借金二億、追加されました
中華系マフィア『黒龍会』本部。
極彩色の装飾に彩られた応接室で――
豪奢なソファに深く腰を下ろしている男、閻凱は、手にした琥珀色のグラスをゆっくりと揺らしながら、目の前でガタガタと震える「ノイズ」を眺めていた。
「……アイヤー。ユキ。君、またやったネ?」
凱の唇が、三日月のような綺麗な弧を描く。
黒髪に混じった白メッシュが、照明を受けて艶やかに光った。
見た目は二十代半ばほど。だが、この男の年齢を正確に知る者はいない。
「ひ……ひぃいぃっ、申し訳、申し訳ありません……っ!」
床に額を擦りつけて平伏しているのは、組織の末端構成員、ユキだ。
小柄な体躯をさらに小さく丸め、必死に謝罪を繰り返しているが――その背中では収まりきらないGカップの肉感が、彼女が震えるたびにぷるぷると情けなく波打っている。
(でも、絶対怒られる……っ)
凱は立ち上がった。
ゆっくりと、獲物を追い詰める歩調でユキへ近づく。
高級な革靴の音が、静かな部屋に無慈悲に響いた。
「ユキ。君がさっきの逃走中にドブへ落としたあの『紅蓮』……」
黒龍会が密かに扱う、希少麻薬『紅蓮』。
凱はしゃがみ込み、細い指先でユキの顎をクイと持ち上げる。
「1gで金と同じ価値があるヨ。全部で2キロ。……計算できるかネ?」
涙で潤んだ大きな瞳。
真っ赤になった鼻先。
その「真面目に絶望している顔」が、凱にはたまらなく愛おしい。
「ひ、ひゃくにじゅうまん……え、えっと、ごひゃくまん……くらい、でしょうかぁ……っ」
上目遣いで必死に算盤を弾くユキ。
凱は一瞬だけ目を細め――
次の瞬間、さらに深く、胡散臭い笑顔を刻んだ。
「おバカだネ、ユキ。……『二億』だヨ」
「にお……っ!?」
ユキの顔から一気に血の気が引いた。
二億。
一生かけても、臓器をいくつ売っても届かない絶望の数字だ。
彼女の豊かな胸が、ショックのあまり「ボヨン」と大きく跳ね――そのまま空気が抜けたように力なく垂れた。
「死ぬ気で返してヨ?」
凱はユキの頬を、親指の腹でゆっくりとなぞる。
陶器のように滑らかな肌。
マシュマロのように柔らかそうな体。
「……まあ、父チャンの五千万も残ってるから、死なれたら困るけどネ」
ユキの肩がびくりと震えた。
「日本円で五千万。君、それちゃんと覚えてる?」
「ひぃ……っ、わ、わかってますぅ……!」
十九歳の少女の顔が、さらに青ざめる。
「だから黒龍会で働いてるんだろ?」
凱はくすりと笑った。
「……我はこう見えて、ユキには期待してるネ」
凱の声は穏やかだった。
その穏やかさが、逆に恐ろしい。
この予測不能な生き物を、自分の支配下に置くための名目としては――
二億など、安いものだ。
「とりあえず、今夜は我の晩酌に付き合ってもらうヨ」
凱は軽く肩をすくめる。
「脱がなくていいから、そこで震えてるだけでいいネ……面白いから」
ユキの瞳から涙がぼろぼろと溢れた。
「うぅ……っ、はいぃ……っ!
なんでもします、なんでもしますからぁ……っ!」
主人の足元で、さらに小さくなる十九歳の少女。
凱はそれを見下ろしながら、静かにグラスを傾けた。
ユキはまだ知らない。
実際には――
一銭の損害も出ていないことも。
そして、この部屋のすぐ外で。
彼女を「別の檻」に閉じ込めようと狙う、特殊警察の影が迫っていることも。
特殊警察第七課――
閻凱の笑みが、さらに深く、どす黒く溶けていった。




