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魔法少女は夢を見ない  作者: 水瀬留奈


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泡沫人魚の願いごと 3



 神隠しが起こるのが納得なほどそこはあやかしのたまり場となっていた。あやかしといっても低級なのばかりではあるけれど。


「管狐と豆狸……いわゆる小妖怪ね。あぁごめんって、別に弱いって言ってないでしょ」


怒ったように10匹ほどの管狐が小突いてきたので、小腹が空いたら食べようと思って昨日駅で買っておいた菓子パンの袋を開けて少し管狐に食わせてやる。


「美味しいでしょ。石碑のあるところまで案内してくれたら全部あげるから連れてってくれない?」


キャキャッ、と鳴いて管狐が一方向を向いた。連れて行ってくれるらしい。管狐は気まぐれだから不安だったけれど1個100円の菓子パンで釣られてくれたようだ。


 入り組んだ竹藪の間を管狐に従って抜けていくと、少し開けた丘に出て、そこの真ん中の石碑に行き当たった。全く管狐がいて助かった。いなかったら見つけるのにはやはり相当時間がかかっただろう。


「ありがと、管狐。約束通りあげる」


菓子パンを少しずつ千切って撒くと群がって食べ始めた。どこからか他の管狐まで出てきて大層な大世帯になっている。


「で、えっーと、なんて書いてあるのかな」


石碑には確かに蛇の絵とそして何かの文字。が、かすれた上に古風な書体のせいで難読を極めている。……先生に送って聞いてみるか? 何にせよ私には読めない。


「この地、蛇神の住みし地なり。汝、蛇神を敬ひ、畏れるべし。さもなくば、災ひ降りかかるべし、だよお嬢さん」

「っ、誰!?」


透き通った、比較的高い男性の声。何の気配も予感もなく、その声が場に響いた。まるで、静けさに満ちていた湖面に突然石を投げ込まれたかのような唐突さ。おかしい、ここは竹藪で、人が歩いたら音がするはずなのに――


「ただの民俗学好きの大学生だよ、怖がらせたかな?」


美青年、というのが最も適切な表現だろうか。儚くて、線が細く、色が白い美青年。野暮ったい丸眼鏡を掛けているのに、それをものともしない、不自然なまでの美しさ。なぜか背筋が凍って、恐ろしさすらも抱かされる。


「……ほんとは狐か狸だったりしません? だってあまりに人間離れしてる、」

「面白いことを言うんだね、残念ながら僕はれっきとした人間かな。民俗学を専攻しててこういう石碑とかを見るのが好きなんだ。君はこれが読みたかったんでしょ?」

「……まぁ、はい。それはありがたいんですけど、」

「迷惑だった?」

「……いえ、助かりました」


少しお話しようよ、と言われたので、私も彼も石碑の隣にある平石に腰掛ける。断って帰ろうとも思ったけれど、何か知っていそうなこの大学生からわざわざ逃げるのも違うなということでやむなく。


「僕は相澤真尋。さっきも言ったけど民俗学を専攻してる大学生さ。今はちょうど夏休みだから、色んなところの伝承を記録して回ってるんだ。君は?」

「早乙女結奈、高校1年生です。少し事情があって、このあたりの蛇神の伝承について調べています」

「へぇ、民俗学に興味が? それとも祓い屋さんとか?」

「……一応、後者です」


これは隠しても仕方ない。村はご近所つながりがとても強いらしく、私が祓い屋だということはいつのまにか知れていた。ここでわざわざ嘘をつくほうが後で面倒になりそうだ。


「ふぅん、やっぱり? あれほど管狐の対処をよく知ってるの、祓い屋くらいだもんね」

「見てたんですか……」

「たまたま途中で見かけてね、女の子が万一迷ったらかわいそうだから申し訳ないけどつけてきたんだ。ごめんね?」

「いえ、心配してくださりありがとうございます。というか、相澤さん、見えてるんですね」

「まぁね。こうしてあやかしが見えるから民俗学に興味を持ったんだ」

「なるほど」


よくある話だ。そういえば先生も民俗学を専攻していた、と言っていた気がする。あやかしが見える人は自然にそちら側へ惹かれていくのだと。


「で、祓い屋さんってことは、このあたりに祓わなきゃいけない何かがいるってこと?」

「まだ詳しくは分かっていないんです。ただ、調べているだけで」

「ふぅん。ところで結奈ちゃん、今何年か知ってる?」


随分と唐突だ。眉を顰めつつも、返答する。


「2025年、ですよね? それが何か?」

「じゃあ、今年が何年かも知ってる?」

「巳年……ってあっ!」

「そう、蛇なんだよ。干支が重なるとその動物は力が強まる、なんてことよくあるよね」


だから今年の1月だったのだ、再発が。夢が何らかの理由で1回止まったにも関わらず、再発したのは今年の干支が巳だから、だったのだ。


「何かヒントになったかな?」

「少し、見えてきたような気もします。ありがとうございました」


じゃあ僕は神社の方も見に行くからここでお開きにしようか、と相澤さんは連絡先を書いた紙だけを私の手に握らせたあと、手を振って私が来た方と反対を行ってしまった。


「不思議な人……」


はじめに感じたあの異様な恐ろしさは話しているうちに消えてしまったけれど、なんとなく喉で小骨が引っかかったような違和感が残る、そんな人だった。そもそもなぜあんなに近くに来るまで、全くと言っていいほど気配がしなかったのか――


