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スターダストを捕まえて  作者: 菜月
第一章
9/10

 用意するブロマイドの部数を増やしたせいか、二日目以降完売はしなかったけれど、どのキャストも順調に売上を伸ばしていた。

 凛は毎日、忍について常連客の顔を覚えながら、開場中・開演中・終演後に、誰のブロマイドがどれだけ売れたか、を記録していた。データを取って対策を示せ、と、前世の社会人生活でさんざん叩き込まれたのだ。


「愁さんはとにかく終演後の追い上げがすごい……」


 作中の女形としての美しさと、カーテンコールで出てきたときのギャップにやられる客が多いようだ。

 ブロマイドを、それぞれの姿で売り出したのが良かったのかもしれない。二種類とも買っていく客が明らかに多かった。


 礼央はさすがというべきか、相変わらず他の役者とは桁違いの枚数を売り上げていた。


 春、雨、昴の売り上げも順調だった。「あの子たち可愛かったわね」と言い合いながらグッズ売り場を訪れるマダムが多い、という報告が多数あった。


 そうして公演期間が半分を過ぎた頃、久しぶりに劇場事務所へやってきた藤吉が、凛を手招きして呼んだ。


「そろそろ何か、新しいアイディアはないかの」


 傍らに控えていた忍が、隠しきれないため息を溢す。


 凛は持ち歩いているノートの最初のページを開き「いくつかあります」と不適な笑みを浮かべた。


 すぐに始められそうなのは、舞台写真のセット販売だった。


 今販売しているのは、各役者にフォーカスしたブロマイドだが、印象的なシーンの写真を何枚かセットにして売るのである。ブロマイドほど売れるとは思えなかったが、これも少ない原価で作ることができる。特に今回はセットがカラフルで派手だから、その前に礼央と愁が佇む写真を入れれば、相当売れるだろう。


「確かに、それはいいかもしれませんね」


 珍しく忍がすぐに賛同してくれて、早速写真の選定に入ることになった。


「しかし劇場に来るお客様の数は上限がありますから……。劇的に捌ける数が増えるというわけではないですよね。売上を伸ばす方法をもう少し考えられませんか?」


 忍がそう付け加えて、凛は思わず唸った。


 ひとつだけ、思い当たる方法があるからだ。


 オタクの財布の紐を緩める究極の方法。

 そう、ランダム方式である。

 例えばブロマイドを中身の見えない状態で販売し、開封して初めて誰の写真かわかる――というアレだ。

 目当ての商品がある場合、それが出るまでひたすら財布を開けさせ続ける、究極の販売方法である。 

 しかし凛は、ランダム方式の導入には乗り気になれなかった。


 純粋に、客としてはアコギな商売だと感じてしまうからだ。推しが出るまで買い続けるという熱心なファンがいる反面、ランダムだと思うとそもそも購買意欲が落ちる、という現象も起こる気がしていた。


「うーん、やっぱりランダムはご勘弁を……」


 悩んだ挙句そう口にした凛を、また異物を見るような目で忍が見下ろしている。

 それはそうだ。ランダム、なんて言ったところで何を指しているのか、わかるわけがないのだから。


「……すみません。ちょっと持ち帰らせてください……」


 言葉の意味が伝わらなかったことに安堵しつつ、凛はそう絞り出した。


 推す側の気持ちもわかる人間として、ランダム方式は避けたい……というのが凛の隠しようのない本音だった。



 そしてなにより、凛が本当に作りたいものは別にあった。

 そう、いわゆる推しグッズである。


 ホワイエで観客を観察している限り、この世界の客も、前世のファンも、動向はほとんど変わらないように思えた。

 皆、推しからのファンサービスが欲しいし、いい席で見たいし、推しに認知されたい。そのためにも「あなたを推しています!」と主張できるグッズが欲しい。

 要は、自分が欲しいものを作ればよいわけだが……。


 プラスチック製品が作れないことが、なんとも痛い。アクスタやキーホルダーが作れれば、絶対売れるのに! と何度嘆いたことか。

 しかしできないものを作ろうとしても無理である。凛は推しグッズの発想を変えることにした。


「あの、あとはメンカラグッズを作りたくて」


 そういうと、きょとんとした四つの目が凛を見た。藤吉も忍もまるで外国語を聞いたかのようにぽかんとしている。


「えっと……つまりその、役者さんごとにイメージカラーを決めて、その色のグッズを出すっていうことなんですけど。この役者さんといえばこの色、みたいな定番を作るといいますか。そうすると、ファン同士、持ち物を見ただけで、『ああ貴方も○○さんが好きなのね〜』って目印になりますし。役者も舞台から自分のファンがわかりやすいですし。あと、日常生活にもその推しの色を取り入れやすくなって、日々が潤うといいますか」


