りにすれば良かった。
大淵の後には香山と魔王、リザベルが続いていた。
何が起こるか分からない為、弓は船に残し、騎兵銃に変えてきた。そのままでは威力は圧倒的に劣るが、それ故に威嚇や援護など、あらゆる事態に対応できるのが騎兵銃だ。
「斎城、星村を頼む」
星村はこの中で最も非力だ。一般人よりは魔物に対抗できる程度だが、非戦闘職ゆえにステータスが極めて低く、何より幼すぎる。
「任せて」
それでも星村を連れてきたのは、現地調査に欠かせないからだ。今も星村はガントレットのコンソールに増設した端末を操作しながら周辺を探っている。
「あ、食べられる物ありました。記録・同期しますね」
「こいつは…本当に食えるキノコ…なのか?」
藤崎がドクツルタケによく似たそれを摘まみ上げ、不安げに星村を見た。
「ええ。なんて命名しますかね…」
「普通にアカリダケで良くねーか?」
「それでまた別の茸見つけたら、どーするんですか!?」
「うーん…アカリダケ2とか…」
確かにそうだな…
「ジャア、ダイスキノコとかドーデス?」
アリッサが赤い傘に白斑が幾つも入った、いかにもファンシーなキノコを掲げて見せた。
「うーわ、いかにも毒キノコだ」
大淵がそれを受け取り、あかりに見せた。
「毒だったらアリッサ・マッシュルームにしてやろうぜ。ピッタリだ」
「ヒドイデス~!」
「それも食べられますね。じゃあアリッサ・マッシュルームで」
「いやん、大淵、ワタシを食べナイデクダサイ!」
(馬鹿かコイツ…?)
更に奥地へと進んだ。
「地面を掘れば魔法石らしき反応も多々ありますね…本当に、資源を全部調べて居たらキリがないです」
「大事なのは権利所有者がいるかどうか、だ。先へ進もう。星村、食料や飲用に適す水なんかは引き続き教えてくれ」
「りょーかいです!」
「ダイス殿、あの高台で何か動いたぞ」
リザベルが知らせた。
「モンスターか…?」
「分からん。一瞬だったからな…」
高台から見ていて、リザベルに見つかる前に姿を消したのなら斥候の可能性もある。
「…見に行くか。しかしバイクが無いからなぁ…」
「だったら私が…」
斎城のドラゴンか。しかし…
「斎城ノハ強力ですが、巨大で目立ちマス。私が呼びマス」
ロングソードを無造作に地面に突き刺し、両手を柄頭に置いて目を閉じた。
「カモーン…」
風が吹いたかと思うと、一頭の白い馬がアリッサの前に現れた。その頭部には一角の鋭い角。
「大淵も来マス?」
「ああ、それじゃ…」
アリッサが先に馬に跨り、後部に大淵を手招きした。
ユニコーンの鋭い視線が大淵を捉えた。
「えっ」
嫌な気配を感じた大淵は咄嗟に転がった。すぐ真上…頭部があった場所をユニコーンの後ろ蹴りが炸裂する。…一歩遅れていたらどうなっていた事か…
更にこちらを振り向き、角を突き出そうとしてきた。
「こ、コイツ…!」慌てて避けようと身構える。
「コラ」
アリッサがユニコーンの首を鋭く蹴った。一角獣が嘶く。
「次に大淵を攻撃したら許しマセン。めッ、デスよ?」
一角獣は恨めしげに大淵を睨んだ。
「…まぁ仲良くしようぜ」
アリッサの後席に跨り、片手に騎兵銃を構えた。
「行きマスよー?」
ふわっ、と浮遊感を感じると、一瞬で五十メートル程の高さに飛び上がった。斎城のドラゴンも凄かったが、こちらは機動力重視か。大淵は堪らず、アリッサに抱きついた。
「あっ、ヘンな所触らないでクダサイ、訴えマスよ? それかケダモノって呼びマスよ?」
「す、すまん…。しかし思ったより高くてな…」アリッサの腰にしがみ付く。
「ハハ~ン…?」
良いオモチャを見つけた、と言わんばかりの悪い笑顔でこちらを振り返った。
「サテハ大淵、ジェットコースターとかダメなタイプデスね~…?」
「…」
「そういう事なら、さーびすシマス♪」
「何をするつもりだ……よせ」