「ま、いいか。管狐、帰りも連れてって。菓子パン追加であげるから」


まだゆらゆらとそこら中を彷徨っていた管狐たちにもう一つ菓子パンを出して前で揺らすと、キューっと嬉しそうに鳴いてまた案内を務めてくれた。





 帰りに夕立にあってしまったせいで濡れ鼠になって旅館へ帰ると女将さんが目を丸くして駆け寄ってくる。一応周りが濡れないように持っていたタオルで拭いたのだけれどやはり良くなかっただろうか。


「あらあら、ずぶ濡れじゃない! 結奈ちゃん、お風呂入っちゃいな!」

「いやでも、大浴場5時からじゃ、」

「清掃終わってるし気にしない気にしない! 女将の私がいいって言ってるんだから入っちゃいな、風邪引くよ!」


言われるがまま大浴場へ。浴衣を手渡され女湯に放り込まれた。


「あれ、すみれちゃん?」


湯船にひとり浸かっているその姿には見覚えがあった。華奢な肩に、長い黒髪をお団子に括りあげている彼女も営業前にお風呂に入っていたらしい。


「結奈ちゃん!? どうしてこんな時間に」

「夕立でびしょ濡れになっちゃって。女将さんが風邪引かないようにって勧めてくれたんだ」


かけ湯だけ済ませてから、すみれちゃんのいる湯船に私も浸かる。


「そうなんだ、夏だもんね」

「そう、困っちゃうよねー」


どこか、すみれちゃんが焦っているような気がする。声が上擦っているような。……隼人さんに何かあったのだろうか。昨日もずいぶん心配していたし、幼馴染と言っていたから何か聞いていてもおかしくない。


「ねぇ、すみれちゃん、何かあっ、」


目を彼女に向けた瞬間、見つけてしまった。気づいてしまった。あぁ、そういうことか。すみれちゃんはこれを隠したかったのだ。だから焦っていたのだ。……銀の、鱗。魚の鱗が彼女の胸のあたりに浮かび上がっていた。よく見ると、それは所々、他にもある。点々と、胸から足先まで続いていた。下に行くほど増えている。


「っ、ごめ、私出るね」

「待って! すみれちゃん、それはっ」


こちらを見ることはなく、逃げるように彼女は出ていってしまった。


「あれは、何?」


鱗、だった。なんであんなものが人間の肌に。はっきりとした答えは出なかったけれど、これだけは言える。あれも怪異だ。薄らとだけれど、注意して見れば怪異の気配がした。


「……どうして、1つの村にこんな強い怪異が2つも……」


蛇と、鱗。2つの怪異。関連は、あるのだろうか。分からない。何かある気はするけれど、何も見えてこない。


「先生、はどうせ連絡つかないだろうし……」


風呂から上がって、浴衣に着替える。貰った袋に濡れた服を放り込む。すると、ひらりと紙が落ちた。濡れてくちゃくちゃになっている。拾い上げて開けてみる。


「……相澤さんの連絡先」


聞いてみるというのもありかもしれない。彼もある意味怪異の専門家。このあたりのことなら私よりも詳しい可能性が高い。


 ということで、部屋に戻って電話をかけることにした。プルルル、と震えること3コールで彼が出た。


『はい、もしもし』

「もしもし、早乙女です。相澤さん、ですよね?」

『結奈ちゃんか。どうしたの?』

「聞きたいことがあるんです。この村に、魚系統の伝承か何かってありますか?」

『……魚か。あ、人魚なら知ってるよ』


人魚。それだ、となぜかとても腑に落ちた。


「っ、教えてもらえますか!?」

『いいよ。ただ、僕も調べている途中で全部は知らないんだよね。あ、そうだ。明日調査に行こうと思ってるから一緒に行く?』

「ぜひ、お願いしたいです」

『分かった、じゃあ明日、神社の前に9時集合ってことでどう?』


9時。7時に朝ごはん、8時に隼人さんの様子見だから問題ないだろう。


「大丈夫です」

『じゃあまた明日』

「はい、また明日」


通話を切る。ツーツーツー、と電子音を鳴らすスマホの電源を完全に落としてしまう。少し疲れがひどいので今日は休んでしまうことにした。何にせよ、明日にならないと何も進まないのだから。畳の上に大の字で寝転がり、目を閉じた。




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