 説明すればするほど、二人の目が「何を言っているんだ」と言わんばかりの呆れた色を含んでいく。


「でも、絶対需要はあると思うんです!」


 なぜなら、自分が欲しいからだ。


 推しができたら推しにまつわるものを持ちたいと思うのは、紛れも無いファン心理なのである。それは凛の経験が何よりの証拠だ。


 だが、さすがにそう言って説得するわけにはいかない。

「自分がそう思うから」なんて、プレゼンなら即刻退場ものだ。上司からの罵詈雑言で三日は落ち込むだろう。


 まだぽかんとしたままの藤吉と忍に対して、凛は脳内を整理しながら言葉を発する。


「メンバーカラーを決める利点は、いくつかあります。今後の公演でも、同じ色のグッズを発売することでシリーズ化できますから、継続的な売上が期待できます。また公演の衣装にもその色を取り入れることで、役者自身のアイデンティティ……自己を強調する材料にもなります」

「……なるほど。確かに、毎回同じ色で違うものを販売できる、というのは利点じゃのう」


 さすが策士な藤吉である。頭の中で『売れそうなもの』を次々に思い浮かべているようだ。


「でも、その役者がその色、と浸透させるのは難しいんじゃないでしょうか。今回の衣装は特に、色で分かれていませんし」

「そうですよね……」


 忍の指摘に、凛は頷くしかなかった。

 確かに今回の公演でのメインの衣装は、男役は黒いスーツ、女形は白いドレスだった。役者ごとの色を強調するのは難しい。


「一つ方法があるとすれば、なんですけど……」


 難しいだろうと思いながらも諦めきれず、凛は口を開いた。


「ご本人に、私服とか私物でアピールしてもらうのが一番じゃないかと思うんです。入り待ち出待ちのときに、私服姿も見られるわけじゃないですか。そこから広まっていったり……」

「なるほどのう」

「まあ、難しいでしょうねえ」


 忍がため息混じりに言った。凛もこれには反論できない。

 役者の協力ありきで進めるのは危険すぎるし、現実味がない。


 なんと言っても、礼央が協力してくれるとは思えないからだ。

 しかし――。


「ふむ。せっかくのアイディアを潰すのはもったいないのう」


 忍と凛が諦めモードのなか、藤吉はひとり考え込んでいる。


「もし、見返りがあったら、礼央もやる気にならんかの」

「見返り、ですか?」

「そうじゃ。たとえばどれだけ売れたら、臨時で給料が入る、というようなことじゃな」


 なるほど、バックをつけるということか。凛は内心手を打った。

 確かに、グッズが売れる役者は、売り上げのパーセンテージをギャラに上乗せされるという噂を聞いたことがあった。


「支配人がそれで良いとおっしゃるのであれば……」

「別に構わんじゃろ。頑張りが目に見える形で戻ってきた方が、役者もやりがいがあるだろうし」

「確かに、それは言えるかもしれないですね」


 ふむ、と忍も頷く。


「では、早速メンバーカラーの案を出してみます!」

「お願いします。あ、お嬢様、その際、青と黄色は外してください」


 忍に言われて、凛はかすかに首を傾げた。

 青と黄はいわば中心カラーだ。だいたいどのグループでも担当するメンバーがいるだろう。 


「星屑歌劇団のテーマカラーが青地に黄色の星なんです。被らない方がいいでしょうから」

「確かに、なるほどです」


 忍の指摘に、凛は素直に頷いた。それなら星屑歌劇団としてのグッズも、色違いで出せるかもしれない。

 メンバーカラーを決めるのはいつもの五人だろうから、それ以外の劇団員を推しているファンは、劇団カラーを購入してくれる可能性がある。


 凛は主だった色を出して、五番手までの役者に割り振った。

 少しだけ歪な色合いだけど、まるで戦隊ヒーローのような五色だ。


 礼央は紫。上品な見た目と、高貴な雰囲気を醸し出している礼央にぴったりだと思った。ファンは預かり知らぬことではあるが、役者として板の上に立っているときの天音礼央と、裏で暴君な本人の二面性も、上手く表せている気がした。


 愁は緑だ。爽やかで平和的な色。本人の穏やかなイメージにぴったりで、文句はないだろう。


 春はピンク、雨は水色。二人は名は体を表す、を地で行ってもらう。組み合わせたときのバランスも良い。

 そして昴を黒にすれば、だいぶバラバラの色が割り振れたのではないだろうか。


 少し暖色系が少ない気もするが、仕方ない。そもそも耽美で優麗な雰囲気を目指す劇団なのだから、赤がいなくとも問題ないはずだった。


 割り当てた色については、藤吉からも忍からも異論は出なかった。礼央に紫、と言ったときに少しだけ藤吉が笑いを堪えていたのが、気にはなったが。


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