ユニコーンの上昇が加速する。
「や、止めろぉ! 捜索が先だ!」
木造船が砂粒に見えるレベルの高さ…雲の水気が顔に感じられる程の高さにまで達し、アリッサのか細い腰を折ってしまうのではないかと思うほどにしがみ付いた。
「イェッサ♪じゃ、急降下しマスね~♪」
「や、やめ……」
「…今、大淵君の声が聞こえたような…」
「うん…」
香山の声に斎城も頷いた。
「うむ、私にも確かに聞こえたぞ。あの女狐に弄ばれて居るな」と魔王。
「お、お前…帰ったら覚えてろ…」
「大淵の命令に従っただけデース♪」
今は針葉樹林帯を跳び、針葉樹の先端に触れられる程度の低空から捜索を続けていた。
「…大淵は、この地の人類が滅んだと思いマスか?」
「…どうだろうな。いや、生き残っていなければおかしいと思う。いくら魔王軍が6億もの大軍勢とはいえ、水平線を埋めて人類を蹂躙した訳じゃ無かろう。あの大陸の人類は抹殺されてしまったのかもしれんが…。 …あの赤い空も、魔王の城から離れたら青空になった。あの空が人間の絶滅を現わすパラメーターってのは、嘘じゃないだろうが100%その通りって訳でもないと思う」
「…トイウト?」
「…例えば人間が持つ魔力…マナってのか。それがあの赤い空や、毎日曇りにしてくれるあの雲を退かしていたとか。 …或いは逆に、魔王軍のマナが空をそうしているのかも知れん。いずれにせよ、こっちで青空が拝めるということは、魔王軍の影響が無いか、少ないって事だ。…人間が居たとしても不思議じゃない」
「ナルホド。 …トコロで話は変わりマスが大淵、大淵はアメリカで働く気アリマセン?」
「アメリカ?そりゃまた何で?」
「大淵の腕を見込んでいる超・大手ギルドがアリマス。…今の給与の四倍から与えると。更なる交渉も歓迎スルそうデス。私よりハカクのタイグー、デスよ?」
「…魅力的だが、旅行ならともかく、アメリカに行く気はないかな…それより、この世界の調査が完全に完了するか、大きな仕事が来なくなったら、ギルド業を引退してもいいかな、って思ってる所だ」
「ホワイ?」
「…待て、あれ、町じゃ無いか…?」
「…ユーライト。適当な樹林で降りマス。リザベルが見た影も、あの町に向かったのかもデスね」
「この大陸の人類に関しても、答え合わせができそうだな…」
「大変だ!変な奴らが船に乗って北の浜からやってきたよ!」
スイングドアを押し開け、少年はバーに駆け込んで叫んだ。
赤ら顔の大人達は一瞬喧騒を止め、少年を見たが、また思い思いの談笑と飲食に戻った。
「またお前かクリフェ。今度は何だ、漂流したゴブリンでも見たか?」
「スプーティアを見て漏らしたのかも知れんぞ?」
他の客も巻き込んで大爆笑だ。
「本当だよ!人間だ!男も女もいた!デカい船から小舟でさ…百人以上いたかもしれない!」
「わかったわかった。後で誰か見に行くよ。…ビスケット食うか?」
「いらないよ!」
「お邪魔シマ~ス」
陽気な声に人々が振り返り、喧騒が止んだ。
「おお、西部劇に出て来るバーみたいだな」
アリッサに続き、大淵もバーに入った。
呆れるほど見事な湾曲ラインを見せつける女騎士と、呆れるほど長大な剣を従わせる騎士。色こそ違うが、どちらも同じ鎧を身に纏い、男の方は物珍しげに、そして感嘆したように店内の人々を眺め回している。
「…やはり、生き残っている人がいるんだな、この大陸は」
「大淵、大正解デスね!早速乾杯しマスか?」
「…生憎と、今は任務中だ」
大淵は改めて店内の客を見回した。全員、酒が入っているが泥酔している者はいない。全員、大なり小なり武器を携帯していた。ナイフからバスタードソード、ハルバード、弓まで。
「すげぇ女…」
男達の中から呟きが漏れた。
「聞き込みカラ始めマスか、大淵?ダッタラ、お酒飲まないと不自然で警戒サレマス」
「…それもそうだな」
