晩酌ガチ勢令嬢は堅物伯爵を酔わせたい
「酒が……嫌い?」
ヴィアール伯爵との婚姻が成立した。
顔合わせで私は死刑宣告と同等の宣告を受けた。
「あぁ、酔う感覚が嫌いなんだ。君が飲むことに文句は言わない。しかし、私が一緒に飲むことはしない」
「……承知しました」
そこから私は何も覚えていない。
私から酒とつまみを取り上げたらあとは可憐な淑女の部分しか残らない。それだけで十分ということか。そんなつまらない話があるか。
私と婚姻したフィリップ・エル・ヴィアール伯爵が、貴族の中で“酒が嫌いな堅物伯爵”と呼ばれていると知ったのはそのあとのことだ。
********
「縁談がきた」
私監修の夕食後の晩酌タイム。珍しく参加した父が酒を少し舐めてから言った。今日の酒は東の国の商人から買い付けた。東の大陸の主食である穀物を使った酒だ。
「誰に?」
「……お前以外にだれがいると思うんだ」
兄が呆れたようにつぶやいて、ナッツを放り込む。今日のナッツは紅茶の葉を使って燻製してみたがこれがなかなかにいい。
「それもそうか、え? どこ? 水きれい? 特産品は何かしら」
「誰じゃなくて、どこ。酒の心配するな」
兄がうるさい。自分のエネルギー補給の心配をして何が悪い。
「ヴィアール伯爵だ。ここから少し北の丘陵地帯が主な領地だな」
父の言葉に兄と顔を見合わせる。心当たりがあった。
「……葡萄酒造地ね。おいしいのに少ししか作ってない」
「あぁ、あそこはいい場所だよな。なんで拡大していないのか」
「何か事情があるのかも。あ、下の方で酪農始めてたわよ」
「つまみ作ったら酒足りなくなるだろ」
「……お前ら。全人類が酒のために生きてると思うな」
あきれ顔の父を横目に、兄が引っ張り出してきた地形図を見て、どこがよさそうかと話し始める。父のため息が聞こえたがまぁ、酔っ払いの世迷言など気にしないでほしい。
「アデライード」
兄との話に夢中になっているところに、母が私の名を呼んだ。二人で母の方を向くと、母は手酌で酒瓶から最後の一滴を注ぎ終えたところだった。
「あなた、大事なことを忘れていますよ」
珍しくまじめな顔で私を見る母。部屋の空気が急に張り詰める。外交官として手腕を発揮していたころの母がおりてきているようだ。
「あなたは、ヴィアール伯爵に嫁ぐのですよ。それがどういうことかわかってますか?」
酒をあおりつつ話す母の横でほぼ素面の父がうなずいている。
「あなたが、このデュクルー領から出ていくということです」
私が神妙に頷くと、母は満足そうにナッツを口に放り込む。首をかしげ始める父。父は本当に酔っ払いの扱いがわかっていない。
「今、あなたが一番にすべきことは、何か、わかりますか?」
「……ご教授願います」
恭しく言うと、母は頷き再び酒をあおる。
そして、グラスを置くと立ち上がり、ナッツの器を手に持ち高く掲げた。
「このナッツを大量に作り置くことです!」
「かんぱーーーーい!」
高らかに宣言する母。ナッツの器に酒のグラスを掲げる私たち。頭を抱える父。
これが我がデュクルー伯爵家の晩酌基本形態である。
おそらく、迷惑なタイプの酒飲み集団である。
*******
「今日は何を作るんですか?」
料理長がワクワクを抑えられない様子で声をかけてくる。早々に厨房を使う許可をもらい入りびたり始めた私は、結婚してからずっと、このあたりの酒に合うつまみの研究にいそしんでいる。
「昨日、職人が蒸留酒をもってきてね。甘みがあって香りも強いし、チョコやフルーツとも相性が良さそうなの」
「いいですね。甘いものでしたら旦那様も好物です」
「それはいいわね。紅茶とも合うものを作りましょう」
週に数回している晩酌にフィリップも同席するようになったのは婚姻から数週間たったころだった。
「何を食べているんだ?」
「今日はクリームチーズとかぼちゃのサラダですが……食べます?」
悠々自適な一人酒中に現れたフィリップは不思議そうに私が食べているものを尋ねた。その日のつまみは、街で買ったクリームチーズとドライフルーツ、かぼちゃを混ぜたサラダだった。甘みを足して、シナモンを効かせたのがポイントだ。
