第8話 小さな家と大きな夢!魔法研究への第一歩
夕暮れの街外れ。古びた一軒家が、茜色の空を背景に佇んでいた。
「これが、私が見つけた場所です」
リリアが指差した先には、小さな庭付きの家が建っていた。壁には少しヒビが入り、窓ガラスは埃で曇っている。だが、不思議と温かみのある佇まいだ。
「ここなら、誰にも邪魔されずに研究できると思うんです」
リリアが鍵を取り出して、扉を開ける。軽いきしみ音と共に、懐かしいような木の香りが漂ってきた。
「実は、ここ私の祖母の別荘だったんです。今は誰も使ってないので、隼人さんに浸かって貰うにはちょうど良いと思って」
「へぇ……」
中に入ると、予想以上に広々としていた。天井は低めだが、8畳ほどの和室が二間。台所もあり、生活するには十分な広さだ。
「掃除は必要ですけど、研究場所としては申し分ないと思うんです。どうですか?」
リリアの提案は理にかなっていた。人目につかず、かといって不審がられない。完璧な場所だ。
「ありがとう、リリア。本当に助かる」
「いえいえ。それより……」
リリアは背負っていた大きな鞄から、何かを取り出した。
「これ、持ってきました」
差し出されたのは、10枚ほどの魔法陣の結晶。どれも少しくすんだ色をしている。
「基礎的な魔法陣ばかりですけど、研究の参考になるかと。相場だと銀貨2枚くらいですが、これなら1枚でいいですよ。支払いも改変した魔法陣の買い取りとの相殺で構いません。」
「え? いいのか?」
「はい。どうせ在庫の山になってるものですから」
俺は魔法陣を一枚手に取り、解析してみる。
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魔法:ウィンドカッター
属性:風
効果:風の刃を放ち、単体にダメージを与える
構成:風生成(40%)、圧縮(20%)、放出(20%)
追加可能効果:
・軌道調整
・威力調整
消費魔力:3
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「なるほど……シンプルな構造だけど、これは改変の練習に使えそうだ」
「それと、隼人さん。これも」
今度は一冊の古ぼけた本を取り出す。
「魔法陣の基礎理論書です。王立図書館にもない、古い版なんですけど」
本を開くと、黄ばんだページに細かな書き込みがびっしりと。
「これは凄い! 誰の書き込み?」
「たぶん、曾祖母のものです。彼女も魔法陣の研究者だったって聞いてます」
リリアの目が懐かしそうに細まる。
「私が小さい頃、よくここで本を読んでました。曾祖母の昔話を聞きながら」
掃除を終え、夕暮れの光が差し込む部屋で一息つく。リリアが明日の計画を切り出した。
「良ければですがさっそく明日、依頼を受けに行きませんか? 私の魔法陣のテストを兼ねて」
構わないと頷きかけて、ふと疑問が湧いた。
「そういえば、昨日リリアはなんで一人であんな場所にいたんだ?」
質問を投げかけると、リリアは真剣な眼差しをこちらに向けた。その瞳には、静かな決意が宿っていた。
「私も薬草採取の依頼を受けていたんです」
「そうだったのか。 でも、俺が言うのもなんだけど、一人は危険だろう?学園の友人や他の冒険者は誘わなかったのか?」
「それは……」
リリアは言葉を切り、空を見上げた。
「確かに学園には魔法陣の扱いの上手い友人もいます。でも、彼女たちにとって魔法を学ぶのは貴族としての義務なんです。誰も、私のように冒険に憧れを持っているわけじゃない」
風が吹き、彼女の薄紫色のローブが静かにはためく。
「それに冒険者ギルドも、私が貴族の令嬢として知られているせいか、なかなか組んでくれる人がいなくて……」
その言葉を聞きながら、彼女の姿を見つめる。凛とした立ち居振る舞いの中に、確かな孤独が垣間見えた。この世界に投げ出された俺と同じように、彼女もまた、自分の居場所を探しているのかもしれない。
「だから、隼人さん。明日の依頼、一緒に行ってもらえませんか?」
その声には、少しの不安と期待が混ざっていた。
「ああ、もちろんだ」
俺は迷わず答えた。互いの目的は違えど、二人とも自分の道を切り開こうとしている。それなら、力を合わせるのは自然な選択だろう。
「本当ですか!? ありがとうございます!」
リリアの声が、夕暮れの空に響く。
外は既に日が沈みかけ、街灯が次々と灯り始めていた。この古い家から、これから二人の冒険が始まろうとしていた。