空いているテーブルにかけ、騎兵銃だけ隣の椅子に立てかけた。
「エール二つクダサイ!あとおススメの料理一つ!」
長く、形の良い脚を椅子の上で組みながらアリッサは堂々と背もたれに体重を預けた。程なく、並々注がれたエールが運ばれてきた。
「ハイ、カンパーイ!」
「お疲れ」
打ち鳴らし合い、かなり癖と粘りのあるエールを呷った。
「そういえば金は…」
あちらの大陸の貨幣自体は持っている。廃墟となった町を物色して拝借してきた物だ。…ただしこちらで必ず使えるという保証は無かった。
「マ、おカンジョー時のお楽しみってコトで。イザとなったらアリッサが体でハライマス」
「か、体って…」
「お皿洗いトカ。…アれレ? 何を想像したんデスか、ムッシュ・大淵ー?」
「…からかうな」
アリッサから目を逸らし、再びエールを呷った。
…アリッサの肩越しに店内の客たちが横目でこちらを覗っているのが分かる。よそ者だし、悪目立ちし過ぎか…?こんな事で聞き込みなどできるのか…
魚のパイが運ばれてきた。切り分け、一切れ食べてみた。
(白身魚か…? ふむ、なんだか香草で包んである…素朴な味だが美味いな)
「…マ、ぶっちゃけそういうオシゴトもいっぱいしてキマシタカラね。他に方法がナケレバあまり抵抗はアリマセンが…。ソーダ、折角だから、後ろの連中が話しかけてくるまで、ワタシの身の上話でも聞いてクダサイな」
「…」
「初めに言っておくト、大淵。…大淵を初めて見た時、最悪デシタ。ファッキンぶっ殺してやりタイと思いマシタ」
にこやかな顔でとんでもなく汚い言葉を投げかけられ、大淵はエールを噴きかけながら困惑した。
「えぇ…そりゃまた何で…?」
「…ワタシ、15の時に両親が離婚して、父親がおニューになりマシタ。…ファッキン屑親父デシタ。…自業自得もあるケド、母は身を持ち崩し、ニューダディーは機嫌が悪くなると…ワタシを色々な意味でストレスサンドバッグにシマシタ。…それはワタシが入隊するマデ続きマシタ。ワタシが出ていくと知ると、熱湯を浴びせられマシタ。…お陰でソイツは永久に刑務所デスがね。…デモ、今でも時々、夢に出マス」
「…」
…不甲斐ない事に、その壮絶なアリッサの過去に掛ける言葉も思い浮かばず、ただ黙って聞くしかできなかった。自分の人生を見回しても、そこまで壮絶な日常を送る知人は居なかった。
「…俺がソイツに似ているとか?」
「ノー。 糞ダディのオモチャにされてる頃、私に青臭い告白ヲしてきた…身の程知ラズなナードくんがイマシタ。…ソイツが大淵にソックリでした。顔も、性格も。…ホント、大淵と初めて会った時、憎さ半分、任務半分デシタ」
「なんだよ、ソイツが何か悪い事したってのか?」
「ノー。 ドラマで定番な、高校のロッカー前でいつもDQNにいじめられて、時にはパンツ一枚にされて半泣きでヘラヘラしてるダッサい奴デシタ。 …ケド、優しくて良い人でした。…今はちょっとしたシステムエンジニアとして順風満帆な、幸せな生活を送っています」
後半はその男の幸せを妬みつつも、祝福するような面持ちで笑った。
「…大淵を見る度思い出シマス。…あの時…あのナードくんについて行ったら…入隊しない道を選んでイタラ…大勢殺すことは無かったのカナ…って」
「…軍人なら、仕方ないだろ」
「そういうのジャアリマセン。…体を使ってダマして、後ろからグサリ。…中には反米的な思想をしただけの、非戦闘員も居ました。…国益に適わないからって理由ダケでキリング。 …因みにトシノセに、日本人である憂国烈士団のメンバーを何人か家族ごと始末してキマシタ。 …実は同時に大淵を拉致して《《解体》》する指令も出て居マシタが、つよつよなオジサマが邪魔してきたので断念シマシタ」
写真家らしい男の顔が思い浮かんだ。 というか俺、殺される所だったのか…?
