本当の気持ち
「お姉様!」
「リリアン!無事だった?」
「ええ。あの後、大通りまで出たところでお父様達に保護されたの」
「そう、良かった」
王宮に戻り、近衛隊の詰め所にいたリリアンと、クリスティーナは固く抱き合う。
「お姉様は?どこも怪我はない?」
「大丈夫よ」
「王太子様が駆けつけてくださったのね。私が、お姉様が一人で残っているとお伝えしたら、血相を変えて飛んで行かれたのよ」
「そうなの?」
(血相を変えて…って、フィルが?)
なんだか想像がつかないなとぼんやりしていると、急にリリアンが、あっ!と声を上げて深々とお辞儀をした。
ん?と振り返ると、フィルがにこやかに歩み寄って来る。
「気分は落ち着きましたか?」
「あ、はい!あの、わたくしのような者に王太子様自らが助けに来てくださって。本当に畏れ多く、恐縮しております。ありがとうございました」
「いえ、あなたが無事で本当に良かった。それにしても、まだ若いのにしっかりしてるね」
「とんでもない!言葉遣いも、王太子様にはなんと申し上げればよいのか分からず…。無礼をお許しください」
「いやいや、姉上よりも妹のあなたの方がよほどちゃんとしているよ。ねえ、クリスティーナ」
話を振られてクリスティーナは憮然とする。
「それは嫌味かしら?フィル」
「あ、分かった?」
むーっとクリスティーナがフィルを睨むと、リリアンは慌ててクリスティーナの腕を引く。
「お姉様!王太子様になんてことを…。申し訳ございません、王太子様。姉は、その、一風変わったところがございまして、決して悪気がある訳ではないのです。どうかお許しを…」
「あはは!君が謝る必要はないよ。それにしても、こんな姉上を持つと妹は大変だね。えっと、リリアンと言ったね?今夜はここに泊まるといいよ」
ええ?!とリリアンは目を見開く。
「わたくしが、王宮に…ですか?」
「ああ。姉上と積もる話もあるだろう?クリスティーナ、君の部屋に泊まらせてあげるといいよ」
「いいの?」
「もちろん」
クリスティーナはリリアンと顔を見合わせて笑顔になる。
嬉しそうなクリスティーナの様子に、フィルもふっと笑みを洩らした。
*****
「ねえ、お姉様」
「ん?なあに」
クリスティーナの部屋のベッドに二人並んで横になると、早速リリアンが顔を寄せて話しかけてきた。
「お姉様、王太子様と結婚なさるの?」
「ああ、その話なんだけどね。実はちょっと事情があって、王太子様の花嫁候補は建て前だったの。本当は王太子様の護衛の為に王宮に呼ばれたのよ」
「そうだったのね!おかしいと思ってたの。お姉様、花嫁候補なんて嫌がりそうなのに、なんだか嬉々としてらしたし。なるほど、護衛なら喜んで引き受けそうね。腕が鳴るわって感じで」
クリスティーナはリリアンの口調にたじたじになる。
「そんなにペラペラと分析するなんて…。リリアン、あなたいくつよ?」
「もう十四よ。お姉様も十八でしょう?結婚してもおかしくないわよ」
「だからってしないわよ、結婚」
「あら、どうして?」
「どうしてって…。最初からそんな話はなかった訳だし、護衛の役目も終わったから、私がここにいる意味はないの」
「王太子様がそうおっしゃったの?お姉様はここにいる意味がないって」
え…、とクリスティーナは言葉に詰まる。
「そういう訳ではないけど…」
「ではなんておっしゃったの?」
「えーっと、なんだったっけ?よく覚えてないわ」
「まあ!お姉様」
リリアンは、ふっくらとした頬を更に膨らませる。
「それならきちんとうかがってね。王太子様はお姉様を帰らせたいのかどうかって」
「私を、帰らせたいのかどうか…?」
言葉に出したクリスティーナは考え込む。
