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男装の令嬢

 ガタガタと馬車に揺られながら、ハリスは隣に座る軍服姿のクリスティーナに目をやり深いため息をつく。


 ブロンドの髪は短くギュッと後ろで束ね、身体には布を幾重にも巻き、軍服にも詰め物をして男装している。


 父親譲りの顔と身長のおかげで、こうして見ると女には見えない。


 だが、問題はそんなことではなかった。


(このままではいかん)


 ハリスは心の中で考え込む。


 国王陛下に報告を済ませれば、すぐさま兵を率いて戦場に戻るつもりだった。

 どこかのタイミングでクリスティーナを帰さなければ。


 そのことばかりが頭をよぎる。


 クリスティーナに剣で負かされ、王宮につき添うことは仕方なく了承した。

 娘として連れて行くことは出来ないと言うと、クリスティーナはなんのためらいもなく長いブロンドの髪を剣で短く切り落とし、一つに束ねた。


 悲鳴を上げて涙をこぼすリリアンをなだめながら、クリスティーナは見事に男装してみせた。

 これなら女だとは思われないだろう。

 遠い親戚の男子を、そろそろ入隊させようと連れてきた、と説明すれば疑われまい。


(まずは見学だけ。今日のところはこれで帰りなさい、と頃合いを見て命じよう)


 ハリスはそう決めると、必ずクリスティーナを無事に帰すと心に誓った。


 *****


「ここが王宮…。すごいのね」


 馬車を降りたクリスティーナは、間近にそびえ立つ豪華絢爛な建物を見上げて呟く。


「行くぞ」


 父に短く告げられて、クリスティーナは急いであとを追った。


 何人もの仕え人がハリスに頭を下げて扉を開ける。

 それを何度も繰り返し、いよいよ国王との謁見の間に通された。


「お前はここで待っていなさい」


 そう言い残し、ハリスは広い部屋に入って行く。

 クリスティーナは廊下の壁際に控えて待っていた。


(なんてふかふかの絨毯。壁の絵画や壺も煌びやかなものばかり)


 ここが国王の住まいなのだと納得させられる。


(そんな所に出入りするお父様は、本当にすごいのね)


 お辞儀をする人達の前を横切っていく父の背中は、威厳に満ち溢れていた。


(私達に見せる優しい笑顔のお父様とはまるで別人だった。険しい表情で…。それほど気を抜けない厳しい日々を送っているのね)


 少しでも父の力になりたい、クリスティーナはその思いを強くしていた。


 *****


「皆、ニ日間不在にして申し訳なかった」


 国王への報告を済ませたハリスは近衛隊の詰め所に向かい、隊員を前に話し始める。


「連隊長、怪我はもうよろしいのですか?」

「大丈夫だ。たった今、国王陛下に今後の戦略についてご報告申し上げてきた。まずは西の国境で敵の侵略を食い止めている陸軍の応援に行く。出発は明朝五時。各自準備を始めてくれ」

「御意!」


 クリスティーナは目を見開いて父の様子をうかがう。


(やっぱりこのまま戦地に赴くつもりだったのね。陛下への報告なんて、屋敷を出る名目にすぎなかったんだわ)


 するとハリスの正面にいた体格の良い隊員がチラリとクリスティーナに目を向けた。


「連隊長、その若者は?」

「ああ、紹介する。私の遠い親戚で、今日は部隊の見学をさせに連れてきた…」

「クリス=ハーランドと申します。今日から入隊させていただきます。よろしくお願いいたします」


 母親の旧姓を名乗り、深々と頭を下げると、ハリスがギョッとしたように慌てた。


「何を言う!お前などまだまだ実力不足で足手まといになるだけだ」


「いや、そんなことはありません」

と、大柄な隊員が再び口を開く。


「連隊長、今我々は危機的状況です。どんな人材でも構わない。一人でも多く人手が欲しいところです」


 そう言うと、クリスティーナにニッと白い歯を見せて笑いかけた。


「大歓迎だ、クリス。俺は第一部隊隊長のオーウェン。よろしくな」

「はい、よろしくお願いいたします」


 がっちりと握手を交わす。


「ん?お前、いくつだ?」

「はい、十七です」

「そうか。だからまだ手も華奢なんだな。これからひと回りは大きくなるだろう。俺が鍛えてやるよ」

「ありがとうございます」


 クリスティーナが礼を言うと、オーウェンは頷いてからまたハリスに向き合った。


「それで、そっちのもう一人は?」


 ん?とクリスティーナもオーウェンの視線を追う。


 ハリスの斜め後ろに控えている黒髪の長身の男性が目に入った。


「ああ。今日から入隊する新メンバーだ」


 ハリスが振り向くと、男性は一歩前に歩み出た。


「フィル=ギルバートです。よろしくお願いいたします」


 スッと頭を下げる立ち居振る舞いが、なんとも優雅で品がある。


「フィルか。お前もまだ若いな。いくつだ?」

「二十歳です」

「そうか。線はまだ細いが身のこなしは良さそうだ。連隊長、クリスもフィルも、私の部隊で面倒見させてもらえませんか?」


 えっ!とハリスは狼狽する。


「構いませんよね?俺、こう見えて結構面倒見はいいんです」

「そ、そうだな」

「よし!決まりだ。クリス、フィル、今日からよろしくな。早速俺の部隊を紹介するよ」


 二人の肩を抱き、隊のメンバーの輪の中に連れて行くオーウェンの後ろ姿に、ハリスは密かにため息をついた。

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