…だが、自分がどうされる所だったのかはどうでもいい。 自分は生きていて、こうしてアリッサが打ち明けてくれている。 それで十分だ。
「アリッサはそんな血も涙もない、ベリーセクシーダイナマイツな女エージェントです。 …アイゾー…って言うんデシタっけ?…大淵にはソンナ思いがアリマス。好きだけど、ワタシの、取り返しのツカナイ人生の転換点を見せラレているヨウデ…」
「…」
「きゃっ、恥ずかしいコクハクしちゃった♪」
エールを飲み干し、更に二本分の追加を注文するアリッサ。
「あー、なんというか…俺にはそういう裏の世界は分からんし、お気楽に生きてきた俺には、お前の壮絶な人生は想像もつかん。だから、掛ける言葉も無いってのが正直な所だ。 ……ただ……とりあえず今は俺達の仲間で居てくれるか……アリッサ?」
アリッサの眼を見て言った。青い瞳が静かに見返してきた。 その瞳はかつてのように濁ってはいなかった。 何かのテレビ番組で見た、カリブの青々とした浅い海を思い出す。
「……ええ。大淵が望む限りは、アリッサは大淵達の仲間です」
「んじゃあ改めてよろしくな、アリッサ。ずっと味方でいてくれ。…できれば人殺しは、もう無しで」
グラスを突き出した。アリッサは面食らった顔をしていたが、いつもの、無邪気なにんまり顔で乾杯に応じようとグラスを伸ばした。
「おい、旅のねーちゃん、そろそろ俺達と飲まねーか?」
声がして、荒縄を思わせる大きな手がアリッサの細い二の腕を掴み上げた。油断した隙に、アリッサの背後に三人の屈強な荒くれ男が立っていた。
「あっ、痛ッ…」
背後から、しかも掴まれた場所が悪かったか、アリッサは忌々しそうに苦しんだ。
「商売女みてーな身体しやがって。さぁ、来…」
男の喉仏に、鞘の石突が付きつけられた。
「放せ、今すぐ」
「…何なんだ、テメェは!?」
男達が色めき立ち、こちらに近づく気配。他の席からも男達の仲間が加勢しようと立ち上がる。
「何なんだじゃねぇよ…俺は今、人生で一番イラっとしたぞ…」
(…だが店内だ、ドタバタはいかんな… いくら馬鹿たれ共だろうと、町の中で怪我もさせられん)
それに、情報収集がまったく進んでいない。我ながら、アリッサにかまけ過ぎた。
…だが、アリッサの胸中が聞けて、よっぽど良かった。
(借りるぞ、勇者)
振られた腕を掻い潜りつつ、床に手を付いた。
スキル発動…アレンジ。
自分に向かってくる者達と、それらとを繋ぐ床面を意識する。…電子回路のように。
(六、七…14人…ロックオン、ってな)
伏せて回避した自分に、追撃しようと男の蹴り足が迫った。
「凍て付け」
赤い光がリヒテンベルク図形のように床板を這い、向かってくる男達に這い上がった。
「いッ…!?」
男達の身体に赤い筋が幾条も這い上がり、その場で石化したように動けなくなった。
「いくら薬や酒でラリってようが、直接神経を侵されちゃ何もできねぇだろ。 後は魔力と媒体をだな…」
コップの水を自分の掌の上から垂らし、リヒテンベルク図形の起点に水が溜まるようにした。
「大淵、これは…」
「つくづく便利なスキルだ。泥縄の思い付きでもなんとかなるもんだな。…特殊強化を応用した「強制支配」だ。五分は動けない筈だ。行こう。あぁ、五分したらあの悪趣味な模様も消えて、あの酔っ払い共も元に戻るから」
酒場を出ようとすると、まだ十歳になったかどうかという少年が出入り口の前で硬直していた。
…アリッサがニンマリと…悪い方の顔で笑った。
…被捕食動物の本能か、少年が脱兎の如く逃げ出した。
「キャーッチ♪ 可愛い少年、おねーさんとちょーっとお話シマショー♪」
アリッサに難なく取っ捕まり、その豊かな胸で口を塞がれた少年は連行された。
大淵は騎兵銃を背負い、出されたエールを飲み干し、残りの料理を皿ごと手に持って荷物を纏めた。そして、怯えている女性店員に安心させようと努めて穏やかな笑顔で近づき…(今にして思えば逆効果だったろうが…)その手に大判の金貨を握らせた。
「迷惑料含めて…これで足りますか?」
店員がこくこくと首を縦に振ったので、礼を言って店を出た。周囲に警戒しつつアリッサの後に続く。
「ベイブ、ナンデ逃げようとしたんデスかぁ?」
