特殊警察、陥落(物理)~Gカップの谷間に、エリートが挟まった夜~
潮の匂いが、夜風に乗って漂ってくる。
港湾地区の古びたコンテナ群の前で、ユキは両腕を組み、仁王立ちしていた。
背後に積み上げられた無数のコンテナ。
その中に、金塊が眠っている。
(だーいじな金塊だから、カケラひとつも落としちゃダメダヨ?)
凱のあの笑顔が、脳裏にちらつく。
(まあ、わかるヨネ?)
ぶるっ、とユキの全身に悪寒が走った。
「わかる……わかるわよ……っ!」
ユキはぐっと両拳を握りしめた。
「私の目玉を!腎臓を!肝臓を!絶対失ったりはしない!!」
臓器への危機感は、満点だった。
――ただし。
チャイナ服のスリットから覗く太腿も、パッツンパッツンの胸元も、
「そっちの方が先に危ないのでは」という可能性には、彼女はまだ一ミリも気づいていない。
「……よし」
ユキはポケットから、小さく折り畳まれた布を取り出した。
黒龍会から支給された、変面用の仮面。
中華の伝統芸能に使われるそれは、引き紐一本で瞬時に別の面へ切り替えられる仕掛けになっている。
(顔バレだけは、絶対ダメって言われてたし)
ぱん、と仮面を顔に当てる。
鮮やかな赤の隈取りが、夜の港湾に映えた。
「……似合ってる?」
誰もいない。
「ま、いっか」
ユキは仮面の下で笑い、改めて仁王立ちする。
「ぜったい守ってみせる……っ!」
十九歳は、純粋な決意を胸に、夜の港に仁王立ちしていた。
あと一時間。
密輸船が来るまで、この場所を死守するだけだ。
――そのはずだった。
「特殊警察だ!動くな!」
ざっ、と複数の足音が包囲網を狭める。
黒いタクティカルギアに身を包んだ人影が、コンテナの陰から次々と躍り出た。
銃口が、一斉にユキへ向く。
「っ……!」
ユキの全身に、さあっと鳥肌が立った。
逃げるか。
隠れるか。
(金塊が、ある)
選択肢は――ひとつだった。
「やぁぁぁっ!」
ユキは駆けた。
「発砲!」
銃声が港湾に炸裂する。
だが。
「っ、はっ――せっ、」
ユキの体が、あり得ない軌道で動いた。
銃弾が来る。
見える。
光の筋のように、弾道が見える。
右。
左。
頭上。
足元。
全部、ちゃんと見えている。
体が、勝手に動く。
くぐり、跳び、ひねり、かわす。
コンテナの壁を蹴って跳躍し、鉄骨を掴んで体を振り、隣のビルの屋上へ飛び移る。
特殊警察の銃口が追いかけてくる。
「発砲やめるな!逃がすな!」
「あはははは!」
ユキは屋上を駆けながら笑った。
「あはは!ポリ公の弾なんて、私にとったらベビーちゃんのボール遊びよ!」
華麗に一回転して着地を――
――しようとした瞬間。
「あ」
屋上の端の、コケで濡れたコンクリートに、靴底がズルッと滑った。
「ぴゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ビルの縁から、ユキの体が夜空へ投げ出された。
落ちる。
落ちる。
落ちる。
(死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ――!)
本能が叫ぶ中、体だけが冷静に動いた。
ビルの外壁を両足で蹴る。
衝撃を殺す。
体を丸める。
どすん。
「――……」
静寂。
……あれ?
ユキはゆっくりと目を開けた。
全身をチェックする。
頭。
肩。
腕。
腰。
脚。
どこも、痛くない。
「あれ?大丈夫だった?」
我ながら奇跡だ、と思った瞬間。
胸元に、妙な温もりを感じた。
「……ん?」
視線を落とす。
Gカップの胸の谷間に、何かが挟まっている。
黒いタクティカルヘルメット。
その下に、気を失った男の顔。
特殊警察の隊員が、ユキの胸に顔を埋めて、すやすやと眠っていた。
「…………」
「…………え?」
ユキはしばらく、その光景を見下ろした。
どうやらビルを蹴った衝撃で、追跡してきた隊員がよろめいて――
落下してきたユキの胸に、綺麗に挟まったらしい。
「な、なんで……」
Gカップ、恐るべし。