「いただこう」
「お茶を用意しますね」
「ありがとう。いや……君がどうしてもと言えば、一杯くらいは付き合うが」
飲酒強要ダメ絶対。飲めないというなら私一人でのむ。残念だが。
「いえ、無理はなさらないでいただきたいです」
「私のせいでアデライードが一人で酒を飲んでいるのは、すこし、心が痛むのだ。……もし、一緒に楽しむ友人がいるのであれば、ここに呼んでもかまわない」
――私、寂しいやつだと思われてた? 結構一人酒も楽しんでいたのだけれど。
しかし、女嫌いと聞いていたが意外と気遣いをしてくれるのか。それが少しうれしくて、私は思わず微笑んだ。
「でしたら、時々でいいので晩酌に付き合っていただけますか? お酒は飲まなくてけっこうですので」
「飲まなくていいのか?」
「えぇ、その日のお酒に合うように簡単な料理を作っていますの。それだけでも召し上がっていただけると私も嬉しいです」
私の言葉にフィリップは頷いた。
「……それでいいのであれば、そうしよう」
紅茶を飲む伯爵と酒を飲む伯爵夫人。なかなかに不思議な晩酌が始まった。
けれどこれがなかなか面白い。
酒の話はできないが、それ以外の話はかなり合う。フィリップは植物や産業への造詣が深く、気候や土地に向く作物をよく知らべていた。私のつまみ特化の料理の知識でも、楽しいようで熱心に聞いてくれる。
領地や領民の話になるとどんどん早口になっていくところは彼の領民への想いがうかがえる。
「君はなかなか酔わないのだな」
グラスを傾ける私の顔をのぞき込んでフィリップは言った。
「まぁ、酔うのが好きな方もいますが……私の酒の楽しみ方ではないですから」
「どういうことだ?」
「いろんな味の組み合わせが好きなんですよ。お酒の味や香りが引き立つ料理を考えるのが好きなの」
「そういうものなのか」
私が微笑んでうなずく。フィリップは私の持つグラスを見つめていた。
ある朝、フィリップに話があると執務室に呼ばれた。
資料の束を渡される。
「これを君に任せたい」
葡萄酒事業についてまとめられたものだ。
「確かにここの葡萄酒は格別ですが、私に管理など……」
「気候や地理的状況で最適だと思い始めた。私は飲まないので味はわからない。だから、確信が持てず、予算で採算が取れる量を作っている」
「そ、そんな……もったいない」
拡大していないのは予算の問題だった。ショックで頭がくらくらする。その様子を見て、ヴィアール伯爵は頷いた。
「アデライードなら間違いなく醸造家たちの努力を国中に広めてくれると思うのだ」
そう言われたら断れない。伯爵夫人の仕事ともに葡萄酒事業の責任者も始めた。
******
フィリップは街にでると、食材を見繕ってくるようになった。時には領民におすすめの酒を聞いて買ってくることもある。少し緊張した様子で酒を渡してくる顔がかわいいと思う。
領民から酒をもらってきた日、醸造家から葡萄酒を献上された日。最近、フィリップが酒に興味を持つようになった。
「すこし、飲んでみてもいいか?」
時々そう言って、一口だけ飲むのだ。
これはピリッとする、こっちは香りがいい、こんなに甘いのもあるのかと一口だけでずいぶん楽しんでいる。
「アディの料理が酒に合うようによく考えられているのがわかった」
そう言って、嬉しそうにつまみを食べる姿がこんなにも愛おしくなるとは思わなかった。
*******
「今日、酒はあるのか?」
夕食を終え、愛する旦那様が私に声をかけた。
その顔に少しの期待を見つけて、私は踊りだしそうなほどうれしいのを無理やり押し込める。
「赤の葡萄酒を用意しましたわ。職人が今年のチーズを持ってきたので合うかと」
「いいな」
――その顔は、ずるい!
おそらく、というか確実に私はにやけている。天井を見上げる。
――私のコツコツ積み上げてきた努力が実を結んだのだ!
酒嫌いの堅物と呼ばれたヴィアール伯爵に酒の味を覚えさせた女になった。
読んでいただきありがとうございました!