町はずれの草陰で少年を解放し、アリッサは尋問を始めていた。
「そ、そりゃあんなもの見せられたら…お、お前ら北の大陸に棲むっていう魔王の手下じゃないだろうな!?」
「すまんな、あんなもの見せて。 …俺達は怪しい者ではない。旅の者だ。 折角だしこれ、一緒に喰わんか?」
魚のパイ包みを差し出すと、アリッサが一つを取って頬張り、少年もおずおずと一つ取った。
魔王の存在は隠しておいた。…仮にもこの世界の人々にとっては同胞を大量殺戮した、許されざる最高責任者だ。
「…変わった鎧だけど、どこから来たんだよ?」
「ノ~、質問するのはこっちデス、ベイブ。この町とアナタのお名前は?私はアリッサ。彼は大輔デス」
もぐもぐと口を動かしながらアリッサがひとさし指を振った。
「…クリフェ。このリディーネの町で暮らしている」
「お父サンやお母サン、ゴカゾクは?」
「…いない。戦争で死んだ。妹を一人、養ってる」
「10歳くらいデスカ?その歳で?タフですねぇ!」
「タフ?…まぁ、俺は11だけど、こんなの、よくある事だろ?」
「デハ、どうやってお金を稼いでイルンデスか?」
「町で手伝いをしたりするけど、この町でそんな仕事をくれる金持ちはオズボーンくらいしかいない。それじゃとても食っていけないから、町の東にある遺跡に忍び込んで、お宝やアイテムを漁ってくるのさ…あっ、これ、誰にも言うなよ?」
「ほう、遺跡ね…」
宝がある…ダンジョン。大淵は唸った。RPGの定番だ。
「危険は無いんデスか?」
「そりゃ危ないに決まってるさ。遺跡は幾層かのダンジョンになってる上に、下に行けば行くほど危険なモンスターやトラップが配置されている。…俺じゃ、どう頑張っても地下一階の出入り口付近しか近寄れないよ。それだって命懸けなんだ。…妹を残して死ねない」
「それが最適解だ。死んだら終わりなんだから、生き残って何度でもリベンジするのが本当の戦士だ」
我ながら偉そうな事を言ってしまったが、実際その通りだと思った。クリフェの慎重な性格は賞賛に値する。
「…で、今日の収穫を換金しようと、ついでに晩飯の食材を探して森を歩いていたら、でっかい船と小さな三隻の黒い小舟が砂浜に上がってきたのを見たんだけど…誰も信じてくれなくてさ」
「…なるほど、それで俺達を北の大陸から来た、と」
「ダジャレデスか?」
「やかましい…」
「なぁ、船で来たのってアリッサ達の仲間じゃないのか?」
「知りマセン。でも、北の大陸から人が来る事なんて珍しい事なんデスカ?」
「そりゃあ…どうなんだろう?でも、少なくとも俺はこの町で住んで物心ついてから、本物の船を見たのなんて初めてだよ」
ここが港町でない以上、船が直接立ち寄る事はないだろう。自分達のように小舟を下ろして上陸できる本格的な船で無ければ、立ち寄ることもできない。
大淵は襟元の無線機に触れながらアリッサに目配せした。
クリフェをアリッサに任せ、近くの背の高いススキに似た植物の陰で背部に取りつけた無線アンテナを引き延ばし、中距離無線に接続した。
「こちら大淵、藤崎、聞こえるか」
程なくして藤崎の大声が返ってきた。
『おお、大淵!どうだった?』
「リディーネという、船から南に向かった小規模の町に到着した。…普通に人々が暮らしていたよ」
『なんと…!』
「リザベルが目撃したという人影も捕捉した。クリフェという、この町の11歳の少年だった。今、色々話を聞かせてもらっている。俺達はもっと情報を集めるから、お前達は海岸か森林帯にキャンプを作って待機していてくれ。そうだな、元自衛官の尾倉の指示に従ってキャンプ設営すれば間違いないだろう。それと、これからどうなるか分からんから、人手が余ったら星村を中心にして食材の確保をしておいてくれ。余裕があるに越したことは無いからな」
『心得た!そちらも気を付けてな!…ああ、香山達からも気を付けて、と!』
「ああ、ありがとう。通信終わり」
再びアリッサとクリフェの元に戻った。
「待たせたな。まだ時間も早いし、暗くなる前にその遺跡に案内してもらえないか?」
「ああ、いいよ。ここからそう遠くない」
「ダンジョン内の危険なモンスターはよく外に出てこないな?出てきたらこの町だって危ないだろう?」
