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ミステリアスな王太子

 ふと人の気配を感じてクリスティーナは目を覚ます。


 (誰かいる?)


 シーツの下で身を固くしながら息を潜めていると、ごめん、起こしたかな?と声がした。


 クリスティーナが半身を起こすと、暗闇の中、誰かがベッドの端に座るのが分かった。


「殿下?」

「ああ、すまない。なるべく静かに入って来たつもりだったんだが」

「いえ。殿下をお守りする為におそばにいるのですもの。これで起きなければ、わたくしは役立たずということになります」

「そんな…。それでは君が休まらない。俺のことは気にせずゆっくり眠ってくれ」

「そうはまいりません。わたくしは王太子様をお守りする為に、国王陛下と王妃陛下に呼ばれたのですから」

「今回の話は、父と母が勝手に進めたんだ。俺は君に守ってもらおうとは微塵も思っていない。巻き込んで悪かった。なるべく早く争いに決着をつけて、君を伯爵家に帰すよ」

「殿下…」


 クリスティーナは月明かりに目を凝らして王太子を見つめる。


 夕食の時は髪をサイドに流していたが、今はさらりと顔にかかっている。


 うつむき加減で表情はよく分からないが、爽やかな笑顔ではない。

 声のトーンも低く、どこか思い詰めたようにも感じられた。


「あの、殿下はわたくしを、いらぬ存在だと思っていらっしゃるのですか?」

「まさか!そんなことはない。ただ申し訳なくて。伯爵令嬢ともあろう君が、結婚前にこんなことに…。だが安心して欲しい。俺は決して君に触れたりしないし、危険な目にも遭わせない。君を必ず無傷で帰すと誓うよ」


 数時間前は「これからゆっくり時間をかけて、お互いの距離を縮めていこう」と言っていたのに…と、クリスティーナは心の中で考える。


 (あの時はロザリー達がいたから、演技をされたってことかしら。王太子様は本来こんなお方なのね)


 なぜだかホッとするのを感じながら、クリスティーナは笑みを浮かべた。


「ありがとうございます、殿下」

「礼を言うのは俺の方だ。さあ、もうおやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 もう一度ベッドに横たわると、クリスティーナは安心したように再び眠りに落ちた。


 *****


「やあ、おはよう!夕べはよく眠れたかい?」

「おはようございます、殿下。お陰様でぐっすり眠れました」

「そう、良かった。今日は朝食の後、王宮を案内して回ろうと思ってるんだ。いいかな?」

「はい、もちろんでございます。ありがとうございます」


 翌朝、クリスティーナが目を覚ました時には王太子の姿はベッドになかった。


 身支度を整えてダイニングルームに行くと、向かいの席で新聞を読んでいた王太子が顔を上げてにっこり話しかけてくる。


 (やっぱり真夜中の王太子様とは雰囲気が違う。もうお芝居が始まっているのね)


 クリスティーナも、なるべくにこやかに仲睦まじい様子で王太子に合わせた。


「ここが大広間。今は情勢が思わしくないから自粛しているけど、以前は月に一度は舞踏会を開いていたんだ」

「そうなのですね。なんて豪華なのでしょう…」


 天井に煌めく大きなシャンデリアを見上げて、クリスティーナはうっとりと呟く。


「争いが終わったら、早速君のお披露目パーティーを開こう。俺と君の婚約パーティーをね」

「そ、そうですわね」


 演技、演技…と、クリスティーナは王太子の言葉に笑顔で頷く。


 図書室や音楽ルームなども案内してもらいながら、クリスティーナは王宮の内部を頭に叩き込む。


 敵が忍び込みやすい場所や、いざという時の避難経路を頭の中で考えながらひと通り回り終えると、最後に王太子は、他にどこか見たい所はある?と聞いてきた。


「よろしければ、お庭を拝見してもよろしいでしょうか?」

「ああ、そうだったね。もちろん」


 二人は連れ立って外に出た。

 すぐ後ろをロザリーもついてくる。


 (外に出るのは危険だったかしら。今、敵が襲ってきたら、王太子様だけでなくロザリーも守らなくては)


 そんなクリスティーナの様子とは裏腹に、王太子は楽しそうにガーデンを案内する。


「一人で散歩してもつまらないけど、君のように美しいレディと一緒だと楽しいな。花と美女はとても絵になる」

「いえ、そのようなことは…」

「はは!照れる様子も可愛らしい」


 クリスティーナは困ったように眉を下げて微笑む。


 (王太子様、お芝居が大げさでは?)


 とにかく自分は任務を忘れずに!と、クリスティーナは辺りに目を光らせながらガーデンの中を進む。


 咲き乱れる花々は綺麗で、芳しい花の香りにクリスティーナの心も癒やされた。


「どうぞ」


 小さな水路に架かる橋の前で、王太子はクリスティーナを振り返って手を差し伸べる。


「ありがとうございます」


 その手を借りてドレスの裾を気にしながら橋を渡り、クリスティーナはあれ?と思い出す。


 (夕べは、決して君に触れたりしないとおっしゃっていたような…。でもこれは、紳士としての振る舞いとしては当然のことなのね、きっと)


 そう納得し、広いガーデンをゆっくりと眺める。


 (一人でのんびりお散歩出来たらどんなにいいかしら。でも、王太子様をお一人にする訳にはいかないものね)


 任務、任務、と、クリスティーナは小さく呟いて気を引き締めた。


 *****


 平穏な日々が続く。


 クリスティーナはなるべく王太子と行動を共にし、ガーデンの散歩や図書室にもつき添った。


 執務室に一人で入られる時は、隣の部屋でロザリーと刺繍をしながら待つ。


「痛っ!また指を刺しちゃった」

「まあ、大丈夫ですか?アンジェ様。すぐに手当を…」

「そんな大げさな。これくらい何でもないわ。それより、どうやったらそんなに上手く出来るの?ロザリー」

「えっと、普通にやれば、これくらいは…」

「あら!じゃあわたくしは普通ではないのね?」

「いえ!あの、決してそのような意味ではなく」

「いいのよ、自覚はあるもの。わたくしなんかが王太子様のおそばにいるなんて、およそふさわしくないわよね」

「そんなことはございません!アンジェ様は、とてもお優しくて聡明な方ですわ。わたくし、アンジェ様を心からお慕いしております」

「まあ、ありがとう!わたくしもロザリーが大好きよ」


 二人でふふっと微笑み合う。


 クリスティーナは、すっかり王宮での暮らしに慣れていた。


 王太子と二人でディナーを食べた後は、支度をしてクリスティーナが先にベッドに入る。

 王太子は夜半過ぎにそっと寝室に来て、広いベッドの端に横たわり、夜明け前にはいなくなる。

 姿を見ることはないが、真夜中にふと隣に王太子がいる気配を感じ、クリスティーナはなぜだかホッと安心していた。


 そんな毎日が続く中、ついに事態は急変したのだった。

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