(フィルは私を帰したいのかしら。帰れと言われたら、私は喜んで屋敷に帰る?そうよね、リリアンとまた楽しく暮らせるもの。でもそうすると私はフィルに会えなくなる。それって…、寂しい?私はフィルを…)
「お姉様、分かった?」
「あ、はい」
顔を覗き込まれて思わず頷くと、リリアンはにっこり笑う。
「ふふっ、またお話聞かせてね!お姉様」
「リリアン、あなた本当に可愛らしいわね」
「お姉様だって、なんだかいつもより可愛らしいわよ?」
「は?もう、からかわないでよね」
「ふふふ、はーい!」
「ほら、もう寝ましょ。お化けが出たらどうするの?」
「お姉様が守ってくださるから平気!」
「あはは!じゃあ今夜はリリアンの護衛をしなくちゃね」
そうやって二人はいつまでもおしゃべりを楽しんでいた。
*****
「王太子様。この度は本当にありがとうございました」
「どういたしまして。またいつでも遊びにおいで」
翌朝。
屋敷に帰るリリアンを、クリスティーナとフィルが見送る。
「じゃあね、リリアン。気をつけて」
「ええ。ありがとう、お姉様。あのお話の続き、楽しみにしているわね」
そう言ってクリスティーナにウインクすると、リリアンは軽やかに馬車に乗り込んで去っていった。
「可愛らしいね。春風のような少女だな」
遠ざかる馬車を見ながら、フィルが頬を緩めて呟く。
「あら、フィルってああいう女の子がタイプなの?」
「ああ、そうだね」
あっさり頷くフィルに、クリスティーナは一瞬驚いてから目を伏せる。
「…って言ったらヤキモチ焼いてくれる?」
「は?!」
ニヤリと笑いかけられて、クリスティーナはうろたえた。
「ど、どうして私がヤキモチなんか…」
「本当に素直じゃないね。ところでリリアンが言ってた『あの話の続き』って何?」
「そそそれは、別に何でもないわ」
「何でもない割にはえらく動揺してるけど?」
「動揺なんてしてません!」
「じゃあ教えてよ。なんの話なの?」
「教えません!」
背を向けてスタスタと歩き始めたクリスティーナに、フィルはヤレヤレと肩をすくめた。
*****
「ええ?アンジェの妹君が来てたの?どうして紹介してくれなかったのさ」
その日のディナーで、アンドレアが咎めるように身を乗り出すと、フィルは即座に横目で睨んだ。
「紹介する訳ないだろ?お前、手を出す気満々じゃないか」
「それはそうだろ?だってアンジェの妹だぞ?可愛いだろうなあ」
宙を見ながらニヤニヤするアンドレアに、クリスティーナが慌てて口を開く。
「リリアンはまだ十四なのよ?」
「リリアンって名なの?可愛いね。十四か…。純真無垢で可憐な乙女なんだろうな。だからアンジェも夕べのディナーはここに来なかったんだ。あーあ、知ってたら俺もアンジェの部屋にお邪魔したのにな」
次は絶対に紹介してよ?と言うアンドレアに、絶対にするもんか!と横からフィルが声を荒らげる。
そんな二人を見ていたクリスティーナは、ん?と二人を見比べて首をひねった。
「ねえ、フィル。あなた髪の色、変えた?」
「は?どうしたの、急に」
「うん。なんだかいつもと違う気がして。前は黒髪じゃなかった?今はなんだか少し群青色っぽい感じがする」
「ああ、そうか。忘れてた。アンドレアが俺の替え玉になる時に黒く染めたんだよ。本当は青みがかってるんだ。それに長さももっと短くしてた」
「そうなの?じゃあ、少しずつ元の髪の色に戻ってるのね。へえ、本来のフィルはどんな感じなのかしら」
「おっ、そんなに俺に興味ある?結婚の儀を執り行う時は元の姿に戻ってると思うよ」
「そうなんだ。それっていつ?」
「君次第かなあ」
はい?とクリスティーナが聞き返すと、アンドレアがニヤリと笑う。