遺跡へ向かいながらクリフェに訊ねた。
「元々は天空の大賢者が世界各地で、危険なモンスター達を封印して、それに見合う実力者に宝を与えつつ、宝に目が眩む愚か者を罰する為に作ったのがダンジョンだって言い伝えられている。俺も一回、奴らに捕まりそうになって出入口から外に逃げ出したんだけど、奴らは外にだけは絶対に出てこなかった…あの時は流石にビビったね」
「なるほど…」
町から歩いて二十分。日本で言えば低山か、なだらかな山に迫っていた。
「あれがベルテ山。山麓にあるんだ。…あっ、さっきも言ったけど、誰にも言わないでくれよ、この遺跡の事は。…噂を聞きつけて大人の冒険者が来たら、弱い俺の持ち出せるアイテムや宝が無くなっちゃうから」
「任せろ。絶対誰にも言わん。金目のものがあったら情報料として山分けするよ」
「本当!?」
「ああ」
山麓には鬱蒼とした林が生い茂っていた。クリフェに案内され、暫く進んでからようやくその洞窟の入り口を発見した。
「ここだよ」
「ほぅ…よくこんな恐ろしげな場所に、そんなナイフ一本で潜入したモンだな…」
蜘蛛の巣が垂れかかり、内部に空気が吸い込まれていく。…ダンジョン内のどこかに穴が開いているのかもわからないが、人の手で作られた物ではない、超常的な構造物であるという伝説も納得できる雰囲気があった。
同じ年の自分ならロングソードを与えられたとしても、恐ろしくて真似できないだろう。…今とて、ぞっとしないものを感じる。
「よし…」
「き、気をつけろよ?今日はなんだか特にモンスター達が苛立っているみたいだったから…」
「アリッサ、後衛を頼む」
「了解デス」
石の階段を下り切ると、幅四メートルほどの広い通路が続いていた。少し進むと早速通路は三又に別れた。
「…ちなみにアリッサ、お前の方向感覚ってどのくらい自信ある?」
自分はほぼ皆無だ。カーナビが無ければ長距離の移動もおぼつかないし、迷路などゲームでした事しかないが、複雑な迷宮では延々と迷い続けていた。
「アリッサの方向感覚は渡り鳥並デース!」
「…よし。問題は俺だけだな」
ガントレットの内側コンソールを開き、「あかりマップ」機能をセットした。一度歩いた地形を3Dマップ化してくれる優れモノだ。
「手分けシマス?」
「…いや、何があるか分からん。クリフェがいる間は一緒に行動だ」
クリフェが壁際に駆け寄り、地面に屈みこんだ。
「ラッキー、砂金の塊だ。二人のお陰で儲かったよ」
「妹に美味い物食わせてやれるな」
「へへ、そうしたいけど、色々と金を使わないといけないから。…じき、町の税金取り立てもあるし」
こんな子供二人暮らしからも取り立てるのか…
「…そうか、苦労してるな」
先頭に立って埃っぽい通路を進むと、不意に重力を失った。
「えっ…どわぁっ!?」
「大淵ッ!?」
重力に引きずられ、体が落下していく。
落下中にワイヤーアンカーを思い出したのは、生存本能という奴か。少なくとも自分の機転では無かった。右ガントレットを縦坑の壁面に覗く石柱に向けて放つと、多少はズレていただろうが、赤外線誘導と自動制御により標的に絡みついた。反動で壁に叩きつけられる。
「クソッ!」
「大淵、大丈夫デスかー!?」
頭上からアリッサとクリフェが覗き込んでいた。
「ああ、なんとか!…だが、引っかける物が無いから、そこまで上がる事は出来なそうだな…」
上を見ると、その縦坑の深さから自分がおおよそ地下六階か七階あたりに居るのがわかる。下は奈落の穴が続いていて、どこに繋がっているのか…或いはどこにも繋がっていないのかも分からない。ただ、ある程度登っていけば、四階あたりに横穴が見えた。それ以外に自分が選べる道は無さそうだ。
「…四階らしき場所に出る。アリッサはクリフェを安全な地上に送り届けてくれ。俺は何とか自力で脱出する」
「…オーケー。気を付けて下サイ!クリフェの安全を確保したらすぐ戻りマス!」
アリッサはクリフェを連れて去っていった。
モーターでワイヤーを巻き切り、引っかけていた石柱からアンカーとワイヤーを回収した。石柱を足掛かりにして、例の横穴に向けて跳んだ。
「くっ…」
