見知らぬ惑星
晴天の空に、腹の底を揺さぶるような重低音が轟いた。雷鳴とも地鳴りともつかないその音に、通りの人々は足を止めた。胸騒ぎが一斉に波のように広がる。膝を折り、周囲を警戒する人々。誰かが腰を落とし、空を仰いだ。直後、まるで世界のスイッチが切り替わったかのように、視界が闇に沈む。昼の街は、光を失い、一瞬にして夜の底へと堕ちていった。人々は反射的に身を伏せた。全身が強張り、神経が張り詰める。恐怖は音もなく忍び寄り、誰もが息をひそめる。だが、何も起こらない。やがて目が闇に慣れ始めると、恐怖に凍りついた体が少しずつほぐれていく。そして一人、また一人と立ち上がった。外は完全な闇ではなかった。豆電球のような、微かな光が世界をぼんやりと照らしている。誰かが空を見上げた。さっきまで雲ひとつなかった青空。その中心に、見たこともない明るい惑星が浮かんでいた。「太陽、は…?」人々の視線はその惑星に集中する。やがて彼らは、ある恐ろしい可能性に気づき始める。あの見知らぬ惑星こそが、光を失った太陽なのではないかと。空にはただ、あの明るすぎる惑星だけが浮かんでいた。人々は立ち尽くし、言葉も思考も、まるで夜の底に置き去りにされたままだった。
一人が静かに分析を始めた。「このままでは氷河期がやってくる」それに呼応するように、別の人物も口を開く。「日照不足で草木は枯れ、地球が砂漠になるかもしれない」するとまた違う人も「それなら動けるうちに、毛布を集めなければ」と躍起になる人々。頑なに『世界の終末』だけは口に出さなかった。これから起こるであろう科学的考察とそれに対する対策案について会話が続いた。人々は泣き出しそうな子供の口を抑え、戸惑う少年少女を勇気づけた。決してパニックになってはならない。決して生を諦めてはならない。そんな意志がこの世界を取り巻いている。そこには貧富の差も人種も年齢も関係なかった。絶望的な状況を前に、人々は一斉に前を向き始める。戦争や宗教的対立は意味を成さない。現状を打破しなければ、争った先の未来はないのだから。武器を捨て、手を取り合う人々。そこには言語の壁すら超えた団結が存在していた。ある科学者は、太陽の鼓動がふと、浅くなったのだと語った。恒星にも、まれに訪れる休息があるのだと。各国の専門家は昼夜問わずに議論を進め、絶望的寒気の到来前に出来ることを次々に実行していく。世界は動き出した。その先に何が待っているのかを、誰も知らぬままに。
薄暗い世界に変わり果てた数ヶ月後、再び腹の底を揺さぶるような重低音が空に轟いた。人々は瞬時に足を止めた。しかしもう、そこに恐れはなかった。どんな危機が訪れようとも絶対に対処してみせるという覚悟が、人々の足を奮い立たせる。そしてあの惑星は淡く、だが確かに、再び世界を照らし始めた。人々は知った。偉大な人類の団結力を。人々は痛感した。差別や争いの無力さを。全人類は静かに肩の力を抜いた。その目に映る光の正体を見誤らないようにと祈りながら。かつて、人は太陽の光に慣れすぎて、その恩恵にすら気づかなくなっていた。何もかもが「ある」ことを前提に築かれた日常。だが、光を失ったことで、初めて人々は「生きている」という奇跡に触れた。温もり、言葉、鼓動、呼吸。それは科学でも宗教でもない、もっと原初的な、祈りにも似た感情だった。もう二度と、あの光を当然とは思わない。もう二度と、手を離さない。世界はまだ不完全だ。けれど、だからこそ、歩み続ける理由がある。そして人々はまた、今日という一日を迎えた。光の下で、初めてのように、まぶたを開けながら。