「おい、フィル。これはまだまだ俺にもチャンスがあるぞ」
「うるさい!」
「お?焦ってるな。今が狙い目か?」
「…アンドレア。命が惜しくば大人しくしろ」
「ひえー、脅しですか?王太子殿」
「うるさいったら、うるさい!」
いつもの二人のやり取りに、どうして毎回こうなるの?とクリスティーナはため息をついた。
*****
「こんなところにいたのか。風邪を引くよ」
「フィル…」
ディナーの後、バルコニーから外の景色を眺めていたクリスティーナにフィルが近づく。
着ていたジャケットを脱ぐと、そっとクリスティーナに羽織らせた。
「ありがとう。暖かい…」
頬をうずめるクリスティーナに優しく微笑むと、フィルは隣に並んで手すりに両手を置く。
「ねえ、クリスティーナ」
「はい」
「やっぱり帰りたい?家族のもとに」
「え?」
思いがけない言葉に、クリスティーナはフィルの横顔を見上げる。
「君は王太子の護衛の為にこの王宮に呼ばれた。その役目が終われば帰るつもりだったんだろう?」
「それは、そうですけど」
「昨日リリアンと久しぶりに会って、君は凄く嬉しそうだった。君だけじゃない、リリアンもね。本当は毎日仲良く一緒に過ごしたいんだろう?」
「それも、まあ、そうですけど」
「君達の笑顔を見て、俺はちょっと自信がなくなったんだ。君のそばで必ず君を幸せにするという自信がね。君はどうしたい?」
「そんな…」
言葉を詰まらせたクリスティーナの瞳が、見る見るうちに潤んでいく。
急にポロポロと大粒の涙をこぼし始めたクリスティーナに、フィルは驚いて焦り出した。
「ど、どうしたの?クリスティーナ。どうして急に…」
「フィルこそ、どうして急にそんなことを言うの?」
「え?」
「フィルは私がここにいる意味がないと思うの?私を家族のもとに帰したいの?」
「そんなことはない!だけど、君が帰りたいなら俺は引き留められない。君の幸せを心から願っているから」
「私の幸せ?」
「ああ、そうだ。家族と暮らすことが君の幸せなら、俺は…」
「私はフィルのそばにいたいの!」
「クリスティーナ…」
フィルの胸元をギュッと握りしめ、目に涙を溜めながらクリスティーナは必死で訴える。
「どうして?私が危険な目に遭うと、いつも守ってくれたじゃない。どこにいても駆けつけてくれたじゃない。なのにどうして今は、私を遠ざけようとするの?いつもは自信満々で強気なのに、どうして今はそんなに弱気なの?不安にさせないで。いつもみたいに明るく笑って?幸せにするって、強引に私を奪って!」
その刹那、フィルはクリスティーナを強く抱きしめると奪うようにキスをした。
何度も何度も、気持ちをぶつけるように口づける。
「クリスティーナ…。もう知らないからな。俺をこんなに本気にさせたんだ。逃げられると思うなよ?」
そう言ってクリスティーナを胸にかき抱く。
クリスティーナはフィルの腕の中で小さく頷いた。
(私はフィルが好きなのだわ。いつの間にか、こんなにも…)
フィルが離れて行くかもしれないと思った瞬間、ようやく自分の本当の気持ちに気づいた。
「クリスティーナ。剣が上手くてかっこよくて、俺が命を預けられる最高の相棒。可愛くて綺麗で、俺の心を掴んで離さない最高の女性。そして人の心に寄り添う優しい心の持ち主。君は最高の未来の王妃だよ」
フィルはそっとクリスティーナの頬に手を触れて涙を拭う。
「俺と結婚してくれ。クリスティーナ」
「はい」
潤んだ瞳でフィルを見つめ、クリスティーナはしっかりと頷いた。
フィルは頬を緩めると、優しく甘くクリスティーナにキスをする。
月明かりの中、二人はいつまでも抱きしめ合っていた。