転がりながら横穴内を見回すと、いくつかの部屋があったが、どれもモンスターの巣となっていた。…勿論構いたくはないので、上に上がれそうな場所を探そうと、忍び足で先に進んだ。
「ギシャアアアア!」
猫が威嚇するような声が聞こえたかと思うと、背後の部屋からわらわらとレプティリアン野郎に似た二足歩行のトカゲが大量に出てきた。
「勘弁しろよ…」
背後に無数の叫び声を聞きながら走り抜け、曲がりくねった通路を出鱈目に走って視界を切った。そうして見つけた扉付きの部屋に逃げ込んだ。部屋の前を無数のモンスターが通過していくのが分かった。
一息つき、改めて部屋の中を見ると、いかにもな宝箱が置いてあった。
「…」
騎兵刀を抜き、切っ先を隙間に差し込んで開けようとすると、宝箱が思い切り退き下がった。…どこかに刃が当たったのだろう。
(やっぱりか…)
他に部屋の中に目ぼしい物は無い。
「…他の冒険者を襲ったら寝覚めが悪い。破壊しておくか…」
殊更聞こえるように言ってやると、宝箱が震え出した。
「ま、待ってください。本物の宝箱の在処を教えますから…」
「あと、人間を襲わなければな」
「わ、わかりました」
宝箱の中から骨の手が伸び、一枚の紙片を大淵の足元に置いた。
「…ありがとさん」
部屋を出て、下階へと向かった。モンスター達が走り抜けた先に通路と下への階段があり、下の階段を下った。更に地図に従い、奥へ奥へと進んでいく。あかりマップが無ければ絶対に戻れない自信があった。
(随分と広いホールだな…)
辿り着いた先は、市民グラウンド以上もある広さの空間だった。魔王の謁見の間を思い出させる。宝箱を置くには少々広すぎる気が…
「…まさか」
地響きが聞えたかと思うと、背後で重厚な石の扉が閉じ、退路が断たれた。
グルル、と唸り声が聞こえたかと思うと、奥の暗がりから巨大な物体が現れた。
「こいつは…また…」
黒竜…体に幾つもの古い剣や槍、矢が刺さり、それに錆や苔が纏わりついて体の一部となっていた。
「…コイツが宝箱ってか…」
体長二十メートル以上もの黒竜。その今までにない巨大な怪物が、耳を劈くような甲高い咆哮を上げ、左腕を高々と振り上げた。咄嗟に退くと、今までいた場所が深々と岩ごと抉られた。
騎兵銃を強化し、フルオートで頭部に全弾射撃。
痛がるような悲鳴は上げるが、今一つ。
(クソ…アレンジ応用はできても、威力自体は勇者の足元にも及ばんか…!)
ならばコレしかない。ツヴァイハンダーを抜き払い、黒竜の体を駆け上がった。
スキル、継続…
その長い首元に辿り着くと、高々と振り上げたツヴァイハンダーを振り下ろした。
ガキンッ
「何ッ!?」
強化したツヴァイハンダーが通らない!? …となると、あと通用する可能性があるのは騎兵刀しかない。
「畜生…この黒竜…流石に伊達じゃねーな…!」
俄かに乾燥を感じ、顔を上げると、黒竜が天を仰いで口を「うがい」するように火焔を溜めていた。
…ドラゴンブレス…!
咄嗟に首元から離れ跳んだ。
熱気。サウナなんてモノではない…地獄の釜もこうかと思う灼熱地獄。これで火焔に当たれば、火を振り払う間もなく消し炭になるだろう。
…代わってやってもいいんだぞ
「…お前に頼ってばかりじゃ、元の俺に申し訳が立たねぇし、俺が居る意味がねーんだよ…!」
十分に役目を果たしているだろう
「…それに、どんな敵とだって…泥臭くたって戦い抜いて見せるってのが俺の死ぬまでのスタイルだ。…今回も逃げ場は無いしな」
なら勝手にやれ。どうでもいい事だ
黒竜の爪を再び躱すと、横薙ぎに尾が振るわれた。
思わぬ追撃に対応しきれずにいると、ツヴァイハンダーを収めたロイヤルレッドの鞘が素早く割って入り、幾らか衝撃を緩衝してくれたが、強かに壁に叩きつけられてダウンしかけた。
「ぐっ…くそ…」
所詮、俺は勇者を呼ぶ媒体に過ぎないのか…?
取り落とした騎兵刀を拾い上げ、顔を上げると、再びドラゴンブレスを放とうと黒竜が天を仰いで火焔を溜めに溜めていた。
「……クソッ…」
それでも、一矢報いてやらなければ…
間に合わないと知りながらも、黒竜に向かって駆けた。
打算ではなく、意地でしかない無意味な突撃。
(死に花咲かせてやるぞコラ…!)
