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魔法少女は夢を見ない  作者: 水瀬留奈


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泡沫人魚の願いごと 4



「おはよう、結奈ちゃん」

「おはようございます」


無駄にきらきらしい笑顔を浮かべて相澤さんはそこに立っていた。隼人さんを診た帰りなのでまだ集合時間より10分は前だ。


「早いですね」

「まぁね、下のホテルに泊まってるんだけど出たのが少し早かったから」

「なるほど」


じゃあ行こうか、と相澤さんは神社の中に歩みを進めた。


「え、神社の方なんですか?」

「うん、正確にはもっと奥だけど」


言葉の通り、本殿を通り過ぎた。そして、竹藪すらも抜けてしまう。


「……洞窟?」

「そこまで深くないけどね。洞穴ってやつ。人為的に掘られてるね」


相澤さんはスマホのライト片手に躊躇いなく中に入っていく。……付いていくしかないらしい、仕方ない。彼の後ろを少し遅れてついていき、私も入る。


 1、2分歩いたところで相澤さんが足を止めた。


「あったよ、見て」


スマホのライトで照らされた先には祭壇があった。そしてそこには徳利とお猪口。


「奉納品、ですよね? お酒ですか?」

「普通はそう思うよね。でも、たぶん違う」


おもむろに相澤さんが徳利を取り上げ、蓋を取る。


「なにしてるんですか!?」

「いいから見てて」


そう言ってポシェットの中から取り出されたガラス瓶の中になみなみと徳利の中の液体を注いでいく。


「なんで……赤……?」


どろどろと赤黒い液体だった。酒とはお世辞にも言えない、明らかな赤。そう、まるで、血のような――


「人魚伝説って知ってる?」

「八百比丘尼のやつのこと、ですか?」

「そう、人魚の血肉を喰らい800年もの寿命を手にした哀れな話さ。――ちなみにここ魚住にも、かの八百比丘尼が訪れたという伝承があるんだ。まぁ、眉唾だったから真偽は不明だけど」


八百比丘尼が訪れた場所。その事実から導き出される可能性は――


「まさかこれが、かの八百比丘尼の血だなんて言わないですよね?」

「うーん、それが否定できなくてね」


これを見て、と相澤さんが何かを祭壇から取り上げてみせる。何かの紙片だ。ライトで照らし出せばそれが何かすぐに分かった。


「破魔札、ですか……」


これでも祓い屋の一端なので真贋の区別はつく。……この札は、本物だ。何かを封印するために、力を持った人間が作ったものだ。その何かというのも、状況的に分からざるをえない。この徳利の中身だろう。


「徳利に剥がされたあとがある。誰かが開けたみたいだね」

「すみれちゃんが、これを開けたって言いたいんですか?」

「さぁ、僕には分からない。でも、可能性は高いんじゃない?」


可能性は高い。その言葉に否定を返せる論拠など持ち合わせているはずがない。


 何も返事をすることなく、祭壇に歩み寄って徳利を手にする。……これが呪物であることは間違いない。最も、力が既に抜けてしまっていて微かな残滓のようなものしか感じられないが。私の力ではそれ以上は分からなかった。先生なら違ったかもしれないけれど、ここまで情報が薄まった媒体から読み取るのは到底できることじゃない。無茶をすれば私まで呪いを受けるだろう。


「僕に言えるのはそこまでさ。お役に立てたらいいんだけど、ね」

「……いえ、ありがとうございました。わざわざ時間を取ってくださって」

「ううん、全然。君のことは割と好きだからね。この村の近くにいる間ならいつでも頼ってよ、今回みたいに」


神社の前まで戻り、相澤さんとはそこで別れた。……どうすればいいのだろう。あれを本当に飲んだのだとしたら、浮かんだ鱗は呪いのせいだということになる。解呪をするというのは想像以上に難しいもので、少なくとも私が行うことはほぼ不可能。あくまで私が先生に教わったのは、怪異というものを追い払い消し去る「祓い」だけだからだ。呪い、というのは正確に言えば怪異ではない。極めて近いものではあるけれども、どちらかというと怪異から生じた結果のことを指す。分かりやすくいうと、ウイルスを怪異だとするならば、呪いというのは具体的な症状のことを指す。だから、無理なのだ。


「とりあえず、先生に電話……ううん、帰ってこれるわけないから意味ないか」


航空券の手配なんてそう簡単にできるはずがない。ルワンダからタンザニアと言っていたし、しばらくは帰ってくる予定もないはずなのだから、邪魔をするのも気が引ける。それに今電話しても心配をかけるだけだ。大丈夫、先生は私にできると思ったからこの仕事を渡したのだから、大丈夫。まだ猶予は残されているし、まだ大丈夫だ。諦めて縋るにはまだ早い。弱音を吐いていいのは、やれることを終えてから。


「よしっ、まだ、大丈夫」





 少し買い物をしてから旅館に戻ることにした。もちろん、すみれちゃんを問いただすために。


 彼女は今日もロビーで番をしていた。そもそも村自体に人が少なく泊まりに来ている客が数組だけな上に、閑散としている時間帯だからか、周りに人は誰もいない。


「すみれちゃん」

「……っ、私、用事が、」

「ごめん、少しだけ話を聞いて」


彼女の細い手首を掴んで引き留める。明らかに痩せ細っていて、容易に掴めてしまう。当たり前だ、あんな呪いを一般人が受けて正気でいられるはずがない。


「聞きたいことがあるの。……すみれちゃんのその呪いは、洞窟の中で得たものよね? 違う?」

「そんなの知らないから、離して! 用事があるの!」

「ふぅん、そっか。じゃあこれが何かも分からないよね」


ポケットから小瓶を取り出す。その中には赤い液体。取り出すとともにすみれちゃんの動きが止まった。残念なことにやはり当たっていたらしい。あの鱗の原因はあの血だったのだ。


「それはっ……」

「村の怪異を調べろと言われたからにはこれの正体も調べなくちゃいけなくってね、知らなかったのならごめんね? 部屋に帰って試しに飲んでみるよ、このままじゃなにも分かんないからさ。ごめんね、関係ないことで引き留めて。じゃっ、」


身を翻したところで、右手を掴まれた感触。


「それは……ダメっ……」

「なんで?」

「っ、それはっ……」

「大丈夫よ、大した気配も感じないし何ならここで飲んでみようか?」


にこりとわざとらしく微笑んで、瓶の蓋を捻って開ける。


 と、ほとんど同時に、すみれちゃんの手が伸びて瓶が叩き落される。カァン、と高い音を立てて叩きつけられ、中の液体がびちゃりと零れて床を赤く染めた。


「……認める、認めるからっ! 私はあの洞窟の人魚の血を飲んでこうなったってこと! お願いだから、そんなこと、しないで…… 結奈ちゃんまで、こんなになったら私っ……!」

「話してくれる? 何があったのかを」

「……うんっ、」


落ちた瓶を拾い上げて、零れている液体を手持ちの温泉タオルで拭き上げる。赤くなってしまったが仕方ない。


「場所を変えようか、私の部屋でいい?」

「……うん」


唇をきつく噛みしめて下を向くすみれちゃんの手を引いて、部屋へと向かった。足取りは、重かった。


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