メッキの金塊と、深すぎるスリット
その夜。
黒龍会本部の大広間では、幹部たちによる宴席が開かれていた。
黒龍会の幹部たちが円卓を囲む中、揃いの真紅チャイナ服を纏ったメイドたちが、音もなく酒を注いで回っている。
その中で――ひとりだけ、明らかに浮いている存在がいた。
「う……っ、も、申し訳ありません……っ」
ユキだ。
凱の隣に侍るよう命じられた彼女が纏っているのは、他のメイドと同じ真紅のチャイナ服――だが、どこかが決定的に違う。
スリットが、深い。
太腿の付け根ギリギリまで割れた布地が、彼女が一歩動くたびにはらりと開く。胸元はパッツンパッツンで、Gカップの主張を隠す気が微塵もない仕立てだ。
(誰がこんな服を……!)
答えは明白だった。隣で涼しい顔をしている男以外にいない。
「ユキ。手が止まってるヨ?」
「ひぃっ、す、すみません……っ!」
慌てて徳利を傾けると、凱のグラスに琥珀色の液体が満ちていく。
だがユキの膝は、スリットの隙間から太腿が覗くたびに、自然とモジモジと擦り合わさってしまう。視線が気になって仕方ない。幹部たちの、ではなく――
真横からじっと注がれる、凱の視線が。
「……」
凱は無言だった。ただ微かに目を細め、口の端に薄い笑みを刷いて、グラスを受け取る。
その視線の意味を、ユキは全身で理解してしまって、耳まで赤くなった。
凱はグラスをグイッと煽った。
「さて」
声のトーンが、す、と変わる。
「次の仕事の話をしようか」
幹部たちの空気が、僅かに引き締まった。
「ユキ」
「は、はいっ……!」
「明後日。港の倉庫から、荷物を運んでもらうヨ」
「荷物……ですか?」
「金塊」
短い一言に、ユキの背筋が伸びた。
「本物?」
「本物だヨ」
凱はにこりと笑った。
三日月のような、あの綺麗な笑顔で。
「だーいじな金塊だから、カケラひとつも落としちゃダメダヨ?」
「か、カケラも……っ!?」
「そう。カケラひとつでも欠けたら――」
凱はグラスをくるりと指先で回した。
「まあ、わかるヨネ」
言葉の続きは、ない。
続きを言わなくても伝わると、この男はわかっているから。
「わ、わかりました……っ!ぜ、絶対に、絶対に落としません……っ!」
ユキは深々と頭を下げた。スリットがはらりと開いて、白い太腿がまた覗く。
それをチラと一瞥して、凱は満足そうにグラスを傾けた。
フラフラとした足取りで退室するユキの背中が、襖の向こうへ消える。
しん、と静寂が落ちた直後――
「……黑老大、閻。よろしいので?」
幹部のひとりが、低い声で口を開いた。
「あの新人に、そんな大役を任せて」
円卓に視線が集まる。誰もが同じ疑問を抱いている顔だ。
凱は答えなかった。
しばらく。
ゆっくりとグラスを置いてから、口を開いた。
「大丈夫」
「しかし――」
「あの子に持たすの」
凱の笑みが、深く、静かに広がった。
「全部メッキだからネ」
幹部たちの間に、一瞬の沈黙が落ちる。
「……では、あの娘は」
「目眩まし。本物は別ルートで動かすヨ」
凱はまたグラスを持ち上げた。
「ユキがフラフラしてれば、警察の目はそっちに集まる。あの子、顔に出やすいから――」
くく、と喉の奥で笑う。
「丁度いいネ」
その笑顔には、底がなかった。
どこまでも澄んでいて、どこまでも昏い。
外ではユキが、二億+五千万の重みを背負いながら、メッキの金塊を「本物だ」と信じて必死に守ろうとしている。
それを知っているのは、この部屋の男たちだけだ。