黒竜が溜め切った炎を…天井に吐きつけた。
「!?」
「大淵ー!やっぱりワタシ、大淵達の仲間ヤメマシター!」
アリッサが23式メイルアーマーの筋力強化をフルモードにしながら、黒竜の首に掛けたワイヤーを後ろに引いてドラゴンブレスを妨害してくれていた。
「へへッ…これで愛想が尽きたか!?」
「ワタシは大淵の…大淵だけの味方デス! …こんなに手間のかかるヒト、一人しか面倒みられマセン!」
ブレスを終えた竜の首筋までワイヤー巻き上げで飛びつきながら、アリッサの剛剣がその硬い首をぶち抜いた。
「同じトコロを!アナタなら出来るハズデス!」
首の一部を斬られた黒竜が更に激しく暴れ出す。大淵が黒竜に辿り着いた。
アーマーの警告音が出るまで筋力アシスト機能を全開に。
更に、スキル発動。全身に赤黒い模様を走らせ、騎兵刀も赤褐色に染まる。
「うぉりゃああぁッ!」
地面を潰して跳び上がり、アリッサが傷付けたその首に渾身の一閃。
会心の手応え。
黒竜は断末魔も上げられず、首を落とされた。
「はぁッ…はぁッ…」
騎兵刀を杖になんとか立ち上がった。
「やりマシタね、大淵!」
アリッサに抱きつかれ、よろめいた。なんとかアリッサと抱き合って支えとする始末だ。
「あぁ…何とかなぁ…!」
満身創痍ではあるが…確かにやった。…そして、無力感にも打ちひしがれていた。
「だが…やはり俺一人じゃとっくに死んでいた。…勇者の力に頼らなければ俺は、この程度だった。お前が来てくれなきゃ今頃は…」
唇を塞がれ、目を瞬いた。
「…ワタシは前に言ったはずデス。アナタはスーパーマンにはナレマセン。アナタにしかナレナイヒーローになれ、と」
倒れた黒竜に目を移し、アリッサは確信した口調で続けた。
「…確かに勇者サンはスーパーマンでしょう。アナタではスペック的に敵わないデショウ。でも、ワタシは勇者サンにはついて行きません。大淵だから、死なせたくないから力を貸しマス。…香山や斎城、黒島…皆サンもソウデショウ。…それが、勇者サンにはナレナイ、アナタだからナレルヒーロー、デス!」
「…参ったな。どうやら俺自身より、お前の方が俺の事をしっかり理解してくれてるなんてな…」
「イエース、それが真のファンという物デス♪」
「それじゃ、改めて…これからも頼りない俺の味方で居てくれ、アリッサ」
「イエス!大淵は見ていて飽きないデスし。…ところでどうしてこんな所に?」
「…騙されたというか騙されてないというか…とにかく、何か戦利品が無いか探そう。クリフェに分けてやりたい」
「この竜の鱗、剥ぎ取って持ち帰りたいデスね。アーマーの素材にできたらベリーストロングデス」
アリッサと手分けし、竜の鱗やホールの中を徹底的に漁った結果、黒竜が出てきた空洞に小さな空間を見つけた。
「…ふん、まぁ嘘じゃ無かったな。破壊するのはやめてやろう…」
古びた赤い宝箱が三つ、小部屋の中に隠されていた。いずれも宅配便などで日常的に見る段ボール程度のサイズで、中にモンスターが潜むスペースも無い。
それを開けると、一つには古い金銀の硬貨が大量に、もう一つには古びた羊皮紙の地図が、もう一つには美しく輝く青いクリスタルの結晶が幾つかあった。
「綺麗デスねぇ」
「ほら、お前の取り分」
その中で中ぐらいのクリスタルをアリッサに手渡した。
「誰が隠した宝かしらんが、デカいのは残して行こう。後のはまぁ、頂いていく。金銀貨は半分、クリフェにやろう」
「…大淵はお人好しデスネ~」
「そんな俺が嫌いじゃないだろ?」
「まぁ、大好きデスケドね」
「…と、とにかく、ここを出ようぜ。帰り道は分かるんだろ?」
照れ隠しに咳ばらいをして、大淵は立ち上がった。アリッサは邪気の無い、キョトンとした顔で大淵を見上げている。
「へっ?何のコトデス?」
「…ほら、お前方向感覚が渡り鳥並だって…」
「…あ~…そんなコト言いマシタっけ…」
「お、おい…冗談はよせよ…」
青ざめる大淵の前で、アリッサは舌を出しながら肩を竦めるだけだった。
…その後、それこそ二人は死ぬ思いをしながらダンジョンからの脱出を果たしたのだった。




